PandoraPartyProject

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見知らぬ影見て、嘯いて

登場人物一覧

嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
嘉六の関係者
→ イラスト

 まず第一に、俺の想い人は相当な人誑しである。それは重々承知している。イヤイヤ言いながらも受け入れてくれる懐の温さに甘えている俺自身が一番よく身に染みているのだから、まったくもって罪深い狐だ。
 第二に、彼はとても魅力的な見目をしている。これは自然界において種を存続させる上でとても大事なことだ。多くの虫を魅了する鮮やかな花のようで、事実、燻らせた煙管のいい匂いまでするのが憎らしい。もっとも、引き寄せたらそれっきりで先へ続く繁栄は望まない徒花のようでもあるのだけれど。
 そんなのが道を歩いているのだから振り向かない虫の方が不敬であり、——ひどく不快だった。
『一体誰に断って、この人に近付いてるんだ?』
 視線で射抜いた虫が怯む。この程度で動揺するなら隣に立たないでもらいたい、と嫌味のひとつも投げたい気持ちをグッと堪えた。先日、「誰彼構わず喧嘩するな」と窘められたこと、ちゃんと覚えてるんですよ。ほら、そっちの虫よりも優良物件イイコですよね?
 身の程知らずで進退窮まっていたところを救われた身としては無視できない言葉でもある。それならもう一度あんな目に遭えばもっとこっちを見てくれるのでは?——などと浮かんだ邪念をコンマ数秒で振り払い、俺は目前の虫、もとい名も知らぬ間男を標本よろしく磔にする作業に戻ることにした。


「なんだ? 知り合いなのか、仄、穂波ほなみ
 呼ばれたそれぞれが首を振る。傾げているのは問いを放った渦中の狐・嘉六ばかりである。自分の名前と響きが似ているのが嫌だったのか、まさしく口ほどに物言う仄の目が穂波に刺さり、空気もいっそう張り詰める。だというのに自分への矢印にはまるで無自覚な男だった。純粋な好意に毛が生えた程度で何故か舎弟(?)に絡まれる羽目になった青年もまた、この狐の被害者に違いない。
「よく分からねえが仲良くしろよ。そう年下に睨み利かせてやるな」
 そして、無自覚だからこそのクリティカル。伊達に修羅場を生き延びてはいない、嘉六本人が知ればギャンブルで発揮してくれよと宣うであろう強運だ。お前の方が大人だろ、と苦笑に含まれた意図を勝手に拾った仄の顔がゆるりと余裕に満ちていく。
「へぇ、穂波っていうんすね。どうも、暮石・仄といいます。嘉六さんとはそこそこ長くさせていただいてます」
 随所に的確なアクセントを置き、すかさず名刺入れから1枚。そこに印字された『社長』の肩書きに似合いの、実にスマートな所作——に隠された明確な牽制が炸裂した。言葉の裏も綾も読めず、社会人経験の無いごく一般的な学生である穂波は聞き齧った言葉で対応するしかない。
「ご、ご丁寧にどうも?」
 勝利を確信して笑みを深める仄。嘉六は勿論、中心にいながら蚊帳の外からそれを見ていた。
「お二人のご関係をお聞きしても?」
「関係って言われても……」
 表面上はにこやかに問い糺す顔と、事態を飲み込めないまま助けを求める顔。交互に受け止めた嘉六は暫し考える素振りをして。
「拾って、奢って、奢られた」
 指差し、事実だけを述べる。ただ残念ながら仄のお気に召す答えではなかったようで、ぴたりと動きが止まってしまっていた。
 嘉六曰く、カンカン照りの道端で蹲っていた穂波に声を掛けたのが始まりだった。歩けない彼に日陰まで肩を貸し、スポーツドリンクをあげたのだそうだ。
「たまたまコンビニの籖で当たったやつを持て余しててな。俺はアイス食ってたし。熱中症とかなら水分摂らねえとだろ」
「いや、マジで助かりました。都会の夏はクソ暑いのに道行く人はみんな冷たくて、あ、これオレ死んだなーって」
「目に入っちまったからなぁ。あの時のアイスの当たり、交換しに行ったのか?」
「ゴチです!」
「嘉六さんが食べたアイスの棒!? 俺にもください! ダースで!」
「やらんわアホウ!!」
 特定キーワードで強制再起動した仄に代わって、今度は穂波がフリーズする番だった。

「奢られたんですか。俺以外のヤツに」
「なんか気になる言い方だな」
 渋い顔をする嘉六に不貞腐れた仄が溢す。
「だって、いつも俺が奢るって言うと嫌がるじゃないすか」
「そりゃあお前、身の丈に合わないレストランだの何だのに連れて行かれるのは勘弁しろよ……」
「さっすが、シャチョーはスケール違うわぁ」
 復活した穂波が入り込めば不機嫌は加速すれど、やっぱり気付かない嘉六に痺れを切らした仄。じっとりした視線が閃いた。指先は腰へ。唇は耳元へ。忍び寄る不埒な動きに嘉六が抵抗する前に、落とした囁きは見事な花を咲かせる。
「じゃ、俺たちはこれで。さようなら、穂波くん」
 ぶわりと膨らんだ尾も染まった頬も隠せず、満面の笑みの仄にエスコートされて退場していく嘉六にかける言葉は穂波には無かった。




「おいコラ仄!! 噛み跡まだ残ってるとか嘘つきやがって、ちゃんと消えてるじゃねえか!!」
 後日、詰め寄られた仄がまた満足げだったのは嘉六だけが知っている。
 たまには狐が化かされる日もある。そんな話。

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