PandoraPartyProject

SS詳細

ヨタカと武器商人とうれしくない初夢の話

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
小鳥の翼
武器商人(p3p001107)
闇之雲


 ここはどこなんだ…?
 ヨタカは白い息を吐きながら進む。
 薄暗い山の斜面だ。そのくらいはわかる。雪が足を取る。ごつごつした岩肌。斜面は急勾配。気を抜くと転がり落ちそうだ。無事では済まないだろう。なのに追いかけてくる足音。ひとつじゃない、複数。後方から軍隊みたいに一糸乱れぬ大勢の。肩越しに振り返っても、誰も居やしない。ぼんやりした乳白色の沸き立つ霧が迫ってくるだけ。ただ足音だけが登れば登るほど増えていく。
 捕まったら終わり。そんな気がしてたまらない。理屈じゃない、直感。心臓を握りつぶす恐怖。ひんやり肺を圧迫する無力感。こりかたまっていく体。飛んで逃げたい。さっさとおさらばしたい。こんな翼でも、その気になれば。じゃあ背中の、この鉛のような一対の重みは何だ。俺の背を引っ張るように、バランスを崩して仰向けに倒れ足音の餌食になる瞬間を、今か今かと待ち構えているのは何だ。
 義務感と恐怖に駆られて、無理やり踏み出す一歩。泥濘を歩くような。重い、重たい体。空気が薄いからか? 酸素が足りないからか? それとも俺は水の中にでもいるのか? 苦しい。ひたすら。息を吸えば吸うほど、冷えていく四体。抜け落ちていく体温。もっともっとと肺が。喉元を過ぎ行く空気が水分を奪い去る。痛む喉、乾く咥内。助けて商人。
「…げほ…げほ……ゴホッ…あ゛…うぁ……えぐっ…ゲホゲホ…ごほっ…はぁ…はぁ……。」
 本当に、ここはどこなんだ…? 独りぼっち、やめてほしい。寒くてたまらないのを、かみ殺して前へ前へ。家出をした直後、あの頃の、寝床すら手に入らなかった時期を思い出す。目の奥から滲んでくるものを、やりすごしたくて瞳を細める。まつげに絡む雪が残り少ない体温で溶けて頬へほろりと。まだ泣くには早いよな、そうだよな。そんなことしたらもう歩けない。先にも進めない。足音から逃げられない。背後からの。そろそろ何人分だ? 十はすっかり超えた。百か、それとも千か。ぴしりと規律正しく、だらだらと長く続く列。舌なめずりをしながら俺の破滅を待っている。進め、それしかないんだ。右も左もわからない。前は安全。まだ、なんとか。それはわかる。だから雪に浸かった足をひきずりだして、もう一歩、もう一歩。この先に何がある? なんて考えたくない、考える気も失せた。とにかく背後のあれに捕まったらアウト。
 肩越しにもう一度、伺う後方。――近い。沸き立つ霧、歓喜で震えるかのように。視界を埋め尽くすのはそれだけ、自分の足跡すらない。壁のような乳白色が薄い薄い手を伸ばして俺を食おうとしている。その手の一本が、するりと足元へ。
 じゅう。
「…ぐぁ…!」
 白煙。鼻腔を突く異臭。酸へ突っ込んだように溶けた靴。爛れたかかと。身をよじるような苦痛。足音、足音、足音。あれに全身を包まれたら、俺はいったいどうなってしまうんだ。じりじりとたゆたいながら捕食の悦楽を隠しもせず近づく霧。逃げるしかない、先へ先へ、前へ前へ、登れ登れ、こんなところで独りぼっち、嫌だ! せめて最後くらい、商人、その瞳に映る星になりたい。ちっぽけで大それた理想、胸の奥の確かな熱。離すものか。逃がすものか。誰にも、やりはしない。
 いつしか足音は遠くへ。登りつめた先の、山頂だろうか、ここは。一面の雲海。そ知らぬふりをして、しらじらと夜が明ける。向かいの山の端からあふれだす日の光。遠慮なし。強烈な。こっちの都合なんてカケラも知ったこっちゃない、そう言わんばかりの。目を焼かれる。ひどい痛み。だから思わず顔を覆って……。


 目覚めた。
 少し安堵。
 いつもの館。いつもの景色。慣れ親しんだ。
 廊下に転がっていた俺は、体を起こして深呼吸する。吸う、吐く、吸う、吐く。清潔で、どこか白檀の香る、優しい空気が体に満ちる。俺まで清められていくようだ。
「…商人…。」
 立ち上がるといつもの順序で廊下を抜け階段を抜け、いくつも並んだよく似た、だけど間違ったことのない扉を押し開ける。
 居ない。
 広い室内。暖炉では薪がはぜている。重厚なオークの机。書きかけの書類。オリエンタルな衝立の向こうのベッド。のぞいても商人はいない。気配すらない。
「…商人…?」
 ゆっくりと見回す部屋の中。書類の上、無造作に転がっているペン。さっきまで居たかのようなのに、拭い去ったように気配が消えている。
「……商人……」
 足元からゆっくりと、腐った海水のようにせりあがってくる冷たい不安。胸の高さまで届いたら、一気になだれ込む。
「…商人…!」
 飛び出した廊下。何もかもいつもどおり。なのに何故いないんだ、商人。それじゃ意味がない。何も意味がない。商人、商人、俺の唯一の。片っ端から扉を開ける。居ない、居ない、どこにも居ない。隣の部屋には蔵書。その隣は商談用。お次は休憩室。さらに次は、全部知ってる。なのに商人がいない。隣の部屋は冬景色。その隣は洞窟。お次は深海。さらに次は、知らない知らない。なんだこれは、商人、どこにいる?
 この廊下はこんなに長かったか? この扉はいったい、いくつあるんだ? 同じところをぐるぐる回っているような、ベルトコンベアを走っているような。商人、いるんだろう? 俺を笑ってるんだろう? からかっているんだろう? そうだろう、それでいい、そうであってくれ、頼むから、頼むからどこかに居てくれよ商人!
 俺のヴィオラはどこだ。この聞き苦しい声の代わりに、芳醇な生命の音色を奏でてくれる夜明けのヴィオラは。俺の仮面はどこだ。この見るに耐えない瞳を隠してくれる、なくてはならない仮面は。俺の商人はどこだ。鳥篭が心地いいのは商人がいるから。日に一度篭をあけて、その手に餌を乗せて俺へ与えてくれる。俺は行儀よく指先に止まり、餌をついばんでみせる。手のひらへ傷ひとつ付けないよう気をつけるとも。小鳥と呼んでくれよ。いつものとおりに。でないとほら、剥がれていく、取り繕った俺の姿。醜悪な本性。二目と見られぬ夜鷹。あざ笑う影があちこちに、脳の奥からリフレイン。お願いだ、商人、頼むから、呼んで、俺を「小鳥」と!
 何かに蹴躓いて、顔から思いっきり。
「…え…?」
 つまずいた物へ目をやれば、深い紫のつるんとした、知っているぞ、さすがに。だが待て、なぜこれがここに? フリーズした頭をどやしつけるように。
 ドガガガガガッ!
 大量に同じものが降ってきた。


「…はっ…!」
 ヨタカは目を覚ました。今度こそ本当に覚醒。
 心地いい布団。見慣れたベッドと衝立。暖炉からは薪のはぜる音。何より隣にいる、乞うて乞うてやまなかった存在。
「……商人……。」
 隣に寝そべっている、艶やかで透き通るような銀髪の彼(あるいは彼女、はたまた。さァねぇ、どっちでもいいし、どうでもいいことじゃないか。そうだろぅ?)。ヨタカは矢も盾もたまらず武器商人の胸元へ顔をうずめた。あふれてくる涙。
「……よかった…よかった…。」
 武器商人が薄くまばたきした。
 睡眠とは娯楽であり、嗜好品だ。アルコール、チョコレート、砂糖とバターを追加したココア、たまに吸うタバコ、きれいなわっかのような煙を吐いて遊ぶための。栄養だのエネルギーだのはハナから期待していない。そんな感じのもの。なくてもいいし、あってもかまわない。まるっきりないよりは多少はあるほうが、ひまつぶしの手段が増えていい、その程度。
 そういうわけで長い長い宿業の時を、若干楽しくやっていくために、初夢なるものへチャレンジ。
 昨日の晩遅くに小鳥とふたり、寝台へ入り、あたたかな布団へ共にくるまってすやすや。きっかけは、ひとさじの好奇心とスパイスくらいの期待。なのに蓋を開ければ、この惨状。小鳥は過呼吸寸前。綺麗だと褒めているのに、本人は頑として認めない、琥珀と紅玉のオッドアイからは、涙がぼろぼろ。必死ですがりついてくる。
 ヨタカの背を撫でてやりながら、こんなに綺麗な瞳なのだから、涙に色くらいついていてもよさそうなものなのにと、武器商人は思考を遊ばせる。たぶんそれはシーツなんかが、吸い込むのも恐れ多いと身を引くほどの美。触れれば柔らかくぷるんと水銀のようだろうから、手の甲に乗せて煌きながら転がる様子を楽しめる。きっと退屈なお貴族さまが喜び勇んで大枚はたいてくれる。もっとも、そんなことのために小鳥を泣かすのは嫌なので、門外不出の非売品だろうけれど。
「……商人…。」
 少しは落ち着いてきたようだ。ヨタカが濡れた瞳に武器商人を映す。おやおや小鳥、前髪がべちゃべちゃ。ベッドサイドのチェストへ手を伸ばし、引き出しからハンカチを取り出して、いらない水分をぬぐってやる。
「そんなにひどいものを見たのかい? 話してごらん」
「…ん…。」
 時折鼻をすすりながら、ヨタカは一生懸命言葉にした。どれだけ辛かったか。どれだけ怖かったか。どんなに自分が絶望から急き立てられたか。けれど武器商人は小首をかしげ。
「一富士、二鷹、三なすび、だねぇ」
「……なんだ…それ…。」
「知らないかぃ? ウォーカーの噂だよ。初夢に出てくると縁起がいいものリスト」
「……あんなのが…縁起いいわけない……二度とごめん…だ…。」
 吐き捨てるように言うヨタカ。彼にしては珍しく憎憎しげに顔をしかめる。その頭をぽんぽん叩いてやりながら、武器商人は優しい目をした。
「寝直せばいいとも、しょせん記憶のモザイク。もっとこっちへおいで。腕枕をしてあげよう。寝付くまで抱きしめてあげよう。ご所望とあらば子守唄も。おまえが目覚めるまでどこにも行きはしない。いい子だね小鳥。おまえはいい子。安心しきっておやすみ……夢も見ずに」

 ゆらゆら、深い深い、暗い暗い、闇の底へ落ちていく。
 ここはどこだ、どうでもいいか。
 ああ、落ち着く。ほっとする。
 きっとここが俺の居るべき場所。

  • ヨタカと武器商人とうれしくない初夢の話完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2020年02月06日 22時20分
  • 登場人物2人

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