PandoraPartyProject

SS詳細

永遠なんて、ないけれど

登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋

 ――オレが死んで行く所を、幼いままのキミに見せることになる。それ程恐ろしいことはない。

 拒絶をされたわけじゃない。寧ろ、向き合った上で彼が納得いく形を探してくれていただけだった。ソレを理解しているからこそ、どうしようもなく、痛かった。
 誕生日を経てからというものののちぐさはショウの気配を察知する度にその身を隠していた。彼から薫った香水も、その声音もよく覚えて居る。どうしたって生活のためにはローレットで仕事を斡旋して貰う必要があったが、そのたびに彼が居ないかを確かめる日々が続いていたのだ。
 勿論、ちぐさがショウの事を嫌いになったと言う理由ではない。ただ、彼にこれ以上の負担や心労を掛けたくはなかったのだ。
 顔を合わせばどうしようもなく感情が動いてしまう。彼に対して抱いた感情はちぐさにとっては特別と呼ぶべきものだった。恋情などよりも純粋で、誰にも侵されぬような親愛が横たわったままちぐさの心を塞いでいる。
(ショウと会ったら、また困らせてしまうのにゃ。……迷惑、かけたくないにゃ)
 ちぐさはよく分かって居た。ショウはちぐさの事を考えてああ言ってくれたのだと。彼がちぐさを拒絶したのではない。ちぐさを大切にするために、ちぐさに対して問題を提起しただけにも過ぎないのだ。それでも、その感情でショウを苦しめることはちぐさの本意では無くて。
(けど……ずっと、このままなのも……)
 ショウを避け続ける日々を送るばかりでは何も変わらない。此の儘では誰も幸せになんか鳴らないことは分かって居る。それでも、勇気が出なかったのだ。
 今日もローレットへと訪れたちぐさはショウが居ないことに安堵しながら受けた依頼の報告を行って居た。「ちぐさ」とその背中に声を掛けたのは幻想種の女である。長く伸ばしたエメラルドの髪に、華美なドレスを身に纏った彼女は何処か困ったような表情を浮かべている。
「あ、プルー」
「少し良いかしら?」
 肩を竦めるプルーにちぐさは頷いた。彼女の向こう側でユリーカが不安そうな表情を見せている。随分と幼く見える彼女は親しくしている友人を心配しているのだろう。レオンやショウ、プルーのことは呼び捨てる程度には長く共に過ごしている彼女だ。「ショウが不安そうなのですよ」とその眸は語っている。
(あ……心配掛けたのかにゃ……)
 ちぐさは俯いてからプルーの背中について、彼女の案内するカフェへと向かった。それが彼女の気遣いであることに気付いて更に少しばかり気が沈んだのは気のせいではない。
「あの……」
「分かってるでしょうけれど、ショウの事なの。彼、凄く困っていたわ」
 普段は色彩をその言葉に交えているプルーが分かり易いようにと言葉を噛み砕き伝えてくれる。ちぐさはこくりと頷いた。ユリーカは感情的な所がある。彼女の分までしっかりとプルーが話をしてくると宣言したのだろう。ショウは友人に恵まれているのだと感じれば、その上でどうしようもなさばかりが勝った。
(……やっぱり、僕なんか居ない方が……)
 俯いたちぐさに「悲しそうな眼ね、アイアンブルーな気配をさせているわ」とプルーは眼を細めてそう言った。顔を上げたちぐさは「あの……」と声音を震わせる。
「ショウから、少しは聞いているの。寿命の差は埋められない恐ろしいことだものね」
「プルーも……幻想種も、そうだって聞いているにゃ。プルーは長く生きるってどう言うことだと思う?」
 震える声音でそうやって問うたちぐさにプルーは「屹度、同じ事を考えるかも知れないのだけれど」と前置きをしてから一度、唇を引き結んだ。それから、ゆっくりと言葉を吐出していく。
「それは普通のことだもの。当たり前の様に過ごしていく。私達は何時だって『見送る側』になるのよ。けれど、それが当たり前だもの。諦観も抱いては居るでしょうけれど」
「僕も……僕も『そういうもの』だって諦めているにゃ。……でも普通だったら得られた幸せを逃してたら、それは悲しいと思うにゃ」
 呟いたちぐさを見詰めてからプルーはやわやわと首を振った。ソレは違うのだというように眼を細めて笑う。
「一緒に年をとっていくことは出来ないし、成長で得られるはずの達成感や喜びを共有することは出来ないわ。けれど、慈しみ愛し合うことは出来るの。
 ただ、ちぐさが彼に求めた愛情を、彼があなたに向けた時、年老いていく彼はあなたを置いて老いていくのが恐ろしいのだと思うわ。あなたは、彼が居なくなったら――」
「……うん」
 ちぐさは頷いた。それは分かって居る。だからこそ、彼は優しくああやって言ってくれたのだから。分かって居るか、どうしようもなく、苦しかったのだ。
 それでも、彼女と話している内に自身の感情は落ち着いた。彼はちぐさを思っていってくれた。その感情を裏切るように逃げ回っていては此の儘、どうしようもないではないか。
「プルー、お願いがあるにゃ」
「あら、何なりと」
 情報屋の女は美しい笑みを浮かべてからちぐさへと向き直った。先程までのしょんぼりとしていた気配は消え去った。心は決まったとちぐさは真っ直ぐにプルーを見詰める。
「ショウに伝えて欲しいのにゃ」

 ――思い出の場所で待っている。

 そう伝えられてからショウは一度考え込むように目を伏せた。ちぐさとの思い出は無数にあるが、感情をぶつけ合ったり、一番に長い時間を過ごしたのはちぐさの家だろう。
 彼の家へと遊びに足を運ぶ度に、嬉しそうに笑う顔を思い出す。ちぐさも、自身が来ることは期待していないかも知れない。
 プルート会えたことだってショウにとっては偶然だ。仕事を終えてローレットに戻った時、にやにやとしたユリーカの表情が気になりはしたが「伝言を預っているわ」と悪戯めいて笑うプルーに対してそれ以上、聞き出すことはするまい。彼女とて、口を割る気は無いのだろう。『伝えておくわね』と話を切り上げたところを見るに自分でなんとかしろと言っているかのようだった。
(全く、いい性格の友人が多いもんだね)
 ちぐさは家に居るだろうか。ローレットで依頼を受けたイレギュラーズの履歴を確認したが底には名前はなかったのだから、屹度今から向かえば会えるはずだ。
 ショウの考えの通り、ちぐさは家で過ごしていた。もしも、ショウが来なかったならば、と一人で考える。自身が留守にする際にはローレットに寄れば良いだろうか。留守ついでに買い物をしても良いかも知れない。夏に着る水着を探さなくては。
 水着、と呟いてからどんよりとした気持ちが蘇った。共にプールへ行こうと約束したのは、ショウからだった。浴衣を着て共に過ごしたのだから、次はプールが良いとショウは楽しげな声音で提案してくれたのだ。仲直り――と、言うのかは分からないが、ちぐさにとってはこの状態は仲違いしているとも言える――をしたならば、行けるかもしれない。もしかすれば、用意しても無駄になるかも。
 そんなことを考えて居たちぐさに聞こえたのは呼び鈴の音だった。勢い良く立ち上がり、走り出す。テーブルの上に置いてあった菓子が皿から溢れたが気にする余裕もなかった。
「はあい!」
 大きく声を上げて、在宅を知らせる。慌てて扉を開ければその勢いに驚いたのだろう様子で目を丸くしていたショウが肩を竦めて「やあ」と笑いかけた。
「ショ、ショウ」
「プルーからの伝言を聞いたよ。ちぐさ、探してくれていたんだって?」
 こくりとちぐさは頷いた。自分が避けていたけれど――きちんと話す勇気を抱いたのだ。
 ちぐさは「こ、こっちにゃ」と呟いてからショウの手を引いた。手を繋いで歩くのは何時ものことだったけれど、久方振りに握る掌は緊張してついつい体が硬くなる。
 ショウが座ったのは何時もの定位置だった。ちぐさはそんなショウも前に腰掛けてから「あ、な、何か飲むにゃ?」ともう一度立ち上がろうとする。が――「いいよ」とショウは首を振った。
「何か、話したいことがあったんだろう?」
「あ……その……前に、ショウが……パパにはって……」
 ちぐさはたどたどしく、ショウへと告げた。ショウは目を見開いてから小さく頷く。あれは拒絶ではない、けれど、ちぐさがそう受け取ったのならば仕方が無いとも思っていた――だが。
「僕、アレを聞いてからずっと、ずっと考えて居たのにゃ。ショウが言うのは分かるし、簡単に『大丈夫だよ』って言わない。
 けど、僕はそれでもショウがパパになってくれれば嬉しいなっておもうのにゃ。だって……僕がどれだけショウのこと好きか、知らなかったのにゃ?」
 少し自慢げに、揶揄うように告げるちぐさにショウは目を丸くしてから思わず吹き出した。
 叶わない、と言う様に肩を竦める。悲しんでばかり居た、ショックを受けたのも確かだ。それでも、今になって彼の顔を見たら余裕だって戻って来た。
「ショウが死んだら泣かないように、っていうなら、僕はパパの子供っていう誇りに賭けて誓えるのにゃ。
 昔……パパやママが死んじゃった時はとっても悲しかったし、いっぱい泣いたけど……今ではソレも大切な思い出なのにゃ。
 もう泣いてないし、パパとママが死んじゃっても、僕はパパとママのことが大好きなのにゃ。それに……当然、当然、ショウは僕の『代りのパパ』じゃないのにゃ」
「ちぐさ……」
「誰かの代わりにしようって思ってないし、僕のパパとママと、ショウが違うのだって分かって居るのにゃ。
 今の僕は、そんなことを思うように見えるかにゃ? 僕のショウへの大好きは、そういう嘘のものに見えるかにゃ?」
 問うたちぐさにショウは小さく首を振った。ショウだって、ちぐさが誰かの代替品に自分を求めているとも思っては居ない。
 ちぐさと過ごす内に、ちぐさが自身に対して居心地の良さを感じてくれた。それが親子のような関係性にまで発展したと言うだけだ。
「……オレは、ちぐさより先に死んでしまうよ」
「分かって居るにゃ」
「それでも大丈夫かい?」
 ちぐさは力強く頷いた。彼の心配だって尤もだし、それを否定なんか出来ない。優しい人だ。だからこそ、ちぐさはこんなにも彼の事が好きなのだから。
「僕はショウが泣いちゃダメって言えば、泣かないにゃ。パパがそうして欲しいって言うなら、約束だって守れるにゃ!」
「……大丈夫だよ。そんな約束はしないさ」
「ど、どうして……?」
 ショウはちぐさの背を撫でた。悲しくなったならば、存分に悲しんだって良い。泣くなと言われて泣かないという選択肢は必要ないのだ。感情を抑えるという約束は次第に麻痺してしまう。そんな事をして縛り付けておくのはショウにとっても本意では無いのだ。
「もしも、ちぐさが悲しいときには泣いたって良いし、オレが死んだ事を怒ったって良いよ。それはちぐさの当然の権利だから」
「権利?」
「ああ、パパだって、ママだって、どんな相手だって誰かの感情を制御出来るわけじゃない。オレだってちぐさが先に死んでしまったら、どんな風に取り乱すかも分からないよ」
 そっと頬を撫でるショウのてのひらにちぐさは擦り寄ってからぱちくりと瞬いた。彼の言うとおりだ。彼が居なくなった未来のことは想像できない。
 その時に泣くなと言う約束があったならば、自身は耐え忍んで『パパとの約束だから』と笑っていられるのだろうか。深い絶望を感じないという保証だってない。
「……じゃあ、僕、すごく泣くかも知れないにゃ」
「いいよ」
「怒るかもしれない。ショウのばかって」
「いいよ」
「それでも、いいの?」
「いいさ。それがちぐさがオレを好きだった証拠だろう」
 好きだからこそ、納得できないことはあるものだろうとショウは微笑んだ。ちぐさはぐ、と唇を噛んだ。
 考えるだけで泣き出しそうになる。途方もない時間を歩んでいく自分の抱いた諦観。彼よりも長く生きていくとしても、傍に居ることを決断するのは覚悟が必要な事だって別っている。
 プルーだって当たり前のことだと言って居た。見送る側になる事が、どれ程に恐ろしいことであるかだって分かっているつもりだったけれど。
「……僕はショウが大好きにゃ。パパみたいで、暖かくって、だから……本当のパパになって貰えるわけじゃなくっても」
「ああ、オレはちぐさの本当のパパやママにはなれないけれど、そういう存在ではあれるよ」
 支える事は出来るだろうと微笑んだショウにちぐさは小さく頷いた。傍に居るだけでも安らぐ関係性であれるならば、それで良い。
 ショウを見送る覚悟だって、ちゃんと出来て居る。ショウにぎゅっと抱き着いた小さなちぐさの背中をショウは優しく撫でた。
「甘えん坊だね」
「僕は甘えん坊なのにゃ。知らなかった?」
「知っていたよ。パパってちぐさが呼ぶよりもずっと前からね」
 ショウは揶揄うようにそう言った。ちぐさは擦り寄ってから滲んだ涙を一粒ぽろりと落とす。漸く、心が落ち着いたのだ。
 安心できたのは、彼が優しく笑ってくれたからだ。受け入れてくれたという安心感と、これからの未来が開けた事でざわめいた心が静まった事への安堵でふんわりとした眠気が襲う。
「眠いかい?」
「大丈夫。……まだ起きてるにゃ。だって、話したいことが沢山あるから。……あのね」
 ちぐさはそろそろと顔を上げた。背中をぽんぽん、と撫でていたショウは「なんだい?」と優しく問い掛ける。同じ色の瞳、彼の優しいエメラルドの眸が心地良い。
「前にね、ショウがプールに行こう、って言ってくれたのは覚えているかにゃ?」
 ショウは「勿論」と頷いた。暑い陽射しは得意とはしていないが、ちぐさと出掛けるのは悪くはないと想ったからだ。

 ――ああ、でも夏はプールにでも行こうか。ちぐさはどんな水着を着る?

 そう問い掛けたときから随分と時間が経ってしまったが、ショウはちぐさとの約束を忘れてなんかいない。
 それも反故にしてしまうかもしれないと少しばかり焦っていたのは確かなことである。今はそんな心配も焦りも必要は無くなったのだけれど。
「僕、ショウとプール、行きたいにゃ、水着もどうしようかなってずっと考えてたし……」
「はは、オレも同じ事を考えてたさ。ちぐさ、プールに遊びに行こうか。海でも良いよ。夏はちぐさの好きなことをして過ごそうか」
 宥めるように撫でていた掌を頭へと乗せてからぽんぽんと幾度か柔らかに撫でる。その手に甘えるように擦り寄ってから「本当に?」とちぐさは微笑んだ。
 何処に行こうか。沢山の約束をしたって言い。夏だけじゃない、秋も冬も。沢山の思い出をこれからも作っていける。
 彼の人生はちぐさよりもうんと短いはずだ。それは彼に聞かなくったって分かりきっている答えでもある。
 何時か、彼がいなくなってしまった時に『楽しかった思い出』で溢れるようにとそう考えながら「水着を買いに行くにゃ!」とちぐさは嬉しそうに微笑んだのであった。

  • 永遠なんて、ないけれど完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月14日
  • ・ショウ(p3n000005
    ・杜里 ちぐさ(p3p010035

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