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未来の約束

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い

 リコリスが住む森から近くの街までは、歩いて行くらしい。馬車を使ったほうが楽な距離ではあるそうだが、リコリスは馬の世話はできない。魔法の馬車を使うと魔女であるとばれてしまうから、長い距離を歩いていくしかないとのことだった。

「森に住んでいるのも知られたくないから、荷馬車に乗せてもらうこともできなくて」

 森を出てすぐの場所は、よく行商が通る道らしい。待てば荷馬車が通るそうだが、そこに乗せてもらうのはどうしても躊躇ってしまうという。

「だからまず、街に着いたら休憩してもいい?」

 人がほとんど通らない道の端で、リコリスは笑う。あまり体力がなくて、と彼女は恥ずかしそうにしているが、ジョシュアに対する気遣いもそこに含まれていて、胸が温かくなる。

「そうですね。まずはゆっくりしましょう」

 しばらくの道のりを、他愛ない話をしながら歩いた。最近森で育つようになった薬草や、咲き始めた花のこと。普段は大人しく留守番してくれるカネルが今日は一緒に行くと言って聞かなかったこと。そういった何気ないことを、リコリスは優しい目をして語る。
 こういう目をしている彼女を見ていると、固まっていた心がほぐれていくような、温かい気持ちになれる。人から冷たくされないようにと孤独を選ぶのも、正体を知られる恐怖も分かるから、優しい気持ちになれる時間が大切だということは身に染みて知っている。だからこそ、彼女のこの表情や、穏やかな気持ちを守ってあげたいと思うのだ。

 人の街に出るのは不安なことも多いけれど、できるだけ自然に楽しみたいと思う。そうでないとリコリスが気にしてしまうような気がして、次もなくなってしまうように思えたのだ。今回で終わりでは意味がない。いつかは綺麗な景色を一緒に見たり、遠くに出かけたりしたいから、今日をそのための一歩にしたいのだ。

「そろそろ街が見えてくる頃よ」

 頷いて、身に着けていたパーカーのフードを被る。頭からぴょこんと生えている猫耳の感触に指で触れると、それに気が付いたリコリスが「まあ」と声をあげた。

「かわいいわね」

 リコリスの指が猫耳をつついて、かぁと頬が赤くなるのを感じた。

「えっと、友人が隠すなら可愛くしておけと」

 友人のシエルのどこか揶揄うようなアドバイスを思い出す。可愛くする意味はともかく、カネルとお揃いだからと思って買ったのだが、目立つだろうか。

「耳も隠せるし、紫になった髪も目立たないわ。良いと思うわよ」

 どうやら照れたせいか、髪が紫色に変わってしまったらしい。前髪を持ち上げてみると、一部分がシナモン色から変化している。

「そう、ですね。今日を平和に過ごせるなら」

 熱くなった頬を押さえながら、再び道を歩く。人が多い場所に行くのはなかなか慣れないけれど、リコリスと一緒だと思うと少しわくわくする。
 やがてぽつぽつと家が建つようになり、店やそこに入る人たちが見え始める。リコリスが静かに深呼吸しているのに気が付いて、ジョシュアも倣うようにして息を吸った。

「まずはジャム屋さんに行きましょう」
「そこって、リコリス様がお気に入りの」

 リコリスはにこりと笑って、街の一角にジョシュアを連れて行く。窓際に色とりどりの瓶が並べられた店の扉をそっと押して、ゆっくりと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 甘い香りのする店だった。店の奥でジャムを作っているらしく、果物を煮詰めた香りが店の中にまで漂っている。

「しばらく前からジャムサンドを売ってくれるようになったの」

 ここで休憩しようというリコリスに、ジョシュアは笑い返す。一人だとここで食べていく勇気はなかったと、彼女が小さな声で呟いているのを聞いて、今日は彼女の食べたいもの、行きたいところにどこでもついて行ってあげたいと思った。

 メニューを見て二人で悩んで、サンドイッチと紅茶のセットにした。リコリスはベリーのジャムサンドで、ジョシュアは無花果のジャムサンドにした。
 運ばれてきたジャムサンドは、瑞々しく甘いジャムと柔らかいパンの食感がよく合っていて美味しかった。二人で出掛けて、美味しいものを食べているということが特別で、一口かじる度に心がふわふわとする。

「瓶のジャムも買って帰るつもりだけど、食べたいものはある?」
「僕も選んでいいのですか?」
「もちろん。だって、ジョシュ君と一緒に食べるものだもの」

 ふわふわとした気持ちは、落ち着くところを知らない。風船がついた心はどこかに飛んで行ってしまいそうで、抑えるように胸に手を当てた。

 メニューには食べたことがないジャムがたくさん並んでいる。あれこれと迷いながら「杏子のジャムがいい」と言うと、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

 食べ終わってお会計をしていると、店員がリコリスに話しかけた。

「珍しいですね、お連れ様がいるの。うちで食べていくのも」

 店員にとっては何気ない会話のつもりだったのだろうが、リコリスはそれをどう受け取るか迷ったらしかった。答えるまでに間が空く。

「え、ええ。友達が来てくれたから、折角だと思ったので」

 店員の目がこちらに向けられて、ついフードを引っ張る様にして深く被ってしまう。照れ屋なんですね、とでも言うように店員は苦笑して、会話はそれっきりで終わった。
 店を出ると、リコリスは深く息を吐き出していた。

「なかなか好意を好意で受け取れなくて」

 一度魔女ではないかと疑われると、人々の目が探るようなものに変わるという。会話にすら疑りの色が込められ、やがて棘のようなものに変わっていくのだと、彼女は寂しそうに笑った。

「今日は楽しく過ごすつもりでいたんだけど」

 ごめんね。リコリスがそう言おうとしていると気が付いたとき、ジョシュアは思わず彼女の手を握っていた。

「大丈夫ですよ」

 何が大丈夫なのか、聞かれたら答えられない。だけどリコリスを安心させてあげたくて、見たい物や行きたい場所、いろいろなしたいことを諦めさせたくないと思ったら、普段より大きな声が出ていた。
 せめて、ジョシュアがこの時間を楽しんでいること、これからを望んでいることが伝わればいいと思った。

「僕が、その。何かあったら、守りますし。えっと」

 言いたいことがまとまらない。リコリスの手を握ったままだということに気が付いて慌てて離そうとすると、手のひらが離れきる前にリコリスが握り返してくれていた。

「ありがとう」

 リコリスの笑みは、温かくて落ち着いたものだった。何かを諦めたときの寂しそうなものではなくて、もっと優しい、柔らかな笑い方だった。

「それじゃ、まだ買い物、付き合ってくれる?」
「もちろんです」

 歩き出しても手は繋いだままだった。このままでいいのかとちょっぴり不安になったけれど、きっとこの方が緊張しないだろうから、手を離すことはしなかった。それに、ひとの体温に触れているのは、なんだか安心する。

「来年かいつか、桜の木を一緒に見に行きませんか」

 建物の陰から出ると、春の頃よりも眩しくなった陽光が瞼を射す。その光が心地よくて、自然と言葉が零れた。リコリスを見上げると、明かりに照らされたその表情が柔らかく崩れた。

「今日みたいに一緒に行けたら、きっと素敵な日になるわ」

 きっとよ、約束よ。そう呟く彼女に、ジョシュアは何度も頷く。
 リコリスが心穏やかに過ごせる日々を連れてきてあげたいと、心の底から思った。

  • 未来の約束完了
  • NM名花籠しずく
  • 種別SS
  • 納品日2023年06月15日
  • ・ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462
    ※ おまけSS『もし、その気持ちが』付き

おまけSS『もし、その気持ちが』

 街の中心に近づくと、紫陽花のたくさん植えられた広場が見えた。鮮やかな青や赤、それから紫が目に入って、リコリスはジョシュアとの手紙を思い出していた。

「少し見てもいい?」
「ええ。僕も見たいです」

 二人で紫陽花の近くまで歩いて、綺麗だねと言い合う。普段なら一人で眺めて終わるこの時間が、温かい記憶で塗り替えられていく。

「ジョシュ君、荷物、重くない?」
「まだ平気ですよ」

 できるだけ街に出かける回数を減らしたくて、リコリスは一度にたくさん買い物をしてしまいがちだ。食料品ですっかり重くなった鞄をいつも通り抱えようとしていたら、ジョシュアが手を貸してくれたのだった。

 ジョシュアがこちらに向ける表情や態度に触れていると、もしかして彼に恋心を抱かれているのではないかと思うときがある。人のそういった感情に触れてきたことはほとんどなくて、自分が感じたことが正しいのかは分からない。だけどもし、間違っていなかったら、友達の先に進めたら。きっと今よりも優しい日々が待っているのだと思う。

「あと買いたいのはお菓子の材料かしら。卵と牛乳も」

 ジョシュアに手を握ってもらってから、人を怖いと思うことが減った。こんなに落ち着いて、楽しい気持ちで買い物ができたのは随分と久しぶりだった。
 うちに帰ったら、今日のお礼に美味しい料理とお菓子をご馳走してあげたい。そう思ったら楽しい気持ちが膨らんで、街を歩く足取りが軽くなった。

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