PandoraPartyProject

SS詳細

明日も変わらず、陽の下で

登場人物一覧

霧裂 魁真(p3p008124)
陽炎なる暗殺者
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

 行き止まり。吹き溜まり。日に日に夏めく陽光も届かぬ路地の奥、『少女トール』は息を潜める。
 目眩。貧血。笑う膝。ぐらぐらと揺れる視界と不確かな地面に惑わされ、背を預けた不衛生な壁と擦れる度に『彼女トール』の象徴たる騎士服の純白が汚れていく。
 燦々と。数日前までなら心地好く全身に浴びながら口にしていた言葉が、今は呪詛のように頭の中を掻き乱し続けていた。

 喉が渇く。埃っぽいから、と言い訳を溢した舌が疼く犬歯に触れる。冷えた指先を噛んでも、血が滲んでも、足りない。ここには足りない。月が無い。夜が無い。女王がいない——違う、『トール』が仕えていたのは王女様だ。ブレる思考が気持ち悪い。肌にべったりと纏わりつく布地のような、今日まで必死で貫き通してきた芯を内側から炙られるような——ああ、こんなにも自分を追い詰めてくる太陽が不快で不快で堪らない。

「ひっどい顔だね。アンタ、大丈夫なの」

 声がひとつ、光の境界線の向こうから投げ入れられた。どうにか焦点を合わせれば、路地に気配も無く白い影が浮かび上がる。
「魁真さん」
 見られたのが彼でよかった。でも、こんな状態の時に会いたくはなかった。いっそ見間違いだったならよかった。トールは見知った顔への安堵に緩みかけた唇をきゅっと結び直し、様々に駆け巡った思いを飲み込んだ。
「お気遣いありがとうございます。少し立ち眩みがしてしまいまして」
 もう平気ですよ。だから、どうか気づかないで。震えそうな足に力を入れて微笑んでみせた。それなのに。
「嘘だね」
 ばっさりと切り捨てた魁真の視線が突き刺さる。散々隠し事をしてきたからか、直球な否定に息が詰まった。咄嗟の嘘は難しく、何より嘘吐きに関しては彼にも分がある。それならば正直に切り出すのが賢明な判断だった。
「……すみません。魁真さんは烙印をご存じですか?」
「最近ラサの方で騒いでるやつなら」
「はい。実は、私も」
 症状の進行に伴う狂気は伏せても、烙印が原因なのは本当だ。ふぅん、と納得したようなしていないような様子にトールは言葉を重ねる。
「お天気のいい日はどうにも日射病のような感覚がありますね。ご迷惑をおかけする前に、一度、休みに戻ろうと思います」
 ふらつく頭で会釈をした、すれ違いざま。目が魁真の襟で見えない首筋に吸い寄せられてしまったのは、失敗だった。
「ねぇ、」
 毒のように滑り込んだ声、絡まり合った右手と右手は誘う手管で。
「欲しいならあげるよ」
 ぐい、と雑な仕種で晒された、日に焼けていない白い肌。薄らと浮かぶ血管。足が止まる。悍ましい。喉が鳴る。浅ましい。目が離せない。欲しい。要らない。欲しい。だめ。欲しい——
「ほら、輸血だと思えば医療行為と一緒だから」
「何を言って……冗談はやめてください、っ!?」
 逡巡をその手ごと振り払った力はトールが思うより強く、必然、反動は足元の覚束ない方へ。頭から崩れる体は慌てて踏ん張っても支えきれそうにない。衝撃に備えて閉じかけた瞳に再度手を伸ばしてくれる姿が映っても、拒絶した手前、掴めなかった。

「こんの、頑固者!」

 諦めた顔が癪に障ったらしい。抵抗するトールの体を無理矢理に抱きとめ、魁真はとにかく頭と体の下に腕を差し入れて庇う。一瞬の攻防だった。
「けほっ……ん?」
 舞い上がった砂埃で顰めっ面になりながら無事を確かめるべく起き上がり、固まる。女の裸程度で動揺する男ではないし、揉み合うような状態だったから衣服が乱れても仕方ない。疑問符は平たすぎる胸板に起因した。そして、力任せに引っ掴んでしまった茶髪から覗く銀色ひと房は、変装を得手とする彼には十分な情報だ。
「アンタ、もしかして」
 まだ呆然としていたトールが馬乗りになった魁真の下で肩を震わせた途端に、訪れた。音も無く滑り落ちたのは、鈍色の——魁真の袖口から放たれたナイフだ。刃物の扱いにおいて彼が絶対にするはずのないミス。ありえない。起こり得ない。故に——不幸。
 それが露出した柔肌に突き刺さる寸前、魁真の掌が握り潰すようにして受け止める。よく研がれた刃は痛みが少ない。呻きひとつ溢さず、じわり、じわり、熱と共に滴る血の先を見つめていた。胸元を赤色で汚し、釘付けになっているトールを。
「ぁ……ちっ、違います! 私は、ごめんなさい、違うんです!」
 抑え込んでいた不安定さが堰を切ったような有様で、頭を抱えて繰り返す否定と謝罪は一体どれに対するものなのかも分からない。そんな半狂乱に陥るトールを見下ろす魁真が一言、「勿体ない」と呟いた。

「ッ!?」
 
 物理的に、口を塞がれた。正確には指が突っ込まれた。血に濡れた魁真の指が舌に触れ、甘いと感じた瞬間に歓喜と怖気が同時に走る。嘔吐いているのか、嚥下しようとしているのか。上顎に擦り付けられ、動きたがる喉を必死で耐える。噛み付いたら最後、もう戻れない気がして、ただ手首を握り締めていやいやと首を振るしかトールには抗議する術がなかった。
「大丈夫、飲んで。いい子だから」
 医療行為。冗談めかしていたけれど、荒療治にも程があるけれど、きっと彼は今もそのつもりだ。嘘も、不幸も、迷惑も、何ひとつ上手く謝れていない自分を助けようとしてくれている。幼子を宥めるような声に泣きそうになりながら、トールはこくりと静かにそれを受け入れた。

「大したことじゃないよ」

 少量でも血液を摂取したおかげか、落ち着きを取り戻したトールが居住まいを正して述べた謝罪に、指の怪我の処理を終えた魁真は平然と答えた。
「誰彼構わず襲って血を啜るのは怪物だし、まぁそうなったらなったで止めるけど」
「いえ、それだけではなくて!……その、性別を偽っていたことについて、です……」
 ギフトのろいが発動したということはそういうことだ。親しくしてもらっていた相手だけにトールの罪悪感も一入で、はぁ、と何気なく吐かれた溜め息にすら縮こまってしまう。
「アンタみたいなお人好しがそこまでして隠すんなら、どうせのっぴきならない事情でもあるんでしょ」
「はい……」
 申し訳なさそうに語られる、元の世界からの因縁。トールトール彼女になった由来。魁真は黙って聞き、それから鼻で笑う。
「トールが男だったからって俺が死ぬでも無し。そんな嘘、嘘にも入らないよ」
 誰も不幸に巻き込まないために、本当の自分を、本心をずっと殺し続ける。その覚悟同様に真っ直ぐな告白は、反応こそ薄いが魁真の心にもしっかりと届いていた。
 時々見せる無防備さは同性故だったのかもしれないと妙に納得してしまったり、あの迂闊さでよくバレずにいたなと外見だけで女性と判断していた自分を棚に上げたりと密かに忙しかった。

「魁真さん」

 なに、と素っ気ない返事でも、この人は優しい人だとトールはもう知っている。
「……これからも『僕』とお友達でいてくれますか?」
「別に。俺が何か変える必要ある?」
 やっぱり何でもないことのような魁真に、少しだけ『少年トール』の呼吸が楽になる。本当の自分を見て欲しい、知って欲しいと白い衣装の下に隠し続けてきた『トール』にとって、それでどれだけ救われるのか。場所は変わらず埃っぽい路地裏でも、嘘が要らないだけで空気がこんなにも澄んで感じられるから——トールはやわらかに微笑んだ。

  • 明日も変わらず、陽の下で完了
  • NM名氷雀
  • 種別SS
  • 納品日2023年06月10日
  • ・霧裂 魁真(p3p008124
    ・トール=アシェンプテル(p3p010816
    ※ おまけSS『ぷち称号解説』付き

おまけSS『ぷち称号解説』

◇陰陽に立つ騎士
『陰陽』は昼と夜、女と男、など対極の意味
『陰に陽に』は、時にこっそりと、時に表立って。常に、の意味
まだ前途多難なトールさんの先行きですが、どんな時でも自分らしく立っていられますように、という願いを込めて。

◇陽炎なる暗殺者
陽炎(ようえん/かげろう)
妖艶(ようえん)
ゆらりと音も無く現れる不確かで美しいもの。
必要とあらば『色』を滲ませるあやしさ。
魁真さんに似合うと思った同音異義語から選びました。

今回のSSのキーワードとして、どちらの称号にも『陽』の字を入れさせていただきました。

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