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だれやらが かたちににたり けさのはる
登場人物一覧
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かぽん、かぽん。
独特の音を出す下駄という靴――のようなものはどうにもグラグラしていて落ち着かない。
着物もあちこちに詰め物をして帯というベルトのようなものでギュウギュウに締め付けられて、足元などほぼ開くことがなくてあるき辛い。
本当に彼の――哀坂 信政 (p3p007290)の故郷の女性はこのような服装を好んでいたのだろうか? なんて クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)は訝しむ。
しかして、この紅い簪だけはお気に入りだ。くるりと巻いて固定するだけで髪の毛がまとまるのだ。なんて便利! お仕事の最中もたまにまとめる必要があるときは使っている。
「ひゃ」
クラリーチェの下駄がつんのめって転びそうになるのを信政が器用に持ち上げて軽くウインクする。
「し、失礼しました」
「どういたしまして、それにしてもすごい人混みだな。同郷のウォーカーも多く来てるようだ。たしかになあ。ここは幻想でも故郷を感じれる……っとそうだ。俺の故郷では新年にはこういうんだ。
嬢ちゃん、新年明けまして……っと、嬢ちゃんとこに不幸起きてねぇよな? んならおめでとう、だ。」
「あ、はい、特段何もなく新年を迎えられて喜ばしい限りです。哀坂さんもお変わりありませんか?」
「もちろん、だ。嬢ちゃんが思った以上にそのおめかしセットが似合っていることに気づいた以外は」
「……なにを言ってるんですか?」
「さ、初詣にいこうぜ。もっと人混みになるぞ。手をひいてやろうか?」
「もう、大丈夫ですっ!」
軽口に少しだけクラリーチェの耳の先が赤くなる。それが妙に可愛く思えて、信政の心臓がとくんと跳ねた。
実際に彼女を着飾るおめかしセットは彼女の魅力を十分に引き出している。
ありていに言えばめっちゃかわいい、だ。
「ひゃっ」
人混みは相当なもの、すれ違う人を捌き切れず肩がぶつかり、クラリーチェがよろめく。
「しかたねえな」
言って、信政はクラリーチェの肩を抱く。
「信政さん?」
「せっかくのハレの日だ。そんな日に転ぶなんて縁起がわるいからな。俺がその衣装を用意したんだから転ばないように責任はとるさ」
信政のそんな言葉にクラリーチェは「そんな気遣いをさせてしまって……申し訳ありません。頑張って歩かねば!」などととんちんかんな解釈をする。
(それにしてもわかんねえもんだな。この俺が堅物なお嬢ちゃんと初詣にでかけるなんてな)
最初はやぼったいシスターだと思った。だから悪戯心もあっておめかしさせたかった。
それから、一人シャイネンナハトをおくる悲しい男だと思っていたら、彼女が一緒に過ごそうなんて洒落たことをいってきた。多少面食らったが、彼女と過ごす時間は思いの外楽しいものだと感じて――気になり始めた。
もちろん女性として。とは言えそんな気持ちを前面にだせばこの堅物女はひいてしまうだろう。それは――とても嫌なことだ。
「あの、えっと……修道女たる私が、違う神様にお願い事など……本来は咎められてしまうことですよね?」
境内に上がったクラリーチェははたと気づき歩みを止める。
「気にすんな。俺の故郷では万物に神が宿るって考え方でな。だから年始には去年一年万物にたいする感謝を告げにいくんだよ。そんでそのついでにお願いごとも叶えてもらうって気軽な話さ」
「……なるほ、ど?」
彼の故郷の考え方は彼の住む世界においても珍しいものだ。宗教においては一神教がスタンダードである。それはクラリーチェも同じで簡単には理解はしづらいものだ。だけれども、お願い事をしてもいいのだとはわかった。 お願い事は、自分にもある。
たまにはそれを口にだしてもいいのかもしれない。
クラリーチェは見様見真似で周りの人がやるように手を合わせ目をつむり祈る。
願わくば――目に映るすべての人が今年一年平穏に暮らせますように。
それはいつだって願う優しい祈り。
対する信政だって願いは決まっている。
(……嬢ちゃんが、ちゃんと幸せを掴める様に……)
信政は願ってはたと気づく。自分が神様なんて曖昧ないるのかいないのかわからないようなものに本心から祈ってしまったことに。――なんという自分らしくなさ。
もちろん願いは嘘じゃない。だが、だからこそそんなことを願うようになってしまった自分が信じれない。
「ああああ!!!」
叫び声をあげながらそのもどかしさに信政は柱に頭をぶつける。
「ええっ?! なにをなさってるんですか?!」
そんな信政の奇行にクラリーチェは驚きの声をあげた。
「気にすんな嬢ちゃん、これも俺の故郷のやり方だ」
「なるほど……」
「いや、嬢ちゃんはしなくていいから!」
自分もと同じ用に柱に頭をぶつけようとするクラリーチェを信政は慌てて止める。
参拝を終えたふたりは人混みあふれる境内を歩く。かぽんかぽん。砂利道はあるきにくいがずいぶん下駄にもなれてきた。だとすれば周囲をみる余裕もでてくるというもの。
「あ」
クラリーチェの瞳に映るのは色とりどりのお守り。修道女である自分がそんなものをもつなんてとはおもうけれど、でも。この日の思い出になるならと思う。
「よろしければ、色違いで一緒に持ちませんか?」
そうしたいと、思ったのだ。
「ん? お守りか。ああ、もちろんかまわないぜ!」
修道女がお守りかよ? なんて野暮なことは言わない。何かをほしいと思うならそれはいいことだ。
「嬢ちゃんはどの色がいい? まかせときな。大した値段じゃないからな。信政お兄さんが買ってやっからよ」
自分のぶんは自分で……と口にだしそうになってクラリーチェは口をつむぐ。
そこで意地をはるのはあまりにも可愛げがないと思ったからだ。
「はぁ、可愛げなんてなくてもいいはずなのに。おかしいですね」
漏れた小声は信政の耳に届く。
(はぁ、ほんとそういうとこだからな)
内心でそう呟きながら信政はため息をついた。
「ほら、嬢ちゃんには紅色だ。俺は、紫で」
2つ並んだお守りはまるで兄妹のようで、なんとなく家族というものに触れた気がしてクラリーチェの顔がほころぶ。
「あの、この文字、なんと読むのでしょうか?」
紅いお守りに浮かぶ金糸の文字は「安産祈願」。
「ぶっ、いや、これはその、ちょっとまった、え~~、違うのにするか?」
「……いえ、これは信政さんがその、私のために選んでくれたものなので、これで……これがいいです」
にっこり微笑むクラリーチェに信政は思う。
(ほんっとーーーーにそういうところだからな!!)
信政は本日何度目かのため息をついた。
ちなみに紫のお守りには「恋愛成就」なんてかいてあることに、信政はまだ気づいてはいない。