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約束は狂いて罪となる
登場人物一覧
──ザザザ。
──ザザッ、ザ、ザザッ。
夢の淵から鳴るノイズ音。記憶の彼方へご案内。
此れはいつかの記憶。或いは既に有る記憶。
何方でも構わない。何方でも変わらない。
君は今、眠りに落ちている。深い深い眠りだ。
これは唯の夢だ。
それもやけにリアリティで現実味を帯びた、まるで
だから、覚えている必要など、無い。
──ねえ。ほんとに、ほんとうに、覚えてないの?
──私との思い出も、約束も、覚えてないの?
長耳の少女がヴィクトールを見た。目いっぱいに涙を浮かべて。
知らない少女だ。
だから、覚えている必要など──、
──わたしは知ってるのに。あなたのこと、ぜんぶぜんぶ。
走馬灯によく似た何かが、夢の中を暴れ回る。
否。
覚えていなければならない。思い出さなければならない。
此れは、きっとヴィクトールが“ヴィクトール”を取り戻すための鍵になるから。
此れは、ヴィクトールがp3p007791だった頃に交わした約束の噺。
記憶の彼方の、果たされなかった約束の噺。
──おにいちゃん。どうかわたしを、忘れないで。
●
わたしは──レユは、ひとりぼっちだったの。
おかあさまとか、おとうさまとか、そんなのは無くて。
レユにあったのは“レユ”という
住処も、お洋服もたくさんあったんだけれど心は空っぽだった。こういうのを、空虚っていうんだわ。
深緑の森の奥、おとうさまもおかあさまも、朽ちてしまった。
長耳のレユはヒトとヒトの間に生まれた異端児だったから、悠久の時が過ぎ去るのを、広い広い御屋敷の中で待つだけだったの。
笑顔だけの従者も、きらきらの宝石も、どれも色褪せた砂みたいでつまらなかった。
だから、そっと御屋敷を抜け出した。
どうせ心配なんてしてくれないとわかっていたから。
小さなリュックサックにお菓子をたんと詰め込んで、踵の低い靴で窓から飛び出した。
世界がレユを呼んでいると思った。きっとそうだった。
歩いて一時間くらいして、雨が降り出した。
生憎傘を持ってなかったから、適当な洞窟で雨宿りして。
折角選んだ動きやすいドレスは、すっかりドロドロになったから悲しくなって頬をふくらませていたの。
すると、足音が聞こえて。それから、低くて甘いテノールの声が聞こえたの。
──こんなところに独りじゃ、危ないよ?
うるさいなぁ。おとなぶらないでよ。レユのほうが、きっと年上なのに。
──家に帰らないと危ないよ。
レユには帰る家なんてないの。ないったら、ないの。
──狼とか、出ちゃうかもね。
……こ、怖くなんてないのよ!
──はは、それは頼もしいね!
怖くないって、そう言ったのに。彼は洞窟のなかに入ってきて、それから火を起こしてレユに笑いかけてくれた。
ほっとした。レユは生きていたんだって。確かにここにあるんだって。
名前を聞いたわ。わたしはレユと告げた。彼は××と言うんですって。
素敵な名前だと思わない?
嗚呼、そうだ。これは誰にも内緒だって約束だけれど、炎の光と彼の身体の色はよく似ていた。
赤の絵の具で塗りつぶした見たいな色だった。レユの身体にも、その絵の具はついていて。特にお腹から。たくさんたくさん、絵の具がいっぱい!
おかしくなって笑っていたら、彼が寝たの。後ろはごつごつした岩だったのに、後ろ向けにごんって!
ふかふかのベットじゃないのに、変なの。
……ただ。絵の具が飛びてていたところを抑えて、痛そうにするものだから。スカートをちぎって抑えてあげたの。幾分かマシになったみたいで、すうすうと寝ていたわ。わたしもほっとした。
ああそうだ、お話の続きを。レユは初めて外に出たでしょう?
だから不安になって、レユも隣で寝たの。それが作法なら、
後ろに勢いよく倒れたら、とっても痛かったけれどね。
それから、数週間を共にしたの。××は旅をしていると言っていたわ。
知らない食べ物に、はじめての空の色。
草の匂いも動物の名前も知らないレユにたくさんの事を教えてくれた。
きょうだい、ってこういうことを言うのね。
だから、約束を強請ってみたの。彼もなんだかんだ優しいから、勿論返事はOKだった。
「なにがあっても、レユのそばにいてね」
今思えば、難しい事だったなと思う。だけどね、彼は優しいから。
──いいよ。
少し悩んだフリをしてみせたけど、にっこり笑ってくれた。とても嬉しかったわ。
御屋敷にいたら知ることのなかった喜びだった。その日は、御屋敷を出てから半年が経とうとしていたわ。
××とは、兄妹のようにそばにいたわ。
目を開けたらレユは、檻の中にいたわ。周りには同じ長耳が沢山いて、怯えた顔をしていて。
さっきまで隣にいた彼は居なくって、揺れる箱の中にいて。
背中に烙印を押された。あつくて、いたくて、涙が零れた。
それから、気がついたらレユは値段が付けられていたわ。500万GOLD。それがわたしの値段。売られたの。
情けない話だけど、裏切られたと思ったわ。だってきっと彼がわたしを差し出したんだと思ったから。
「……さいてー」
ドゴォン!!!!
爆風が聞こえたのと、わたしが呟いたのは同時だった。
燃えていた。何もかも。全てが。
レユの家出が全てを生み出したのだと思った。
「ごめんなさい。ゆるして、かみさま」
──レユ。約束を守りに来たよ。
××のこえが聞こえたのは、レユが泣いていたときだった。
赤を纏ってやってきた彼は、まるでかみさまのようだった。
彼が私をおぶって走り出した。
途中、悪魔のようなひとたちに襲いかかられたのだけど、××が何かを呟いたらぼうっと燃えてしまったの。
「××、あのひとたちは──」
──大丈夫。レユは何も見なくていいから。
はじめて、彼が怖くなって。その背中に顔を埋めたの。
冷たかった。
鉄でできているみたいだった。
安全なところまで私を連れていくと、彼は残っている人を助けてくると言って、火の海に戻っていった。
彼は、戻ってこなかった。
レユは失踪届が出されていたみたいで、御屋敷まで連れ戻された。
××と会うことは、もうないと思っていた。
それがやけに寂しくって、涙が零れた。刻まれた烙印だけが彼とレユを繋ぐものだと思っていた。だから、御屋敷に戻っても烙印の治療はしなかった。
いつしか、従者達も死んでいなくなった。
ついにレユは、ひとりになった。
何かがレユに囁いた。
もういちど、かれにあいたい?
勿論。だってかれは、わたしのおにいちゃんだもの。
なら、力を貸してあげる。
わたしのなかに、黒い力が溢れた。
その力を、その声を。
ヒトは、原罪の呼び声と言うそうだ。
●
ボクは目を覚ましました。
知らない天井が見えて、知らないと思う少女がボクのベッドの足元に座っていて。
「……わたしのこと、覚えてる?」
嬉しそうに微笑みかけた少女の声に聞き覚えはあるけれど、知らない子だったから、だから。
「……ぁ、えと、どなた、なのです?」
ふと零した言葉に、少女の笑顔が固まって。
すぅ、と息を吸う音が聞こえた。
「……わたしはレユ。はじめまして、××」
××って、誰なのです?