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さいしょのいっぽをあなたと
登場人物一覧
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「ライド君。
僕たちは仲間だよ」
それは約束だった。
イレギュラーズと交わした小さな約束。
少年は奇跡によって、救われた。
プロメテウスが人々に残した最後の希望(ねがい)が少年を救った。
その代償は決して小さなものではなかったけれど――。
「おじさん! はやく! 今日は山の上のゴブリンを退治しないと!」
あれからはや一巡りの季節が過ぎた。
「ちょっとまってよ~、坂道を走るのは苦手なんだ」
少年ライドの呼び声にムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は肩で大きく息をつきながら追いかける。
かの少年はこの一年で随分背が伸びた。
自分は小柄な方だとはいえ、少年の成長は早い。自分と対して変わらない身長にまで伸びている。
それが、ムスティスラーフには誇らしかった。
それは自分が繋いだ未来の結果なのだから。
「ライド君は随分背がのびたね」
「ああ、わかった? もうすぐおじさんより大きくなるんだ」
「そうか、そうか。僕も負けられないな」
「え、おじさんまだ背がのびるの?」
「……たぶん無理」
「はは、じゃあ、俺のほうが大きくなるよ。おじさんの倍くらいに」
「そんなに大きくなるのかい? それは楽しみだ」
「うん、楽しみにしててよ」
まるで孫とするような会話に自然口元がほころぶ。
ヤロスラーフが生きていたらこんな会話を交わしたのであろうか。
感傷に浸るムスティスラーフの背中がどん、と押される。
ライドが後ろから彼を押したのだ。
「そんなに焦らなくてもゴブリンはにげないよ」
「いや、普通に逃げるかもしれないじゃん?」
「あ、そうか、そうかもしれない」
ゴブリンの野生は、一年前より強くなったムスティスラーフの闘気を察知して本当に逃げてしまうかもしれないのだ。
と、と、と、と間抜けな声をだしながら背中を押されたムスティスラーフは山を登る。
多少の危険がないとは言えないが、少年にとって冒険は楽しくてしかたないものなのだろう。
数ヶ月おきにムスティスラーフが彼の村に訪れる度に少年は冒険者としての腕を少しずつあげていっているようだ。
この前、一緒に兎狩りにいったときには、見たこともない技能を見せてくれたことには驚いたものだ。
男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉もある。
まさにそのとおり。どんどん変わっていく少年を観るのがムスティスラーフにとっては嬉しくもあった。
やがてふたりは目的地に辿り着く。
ローレットからもらったごくごく簡単な依頼。
ムスティスラーフなら一人でもこなすことができるが、冒険者としての一歩を進みはじめた彼を誘ったのだ。
ライドはその誘いに何度も何度も頷いた。
やったー! と飛び跳ねる姿がなんとも愛らしかった。
決行日の夜にはちゃんと寝るんだよ、と伝えたが、彼はそれを守ったのだろうか?
興奮で眠れなかったのではなかったのだろうか。
危なければ自分がかばうから大丈夫だとは思うけれど。
それは彼の母親にも約束をした。母親はムスティスラーフを強く信頼しているようで、二つ返事でこの冒険に許可をしてくれたのだ。
ゴブリンが3匹、村の家畜を襲うのでなんとかしてほしい。
基本中の基本の依頼。
山中の小さな洞窟に彼らは潜んでいる。
よくある依頼の一つだ。それほどまでの危険のない依頼をみつけてムスティスラーフはライドを誘うと決めたのだ。
これは彼のはじめての冒険者としての依頼だ。
「音をたてないようにね。明かりは小さく。暗いから足元には気をつけて。それと僕と手をつないで」
「もう、おじさんは心配性だなあ。でもおじさんと手をつなぐのは嬉しいかな。じゃあ手を離さないようにね!」
少年がムスティスラーフを連れているのかムスティスラーフが少年を連れているのかあべこべになってしまう。
それはそれで微笑ましい。
少年なりに大人になりたい気持ちなのだろう。
「じゃあ、いくよ。危なくなったら?」
「おじさんの後ろにかくれる」
「そのとおり、合格だよ」
「へへ」
彼らは洞窟を進む。
「ギィッ!」
棍棒を装備したゴブリンが行く手を阻む。
「ゴブリンだ!」
「そうだよ、じゃあ僕にあわせて」
少年は愛用のダガーを強く握りしめる。流石に緊張はしているようだ。
「前に兎を捕まえたときの動き、おぼえてるよね」
「うん! おじさんをびっくりさせたやつ」
「そうそう、じゃあ行くよ!」
最初のゴブリンは簡単に倒せた。
少年はその初勝利に喜び、俺もいっぱしの冒険者だと嘯いた。
「ほらほら、そういうのを油断っていうんだよ。まだあと二匹、いけるかい?」
「はーい。もちろんいけるよ」
多少の擦り傷はあるが大した怪我はしていない。
彼らは前に進む。
たいして大きな洞窟でもない。あっというまに最奥に辿り着く。
しかし、最奥には一匹のゴブリンしかいない。
ムスティスラーフは少し嫌な予感を覚える。
しかし状況は待ってはくれない。彼は警戒を強めて少年の前にたつ。
最奥にいたゴブリンは奇声をあげて飛び込んでくるのをムスティスラーフは太い両腕で受け止める。
「僕が抑えてるあいだに、あれ!」
その言葉にライドは一つうなずくと、飛び跳ねるような軌跡でナイフをきらめかせる。
横合いからの攻撃にゴブリンはひるんだ。
「その調子!」
ムスティスラーフの言葉に少年は気をよくしてもう一度構えをとる。
瞬間、ムスティスラーフの鼻にもう一体の獣臭が感じられる。
やはり潜んでいたか!
急いでムスティスラーフは少年をかばう動きにシフトする。
もう一匹のゴブリンが暗闇から奇声をあげてライドに向かって飛び込んでくるのをムスティスラーフは防御する。
ガツ、と嫌な音がしてゴブリンの石斧がムスティスラーフの頭蓋に炸裂した。
「おじさん!」
「大丈夫大丈夫! さすがにこの一撃を君が耐えれるとは思わなかったからね」
額から血を流してムスティスラーフは少年の無事に安堵する。
「よくもおじさんを!」
少年は持ち前の正義感で、恩人の怪我に激高する。
「ライド君! いっただろう、冒険者は常にクールじゃないと!」
「う……」
額の血を腕で拭うとムスティスラーフは構えを変える。
「ちょっとこいつは難敵のようだよ。
少しさがって」
あとでローレットの担当に文句をいってやる。この依頼の精度はBじゃないか!
Aってかきまちがえたんだな!
少年を下がらせたムスティスラーフは息を大きく吸い込む。
準備は万端だ。
まあちょっとだけショッキングなものを見せてしまうかもしれない。
「全力! 全開!!」
むっち砲。
その叫び声と共にムスティスラーフの口から放たれた緑色の閃光がゴブリンたちを包み込む。
キラキラと光るそれはまさに――いや、これは言及すべきでも描写するべきでもない。
「すげえ……」
どっちの意味を込めたのか定かではないがライドがつぶやく。
「おじさんすごいよ! 一気にゴブリンやっつけちゃった」
かたわらで咳き込むムスティスラーフ。ちょっとやりすぎちゃった感じはある。
「ねえ、ねえ、それどうやってやるの?」
多少ショッキングではあったが、それ以上に敵の蹂躙という事実は少年にとってはまばゆいものであったのだろう。あまりかっこいいといは言えないその技になんどもすげえすげえと言ってライドは目を輝かせる。
「なにはともあれ、初依頼は成功だね」
「まあ、ほとんどおじさんがやってくれたんだけどね」
「最初はそんなものさ。ライド君が聞き分けよくってよかった」
「俺がピンチになったら母さんが心配するし、おじさんはもっと心配してぐちぐち文句いうだろう?」
悪びれもせずにそんな悪態をつく少年が本当に愛おしかった。
だから、ムスティスラーフはだまって頭を撫でれば、少年はくすぐったそうに笑った。
「さあ、ローレットに報酬をもらいにいこう!」
「おじさんが8割くらいかなあ?」
「いいや、山分けだよ。
そのほうがいいじゃないか」
「じゃあさ、おじさん。また一緒に冒険してくれる?
そのときには俺がばったばったと敵をたおして、おじさんにらくさせてあげるからさ」
「いったな? 次は僕はなにもしないぞ?」
「のぞむところだ! 俺が強くなったところみせてやる」
「よし、じゃあ、初勝利を祝って僕が夕ご飯を奢ってあげるよ?」
「だめだよ! おじさんに感謝して俺が奢るの! おじさんお酒すきだろ? 俺の村には良いお酒があるって大人がいってた」
どちらが奢るかで言い合いはあったものの、少年の最初の一歩に立ち会えたことがムスティスラーフにとって嬉しくてたまらない。
いつかこの少年は自分よりもきっと強い冒険者になるのだろう。
その輝かしい未来をはきっと観ることができる。
それが本当に、本当に、嬉しかった。