PandoraPartyProject

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モノローグに物思い

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
浅蔵 竜真(p3p008541)

 ――友人を喪うことが、いいえ、私にとって『弟のような』貴方を傷付けることが恐ろしくなってしまいました。

 彼女はそう言っていた。勿論、その認識が強いことは翌々理解している。それでも竜真は晴陽の事を良く知り、歩み寄る事が出来ればと考えて居た。
 一歩ずつでも構いやしない。そう思って約束を取り付けた。流行の映画を見に行かないかという誘いに少しばかりの途惑いが感じられたが晴陽から了承が返ってきたのは昨日のことであった。
「お待たせ致しましたか」
「いや。メッセージでも聞いたが……晴陽さんは見たい映画はあっただろうか?」
 背筋をぴんと伸ばしていた晴陽は事前に映画館での上映情報を調べてきていたのだろう。竜真が趣味を確認した際にはジャンルは保留とは言って居たが目的は定まっているようである。
 子供向けの映画を外で見る度胸はないという彼女は「流行のものを見て見ませんか」と問うた。竜真は晴陽が楽しいのであれば『ぶさかわねこの冒険』という映画を見ても構わないとは告げたが晴陽はとんでもないと首を振った。
「子連れでもありませんのに30手前の女が見るものでは」
「晴陽さんはそういう事を気にするんだな?」
「ええ。それに、龍成と同年代の方々の間でどの様な映画が流行っているのかも確かめてきました。私ばかりが楽しんで居るのは共に出掛ける意味もありませんでしょうから」
 しっかりと弟に確認してきたという晴陽に立つ磨は小さく頷いた。両槻で親友と関連した真性怪異の一件を経てから彼女の態度はイレギュラーズに対して軟化したように思える。
 元より、彼女は敵か味方か、善人か悪人かで言えば何方とも言えない存在ではあったのだ。そうした面が親友心咲の一件を解決したことでイレギュラーズ全体への信頼に変わったのであればここからが澄原 晴陽という人間の性格を詳しく知る機会であるのかもしれない。
「では、この映画にしましょうか」
「……ああ。感動の超大作と書いてあるな」
「サスペンスなどは傷の具合が気になってしまって。職業病ですかね」
 肩を竦めた晴陽がチケットを購入するためにさっさと歩いて行く。竜真が「俺が出すよ」と手を伸ばした時、晴陽ははっとした様な顔をして何かを考え込み「此処は私で」と頷いた。
「晴陽さん?」
「いえ、この後カフェにでもと仰って居ましたので……そちらはお任せして宜しいですか?」
「ああ」
 奢り奢られ。そうした事を得意としない晴陽なりの譲歩であったのだろう。竜真は基本的には晴陽相手には晴陽の望ましいことが一番だと考えて居る。
 映画も彼女の希望が一番であり、映画鑑賞の際にドリンクを買おうかと誘われれば自身が必要としなくとも「そうしようか」と頷くことだろう。
 勿論、晴陽も彼のそうした態度には気付いて居る。竜真が自身を優先しようと考えて居ることは居たいほどに分かるからこそ『弟のようで愛らしい』という印象が付いて回ってしまっているのである。自身が導かねばならない存在。その様な認識が先行し、ついつい世話を焼きそうになるが『晴陽の弟龍成』はそうした姉の態度を嫌がっていた。
(……あまり世話を焼いてはいけませんね。幾ら、龍成と同年代と言えども……私が、龍成を子供の様に扱っていたとしても。この方は――)
 晴陽は飲み物のメニューを眺めて居た竜真を一瞥してから目を伏せた。恋愛的感情を向けてくれているとハッキリと告げた彼に対して晴陽が返したのは応じることが出来ないという意図の込めた言葉であった。晴陽にとって『弟のようだ』というのは最上級の親愛である。あれ程に龍成を可愛がっているのだ。弟を溺愛する晴陽から向けられる親愛の最上級であることは確かだが恋愛と鳴れば種別が違う。
 それがどうしようもなく痼りのように晴陽の中には存在して居た。蟠りがないとは言い切れず、彼が向けてくれる好意に申し訳なさまでもを感じているのは晴陽自身の勝手だ。
(私が勝手に気まずさを感じているのでしょう。……弟のようだ、という認識が外れることがないのは申し訳ないながらも、それでもこの方が進もうとしているならば)
 だからこそ、確りと向き合う為に晴陽は彼を知らねばならないと考えて居た。そうでなくては彼に対して真摯ではない。
 晴陽は大人だ。故に、人と向き合うことだって年々不器用になって行く。それでも、真っ直ぐに向き合ってくれる彼に対して目を逸らしてばかりでは居られないと、そう感じてはいた。
「晴陽さん、行こうか」
「はい。……今度は竜真さんのお好きなものを教えてくださいね」
「……ああ」
 小さく頷きはしたが竜真自身は映画というものにてんで興味は無かった。実際に体験したことがあるものでも記憶の整合性が会わず知識程度でしか覚えて居ないという『元・英雄』。今はヒトとなったとしても、情緒的な面が育ちきって居らず、自身の好みまでもをしっかりと把握できていないのは確かだ。
「映画館に来るのは初めてなんだ。マナーは学んできたが、何か間違っていたら教えて欲しい」
「はい。きっと大丈夫ですよ。折角なのでホラー映画でもよかったかもしれませんね。季節的なものもありますし」
 晴陽は指定された席へと向かう途中でポスターをちらりと見てからそう言った。竜真は「ホラーか」と呟くが、いまいちぴんと来てはいない。
「私も竜真さんも心霊現象に対して余り感情が動かないかも知れませんね。スプラッタを見ても私は何も思いませんし」
「晴陽さんもか? ……スプラッタは、まあ、そうだろうな」
「はい。臓器が綺麗だとか、この臓器配置が間違っていそうだとか、これは即死だろう、など。そうした感想は抱きそうですが」
 やや感想が斜め上を言った才女を眺めてから竜真は「それはそれで、面白いかも知れないな」と呟いた。若い女医は学生時代から父親の後ろを着いて医学の勉強をしてきたという。特に夜妖憑きに対して学ぶ機会が多かったという。ホラーやスプラッタの耐性が強すぎる二人では画面の出来に対して思うことがあるかも知れないと晴陽は思い直してから「感動大作を楽しみましょう」と気を取り直した。
 座席に着いてから静かに映画を眺めて居た竜真はふと晴陽の横顔を眺める。晴陽は映画本編に登場した柴犬に夢中なのだろう。犬ばかりを追掛けているのかやけに真剣な表情をしていた。その横顔をじいと見てから、彼女にばれないように一度目を画面へと戻す。それから、もう一度覗き見た。
 長く伸ばした灰色の髪と、睫に縁取られた紫苑の眸。見目の整った女医の怜悧な外見からは想像も付かないような脳内は柴犬のでっぷりとした尻のことばかりを考え居るのだろうか。
(……ああ)
 竜真は感情に名前を付けるのが下手だ。それはきっと、晴陽もそうなのだろう。
 だが、使命ばかりを胸にしていた青年の方が感情に名を付けるのは早かった。
(――好きだな)
 実感するように、そう独り言ちた。彼女へと告げたときに驚かせてしまったのは彼女にとってそうした感情が苦手な分野であったからなのだろう。
 利用価値の高い澄原の娘。損得勘定で人付き合いを行なってきた彼女に、純粋な好意を伝えても信じては貰えないというのは今になれば良く分かる。
 そんな価値で人付き合いをして居るわけでもなければ、純粋に告げた好意に彼女は「申し訳ありません」と首を振った。それでも、竜真なりに歩み寄り、彼女が見てくれる日が来たらと――
「竜真さん」
 口がはくはくと動いた。画面を見ないのかと問うているのだろう。竜真は目尻にのみ笑みを乗せてから画面へと視線を動かした。でっぷりと太った柴犬が一生懸命に大地を走っていくシーンだ。晴陽が食い入るように犬を見ている。たぷんと揺らいだ腹の肉に、一生懸命駆けていく犬の姿を晴陽は喜びながら眺めて居るのだ。
 そんな彼女がついつい可笑しくなってから竜真はふっと笑みを浮かべた。感動シーンに対しては良く分からないが、柴犬を見詰める晴陽に対しては理解出来ることがあったからだ。屹度、彼女は流行を調べたと言いながらコマーシャルでこの犬のシーンを見てきたのだろう。犬が可愛い映画をさも弟に聞いてきたとでも言った風に提案したのだから愉快そのものである。
(……晴陽さんが嬉しいのならそれでいい)
 ――今度は竜真さんのお好きなものを教えてくださいね。
 そう言われたことをふと、思いだし自身と彼女はまだまだ互いに知らないことが多いのだなと感じていた。

「感動大作とは聞いていましたが、どちらかと言えば楽しい場面が多かったですね」
「晴陽さんが満足そうで良かった」
「はい。犬が駆けていくシーンなど、見応えがたっぷりでした。まるまるとと太っている犬が多くて満足度も高いです」
 満足げに頷く晴陽に竜真は「犬が目当てだったんだろう?」と問うた。バレてしまったかと言いたげな晴陽の表情を眺めてからついつい可笑しくもなる。
 表情の変化が乏しい彼女ではあったが、分かり難いながらもその感情を少しずつ出してくれるようになった。特に犬の話をしているときなど、心なしか嬉しそうだったのだ。
 カフェにでも、とは言って居たが時間的には食事も良いだろうと竜真は「リクエストは?」と問うた。晴陽は少しばかり考えてから「行きたいところがあります」とaPhoneを取り出す。どうやら近くのファミリーレストランだ。
「ファミレス……?」
「はい。実はこのキャラクターとのコラボレーションをしているので」
 そのパフェを食べたいのだと晴陽は画像を出してから「如何でしょうか」と告げた。勿論、ソレを断る理由も無い。竜真は晴陽と共にのんびりとファミレスに向かいながら隣を歩く彼女へと問い掛けた。
「晴陽さんは、ファミレスはよく行くのか?」
「いえ。あまり行きません。時折、水夜子に連れて行かれますがその程度です。
 大衆向けで安価、手軽ではあるのでしょうが、一人だと入る意味も余り感じませんから」
 家族と共に外食という機会も少ないのだろう晴陽は少し悩ましげに「竜真さんは?」と問うた。「どうだったか」と竜真が呟いたのは自身の記憶にも曖昧な所があるからだ。
「余り覚えてないかも知れないな」
「そうですか。ご存じでしょうか。最近はタブレットでメニューを注文するらしいのですが、使い方が分かるかが些か不安になりますね」
「それ程難しくはないはずだけれど……」
 晴陽は経験がないものは尻込みがしますねと呟いた。ファミリーレストランのメニュー表とは別にコラボレーションメニューのみが掲載されたメニューが飾られていた。其れ等全てもタブレットで指定すれば良いと聞き晴陽はタブレットと見つめ合っている。
「竜真さんはお嫌いな食べ物はありますでしょうか? よければ数種類頼みたいのですが」
「ああ、それで大丈夫だ。シェアするって事だろう?」
「はい。一人では食べきれませんし。どうしても注文したい物がありますので……宜しくお願いします」
 メニューに応じて限定のキーホルダーがセットで配布されているのだと晴陽はやけに嬉しそうな声音で言った。竜真は「なら、キーホルダーは晴陽さんが持って帰ってくれ」とタブレットを操作しながら声を掛ける。晴陽は「え」と一瞬声を漏したが「宜しいのですか?」と驚いた様子でやや声を潜めてそう言った。
「あ、ああ……?」
「有り難いのですが、これはとても価値のある物かもしれませんよ」
「だ、大丈夫だ」
「本当に……ありがとうございます。実は、此処で揃わなかったら水夜子を連れてチャレンジしようかとも考えて居ました。
 あの子は甘い物なども好みますから、連れて来ても好き勝手食べてくれるでしょうし……。ですが、これなら水夜子を連れてくるのも一度で大丈夫かもしれませんね」
 集めているのかとキャラクターを眺めてから竜真は「どれが一番お気に入りなんだ?」とタブレットを指差した。晴陽は「この、妙な生き物です。形容しがたいですが」とタブレットを突く。確かに、ビーバーと呼ぶべきなのかマーモットと言うべきなのか、妙な生物には「はむのすけ」というこれまた外見とは似合わぬ名前が付けられている。
「このハムスターでは無さそうなはむのすけがお気に入りです。趣味はリンボーダンスだそうです」
「ハムスターでは無さそうなのは確かに……それにその趣味はどうなのか……」
「あまりグッズも多くないので、折角の機会ですから応援しておこうかと。はむのすけのメニューが激辛担々麺でなければ喜ばしかったのですが」
 その生き物はどう言うキャラクター付けなのだろうかと竜真は晴陽を眺めたが彼女は「良く分からないですが、はむのすけが激辛担々麺を好んでいるならばソレで構いません」と何故か全てをおおらかに受け入れている。妙なキャラクターについての説明を行って居た晴陽はメニューが運ばれてきたことに気付いて「頂きましょうか」と何時も通りのすんとした表情に戻った。
「そういえば、ファミリーレストランとは家族で来る所らしいですね。今度は龍成を誘ってみようかと思います。龍成がファミレスで喜ぶかは分かりませんが」
「どうだろうな……大衆向けだから、反応は分からないな」
「はい。龍成の方が正しい青春時代を送っているかもしれませんし。あの子の方が斯うした場所に関して詳しいかも知れません」
 晴陽は暫くの間家出状態であった弟を思い浮かべてふ、と笑みを浮かべた。相変わらず弟を溺愛している様子が良く分かる。龍成の話をするときは良く表情が変わるというのも新たな発見ではあった。
 食事の最中、龍成や水夜子の話をする晴陽は竜真をちらりと見てから「竜真さんの思い出話などもお聞かせ頂けますでしょうか」と問い掛けた。

 食事を終えてから、日が暮れ始めた頃合いに晴陽はaPhoneを一瞥した。まじまじと眺めて直ぐに「此処までで大丈夫です。気をつけて帰って下さいね」と告げる。
 最寄り駅に辿り着いたとき晴陽は帰りは病院に寄っていくと告げた。送ろうかと提案はしたが晴陽は「とんでもありません、危ないですよ」と首を振る。
「暗くなってきましたから、くれぐれも気をつけて」
 それは幼い子供にでも言い聞かせるかのような口調だった。晴陽の『弟溺愛』は二十歳も超えた弟と幼い子供の様に扱っている節がある。自らが関わっていた頃の弟の面影を追い求めるかのような接し方だ。
 自身に向けられる反応もまた、それに似ている。弟として認識されていることは良く分かる。彼女からの接し方もそうだ。
 それでも、一歩ずつ歩み寄る為に竜真は「晴陽さん」と呼び掛ける。晴陽はくるりと振り返ってから竜真を見た。
「また、何処かへ行こうか」
「はい。またお誘いください。今日はありがとうございました」
 美しく一礼して歩いて行く晴陽を見送りながら竜真は駅の構内アナウンスを一人で聞いていた。

  • モノローグに物思い完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月18日
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    ・澄原 晴陽(p3n000216

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