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ヒダル神のその後。或いは、“人でなし”の末路…。

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて

●ヒダル神のその顛末
 暗い森を彷徨い歩いた。
 右も左も分からぬ道を、ただひたすらに彷徨い歩いた。
 身体が痛い。
 骨は軋むし、筋肉は引き裂かれるように痛む。全身のあらゆる神経が、肉の内でじくじくと熱を持っているのが分かる。
 漂う腐臭は、自分の腹のうちから生じたものだろう。
 腹が痛い。胃や腸の辺りで、何かが蠢く感覚がする。
「な……何だって言うんだ、これは? どこだ、ここは?」
 この腐りきった肌の色はどうしたことか。
 泥と血で汚れたこの手は何があった。
 自分は一体、どうなっている?
 走って、走って、そして夜が明ける頃……大人形 富寿は、川へと辿り着いた。
 澄んだ川面を覗き込んだ富寿は驚愕した。
 自分の目を疑い、絶叫した。
「誰だ、これ。僕なのか……これは? これが、僕だと?」
 川面に映っていたのは1体の怪物だった。
 ざんばらに乱れた汚い髪に、骨ばった顔、血走った目。古い絵物語に出て来る餓鬼や魍魎の類のような顔をした、自分で会って自分ではない化け物の姿がそこにあった。
「この顔、あれ……か。実家の蔵にあった……あれのせいか」
 “ヒダル神の能面”。呪術師であった先祖の遺した呪具のせいで、こんな有様になったのだ。
 思い出した。
 その証拠に今の顔に何かが張り付いている感覚がある。
 触れてみれば、それが分かる。
 顔の皮膚の下に、仮面が埋まっているのが分かる。
「仮面が……割れたのか」
 顔の右側に手を触れると、指が沈んだ。
 眼球と脳を推される感覚があった。
 顔の右側の骨が失われている。仮面と癒着していた頭蓋の一部が失われている。
「トキノエ……トキノエか。また、あいつのせいで」
 思い出した。
 自分が正気を取り戻す寸前、トキノエと一戦を交えたのだ。

 それから、暫く。
 人目を避けるようにして、山を下りた富寿の前に幾人かの人影が姿を現した。
 知った顔だ。
 榊 伊慈の部下たちだ。
 そして、当の本人……伊慈の姿も。
「お、おぉ! 伊慈殿! 伊慈殿ではないですか! もしや、わざわざお迎えに?」
 喜色の滲む声音でもって富寿は両手を広げてみせた。
 榊 伊慈。
 富寿と交友のある“病魔払いの一族”の現当主である。
 富寿はいつものように、笑顔を向けてもらえるものと思っていた。しかし、そうはならない。冷たい視線を富寿へ向けて、伊慈は告げた。
「化生が私の友の名を騙るか。お前たち、それを捕えよ」
 淡々と。
 富寿を“人でないもの”として扱った。

「富寿です! 伊慈殿! 私です、富寿です!」
 鎖と呪符とで雁字搦めにされた富寿が、掠れた声で絶叫をあげる。
 絶叫をあげながら、部下たちの手により引きずられていく。
 もちろん、伊慈は“あれ”が富寿であると知っている。
 知っていて、富寿を“人でないもの”として扱った。
 事実、今の富寿はもはや人ではないのだから。
「さて、脳でも弄れば手駒として使えるか。それが無理なら、解剖して廃棄だな」
 なんて。
 山の上の方を見やって、伊慈はそう呟いた。

 同時刻。
 山の上の開けた場所で、トキノエたちは食事をしていた。
 夜通し、富寿の行方を捜し、結局、発見できなかったのだ。
 唯一残った手掛かりと言えば、トキノエが富寿の顔から引き剥がした“ヒダル神の能面”の一部だけ。血と腐肉と骨とが張り付いた、いかにも禍々しい能面だ。
「くたばっちゃいねぇと思うんだがな……まったく」
 能面を布で包むと、トキノエはそれを懐に仕舞う。
 そして、空へと視線を向けて誰にともなく呟いた。
「まっとうに生きれる身体なら、まっとうに生きてりゃいいのによ」

  • ヒダル神のその後。或いは、“人でなし”の末路…。完了
  • GM名病み月
  • 種別SS
  • 納品日2023年08月02日
  • ・トキノエ(p3p009181

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