SS詳細
青き竜の気持ち
登場人物一覧
ストイシャにとって、ニンゲンとは怖いものである。
この怖い、とは、例えば女の子が『虫が怖い』というものであって、対等かそれ以上の恐怖としてみているわけではない。なんか噛みそう、とか、吠えそう、とか、そう言う程度である。あくまで彼女は竜なのであるから、そう言った『生命の危機を感じる』というようなことではない。
という事を前提として、ストイシャは、今回の覇竜での戦いの末に、何人か『怖くないニンゲン』ができた。その一人が、零・K・メルヴィルである。
きっかけは、渡されたパンが美味しかったとか、そんなくらいの小さなものだ。でも、友情を結ぶのに、そんなに大げさな出来事は必要ないのかもしれない。小さなきっかけで、きっと充分だろう。
ストイシャは、ニンゲンは怖いが、人間の文化、とりわけ『料理』には興味があった。主であるザビーネ=ザビアボロスが気まぐれに持ち帰る、人里の『本』の中から、料理書を見つけては、見様見真似でお菓子を作ってみていた。
そんなわけだから、零に渡された『フランスパン』は、ストイシャにとっては意外と憧れのものではあった。ヘスペリデス付近で取れる『間に合わせ』のものではない、料理書に乗っていた、ちゃんとした、パンである。
齧ってみた。
硬かった。
おいしかった。
気に入った。
もちろん、零を気に入ったのは、パンだけではない。元々『ニンゲンはこちらの作戦で有用か』を図っていたわけだから、零たちイレギュラーズの有用性をも充分にお気に召したことは、念のため記載しておく。
現時点では、ストイシャは零を『パンの先生』と認識している。パンを作れる人である。すごい。えらい。あとお菓子も作れるらしい。すごい。えらい。
というわけで、気が向いたときに、ストイシャは零に『パンの作り方』とか『お菓子の作り方』を教えてもらいに行くだろう。パン屋のお仕事とかも気になっているので、誘えばびくびくしながら手伝ってくれるだろう。
ストイシャにとって、零は新しい知識をくれる存在だ。ストイシャが、その知識欲を満足させるまでは、友好的な関係は続くだろうし、そうでなくても、今や零は個人的に気に入っている人間なのだから、その関係が終わることはないだろう。
多少の誤解を恐れずに言うのならば、ストイシャは『友達』だと思っている。
それが、竜の傲慢な思いだとしても、好意には変わりあるまい。