PandoraPartyProject

SS詳細

『夢野幸潮』は「好き」が分からない、誰にも秘密の『悪』

登場人物一覧

レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
夢野 幸潮(p3p010573)
敗れた幻想の担い手

 その日の天気は今も思い起こせるほどに晴れやかな1日だった。
 春の麗らかな陽射しが過ぎ、夏の熱がまだ本格化を見せない頃。
 ラストオーダーも過ぎて観客が1人、また1人と帰途に着いたその後だ。
 にして思えば、それさえも変容をきたした我であるが故であったのだ。
 翌日の仕込みも終わらせてふと時計を見やれば、そろそろ約束した時刻が来る頃か。
 カランコロンと来店を告げる音が響く。
「ごめんなさい、少し遅れたわ」
 そう語るレイリー=シュタイン(p3p007270)が幸潮だけになった店内を真っすぐに抜けてカウンター席に腰を掛ける。
「まだ少し早いぐらいだろう」
「せっかくの幸潮との時間だから、少しでも多く取りたかったのよ」
 夢野 幸潮(p3p010573)の答えにレイリーは緩やかに笑って答えた。
「……そうか。ワインで良いだろうか?」
「ええ」
 暫しの沈黙に気付いてくすりと短く笑ったレイリーに幸潮は胸の奥の言い表しえぬ熱を覚えながらワインを注ぐ。
 元より今日は店主と客ではない、これはサービスだ。
 笑みを湛えるままにお礼を言ってワインに舌鼓を打ったレイリーから視線を向けられれば、幸潮はその視線に合わせ僅かな沈黙が場を支配する。
「それで、相談があるって?」
 穏やかなままに、一口程度で酔うわけものなく、彼女はほんのりと笑みを浮かべるままに問う。
「……あぁ」
 肯定を口に出して、少しばかりつっかえた自分にさえもどこか戸惑いながら、我はレイリーを見た。
 真っすぐに、こちらを見る目がそこにあった。
 美しく、愛しきヒト。彼女の気高き自己理想の追求『悪』を体現するかのような、真摯なる瞳がある。
 我ながら、そこに呑まれることはどこか心地よくさえある。
「我は、『夢野幸潮』は……レイリー。汝のことを"美しく愛しきヒト"だと感じ、想っている」
 ぽつりと、改めて言葉にすれば、目の前の彼女はそれを当然のこととして真っすぐに受け止めてくれる。
 それは彼女自身の不倒の在り方を明らかに魅せてくれるもので。
 その目がどんな敵を前にしても怯懦に塗れることなく、寧ろより毅然と向かい合うことは、どこまでも愛おしい。
 そんな彼女が輝くためになら如何様にも舞台を描き切ってみせると、『夢野幸潮』という舞台装置キャラクターは筆をとる。
「……『夢野幸潮』という存在は好きが解らないんだ。
 我はレイリーにどう振る舞えばいいか、分からない。
 舞台装置であるからこそ、舞台からの降り方が解らない……好きが分からなくて、一線が、越えられない」
 にして思えば、その時の我は、きっとどこかで照れや困惑以上の怯えがあったのかもしれなかった。


 閑散とした店内、古民家を改装して作り出した落ち着いた空気に満ちた店内でレイリーは向き合う相手に微笑を零す。
 実のところ、レイリーはどうして呼び出されたのか分かっていなかった。
 酷く真剣に、珍しくもどこか堅さを帯びた雰囲気の夢野幸潮と呼ばれる人物にと言われた時には、身が引き締まる思いだった。
 果たして、どんな難題が待っているのか、その難題がどんなものであろうと乗り越えようという気持ちでここに来た。
 ――だが、目の前に立つの相談というのは、随分と可愛らしい。

 ふと、レイリーは思う。
 地獄の如き鋼鉄の熱、冠位七罪の中でも屈指の暴力装置であった男との死闘の末に夢見た、新たな夢。
 その最中に、レイリーは確かにある少女が力無き者達を勇気づける姿を見た。
 何故か自分でもやることになった偶像アイドルという在り方。
 だが、それはレイリーが見つけた夢だ。
 誰かに願われたわけでも、悪ふざけでも、命令を受けたわけでもなく――ましてや強制されたわけでもない。
 結局のところ、誰かを勇気づけられるのも、誰かの為になるのも、レイリーがやりたいというエゴだ。
 そんなエゴことのために背中を任せても気にしないどころか、それを描くことが自分だと言ってくれる幸潮がレイリーは好きだった。
 こちらがエゴをぶつけるのがであるのならば、あちらのエゴの一つぐらい受け止めないで何がか。
 ――なんて、小難しいことを考えて、でもそれは結局、アイドルではないレイリーらしくもないのだろうから。

 笑みが零れ出た。幸潮にとっては、救いを求めねばならないほどの真剣な悩みだ。
 けれど、それでも笑みは零れ出る――こんなにも愛おしいヒトの悩みを笑みの一つも零さずに答えるのは寧ろヒトらしくないだろう。
「どう振る舞えばいいか分からない、ね。難しく考えなくても良いと思う。
 貴女が私の事を好きなら、一緒に色々な事を積み重ねて楽しいと、幸せと思えることを増やすことが一番よ。
 私がそうしたいように、特別な事はない。幸潮、貴女が貴女としてしたいことをすればいいのよ」
 笑みをこぼすままに、レイリーは言う。
 目の前に立つ幸潮は驚いたように固まった。
「私は貴女と一緒に色々なところに行きたいわ。
 私が知らない場所、貴女の知らない場所、私達が知っていても、もう一度行ってみたい場所。
 まだ見たことのない物、まだ触れたことのないもの、そういうものを見て、感じてみたい。
 それで、今みたいに2人で話したい。貴女は?」
 いつか、2人でお揃いの服を着て食べたスイーツのように、これからも、と。

 自分のエゴを曝け出すことに、レイリーは一切の躊躇などいらないと知っている。
 だからこそ、今もまた、それらを曝け出す。
 ――きっと、そうした方が『貴女』もエゴを曝け出してくれるでしょう?


「『貴女』……か……」
 幸潮は小さく口を漏らす。
 なんてこともない、代名詞。
 だが、『夢野幸潮』にとってそれはあまりにも劇物のようなものであった。
「ハハッ──外へはひどく臆病な私が遠いところまで引っ張られたものだな」
 其れは観測者だった。
 あるいは、舞台装置でありながら観劇者でさえあったのかもしれない。
 装置は装置でしかないのだから、舞台役者として踊るには不十分だ。
 それ自体は、まるで気にもしなかったが――なるほど、いつの間にか我はそうではなくなっていたらしい。
 いや、或いはそれは今更でさえあるのかもしれないが。
「この変容した『我』は……愛を。恋を。知りたい。汝らを支えたくて、仕方ない」
 舞台袖から一番近くで観劇をしてきた臆病者も、きっと自己利益の追求を肯定されるのなら。
 どうして、手を引かれて舞台上に上がることを恐れていられようか。
 あぁ――けれど。『悪』それが許されるのなら、我が汝の『悪』それを受け入れたように。
「我が『悪』……受け止めてくれよな」
 薄っすらと笑みを浮かべて告げた幸潮はカウンターを抜けてレイリーの隣に立つ。
「えぇ、もちろん」
 それがレイリー=シュタインの在り方だと。
 彼女がそう笑むならば――そっとその手を取った。


 取られた手に、キスが落とされる。
 向こう側に立っていた『貴女』が、手を取った。
 誓いを受け入れるままに、レイリーは笑みをこぼす。
 幸潮が顔を上げ、視線が交わる。
 殆ど同じ背丈、立っている分、少しだけレイリーが見上げさせられる側だった。
 落とされたキスは、今度は口元へ。
 ほんの軽いそのキスは、どこか甘い味がした。
「ねえ、幸潮。せっかくこちらに来たのだから隣に座って一緒に飲みましょう?」
「あぁ、もちろんだ……ただ、少し待ってくれ」
 レイリーが問いかければ、幸潮が静かに頷き、またカウンターの向こうへと消える。
 響く音はちくたくちくたくと時計が時刻を刻む音。
 こちらに背中を向け、キッチン部分で何やら作業を始め、暫く待っていれば香しい香りがレイリーにも感じられてくる。
「……フレンチトースト?」
「あぁ、今だけは店主と客に戻ろう。少しだけな」
 レイリーに頷いた幸潮がてきぱきと動いている。
 レイリーはその姿を見ながら、ふと微笑を浮かべていた。
 普段とはまた異なる彼女の背中はキャラクター性を変えているわけではなかろう。
 いつもの幸潮とは同じ背中でありながらも違うその背中は、普段ならば預け合うもの。
 だが店主としてそこに立つ『彼女』の姿はまた格別に愛おしい――とはいえ、手伝うわけにも行くまい。
 店主と客に戻ろう、とはそう言うことだろうから。
 やがて、甘い香りの乗せたスイーツ全振りのフレンチトーストが2つ。
 再び隣に座った幸潮の前にある物とレイリーの前に置かれた物はよく見れば微妙に異なっていて。
「――早速だが、もう1つ、我の『悪』に付き合ってくれ」
 小さく一口大に切り分けられたトーストが差し出されれば、言わんとすることは分かる。
「ええ、もちろんよ――」
 口を開けば、入ってきたトーストの甘味が舌を打つ。
 焼きたてのトーストはホクホクで、けれど目を瞠るのは熱さではなくその味の美しさだ。
「美味しいわ」
「そちらも一口もらえるか?」
 その言葉の意味を聞き返す必要もなく、レイリーは切り分けた1つを幸潮の口の中へ。
 きっと、そちらも甘くて美味しいのだろう――だって、誰でもなく、自分達の為に作った物なのだから。

  • 『夢野幸潮』は「好き」が分からない、誰にも秘密の『悪』完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月09日
  • ・レイリー=シュタイン(p3p007270
    ・夢野 幸潮(p3p010573

PAGETOPPAGEBOTTOM