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万人にとっての祈りの在り方
登場人物一覧
『初詣』、それは一部の旅人たちがよく口にする言葉であった。代表的な例を挙げれば『実践』の塔の塔主である佐伯操などはその文化について造詣が深いらしい――何なら、そうした事をしたいと彼女にせがむ旅人たちはその機会を得れたというものだ。
新たな年を迎え、天義の街では降臨祭と呼ばれる新年祝賀の催しが行われていた。美しい白き都が花飾りで絢爛豪華にみられるこの日は花のアーチを潜る年若い少女たちの笑い声が聞こえてくる。新たな年とは言えど降臨祭の警備などがあると背を正した儘のリンツァトルテ・コンフィズリーの袖口をくいくいと引っ張った見習い騎士イル・フロッタは「先輩!」と普段の通りの快活な声音で彼に笑みを向けた。
「イル・フロッタ。仕事中だ」
「ハッ!? コ、コンフィズリー卿!」
慣れない呼び名を口にして『騎士っぽく』見せるイルは仕事に関係ない私用でやってきたのだろうとリンツァトルテは悟る。どうにも、彼女は明朗快活元気いっぱい『天義らしくない』所がチャームポイントであり減点ポイントなのだ。呆れた視線を送ったリンツァトルテは「言ってみろ」と頭を掻いた。
「実は――」
時は遡る。年の瀬も近付いた頃、降臨祭に向けて貴族としての準備を整えるアークライト家。そうした作法を丁寧にポテト=アークライトに教授するのは女主人であるルビア=アークライトであった。こうした準備を行うのは家を護る女の仕事であり、当主である男性は見ているだけというのも多い。最も、次期に家を継ぐ事となるルビアの息子、リゲル=アークライトは特異運命座標としての仕事にも大忙しなのではあるが……。
「そうだ、練達の研究者から聞いた話なんだが……練達には初詣と呼ばれるものがあるらしい。一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願したりするものらしいよ」
「へえ。降臨祭とはちょっと趣が違うんだな」
ティータイムにリゲルが告げたその言葉にポテトは様々な文化があるのだとぱちりと瞬いた。様々な文化が混在し合う『無辜なる混沌』だからこそ、新たな知識を得る喜びが大きいという事だろうか。降臨祭の準備や、様々な貴族としての淑女教育はアークライト家を支える事となるポテトには必要な事なのではあるが――
「天義にいればどうしても背筋が伸びてしまうだろう?
異国である練達ならば、公ではなく私事としてリラックスして文化を楽しむことが出来ると思って」
良ければ遊びに行ってみようとポテトを誘うリゲル。ルビアは「とてもいい考えだわ」ところころと笑った。
「良ければ行ってらっしゃい? 特異運命座標として見聞を広げる事も大切な事だわ」
「し、しかし……本当にいいのだろうか?」
立派な妻となる為に、と居住まいを正したポテトに「根を詰めるのもよくないさ」とリゲルは柔らかに微笑む。
「折角だ、降臨祭が落ち着いてからならばリンツァも一緒に行けないだろうか? イルが共に出かけたいと言っていただろう?」
「ああ、そうだな。リンツァやイルにとってものびのびと過ごせる機会になるなら――」
……という事である。その話を聞いたイルはリンツァトルテを誘いたい、誘いたいと機を伺い――ついに降臨祭が来てしまったわけだ。
「……どうして早く言わない」
「う、うう……先輩忙しそうだったので……あっ、で、でも、『イルはギリギリまで言えないだろうから』ってポテトも――」
「そう言う話ではないだろう」
溜息をついたリンツァトルテは折角の機会であり、他国へと行くことはないということは視野を狭める事だろうかと一日の休暇の日程を『初詣』に変更する手続きを行うとイルへと言った。勿論、おっちょこよいであるイルの休暇についてもリンツァトルテは確認を取り、当日はリゲル曰く『和服』の着用をと言われるそれの準備もコンフィズリー家で行うとイルにしっかりと云いつけた。
当日となり、青地に十字の紋が入った落ち着き払った和服を身に纏ったリゲルの傍らで白地に青の花模様の清楚で美しい和服を纏ったポテトは待ち合わせ場所で待っていた。事前に練達入りをして宿泊先に準備した和服の着付けを行ってくれるサービスを利用して居たイルの「わあわあ」という明るい声を聴いたポテトは「どんな和装なんだろうな」とリゲルにくすくすと笑う。
「ああ。リンツァの事は心配してないがイルは大騒ぎだったんだろう?」
「リンツァが着替える前に歩き方を言いつけてたのも見かけたぞ」
くすくすと笑ったポテトのその言葉にリゲルは目を丸くする。手のかかる後輩が余りに手がかかるからだろうか、どうにもイルが絡めばリンツァトルテは先輩後輩というよりも世話焼きの母親のようである。
「ああ、待たせた」
「いや、慣れない和服だろう? リンツァ」
くるりと振り返るリゲルが着用していたのは鼠色を基調とした和服である。しっかりと着こなせているものだなと頷くリゲル。ポテトは「イルは?」とリンツァトルテに首を傾げたが、リンツァトルテは何処か溜息交りである。
「イル」
「……ひゃい」
「イル?」
リンツァトルテの呼びかけより、イルが彼の後ろに張り付いている事が分かる。ポテトは「お腹でも痛いのか」と心配して声をかけるが――どうやら、そういう事ではなく、和装という慣れない装いが恥ずかしいのだろう。
「ポ、ポテト。私……こういう恰好は初めてなのだが、似合うだろうか?」
「なんだ。そんな事か。大丈夫だぞ。イルは何だって似合う」
くすくすと笑い、リンツァトルテの背から覗いた金の髪を捕まえる。ポテトと同じく結い上げられた髪はさらりと長い彼女と比べればふんわりとした巻き毛であるからボリュームがある。桃色の愛らしい和装に身を包んだイルが姿を現した。
「可愛いぞ。な? リゲル」
「ああ。良く似合っている。勿論、リンツァも」
にんまりと微笑むアークライト夫妻にイルは恥ずかしそうにポテトに張り付いてから「ありがとう」とごにょごにょと言った。
出発段階から大騒ぎではあったが、神社に向かおうとポテトはイルの手を引いた。初詣について事前に調べ済であるポテトは「恋愛の神様が居たりするんだ」とイルに告げた。
「恋愛の……?」
「そう。恋愛の神様は恋が上手くいきますようにって手を貸してくれたりするし、成就した恋が末永く続く様に見守ってくれたりするんだ」
「そ、そうなのか」
頬を赤くしたイルが何かを期待しているような表情でポテトの説明に聞き入っている。前を行く二人を追い掛けながら、リンツァトルテとリゲルは行く。
「イルが大騒ぎしている様だが……?」
「ああ、きっとポテトが初詣の準備や神様について説明したんだろう。
天義とは少し違って、佐伯塔主たちの世界では神様というのはたくさん存在するらしい。それで、様々な神は様々な願いをかなえてくれるらしい。例えば、武の神なんかもいるそうだ」
リゲルの説明にリンツァトルテは何処か不思議そうな面立ちを見せた。信仰の強き代弁者である彼らにとってそうした文化というのは正しく新たな文化なのだ。
リンツァトルテの創造では荘厳なる『神社』という所へと参ることを想定していたのだろうが、縁日の様に屋台が立ち並んだ参道では和装に身を包む者も居れば普段着でぶらりと歩いている者の姿もある。まるで祭りのようなその光景に驚いた様にリンツァトルテがリゲルを振り返り、愕然として見せる。
「リンツァ、顔」
「いや……?」
「天義とは違うだろう。ほら、折角こうした催しに行くならば思い切りリラックスして過ごしたいじゃないか」
そういうものであるという事はリンツァトルテとて理解はしていたが、これは想定外だったのだろうか。騒がしい縁日を思わせる参道の屋台からは香ばしい醤油の焼ける匂いが漂ってくる。
両親揃って天義の産まれ、名門貴族のコンフィズリー卿の跡取り息子であるリンツァトルテにとっては新たな文化すぎたのだろうか。戸惑いがその表情から見て取れることがどこかおかしくも感じられる。一方で、父が旅人だというイルにとっては『お父様が言ってた』レベルなのかすんなりと受け入れられている。
「ポテト、こういうところで私は綿菓子とか焼きそばとか食べてみたいぞ!」
「ああ。でもその前にしっかりお参りは済ませておこうか。買い食いして着物を汚しては神様も驚いてしまうだろう?」
くすくすと笑うポテトにイルもそれはそうかと頷いた。楽し気に歩くイルがリゲルとリンツァトルテの様子を伺ってから首を傾ぐ。その視線に気づき、リゲルは揶揄う様な声音で「リンツァ、後輩に心配されてるぞ?」とリンツァトルテへと言った。
「……複雑だな」
「何が?」
「イルに戸惑っている姿を見られることがだ」
不覚でもあると呟いたリンツァトルテにリゲルはからからと笑った。普通は戸惑うものであり、こうしてすんなりと現状を受け入れているイルの方が『天義に染まっていない』という事だという事位はリンツァトルテもリゲルも分かっていた――同時に、彼女がだからこそ『騎士になりきれない』事も分かっている。しかし、その彼女がその自覚がない以上、「先輩が何か戸惑ってる、大丈夫かな」なんてことをポテトに言いながら不安そうに此方を見ているその視線には複雑な気持ちを感じられずにはいられまい。
「さ、リンツァ。赤い鳥居をくぐって神社の拝殿へ行こうか。作法は歩きながら教えるから。
賽銭箱に小銭を入れてから願い事をしよう。願いはきっと叶う筈だぞ」
とはいえ、本来的に願いは自分で叶えるものだとリゲルは付け足した。神に縋ることに慣れている宗教国家であるとは言えども、あの現状では自身が動かねば何も得られない事位、分かり切っている。
「ここの文化の一環として気軽に願えばいいよ。
俺の願いは――この世界の平和とリンツァ達ともっと仲良くなれたら、かな?」
小さく笑ってそう言ったリゲルのその純真な瞳にリンツァトルテは照れくさくなって頭を掻く。
ポテトは「とてもいい願いだな」と微笑み、イルもうんうんと頷いた。
「ポテトやイルの願いは?」
リゲルが茶化すように問い掛けたそれに女二人揃って顔を見合わせる。意地悪な顔をしたポテトは目を細めて「なんだろう?」とリゲルを覗き込む。
「なんだろうって、イルと二人だけの秘密ってこと?」
「さあ?」
くすくすと笑うポテトにイルは「其れもいいかもしれない」と冗談めかす。
ポテトは「嘘だよ」とリゲルに微笑んでから、何時ものように彼の手を取った。
「リゲルや大切な人たちが、また一年健やかに過ごせますように。……勿論、イルとリンツァもな」
心を込めた願い事なんだ、と笑ったポテトのちょっとした悪戯に何を願ったのかと頭を悩ませていたリゲルは「そうだと思った」とさらりと返す。
「そうだと思った、って。リゲルはポテトの願い事が分かっていたのか?」
「さあ? リンツァの願い事なら分かるかもしれないな?」
ぱちりと瞬いたリンツァトルテにリゲルは揶揄う様に言う。ポテトも「私も分かるかもしれない」とリンツァトルテをちらりと見れば、その視線を受けてから困った様な顔を舌リンツァトルテは「そんなに俺は分かり易いだろうか」と呟いた。
「ふふ、先輩の願いなら私も分かるかもしれない」
「だろう? リンツァならきっとそう願うってのが想像しやすいんだ」
ポテトがにっこりと笑ったそれにイルは楽し気に釣られて笑う。そこまで言われればリンツァトルテだって黙ってはいられない。何を願ったのか当ててみて欲しいと告げたリンツァトルテに三人は口を揃えていった。
「「「天義の平和と復興、それから繁栄を」」」
「……う」
悔しいけれど正解だった。彼自身、其処迄分かり易いつもりはなかったのだろうが、彼ほどに『そうやって願いそうな実直な騎士』はあまりいない。レオパル等になればもう少し様々な思考が絡み合い、それを一概に言い切れない所はあるのだろうが――リンツァトルテは良くも悪くも未熟であり、素直な性質なのだ。
「し、しかし、それ以外に願った事もある」
慌てた様にリンツァトルテは口を開く。そうやって言われてしまえば『誰にも言うつもりが無かった』事も披露しておかねば分かり易い男認定がされたままではないか、とリンツァトルテは困った様な声音で言った。
「……『倖あれ』と」
「誰に?」
恐る恐る、イルは訊いた。ポテトはそれが『先輩にもしかしていい人が出来たのでは』という意味なのだと気づき、そっと伺う。彼女が明確にリンツァトルテに向ける視線の意味位誰もが分かっている。ポテトは応援したいと考えているからこそ、彼女の不安げな心持が分かってしまうのだ。
「皆まで言うな」
「先輩、そこまで言ったなら言わない方がズルなんです」
「ああ、そうだな。イルの云う通りだろリンツァ」
ふい、としたリンツァトルテに追撃を行うイルとポテト。二人揃ってじい、と見られれば思わずたじろぐリンツァトルテはそのままリゲルにSOSを求めるが――リゲルはにんまりと微笑んだままその流れに任せるようだ。
「俺の友人たちの、だ」
「友人」
追撃するイル。リゲルはその頭に手を乗せて溜息をついた。此処まで言ったのだからリゲルやポテト、それに特異運命座標達を友人とみている事を理解してくれ、そしてそれを言わせないでくれというリンツァトルテから漏れ出る願いが感じられる。
「……それに、手のかかる後輩が不幸だと面倒だろう」
「ああ、そうだな? イルが不幸になれば泣きつかれるのはリンツァだ」
リゲルが頷いたそれにイルはリンツァトルテとリゲルの顔を何度も見遣ってから首を傾いだ。なんだかとっても不服なのである。
「俺だってもう一つ願ったよ。リンツァともう一度手合わせをしたい、とか」
「……機会があれば。特異運命座標として今年も忙しいのだろう? 何処か遠方に行った際に手のかかる後輩に手土産を持ってきてやってくれ」
その礼にでもと言ったリンツァトルテにリゲルは頷いた。その様子を眺めて、お土産と呟いて嬉しそうなイルの頬をぷにりと触ってからポテトは「イルは何を願ったんだ?」と意地悪な声音で聞いた。
「も、勿論! 立派な騎士になることを願ったぞ!?」
「それから?」
「そ、それから!?」
顔が見る見るうちに赤くなっていく。ああ、悪戯しすぎただろうかとポテトが伺えばリンツァトルテは「なんだ、イルだって言えない願いがあるじゃないか」と悪びれる様子もなく言った。
(ポテト、どうやらリンツァはイルの様子には気づいてないらしい)
(ああ、多分意識すらしたことないんだろうな……)
実直な騎士はどうやら後輩の想いに気付いていないようだと二人は顔を見合わせる。リゲルとポテトはその様子を眺めていたが――
「で、イル。俺にも言わせたのだからお前も言うべきだろう」
「わ、私のは秘密で」
「言うべきだ」
――どうにもこうにも乙女のピンチのようだ。助け船を出そうとしたリゲルの手をぱしりと掴んでからポテトは首を振る。
SOSを浮かべるイルがそれに驚いた様に目を見開いてから、観念したと頭を下げた。
「その、……先輩と一緒に居られたら、と」
「今もいるだろう」
「ち、違う……先輩と一緒に居て、仲良くなれたら、と……」
リンツァトルテにはいまいち意図が伝わっていないが「仲が悪いとは思っていないが」と言う戸惑いの言葉と共に居るの頭に置かれた掌が乱雑に彼女を撫でた。
「――さて、話も済んだところで折角だから縁日を回らないか?
イルも色々と興味があると言っていたし、のんびりと昼食としてでも回ってみるのも楽しそうだ」
「! あ、ああ、うん。ポテト、色々食べよう!」
ぎゅ、とリンツァトルテの着物を握っていたイルが顔を上げ、赤い顔をしながらポテトへと走り寄る。
乙女も頑張ったという事で、ポテトは「うん、綿菓子を買ってやるからな」と揶揄う声音でイルの頭を撫でた。
「今日は楽しかった、そ、その、有難うっ」
楽しかったのだと瞳を輝かせて笑ったイルにリゲルとポテトは大きく頷いた。天義に帰ったならばいつも通りの日常がやってくる。リゲルとポテトは貴族としての責務を背負いながら特異運命座標として各国を飛び回り、リンツァトルテは騎士として、そして貴族として国の再建に力を入れる。まだまだ見習いであるイルは彼について回りながら勉学に励むのだろう。
「リンツァ、これ。お土産に」
そっとリゲルが差し出したのは『成功成就』と書かれたお守りだ。それをまじまじと見つめていたリンツァトルテはそっとそれを懐に仕舞いこんで頷いた。
「お互いやるべき事が沢山ある、頑張っていこうな!」
「……ああ」
互いにこれから行先はある。成功という言葉は途方もない先にあるようにも思えるが気の持ちようだとリンツァトルテはリゲルに不器用な笑みを見せた。
「イル。私からも土産と――それから、この前のお礼だ」
「お礼?」
「ああ。菓子と、それから」
健康祈願のお守りに緑茶と生和菓子、日持ちするお菓子のプレゼントを受け取ってからイルの耳元でこっそりとポテトはグラオ・クローネの菓子を一緒に作らないかと誘った。手作りは楽しいし渡すときもドキドキとする者だと告げた彼女にイルの頬がかあと赤くなる。
「う。うん。がんばる」
グラオ・クローネは『感謝』を伝える日であると同時に『愛しい人に思いを伝える日』であるとも言われている。イルの中に或る憧憬が明確な恋心であるならば、少しのお手伝いだっていいだろうとポテトは彼女を応援するように背を押した。
「それじゃあ、イル。また今度」
「ああ! リゲル、ポテト、今日はとっても楽しかった」
にっこりと微笑んだイルが手をぶんぶんと振っている。リンツァトルテも「また」と頭を下げた。二人はこれから一度騎士団の詰め所に顔を出すのだそうだ。
その背を見送ってから、のんびりと家路を辿るリゲルとポテトは「楽しかった」「また誘おうか」と何気ない会話を交わす。
「ああ、ポテト。『無病息災』のお守り」
お土産に買っていたと懐から取り出すリゲルにポテトは顔を上げて「ありがとう」と頷いた。
「今年一年も、君に幸あれ。俺のお姫様」
「ふふ。有難う」
頬に降るキスに頬を赤くしてポテトはリゲルを覗き込む。その鮮やかな蒼が慈しむ色を帯びている事が何よりも嬉しくてポテトは彼の懐へと近寄った。
「それじゃあ、私からもお返しだ」
そっと取り出したのは『縁結び』。縁とは何も恋だけではない。人と人が結び付く事それこそが縁だ。仕事でも、そして貴族としても様々な困難が待ち受けている事だろう――ならばこその『良縁』だ。
「リゲルが一緒なら幸せは確実だな。今年も一緒に沢山の思い出作って行こう」
「ああ、今年も沢山の所に行こう。ポテトとなら、何だって楽しさで溢れているさ」
ポテトが背を伸ばす。覗き込んだ蒼が嬉しそうに細められたそれに、小さなお返しを。
「リゲルの行く先が光で溢れますように」
君に倖あれ、とその頬に口づけをひとつ。
この国では神とは絶対的だ。しかし、万人にとってそうであるかは分からない。
それを口にする事さえできない場所ではあったが、国も少しずつ変わってきているのだ。
祈り方何て千差万別。なら、今日くらい互いの事だけを祈ったっていいだろう。
だから、――君が幸福でありますように、と目を細めて微笑んだ。