PandoraPartyProject

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潮騒のクピディタース

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト


「ねえ、貴方の名前は?」
 それはリゲル=アークライト(p3p000442)が海沿いを歩いていたときのことだ。ふいにかけられた声に目をやれば淡桃の瞳の少女が海からひょっこりと顔を出していた。
「ねえ、言葉、わかるでしょ?」
「ああ、えっと、俺はリゲル=アークライト」
「って、知ってたんだけどね。ローレットの白銀の騎士」
「えっと……君は?」
「私はチェルシー、ねえ、もう少し近づいてくれない?」
 チェルシーと名乗った少女はいたずらげにリゲルを呼び寄せる。ひとのいい彼が近寄ると――。
 ばしゃーん。
「うふふ、ひっかかった」
 悪気の様子もなくチェルシーはころころと笑う。近づいたその瞬間腕を取られて海に落ちたリゲルは目をぱちくりとさせて笑う少女を眺める。正直何がおこったのか理解ができないのだ。
「あの」
「んもう! ローレットの白銀の騎士。私が悪い人だったらどうするの? 死んじゃってたかもしれないわよ?」
 リゲルをいたずらで水浸しにしたその張本人がそんなふうに説教をはじめる。
「……」
「あれ? 怒っちゃった? えっと、ごめんなさい。あのね、そういうつもりじゃなかったの。有名な人を見かけたから声をかけたく……なっちゃって。ほらあわよくば友達にって。でも英雄相手に普通に声をかけたら印象に残らないかもとかね、だからね。」
 笑った顔はどこへやら。チェルシーは今度はうってかわって真っ青だ。
「はは、はははは」
 その百面相にリゲルは笑う。
「俺は英雄なんかじゃないけどね」
 先日の天儀での戦いを思い浮かべて、苦いものが脳裏をよぎる。正義とそして不正義。
 自分がなすべきこと。
 あの戦いは彼にとって『信じるものを信じた』。その結果である。だけれども、だけれども――。
「友達になりたいっていうのなら、歓迎だよ、チェルシー」
「リゲル=アークライト! 遊んで!」
 その言葉にチェルシーの双眸が明るく輝いた。
「濡れたついでだ。なんなら、泳ぎの競争でもしてみるかい? 」
「誰に言ってるのかわかってるのかしら?」
 チェルシーは海から飛び上がりラピスラズリの鱗の並ぶ魚の下半身を見せる。
「ディープシーだったのか……」
「え、きづいてなかったの? 海から声をかけたのに。でもだからってハンデはなしよ」
 それが大人への階段を登り始めた少年と、少女の出会いだった。


「おかしいな」
 リゲルは思う。チェルシーと待ち合わせをした時間は間違えてはいない。だというのに彼女は一向に彼のもとに現れないのだ。
 嫌な予感がする。
「また女の子があいつらに攫われていったのをみた」
 そんな噂話がリゲルの耳に届く。リゲルは立ち上がると噂話をしている二人の元に向かい話を聞く。
 金髪で淡い桃色の目の少女。それはチェルシーの特徴と一致する。
「どこへいったかわかりますか?」
 その質問に彼らは一瞬言いよどむ。多分、最近人身売買を狙うごろつきが住み始めた空き家だろう、と。
 ――ヴィクトール一味。各国を転々としながら少女を攫い拐かして好事家に販売する悪党が最近この付近に拠点を構えたらしい。すでに数人の少女が行方不明になっている。
 そこまでわかっているのに助けようとしないのかという怒りがリゲルから噴き出しそうになったが心を落ち着ける。仕方ない。彼らはあくまでも一般人だ。荒事に向いてはいない。言いよどんだのも助けることのできない罪悪感からなのだろう。
 リゲルは彼らから詳しい場所を聞き出すと走り出す。チェルシーであってもそうじゃなくても、悪党に襲われる少女を放置はできない。
 それがリゲル=アークライトの『正義』。
 一人で向かうのは無謀だろう。だが、一刻を争う事態だ。

 街の人から聞き出した空き家というのは思いの外すぐにみつかった。
 人通りの途絶えた、路地裏の奥まった場所にある古びた館だ。なるほど、人さらいが居を構えるにはこの人気の無さは好都合なのだろう。
 見張りが一人、アクビをしながら暇そうに館の入り口に座り込んでいる。
 彼らは今まで何人の少女達を不幸にしてきたのだろうか。
 リゲルは物陰から見張りの様子を探りながら音もなく近づく。見張りはまだ気づかない。どうにもお粗末な見張りだ。
 十分に踏み込める距離になったところで、リゲルは剣を構え、見張りがよそをむいた瞬間に星凍つる剣の舞を食らわせる。
 夏も手前の温暖な気温が一気に凍りついていく。
「てめぇ……」
 見張りがその場に斃れる。中に何人いるのかはわからない。しかしだからといって少女を助けないという選択肢はリゲルにはないのだ。
 
「おいおい、王子様。俺たちの館にノックもなしとは、なんとも行儀がわるい王子様だ。それとも、ここにいるお姫様達を買いにきたのかい? お客なら大歓迎だが――」
 数人の悪党を蹴散らしながら、大広間へのドアを開ければ待っていたかのように、彼らヴィクトール一味の頭目であろう黒い髪の偉丈夫が壊れかけた玉座に腰掛け余裕の表情で問いかける。
 その玉座の両脇にはロープで縛られた少女たちが横たわっている。少女たちには無数の擦過傷と打撲痕。少女たちの抵抗力を男の暴力で奪った結果なのだろう。
 少女たちの瞳からは輝きが失せている。どれだけの絶望が彼女たちを苛んだのだろうか。
「彼女たちを助けにきた!」
「一人でかい? 王子様」
 ここまでくるのにダメージがないとはいえない。部屋の中には4人の悪党とそして頭目がいる。
「りげ、る?」
 倒れた少女のうち、彼がよく知る少女――チェルシーが苦しげに顔をあげる。頬は赤くはれ小さな鼻梁から大量の血液が顔の半分を汚している。
「チェルシーになにをした」
「ああ、王子様のお目当てはこの魚人か」
「ンアッ!」
 言うと頭目は持ち上げたチェルシーの顔を革靴で踏みつけた。
「その足を離せ」
 怒りにリゲルの声が震える。
「いだい、いだい、やめて、ごめんなさい、もう悪いことはしません、だから許してぐだざい! いうことききますから」
 悲痛なチェルシーの悲鳴が耳朶をうつ。もっと自分が気をつけていればこんなことにならなかったのかもしれないとリゲルは歯ぎしりする。
「だとよ。お姫様は俺の大事な商品でね。しつけはしっかりと、だ」
「やめろ!!」
 言うが早いか、リゲルは悪党にむかって飛び込んでいく。手下が応戦する。頭目はチェルシー頭を踏んだまま椅子から立とうともしない。
 怒りに燃えるリゲルの剣からまばゆい光が放たれ、応戦する悪党たちを打ち据えた。
「この、悪党どもっ!」
 剣戟が大広間に響きわたる。左側からのシミターはリベリオンで受け止めた。右側からのナイフは銀の剣で打ち払う。
 連携はとってはくるもののそれほどの力量ではない。
 冷静に対応すれば勝てない相手ではない。それでも油断はできない。
 一人悪党が斃れる。頬をかすめた彼のナイフには毒が塗ってあったのだろうか、目の前がくらむ。
 しかし自分は斃れるわけにはいかない。もし自分がたおれたらあの少女たちは絶望のどん底に叩き落されてしまうのだ。
「くそ」
 リゲルはそれでも剣を振るう。
「リゲル、たすけて……」
 チェルシーの小さな悲鳴がリゲルに勇気を与える。
「絶対に助ける!」
 リゲルがことさらに声をあげて宣言する。自らを鼓舞するために。
「リゲル……? ああ、リゲル。リゲル=アークライトか。ローレットの騎士」
 頭目が興味深そうにリゲルを舐めるように見る。
「おい、お前らではローレットの騎士には勝てないだろう。下がれ。俺の技は味方を巻き込むからな、お前らは邪魔だ」
 頭目は立ち上がり、シミターを構え一歩前にでれば手下はさがる。
「頭目自らでてくるとは」
 リゲルは頭目から湧き上がる戦気に押され一歩さがる。頭目だけあって、只者ではない。
 反射的に自分を高めて防御の構えをとる。それは今までの戦いから学んできた危機管理能力の発現だ。
 ドォン、とその瞬間自分を中心に重い一撃が襲いかかってくる。なんとか銀の剣でしのいだものの、頭目の膂力は徐々にリゲルを押し込んでいく。
 足元が床にめり込み自分を中心に罅が広がっていく。
「おお、俺の攻撃をしのいだか、さすがローレットの騎士だな」
 ぼきり、と片腕が折れる嫌な音が耳に届く。受け流しきれなかったか。
「俺は負けない」
 リゲルは自分に言い聞かせると、敵の動きを冷静に観察し始める。
 その構えに隙はない。なんとも厄介な敵だ。
 しかし、ひるむわけにはいかない。剣を突き出し、距離をとる。リーチ事態はこちらのほうが上だ。
 頭目はシミターを連続で突き出しながら飛び込んでくる。その一撃一撃を片手にもつ剣でいなしていく。
 動きは見えてきた、あとは一瞬の隙を突くだけだ。
 リゲルは剣に氷星を纏わせる。徐々に周囲の空気が凍てついていく。
 深く、深く相手を見つめる。
 生命の核のある場所を。
 その瞬間が閃いた。
 まるで自分の剣と頭目の命の核とが線で繋がっているように見えた。
 リゲルはその氷晶の剣を線の通りに突き出す。頭目もまたリゲルの頭部に向けシミターを突き出した。
 ――ごぼり、とリゲルの剣は頭目の胸を貫く、頭目のシミターはリゲルの頬をかすめ空を斬る。
「その名は伊達じゃなかったってことか、ローレットの騎士。英雄ってのは恐ろしいもんだな」
 頭目は口から大量の血を吐きながらつぶやく。
「……」
 その言葉にリゲルはなにも返さない。
 どう、と倒れた頭目の姿を確認した手下たちは一目散に逃げていく。
 リゲルは腰を下ろす暇もないまま、手下を見送ると少女たちの拘束を解いていく。
「大丈夫、助けにきたから」
 少女たちは怯え真っ青な顔になっていることにどれだけ男に暴行をくわえられたのかと思うとリゲルは泣きそうになって唇をかみ、またやさしくだいじょうぶ、と少女に声をかける。これ以上怯えさせないように。
 片腕が痛む。だけど少女たちはもっと痛くて怖い思いをした。少しでもはやくその苦しみから解放してあげないといけないのだ。
「リゲルが大丈夫じゃないじゃない」
 一番に拘束を解かれたチェルシーが後ろからリゲルに抱きつく。その生きている熱量にリゲルはほっとする。
「ごめんね、もっと早く助けにくるべきだった」
 後ろから回されたその傷だらけのチェルシーの腕をリゲルは優しくなでる。
「そうじゃない、リゲルが傷だらけだっていってるの」
「こんなのすぐ治るよ。大したことじゃない」
「そうじゃない、リゲル心が傷だらけになってるっていってるの。自分が泣きそうな顔なの気づいてないでしょ」
 その言葉にリゲルははっとする。
 はっとして、そしてチェルシーに微笑む。
「そうかもしれないね。ありがとう。心配してくれて」
「当たり前でしょ。友達のことはわかるもん」
 そういってチェルシーはぎゅっと、ぎゅうっとリゲルを抱きしめる。
(リゲルは私の王子様だ。友達だけど、それよりもっと、もっと――)
「でもチェルシーのほうが大丈夫じゃないだろう? 痛いだろう?」
「痛い、いたいよ。だからこうさせておいて」
 震える指先が冷たい。
 リゲルは動く片手でチェルシーの冷たい指先を温めた。

 
 その後、少女たちはリゲルの通報により病院に搬送され事なきをえた。
 多少の心的外傷はあるものの、快方に向かっているらしい。
「リゲル!」
 片手を包帯で吊るリゲルもとにチェルシーが声をかける。
「チェルシー、もう頬の腫れはひいたみたいだね」
「うん、大丈夫」
 そういうとチェルシーは片手をブイの字にする。
「よかった」
「あのね、リゲル、私あなたにいいたいことがあって」
「ん? お礼ならいいよ、たいしたことじゃない」
「そうじゃなくてその……」
 少女の顔は腫れとは関係なく紅潮している。
「えーっと、その、あのねえーっと」
 チェルシーは一世一代の覚悟で想いを告げようとするが本人を目の前にしたら言葉がでてこない。月並な言葉じゃ私の想いは言い表わせない。
 友達より、もうちょっと先にすすみたい。
「えっと、今日は何しにきたの?」
 少女は全く違うことを言ってしまう。そうじゃない。そうじゃないのに。
「ああ、今日はね、娘と、たいせつなひととの待ち合わせなんだ。海洋をゆっくりたのしもうとおもってね」
 そういって笑うリゲルの笑顔は何よりも優しくて。すごく優しすぎて、チェルシーの心がきゅっと音をたてた。
 なあんだ、そういう笑顔を向ける相手、いたんだ。
 悔しくて悲しくてそんな笑顔を向けられる相手がにくくて、でも、彼が幸せそうで、泣きたくなる。
「へえ、奥さん?」
 リゲルは恥ずかしそうに笑う。ああ、失恋ってやつはなんてなんて、残酷なんだろう。チェルシーは泣きそうになる自分を叱咤する。だめだ。泣いちゃだめだ。泣いて良いのは別れたあと。
「そうだ美味しいお店おしえてあげる。あの海沿いのアイスクリームのお店絶品だからおすすめ」
「へえそうなんだ。ありがとう。チェルシーもたべにいくのかい?」
「私は食べてきたあとだから! いちご味とレモン味のダブルが最高の組み合わせ! 内緒だけど友達のリゲルだからおしえてあげる」
「それは良いことをきいた。ありがとう。チェルシー」
「うん、またね!」
 チェルシーは踵を返して走っていく。
 ふと、リゲルの手に水が跳ねて、とんだ。
「あれ? 雨――?」
 失恋の涙雨が止むのはもっと、あとすこし、先。

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