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夏花のホワイトブリム
登場人物一覧
窓の外では夏の太陽が燦燦として風が木の枝を揺らしている。レースのカーテンの内側でシルフィナは南国生まれの鮮やかな色彩の花を花瓶に活けていた。少女メイドの傍に立ち、丁寧に指導しているのは先輩メイドだ。
「シルフィナ、傷んだ葉を見せてはいけません、取り除いて」
「傷んだ葉……」
「この葉です」
先輩の指が示す先を視ればほんの僅かに葉が傷んでいる。
「貴女の仕事一つで来客者に家の格が低くも高くも評価されます。貴女の仕事一つで部屋の雰囲気が大きく変わります。住む人の気持ちに影響を与え、人間関係や仕事にも良影響を及ぼすことができる。たかが花ではありません。大切な仕事なのだと心得なさい」
眼鏡を直す仕草をしながら語る先輩の赤髪が窓から差し込む陽光に燃えるように艶めいた。シルフィナは従順に頷いた。
「わかりました」
呟く声はひどく頼りなく響いた。まだ10を少し越えた程度の幼い後輩メイドへと先輩は心配そうな目を見せた。
「シルフィナ。一番際立たせたい花はどれです?」
「わたし、この大きな赤い花をきれいに見せたいです」
「この花ですね。なら、もっと中央に寄せて。小振りの花を周囲にずらしましょうね」
「はい」
シルフィナよりも仕事が多くて忙しいはずの先輩は、普段から空いた時間を見つけてはせっせとシルフィナの仕事を確認してはあれこれと口を挟んでくる。
今日もいつも通り。
「シルフィナ、髪が乱れていますよ。いつも身だしなみに気を付けなさいと言っているでしょう?」
どんな時もですよ、と生真面目に言いながら先輩が櫛を取り出した。
「整えてあげます」
「え?」
「お座りなさい、シルフィナ」
椅子を示す先輩の目は明るい部屋の中、あたたかな色をしていた。シルフィナはコクリと頷き、先輩に教えられて何度も練習をした通りに礼儀正しく綺麗に椅子に座った。
「よろしい」
(よかった)
立ち居振る舞いは先輩のお眼鏡にかなったらしい――シルフィナは心の中でそっと安堵した。そして、足が疲れていたのだと椅子に座って初めて気づいた。
そういえば、朝からずっと忙しく動いていた。もちろん、仕事なのだから「疲れた」なんて言うことはない。長く働けば忙しさにも慣れて、体力もついていくものだ――ただ、今日は自覚がないながらもほんのちょっぴり疲れていたようだった。椅子に座ったシルフィナはこっそりと息をつく。
「もうすぐ昼食の時間ですね。終わったら食べていらっしゃい」
先輩の声が後ろから聞こえる。シルフィナは「はい」と素直な返事をした。
櫛がさらりと髪を辿り、先輩の手がゆっくり丁寧にシルフィナの長い髪を整えてくれる。とても気持ちが良い。
(貴族のお嬢様になったみたい)
「いつも思いますが、綺麗な髪ですね」
先輩がそう言った。声は優しい響きがして、シルフィナは嬉しくなった。
「先輩みたいに短くしようと思うのです」
「あら、長いほうが私は好きですよ」
耳がほんのりと赤くなる。気付かないでほしい、と思いながらもじもじとしていると背後でクスクスと笑う気配がした。バレている。
「照れているのですか?」
「……はい」
「シルフィナは、素直な良い子ですね」
髪をなぞる手付きが一層優しくなった。さら、と窓から吹きこむ微風が頬を撫でる。夏緑と南国花の香りを含んだ風はおひさまの温度がして、シルフィナは先輩の髪と同じ色の真っ赤な目をぱちぱちと瞬かせた。
窓の外から見守る太陽が室内に影を落とす。横目で見る影は椅子に座った自分のものと、先輩のもの。
影絵を切り取ったらどう見えるかな、なんて思いながらシルフィナはそっと目を閉じた。
お嬢様とメイド?
お姉さんと妹?
「シルフィナ? 寝ていませんよね?」
先輩がそっと肩を揺らす。シルフィナはびくりとして何度も頷いた。
「はい。起きています……」
「シルフィナはぼんやりしているところがあって心配になりますよ。いじめられたり、体調が優れなかったりしたら言うのですよ」
「いじめ……」
「女の職場には、そういったものも付き物です」
ぼんやりとしたシルフィナが思うのは、先輩が間違いなくシルフィナの味方をしてくれているということだった。時に厳しく指導をすることもある先輩はシルフィナの為を思ってくれている――、
「先輩、ありがとうございます」
シルフィナは自然と頭を下げそうになるのを堪えて――動かしたら先輩を邪魔してしまうと思った――礼を告げた。
「やっぱり、お昼は一緒に食べましょうか?」
先輩はホワイトプリムをシルフィナにつけなおして、思いついたようにそう言った。
「わたしと一緒にですか」
忙しい先輩の珍しい誘いだ。
「一緒に、食べたいです」
「じゃあ、そうしましょう」
目を合わせて微笑めば先輩の手が伸びてそっとシルフィナの頭を撫でた。
――子供扱いをされている。
そう思いながらシルフィナは背筋を伸ばし、大人びた表情を作ろうとしたのであった。