PandoraPartyProject

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After Days

登場人物一覧

死牡丹・梅泉(p3n000087)
一菱流
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業


●One Day
「まさか来て頂けるとは……思いませんでした」
 幾分か居心地の悪そうな顔をした志屍 瑠璃 (p3p000416)の視線を受け、死牡丹・梅泉 (p3n000087)は小さく鼻を鳴らしたまでだった。
「主は成算も無く誰ぞを呼ぶのか?
 少なくともわしの酔狂を主は幾らか理解しておると思っておったのじゃがなあ――」
「……う、まぁ、それは……」
 やや芝居がかった調子でそう告げた梅泉に瑠璃は一層罰の悪そうな顔をした。
 深まる晩秋に紅葉は見事に色付いている。見頃を過ぎてもまだ楽しめる山の野点は瑠璃の領地に設えたとっておきに違いなかった。
「まさか来て頂けるとは思わなかった」は半ばは瑠璃の本音であり、もう半分は言い訳のようなものだった。
 死牡丹梅泉は戦ってさえいなければ実に雅な男である。
 生来の育ちの良さがそうさせるのか、単に美しいものを愛でるのが好きだからなのかは知れないが――
 彼は明らかに、きちんとした招待にはきちんと応える方である。
 長い付き合いではないが、それを知らない程に短い付き合いでも無い。
 即ち、瑠璃の言葉は非合理的で――
「――違うか?」
「違いませんけど」
 梅泉が指摘したその通り、瑠璃は彼を『幾らか』理解している。『幾らか程度には』気安いのも確かであった。
(……でも、それでも、ねぇ……?)
 吹き抜けた山の涼風に目を細め、靡く長い髪を軽く抑えた風流な男は瑠璃に構わず目の前に広がる風景ばかりを眺めていた。
 
 この梅泉は言うに及ばず、彼の周りに居る人間が持ち合わせる逸脱てんぶのさいを瑠璃当人は持ち合わせないものと認識していた。
 朝も早くから丹精を込め、笹におむすびを包み、重箱に彼の喜びそうな季節のてんぷらを用意した彼女は、まぁ――分かり易くも語るに落ちる、実に面映ゆい感情を彼に抱かない訳でもないのではあるが。
 実際の所、二の足も三の足も踏んでしまう理由は誰かが想像するものと決して遠くは無いだろう。
「……要するに、荷が重過ぎるんですよね」
「何じゃそれは」
 歯切れの悪さに、明らかに当を得ない答えを乗せた瑠璃に梅泉は呆れた顔をした。
「まぁ、此方の事です。少なくとも今日は――
 ――ええ、確かにまるで来て頂けないとは思っていなかったのですけど。
 先の戦いのお祝いと労い位はさせて頂けないかと思った次第で……」
 Paradise Lostを冠する幻想を揺るがした大事件は実に大変なものだった。
 しかし、先代にして全代のアーベントロート侯こと『パウル』の遊戯から始まった大混乱は、ローレットが彼を撃破せしめた事で一応の落着を見せていた。
「祝いと労いか。わしからすれば雇い主を失った実に間の抜けた有様と言う他はあるまいがなあ」
「……他意はありませんからね!」
「分かっておる。まあ、アレもアレのやりたいように殉じたならば、碌な死に方をしなかったとは思ってはおるまいよ」
 幻想の麒麟児ことクリスチアン・バダンデール等を失った事は『国にとっての痛恨』だが、実際の所、魔種と成り果てていた彼の最期を評価する言葉は難しい。
 少なくとも多くの野望と悪意を秘めた彼が、たった一人の幼馴染の為に殉じたというのなら、それは本懐だったと思ってやる方が浮かばれよう。
「何より、梅泉さんの御帰還にお祝いを差し上げたく……」
「主も酔狂よな」
「とんでもない! 御自身が知らないだけで結構な重大事ですよ!」
「然様か」と相槌を打った梅泉は当然と言わんばかりでそこに頓着している様子は見えない。
 ともあれ、別の問題が山のように沸いて出ている気配はそう言った瑠璃とて承知の上だが、少なくとも最も重要なピースは今ここに在る。
 本人が何処まで理解しているか、察しているかは知れないが。
 そう言えば頬に朱色の差した瑠璃はと言えば、他の何を差し置いても『彼が戻ってきた』事そのものが重大事だ。
(そう言ったら――何を当然の事を杞憂しておる、とでも仰るのでしょうね……?)
 凄絶にして超然とした彼は幾分かの乙女心も心配も、一顧だにせずに笑い飛ばしてしまうのだろう。
 
『要するに荷が重過ぎる男』はどうしたって瑠璃のついていける範囲には居ない。
 
「今日、ご招待したのは別にも用件があったんですよね」
「……ほう?」
「仕事のお話です。実は」
 梅泉がクリスチアンのお抱えとしてサリューの食客をしていたのは周知の事実である。
 その壮絶な腕前を含め、中々市井で生きるのが得意では無さそうな彼にとっては天職と言えたかも知れない。
 クリスチアンが死に『職場』が機能しなくなった以上、彼は生業に困ろうという想像もついたのだが――
「最近は書や絵を嗜んでおられるとか」
「手慰みに少々、な」
「市井では極上の評判ですよ。こうも見事に『嗜まれ』たら、本業が商売あがったりだとか」
「坊主の手習いも真面目にこなしておくものじゃなあ」
 冗句めいた瑠璃に梅泉が同じ調子の笑みを零した。
「しかし耳が早いな。何処で聞いた」
「少々ね。噂で小耳に挟んだのですよ。これでも、そういう話を捕まえるのは大の得意分野でして」
 忍の郷の出身なれば、瑠璃は売る程にその手の管を持っている。
「成る程なあ」
 漸く合点がいったらしい梅泉は顎を撫でるようにして言った。
「それで、野点か」
「はい」と我が意を得た瑠璃は破顔した。
「私の領地で良ければ、幾らでも逗留して下さって構いません。
 ……それで、その、代価という言い方は、あまり好きではないのですが。
 梅泉さんさえよければ、わ、私に一筆、書を頂けないでしょうか!?」
 この際だ、ええいままよと勢いを付けた瑠璃の要請は彼女からやや冷静さを奪っていた。
 何分相手は酷い自由人で、実に風雅なる文化人である。婚約者の在る身――と、瑠璃は思い込んでいる。勿論梅泉は承知していない――男に、彼女が向ける告白おもいきりとして、これは実は最大限のものだったのだが、当然のように梅泉は素知らぬ顔で「ふむ」と思案の顔を見せる。
「……まぁ、季節も良い。暫くこの辺りで時間を潰すのも悪くはないが……
 書の一筆で強請るには、幾分か贅沢過ぎる身の上とも思うがな」
「そ、それは……滅相も無く!」

 ――貴方が居てくれればそれで割と十分です――

(……何て言える筈が無いでしょうが!!!)
 相手は二之太刀要らずの剛剣も柳に受け流す『達人』そのものである。
 それが刃を握っても、こんな言葉遊びの局面だったとしても――変わらない事を知っているから、瑠璃の体温は一気に上がった。
『逸脱』なくば共に行けぬ男故、過度を望んでいる訳では無いのだ。
 少しだけ、ほんの少しだけ。
(血の気の無い所に控えている女が一人位居ても、面白いとは思いませんか……?)
 内心だけで、僅かに縋る調子で思案顔の梅泉を覗き込めば、相変わらずの仏頂面をした彼は。
「……飯も旨いし、世話も焼く。山の赤黄の一枚も描き終えるまでは、この場に留まるも上等か」
 瑠璃の内心も知らずに――きっともっとずっと知らずに。そんな風に一つ頷いただけだった。

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