PandoraPartyProject

SS詳細

眩い光だった

登場人物一覧

珱・琉珂(p3n000246)
里長
劉・紫琳(p3p010462)
未来を背負う者

 亜竜集落フリアノンは時折、外界へと限られた人間を送ってきた。それはイレギュラーズが訪れ里を開く前から行なわれていた周辺調査の一環での事でもある。
 周辺調査に赴いた亜竜種達が時折持ち込む書物は重要な資料だ。それらの保全や管理を行う司書が劉と呼ばれる一族であった。様々な外界の情報は全て里長の一族である珱家の人間も目を通す。
「此方です。珠珀殿」
 里長の珱・珠珀を誘っていたのは劉の当代の司書であった。夫婦で司書を行って居る劉家の当主には娘が居た。紫琳と名付けられた彼女は大層大人しい少女であった。幼少期から外界の資料に触れてきていた彼女は知識を蓄えるだけではなく、ある一分野にも興味を有したのだ。それが武器だ。特に人間の作る銃器へと強く興味を示していた。精密な部品の組み合わせに、威力の強弱を決める機構。武器という知識は紫琳の知的好奇心を大いに刺激した。今日も両親の目を盗んでそうした資料を――
「ねえ」
 手にしようとしたときだった。テーブルの向こうから角が見える。桃色に染まりゆく二本の角は此方に背を向けて話す里長と同じだ。ぴょこりと揺らぐアホ毛が紫琳の視界でぐらぐらとしていた。
「ねえねえ」
「……里長のご息女様?」
「えへへ、正解~」
 ひょこっと顔を出したのは里長の一人娘である琉珂だった。桃色の髪を束ね、可愛らしいドラゴンのぬいぐるみを抱き締めている彼女は紫琳よりも二つほど年下だ。
「ずーりんって言うんでしょう? 何しているの?」
「本を読んでます」
「もうそんな物も読めるの? 凄い! あのね、わたしは全然読めないのよ」
 頬を膨らませる琉珂に紫琳「書庫守として、学んだだけですよ」と優しく応えた。愛らしい里長の娘の機嫌を損ねるようなことを言うタイミングでもない。
 彼女は父親について書庫にまでやって来ただけなのだろう。里長の家系であるだけではない。次期里長となる彼女を紫琳は無碍には扱わず「暇なの」「遊びましょうよ」と誘ってくる彼女の言うままに頷いた。
「何か読みますか?」
「ううん。わたしは難しいのは読めないの。けどね、一杯色々と知っているのよ。だから――おとーさん! ずーりんと、外に行ってきて良い?」
 突然大きな声を出した琉珂に紫琳だけではなく珠珀も目を丸くした。珠珀の傍に立っていた紫琳の父は「紫琳、琉珂さんと遊んで上げなさい」と和やかな声を掛ける。
「良いのかい?」
「紫琳も子供ですし、年も近いでしょう。余り引き籠もらせるのも……」
「それなら御言葉に甘えようかな。琉珂、危ない事はしてはいけないよ。里おじさまに言われた場所には行かないように。分かったかい?」
 珠珀が手を振りながら琉珂へと告げれば、幼い娘は「はーい!」と元気よく頷いてから紫琳の手を引いた。
 ぱたぱたと走って行く琉珂の足は淀みなく、里の外を目指している。亜竜集落の外に出る人間は数少ない。フリアノンは安全地帯ではあるが一歩でも外に出れば常に亜竜の危機が隣り合わせだからだ。
 それでも琉珂は淀みなく走り、紫琳の手を勢い良く引き続けている。足が縺れそうになりながらも「待って」と声を掛ければ琉珂はにんまりと笑う。
「此の辺りまでは安全だから出ても良いって言われているのよ。オジサマが教えてくれたの」
「オジサマ……里おじさまが?」
「そう! ここはね、大丈夫だって言って居たから、少しだけお散歩しましょう? ずーりんはお花は好き?」
「……知識の上では」
 本の虫であった紫琳にとっては里の外というのは知らぬ場所だった。危険の無い場所に限っての散歩だと琉珂は言うが、紫琳にとっての大いなる一歩であったことには違いない。
「あれはデザストルマイマイ。美味しいわよ。それから……あっちの花は乾燥させて煎じると美味しい飲み物がつくれるわ。
 あ、あとね、あれは……そう! 雨の日になると雫を受けて光るのよ。だから、迷子になっても大丈夫なの。あれがあればおうちにかえれるの」
 自慢げに語る琉珂の背中を眺めて居た紫琳は見知らぬ世界を見せてくれた年下の娘が眩くて堪らなかった。
 恐ろしいばかりであると認識していた外を楽しみ、笑っている。朗らかなその笑顔と、力強く手を引く腕。どこまでだって駆けて行けるような彼女が眩しくて、強く憧れた。
「怖くないのですか?」
「怖がる事なんて何も無いわ。だって、オジサマやアウラちゃん、ううん、皆が大丈夫だと言ってくれているのだもの。
 信じられるから、怖くないの。ソレに何かあったって、私がずーりんを護って上げるもの」
「ご息女様」
「あ、それやめて。あのね、私は琉珂なのよ。だからね、琉珂って呼んで欲しいの。私だってずーりんって呼んでるもの」
 頬を膨らませた琉珂に紫琳は目を丸くしてから「ええ、琉珂様」と微笑みかけた。嬉しそうに笑ったその笑顔を守りたいと願ったのはその時が初めてだっただろうか。

 それから時が過ぎて、覇竜領域へとイレギュラーズがやって来た。それが亜竜種達の常識をも変えて仕舞う変化で会ったのは言うまでもない。
 選ばれるように幾人もノア流種がイレギュラーズとなった。それは里長の琉珂もである。大きな変化に巻込まれていく亜竜種達は皆、戸惑ったことだろう。
 それは紫琳とて同じであった。イレギュラーズとなった紫琳は改めて、その輪の中心を見た。里長である以上、彼女がフリアノンにイレギュラーズを受け入れると決めた事で非難の声だって集まっていた筈だ。
 それでも、彼女は臆することはなかった。何時だって、真っ直ぐに背筋を伸ばして、その眸には強い光を湛えている。
「未知を既知へ。私達は知らないことばかりだもの。当たり前の様にそれを受け入れてはならないわ。
 フリアノンは、いいえ、亜竜種は、同胞はもっともっと、外へと進んでいくことが出来る。お日様が眩いことも、土の匂いも草の匂いも、文明と呼ばれた新たな進歩も。
 何もかもに触れて、より良い里にしていくことが悪いだなんて思いたくないもの。世界が私達を選んでくれたのならば、共に歩みたいと思うわ」
 堂々と言う彼女に同意して紫琳も外へと飛び出した。領域の外は、僅かに出歩くことの出来た里の周辺とは大きく違っていた。
 彼女が言う『鉄の塊』が走り続ける姿も。廃油の気配も。木々と草木が茂った山や煉瓦の家も。何れもが書物の中でしか見たことのない風景だった。
「あ、ずーりん!」
 手を振って微笑んでくれる。紫琳と、昔よりもハッキリと呼ぶ彼女の声は舌っ足らずではなくなっていた。幾分も背が伸びても、手を握り締めて引っ張っていこうとするその気易さだけは変わらない。
「何処へ行くの?」
「迷ってしまって」
「なら、案内するわ! 美味しいものを探しましょうよ。ね、ね、何が好き?」
 手を引いて、彼女はあの人同じように走って行く。あの時と同じだ。知らない場所へ、未だ見ぬ世界へと紫琳を連れてってくれる。
 何も恐れる事は無いのだと微笑んでくれる太陽。眩い陽の色の微笑みが、紫琳は愛おしかった。大切で、憧れた眩い存在だった。
 ――その光が陰らぬように、その笑顔が曇らぬように。彼女の未知を阻むものは打ち払おう。
 彼女が進むと決めた道こそが正しいのだと、そう信じていられたから。光に焦がれた紫琳は、ただ、真っ直ぐに彼女を見詰める。
 大切で、大好きな、私の光。
「こっちよ! 紫琳!」
 どうか、陰らぬように。貴女は――

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