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冥夜と朝時と夕雅の話~違う世界で俺と兄~

登場人物一覧

鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
鵜来巣 冥夜の関係者
→ イラスト
鵜来巣 冥夜の関係者
→ イラスト

 めんどくせぇことになったな、というのが、夕雅の本音だった。
 仕入先をあのボウズの会社にしたのが間違いだった。身内割りが効くからとついつい欲をかいてしまったのがそもそもの原因だった。鵜来巣の家とは、正直あまり関わりたくない。現頭首とその補佐である弟が、現世との融和と世界平和という、ただでさえあほくさい家訓を金科玉条のように大切にしているのもしゃらくさいし、一族の陰陽師ときたら口やかましいことこの上なくて鼻持ちならない。
 好きにさせろ、とおもう。
 俺は俺だ。鵜来巣の家に生まれたからなんだというのか。たしかに退魔師の真似事をしちゃいるが、それは荒事の勘を忘れないようにするためでしかなく、平和とかいうばかばかしいもののために身を粉にして働く奴らがこの世に存在するというのがそもそも理解できない。その点、この欲望の街は心地良い。自分が築き上げたホストクラブ、「BLACK★DANDY」が大きくなっていくのはシンプルに楽しかった。頭を悩まそうとするトラブルの数々は、金さえあればかたをつけることが出来る。札束で叩かれて目の色を変えない人間などいない。この街は素直だ。この街の奴らは、自己中で、欲が深いクセに、常に責任逃ればかり。だから付け入る隙はいくらでもある。
 ところが鵜来巣の同機どもときたら、口を開けばやれ身を慎めだの陰陽師として恥ずかしくないのかだのおまえにはプライドがないのかだの……。酒、女、娯楽、派手な生活。どれも諦める気はない。陰陽師としての体面なんて小言、蛙の面に水だ。プライドで飯は食えねえ。俺は店へ来るカモどもへ一時の夢を見せるのにいつだって全力だし、何十人も居るホストを品定めし、そいつらのポテンシャルを引き出すのに余念がない。だから退魔師なんてのは、おままごとだ。世の中金だ、湯水のように金をじゃぶじゃぶ使ってやりゃ、そいつが世界平和ってものだろう。
 ……ボウズの会社と取引をはじめて、一年は波風が立たなかった。が、今日、特大のがきた。頭首からの召喚礼状。正直、ボウズの会社のおかげで売上は右肩上がり。キックバックもウマいし、他の会社と比べて信用も置ける。だからってこのツテを使うことはないだろう。この礼状だけで、一気に気持ちが冷めた。いますぐ電話をかけてすべての取引を停止したい。もちろん俺は組織のアタマなので、私情と仕事は切り分けて考える。よって、俺は残念なことにこの召喚へ答えなきゃならない。
 夕雅は礼状を手に取り、苦虫を噛み潰した。いかねばならない。
「薫」
「へい、統括」
「はいだっつってんだろ」
「はい」
 式神であり、幹部の一人であるホスト、薫が椅子から立ち上がった。薫は黒髪を長めに伸ばした色白の男で、茶色い瞳が猫科の猛獣を思わせる。荒事となると相手が気絶していようがおかまいなしで殴り続けるサディスティックな面があった。
「統括はお出かけで?」
「ああ」
 短くうなずいた夕雅がノートPCのキーを押す。月の後半の予定が、きれいさっぱりなくなった。
「あとはまかせた」
「へい」
「はいだっつってる」
「はい」
 返事を聞くなり、夕雅の姿はかき消えた。黒い火花だけが、夕雅の存在を教えていた。

 で、俺は何を見せられているんだ。
 夕雅は目をきゅーっと糸目にしたまんま、目の前で繰り広げられる茶番を眺めていた。
 朝の光さしこむ爽やかな対面キッチン。うとうとねむねむしている冥夜と、その弟のために、輪をかけて爽やかな笑顔で朝食の支度をしてやる朝時。


「冥夜、また夜更かししたね?」
「うう、すみません兄上、起こしてもらってぇ……」
「予習復習をきっちりやるのはいいことだけれど、睡眠時間を確保していないのは困るよ」
「式神操作の練習をしていたらつい根を詰めてしまったんだ」
「うん、気持ちはわかるけれど、もっと体を大切に。オマエは俺の右腕なのだから」
「……兄上!」
 冥夜がぱっちり目を見開いた。わかりやすいことこのうえないジャリガキだ。ボウズもボウズであまやかしすぎだろう。ミキサーでスムージーを作ってやる姿は、とても陰陽師の頂点に立つ現頭首とは思えない。
「夕雅はグレープフルーツジュースでよかったかい?」
「たのまあ」
「こうして親戚同士仲良く朝食をとるのも楽しいものだね」
 やめてくれ、背筋を虫が這っていったぞ。
 朝時は食パンへバターを塗ると、具をたっぷりはさんだ。豪快に四方の耳を切り落として、サンドイッチのできあがりだ。
「うん、やっぱり朝は兄上特製サンドイッチと、オレンジジュースだな」
「たんとお食べ冥夜」
「では、いただき……叔父上、どうされたのですか。はっ、さては」
 冥夜は深刻な顔をした。
「……スープも欲しい、と?」
 んなわけねーだろうか、ジャリガキ。
 夕雅は口をへの字にした。どうもこの兄弟には調子を狂わされる。というか、あまりにマイペース過ぎて毒気が抜かれてしまう。かたや鵜来巣頭首にして貿易会社「ポーラースター」社長、鵜来巣朝時。かたや現頭首の右腕、一族内でも指折り数える陰陽師であり出撃回数ナンバーワンのエース、鵜来巣冥夜。その実態が、弟をべったべたに甘やかす兄と、兄にでろんでろんに依存しまくる弟だなんて。
 のうみそがおはなばたけなのか、こいつらは。見るたびにそう思う。
 練達はタワマン最上階、ワンフロアをぶち抜いて作られたこの部屋は、朝時の私室だ。当然、結界が張られており、並の悪霊は近づくだけで消え失せてしまう。つまり、ここから出るのも容易ではないということだ。
 げんなりしながらサンドイッチ(くやしいがうまい)をつまんでいると、夕雅の前に朝時が立った。なにか言いづらいのか、手をもんでいる。
「用件は?」
 さっさとこのあたまゆるゆる空間から抜け出るべく、夕雅は自分から話題を振った。
「どこから話すべきかな……」
 朝時は冥夜へ顔を向けた。
「冥夜が特異運命座標になったのは知ってるかい?」
「はあ?」
 それは初耳だ。夕雅も片眉を跳ね上げ、冥夜を見た。
「一昨日の話なんだ。冥夜、説明を」
 神妙な顔で冥夜はうなずいた。
「庭で修行していたら、わーっとなってがーっと飛ばされてばーって啓示を受けてシュって帰ってきました」
「説明になってねえよ」
 冥夜は心底意外そうな顔をしている。朝時は額を抑えていた。
「このとおり、冥夜は陰陽師としては優秀だが、それ以外はまだまだ未熟なんだ」
「そんな、兄上。俺はもっとがんばります!」
「うん、気持ちは嬉しいよ。だけれど、まずは夕雅のところで社会経験を積むのがいいんじゃないかな」
 雲行きが怪しい。夕雅はへの字になった口をさらにひんまげた。朝時が夕雅へ、拝むように両手を合わせる。
「頼むよ。冥夜を預かってくれないか」
「断る」
「そこをなんとか」
「断る」
「俺じゃ、ついつい冥夜を甘やかしてしまうんだ」
「そこは自分でなんとかしろ」
「お願いだ、頼むよ」
「断る。しつこい」
「冥夜のためにもなるんだ」
「ジャリガキなんざどうでもいい」
「キックバックをやめるよ?」
「俺にとっちゃチャラ銭だな」
「仕入れ高の三割を割り引く」
「……」
 夕雅は苦虫を噛み潰しつつ口をへの字に曲げるという器用な技を披露した。それだけの対価を払ってでも冥夜を預けたいということか。かわいい子には旅をさせよとはいうが、ここまでおくるみにいれられたジャリガキの相手をするというのも、想像しただけで頭痛がする。
「アンタ、その世間知の何割かを大事な弟へ教えてやりゃいいじゃねぇか」
「冥夜にはきれいなままでいてほしいんだ……」
「アンタ……」
 俺はホスト街のドンだぞ? そこへ預けるということは水商売をさせるということで、自分から泥水をひっかぶりにいくようなもんだぞ? ホスト舐めんなよ? ああん? 怒鳴りつけてやりたかったが、そんなことをしたら横にいるジャリガキが某警備会社並の勢いで反撃に来るだろうことは火を見るより明らかだった。
 冥夜は冥夜で、ものすごい顔をしている。
「兄上、俺は、俺は、なにかしでかしたのでしょうか。俺が兄上に見捨てられるような甚大なことを……」
「いいや冥夜。オマエはなにも悪くない。この兄のわがままだ。どうか何も言わず、胸に納めてほしい」
「兄上……では俺は、兄上に嫌われたわけではないのですね」
「そんなわけないだろう。どこにいても、俺の右腕は冥夜だけだ」
「兄上! 俺、離れていても兄上を絶対に忘れません、片時たりとも!」
「待て。ふたりで盛り上がるな。そもそも俺はイエスと言っちゃいねえ」
「えっ」
 冥夜が驚いたように目を丸くした。
「兄上の申し出を断るなんて、あり得ない」
「おい朝時、こいつやっぱめんどくせぇわ。俺は断るからな」
「夕雅なら俺ではさせられない経験を、冥夜にさせてくれると思って」
「なんだその信頼、いらねぇよ」
「兄上を悪く言うな」
「だまれポンコツ」
「なっ、俺は火雷風雨の全式を統御できるんだぞ! 誰がポンコツだ!」
「闇雲に術式へ手ぇ出すから、自分の方向性がわからんのだろう?」
 冥夜はわかりやすくしゅんとなった。ええ年こいた男が「しゅん」ってすんな。夕雅はそう思った。
「とにかく」
 両手をテーブルへ叩きつけ、夕雅は立ち上がった。
「この話はこれで終わりだ。じゃあな」
「夕雅」
「帰るぜ俺ぁ」
 そのまま玄関へ歩みだした夕雅のまえに、冥夜が立ちふさがる。
「叔父上、俺を弟子にしてください」
「急にやる気だすな。きしょくわりぃ」
「兄上のお眼鏡にかなった叔父上のお眼鏡にかなえば、さらに兄上の役に立てる」
「発想がすでにキモい」
「叔父上! 俺を弟子に!」
 めんどくさくなったので、夕雅は大外刈りの要領で冥夜を転がした。
「じゃあなポンコツ」
「負けるものか! 必ず叔父上に俺を認めさせてみせるー!」
 背後からの叫びを、夕雅は完全に無視した。その後、弟子入り志願の冥夜につきまとわれることなんか知らずに。

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