PandoraPartyProject

SS詳細

雫のような願い

登場人物一覧

ギルオス・ホリス(p3n000016)
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール

 ――京。君、無理をしていないかい?

 その言が零れたのは、何故だったろうか。
 微か。ほんの微かに彼女の頬に熱が宿っている事に気付いたからだろうか。
 それとも、どこか声色が上ずっているような気がしたからだろうか。

 ――え? いいやそんな事ないよ元気元気!
 ――うん。よし、ダメだね。京、今日は帰るんだ
 ――ぇえ!? なんで!!? 元気だって――

 そんな事を言っていた直後、京の姿勢が崩れた。
 脚に力が入らなかったのだ。彼女が……あの京が、である。
 勿論それも一瞬の事であった――が。ギルオスは見逃さなかった。
「……帰るんだ、というのは訂正しようか。
 たしか京の家が近くにあったよね。そこまで送るよ、一緒に帰ろう」
「ぇ、ぇええええ!?」
 最早有無を言わせぬ。彼女の手を引いて……いや彼女を背負ってギルオスは京の家を目指そうか。彼女はなんぞや無理をしているのは間違いない――歩くのが辛い程かは分からないが、しかしソレはどうでもいい事だ。
 彼女に無理をさせるのは己が許さぬ。
 幸いにして――京の住まうアパートが練達に在る事は知っていた。
 たしか距離も近いと……故に背負う。最初こそ『いいよ、いいよッ!』と言っていた、が。
 段々と、その身をギルオスの背に委ねるようになっていた。
 内より滲み出る疲労がやはりあるのだ。
 ……そんな彼女を放っておくことなど出来ようか。
 歩む。練達にあるマンション――その上階へ。ただ……
「いいって本当に、私アレだよ、鍛えてるし――」
「はは、は。なぁにこれぐらい平気さ。京は心配しなくていいんだよ」
 彼女を背負うのは、想像以上の労力が必要であった。京は全身を鍛えている人物である――つまり筋肉の分、体重もまた比例しているのだ。脂肪よりも筋肉の方が密度は高いが故に、筋肉はあればあるほど……
 されどギルオスは顔には出さず彼女を背負おう。
 ギルオスもやせ細っている訳ではない。たった一晩、この一瞬に力を出せずなんとするか――それに幸いと言うか、ここは練達。マンションへと辿り着けば文明の利器もあるのだ……! エレベーターに乗り込めばガラス張りになっており外の景色が窺えようか。
 が、今の京の体調を鑑みれば、そんな景色を楽しんでいる場合ではない。
「部屋番号は何番だっけ? 京」
「え? えぇとねーえー……あー……そこの、隅っこ」
「いよいよ朦朧としてきてないかい?」
「……はっ! いや、違うよ違う! 元気元気! だからもう降ろしてもらっても!」
 また暴れ始めた。えぇい普段より聞き分けが悪い気がするぞ……!
 ともあれなんとか辿り着く。京より鍵を貰いて、扉を開こう――
 が。中々大人しくしてくれなかったので、これぐらいでは許さない。
 そのまま彼女を寝室へと運びこもう――
「え、え。え、っ!?」
「――はい。じゃあ此処で暫く大人しくしててね。
 熱も本格化してるみたいだし……お粥でも作って来るよ。
 あぁ後は濡れタオルもあった方がいいかな。ごめんね、ちょっとタオル借りるよ?」
 刹那。京の脳裏には何が浮かんだか、体調不良によるものとは異なる熱が帯び――更に心臓の鼓動が早まる――一方でギルオスはそんな彼女の心理を余所に、彼女に微笑みながら一度寝室から出でよう。
 調理場へ。そして作りしは粥、だ。
 うん、やはり病気の時にはこれが一番だと。
 軽く卵も入れて、後は梅干しもあれば完璧なのだが……京も待っている事だろうし急ごう、と。そうしたらなんだか京がやや膨れっ面していた気がする――
「んっ? どうしたんだい、京。やっぱり熱が出てきたかい?
 全く……無理をするからだよ? 熱があるなら素直に休むのが一番大切で――」
「違うって、それは――本当に気付いてなかったんだって」
「本当に?」
「ホントにホント。だって今まで……」
 反論ではなく事実として。京は今の今まで風邪に……というよりも病気になった事などなかった。
 それは彼女自身が只人とは異なる超人の種族である事も大いに起因していただろう。一般的な病原菌への抵抗力も遥かに強かった筈だ――故にギルオスに対し誤魔化す意図などなく純粋に気付いていなかったのだ。これが風邪なのかと。
 さすればギルオスが京の額に手を当ててみようか。
 白手袋を外して。素の指先の感覚を、彼女の肌へ。
「うわ、凄く熱くなってるじゃないか――先に濡れタオルを当てよう。
 どうかな。あんまり冷たすぎるとそれはそれで良くないから、やや冷えてる程度だけど」
「ん……あぁ、いい感じ……気持ちいい……」
 とんでもない高熱に至っている事に気付いた。
 これに気付かないと言うのか――もしかしたら己なら、倒れて動けていなかったかもしれないというのに……それほどの熱でありながら、ある程度会話出来るのも別の意味で驚きだ。
 京は、強い。身体自体もそうだが、内側も。
 ……だけど。
「京も、女の子だからね」
 忘れてはいけない。目の前にいるのは、たった一人の少女である事を。
 どれほど卓越した技能をもっていようとも。どれほど洗練された肉体をもっていようとも。
 それだけは決して変わらぬ事実なのだ。
「――――」
「とりあえず、落ち着いたかな? お粥はゆっくり食べてね。
 僕は……アレだな、ちょっと他の部屋を片付けてみようか。
 京も忙しいんだろうけれど、さっきリビング見たら色々散らかってて――」
「待って」
 ともあれ、と。ギルオスは寝室より出んとする。
 いつまでも女の子の寝室に居続けるのも――とも思考したのもある。それからさっき調理場へと向かった際に微かに見えたのだが、京の家はやや乱雑に物が配置されている……いや脱ぎっぱなしの服もあったような……きっと誰かを家に招く事を想定していなかったからだろう。
 一人暮らしにしては広すぎる部屋でもあり、多少頓着してなくても問題ないからか。まぁゴミの類は貯め込んでいなかったみたいなのは立派だ――故、折角の機会であればとギルオスが片付けを――

「折角だから、背中を拭いて欲しいんだけ、ど」

 そう、思考していたのに。
 京は呼び止めた。熱による影響で……汗が出てきているのだ。
 額だけではない。服の内側、背筋の辺りなど溢れんばかりだ。
 故に拭ってほしい――彼に。
「いや京、しかし……」
 流石にそれは、と思いはすれど。彼女に宿る熱は段々と強さを増している……本格化する前に体を清めておくのは重要だ。シャワーを浴びせる訳ではない。あくまで身体の一部をタオルで綺麗にするだけならばと……
 ――意を決す。
 衣擦れの音。京が、シャツを脱げば。
 その背筋をなぞる――彼女の、筋肉質にして――美しいその背筋を。
 ほんのりと。擦るようにではなく優しく、優しく……
 ――あぁ、さすれば思うものだ。
 先程は『女の子』と称したが。
 背より感じ得る雰囲気は――一人の立派な『女性』だ、と。
「……よし、こんな感じ、かな」
「んっ……」
「後は安静にしておくんだよ。僕は他の部屋を片付けたら帰るから――」
 で、あれば。感じ得る思考を打ち切るかのようにギルオスは身を拭う所作を丁度終える。
 彼女は仲間だ。ローレットの、イレギュラーズとしての。
 故に踏み込みすぎるのは……僕は……
「あぁでも戸締りはどうしようか。最後に京に鍵を閉めてもらうのは……」
「じゃあ、これ」
「――えっ?」
 と、その時だ。思案を巡らせていたギルオス……の前に差し出されたのは。
 鍵だ。なんの鍵――? 言うまでもない。
 彼女の家の、合鍵である。
「これで閉じてくれれば大丈夫だから」
「しかし、それは……」
 だがギルオスは考えるものである。流石に女性の家の鍵を持つのはどうだろうかと。
 いや何か不遜な事をするつもりはない。ない、が、そういう問題ではないのだ。
 ……どうしたものか。彼女は己を信頼してくれているのだろう。
 ならばその信頼に応えるべきなのだろうか。実際、鍵を己で閉めて帰る事が出来るのなら、彼女に扉の事を気に掛けさせる必要もなくなるが……
 微かな逡巡。様々な想いがその刹那に瞬き――そして。
「分かった、ありがとう――今度返すね」
 ギルオスは果てに、そう告げる。再びこの地へと訪れポストに入れるのは流石に不用心かな……ならばあぁ後日、依頼で出会ったときでも良いだろうか。どこかですれ違った時でも良い。それならばきっと問題はないと――
 紡ぎ、そして京に背を向けた、時。
 シャツが指先で摘まれた。
 軽く、力を入れていない程度に……そして。

 ――貴方が持ってて。

 零れるような、声がする。
 耳元に微かに届いたのは願い……いや彼女にして珍しい『我儘』だったろうか。
 発熱による影響が彼女を後押ししたのかもしれない。
 いずれにせよ、紡がれたその想いは気の迷いではない。
 彼女の深い奥底より湧き出でた……本心だ。
「京。それは――よくない」
「いいの」
「京」
「――貴方になら、許してあげる」
 何を、とは言わない。ただ顔をうずめて囁こう。こっちを見なくてもいいから……
 願わせてほしい。思わせてほしい。この心の儘に、させてほしい。
 きっと。風邪だけではない、恋の熱もまた――この頬を染めているのであれば。
 もう少し、いて。もう少しだけ、想わせて。

 ――確かにあったのだと。貴方が触れてくれた、この日が。

 ……外では雨が降り始めていた。
 もう少し此処にいてほしいと願う――一人の少女の願いを叶えたかのように。
 ささやかな雨が降っていたんだ。

  • 雫のような願い完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2023年06月14日
  • ・ギルオス・ホリス(p3n000016
    ・郷田 京(p3p009529

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