SS詳細
【RotA】れんチャンネル。或いは、廃校の七不思議…。
登場人物一覧
- 日向 葵の関係者
→ イラスト
●深夜の学校
「ハローハローPTuberレンちゃんの、れんチャンネルでーす♪」
深夜0時。
暗い、初夏の夜のこと。
怪談にはいささか時期が早いのだが可賀美 憐はそんなことなどお構いなしにパチパチと胸の前で手を叩いていた。
背後には夜の学校。
非常灯の明かりだけが、窓の奥にぼんやりと映る。
「今日の企画は! 題して“レンちゃんが廃校の七不思議に挑んでみた!!” ワー♪」
「……っス。日向 葵っス」
チラチラと背後を見ながら、日向 葵 (p3p000366)はそう言った。夜の闇に今更怯える性質でもないが、それでも“夜の学校”となると、多少は思うところもあるのか。葵の表情は暗かった。
「編集点! ちょっとキャプテン! 掴みは大事なんだから、もっと楽しそうにしてくださいよ!」
指をちょきちょきさせながら、憐は1度、カメラを止めた。唇を尖らせて、眉を吊り上げているのだが、元の顔立ちゆえかあまり“怒っている”という感じはしない。
それから憐は葵の方を振り向くよ、身振り手振りで不満を伝えた。
「いや、そりゃ悪かったっスけど……だって、なぁ?」
たじたじと言った様子で、葵は顔色を悪くする。
「なんです?」
「何って……聞いてないっスよ。夜の学校で肝試しなんて」
「肝試しじゃなくて、七不思議に挑むんですよ!」
「っス」
憐の配信する動画の、スペシャルゲストとして呼ばれたのだが、どうにも嫌な予感がしていた。遊び半分で夜の学校やホラースポットに足を踏みいれ、何らかのトラブルに巻き込まれたなんて話は枚挙にいとまがないのである。
「こういう時はちゃんと事前に詳細を教えておいて欲しいものっスね」
「あれ? 言ってませんでした?」
「聞いてないっス」
「じゃ、今言いますね」
出だしから少々グダついたが、得てして動画の撮影とはこういうものだ。
何事もスムーズに事が進むのなら、誰も苦労しないのである。
舞台は練達。
再現性東京の外れにあるとある廃校。
辺りはシンと静まっており、聴こえてくるのは風の音と虫の鳴き声ばかり。
「じゃあ、何も知らないキャプテンのためにかいつまんで今回の目的を説明しますね」
「オレが悪いみたいに言うんじゃねぇっス。何も知らないのはそっちが何も説明しなかったからっスよ」
門越しにグラウンドを見渡して、葵は「これじゃサッカーできないっスね」と呟いた。塗装が剥げて茶色く錆びたゴールポストが哀愁を誘う。ゴールポストもグラウンドも、サッカーボールも、使わなければ意味が無い。
「廃校になってから長いんっスかね。肝試しとか、そういうのにさえ使われた形跡ないっスよ」
錆び付いた門に手を触れて、葵はそう呟いた。
肝試しなどで利用されている校舎というのは、得てして門に痕跡が残る。足跡や手形が残っていたり、落書きが残されていたり、というのがそれだ。
だが、今回2人が訪れた校舎にはそれらしい痕跡が無かった。葵はそれを訝しんでいるのだ。
「ふふん」
得意気な顔をして、憐が“よくぞ気が付いた”という顔をした。
「……何なんっスか。今日、ちょっと様子がおかしくねぇ?」
「…………」
憐の頬に冷や汗が伝った。
それというのも、実は彼女、夜の校舎のようなシチュエーションがあまり得意ではないのだ。けれど、配信のためならばと気合を入れてこの場に来ている。
要する虚勢というもので、憐のテンションが少々おかしいのは不安を誤魔化すためである。葵がゲストに呼ばれた理由の一端もそれだ。
「その辺は置いときましょう。まず、キャプテンが言ったように、この廃校には昼も夜も誰も近づこうとしないそうです」
辺鄙な場所にあるというのが1つ。
そして、何より重要な理由がもう1つ。
「出るらしいんですよ。昔から七不思議の噂が途切れることの無い学校で、実際に被害にあった人もいるとか」
「……被害って?」
「さぁ? そこまでは……噂なんで」
「結局、不確定情報じゃねっスか。ま、いいや。さっさと行くっスよ」
錆びた門に手をかけて、葵はそれを跳び越えた。門が軋むが、折れるようなことは無い。
「キャプテン、手伝ってくれるんですか?」
「そのために呼んだんっスよね? 撮らなきゃって言うなら、まぁ、協力するっスよ。力になれるかは分からねぇけど」
内側から門を開け、葵は憐を敷地内へと招き入れた。
かくして、葵と憐による“れんチャンネル”用動画撮影・廃校探検編は始まった。
七不思議の1つ目は、兎の消える飼育小屋。
何度、兎を追加しても、翌日には跡形もなく消えている。そんな噂が立ち始めてから、飼育小屋には何の生き物も入れられていない。
この学校が廃校になる以前から、飼育小屋は“ただそこにあるだけ”だった。今となっては、檻も屋根も半壊しており、とてもでは無いが“小屋”の体を成していない。
「わっ、暗い中で見ると不気味ですね!」
「不気味っつーか……網、内側から破られてないっスか?」
懐中電灯の明かりで小屋を照らして、葵が檻に近づいていく。金属の網が張られているのだが、どうやら内側から食い破られているようだ。
「ヴィーナスは下がってて。これ、なんか妙っスよ。単なる七不思議とも違うような……」
食い破られた網をよく見れば“それを食い破った何か”が1匹だけではないことが分かる。無数の小さな生き物によって、寄って集って網は食い破られているのだ。
「……何の気配もしないっスね」
「キャプテン。思ったんですけど、内側から網を食い破って、外に出て行った……んじゃ、ないですかね?」
「マジか。さっそく雲行きが怪しくなって来た……どうするっスか?」
『もちろん、校舎の方に行きますよ』
「はぁ……仕方無いっスね。じゃ、行こうか」
「え!? ほんとに?」
廃校探検を開始してすぐに、雲行きが怪しくなって来た。
夜妖の存在を何とはなしに感じながら、葵と憐は校舎の方へと足を向ける。
2つ目の七不思議は1階の端にある理科室。
“理科室の動く人体模型”と言えば、全国各地で語り継がれる七不思議の中でも特に有名なものだ。誰もが知っている、七不思議界の大御所である。
「裏口の鍵が開いてるなんて、よく知ってったっスね」
「知らないですよ、そんなの。最悪、窓を壊せばいいと思ってましたから」
暗い廊下を歩きながら、2人はずっと会話をしている。
静寂と暗闇は不安と恐怖を増幅させるのだ。声を出して、言葉を交わして、時々、相手の手に触れて……そうしなければ、いつの間にかどちらかが消えてしまいそうである。
「っても、両手でオレの手、握ってたらいざって時に危ないっスよ?」
「え? なんて?」
「……何でもないっス。それより、覚悟はいいっスね。理科室に着いたっス」
憐の手を振りほどいて、葵は理科室の扉を開けた。
2人は同時に、教室の中を懐中電灯で照らし出す。理科室特有の薬品の臭いに混じって、肉の腐ったような臭いも漂っていた。
「うわ、ホルマリン標本が全部割れてる」
「中身がないっスね。なん……っ!?」
舐めるように壁際に光を走らせて、次に葵は教室の後方を照らし出す。そこにいたのは人体模型だ。内臓部分が空になった人体模型が、光を浴びた瞬間、動いた。
風に揺れたのか。
否、動いている。
その虚ろな目が葵と憐の2人を向いた。
「撤退! 撤退っス!」
『2階、音楽室にいきましょう』
「OKっス!」
憐を先に逃がしながら、葵は理科室の扉を閉めた。直後、扉が激しく振るえる。砕けたガラスから人体模型の顔が覗いた。
「このっ!」
後方へ跳び退りながら、葵はサッカーボールを足元へ落とす。
不安定な体勢から蹴りを放って、サッカーボールをシュート。風を切る音がして、直後、人体模型の頭部が砕けて散った。
「キャプテンキャプテン! 音楽室の七不思議は2つ! 誰もいないのに鳴るピアノと、女子生徒の幽霊です!」
「既に聴こえてるんっスけど! “天国と●獄”じゃねぇか、皮肉のつもりか!」
「っていうか、弾いてるのが女子生徒の幽霊なんじゃないですかね!」
階段を駆け上がりながら、葵と憐が怒鳴り合う。
2人は現在、背後から追いかけて来る“何か”から逃走しているところだ。
七不思議の5番目、いないはずの生徒である。
「さっきの人体模型と違って、着いて来るだけで何もしてこないのが救いですね」
「敵意の籠った視線ばっか、ずっと感じてるっスけどね」
“いないはずの生徒”というぐらいなので、当然、姿は目に見えない。だが、気配と視線は常に2人の背に注がれている。
「ちょっとキャプテン、こんな時に足、引っ掻けないでくださいよ!」
「そっちこそ、今、襟掴まなかったっスか! どうするこれ、音楽室に飛び込むか!?」
「そうしましょう!」
音楽室に近づくにつれ、ピアノの音が大きくなってくる。演奏されている曲も、そろそろ終盤に差し掛かる。
扉を開けて、葵と憐が部屋へ跳び込むのと同時に、曲は終わった。
再び、夜の校舎に静寂が満ちる。
否、そもそも初めから夜の校舎は静かだったのかもしれない。
『ピアノ、無いですね』
「っスね。いや、そりゃ高価なものだし、残しておかないっスよね」
音楽室の中には何も物が無かった。机も椅子も、譜面台も、ピアノも何も無いのだ。そもそも、音楽室の壁は防音仕様なので、廊下に音が漏れるはずもないではないはないか。
『フフ』
耳朶を擽る少女の笑い声を聞き、葵は背筋を震わせた。
「ここに居ても仕方ねぇっス。次の目的地は……って、おい! 扉閉めんなって!」
音楽室の中には、いつの間にか葵1人しかいない。
扉に手をかけて引っ張るが、鍵でもかけたか、向こう側から抑えているのか、扉はちっとも開きはしない。
「あーもう」
扉の端に足をかけると、力いっぱい、踏みつけた。
力づくで扉を外すと、葵は廊下へと出る。そこに憐の姿は無い。
「……はぁ?」
いつの間にか、件の視線も消えていた。
憐はどこに消えたのか。
葵の背筋に悪寒が走る。
憐が消えた。どこかに消えた。
何者かに連れ去られたのかもしれない。
頭の中は焦りで一杯になった。
けれど、しかし……。
「キャプテ~ン! そこにいますか! 開けて! 開けて!」
音楽室を出て、廊下を挟んだ向かいの部屋から憐の叫ぶ声がした。
「……何やってんっスか」
安堵の吐息を1つ零して、葵は向いの教室へ向かう。
資料室、と書かれた扉に手をかけて横へスライドさせれば、思いのほか、あっさりと扉は開いた。
「何でこんなひどいことするんですか、キャプテン! おれ、泣いちゃうところでしたよ!」
「オレのせいじゃねぇっス。っていうか、油臭い! 何で!?」
「“美術室”なんだから、油絵具の臭いが染み付いちゃったんですかね?」
自分の袖に顔を近づけ、憐は鼻をすんすんさせた。
たしかに油臭かったのか、錬は少し頬を赤らめ、葵から1歩、距離を取る。
「……美術室、っスか」
葵が開けた扉には、確かに「資料室」と書かれている。
部屋の中には、埃を被った教科書や、世界地図、地球儀などの資料が山と積まれていた。その中に、油絵具を使って描かれた絵画の類は見当たらない。
余談ではあるが、七不思議の6番目は異次元に通じる教室である。
●7番目、或いは、ただ唯一の不思議…。
七不思議、というぐらいなので、基本的には7つでワンセットの怪談だ。
ところによっては7番目が欠番だったり、逆に8つや9つあったりと事情は少々異なるが、だいたいの場合は7つの怪談で完結するように作られている。
そして、多くの場合、7番目の不思議には他6つを経由しなければアクセスできないようになっているのである。
「一夜の間に6つの不思議を調査して屋上に行くと、真の不思議を知ることになる……とまぁ、あまり聞かない類の不思議ですね」
時刻はもうすぐ朝になる。
夜というのは、明け方が一番、暗いのだ。当然、屋上は真っ暗だった。
校舎を端から端まで走り回った2人は、疲れた顔で屋上に辿り着いている。
「真の不思議って何っスかね?」
「さぁ? ここまで来る間に起きたアレコレも大概、不思議でしたよね」
身体的、或いは、精神的な疲労によるものか。
憐の顔色は悪い。
「おれ、すっかり疲れちゃいましたよ。キャプテン、どんどん先に進むんですもん。けっこう、乗り気だった感じっすか?」
「うん? 目的地を指示したのはヴィーナスっスよね? オレの手を掴んだりして、怖かったなら途中で切り上げても良かったんっスよ?」
「手を掴んだり? してないですよ? 手を掴んで来たのはキャプテンの方ですよね? 資料室に向かって突き飛ばしたり、足ひっかけようとしたりするし……」
「資料室に突き飛ばす? 足をひっかける? 何言ってんっスか? それを言うなら、ヴィーナスだって音楽室にオレを閉じ込め……ん?」
どうにも2人の会話が噛み合わない。
そう言えば、2人とも懐中電灯を持っていたのだから“葵の手を、憐が両手で握る”なんてことは出来ないはずなのだ。
さぁ、っと2人の顔色が青ざめる。
血の気が引く瞬間を、2人はこの時、初めて目にした。
「あ、カメラがあるっス! カメラに何か映ってるかも!」
「カメラ……あ、ここだ」
足元に転がっていたカメラを憐が拾い上げた。
スリープモードを解除して、撮影していたデータを調べる。サムネイルに憐と葵の載った撮影データがあった。
「よかった。ちゃんと撮れてますね。ほら、2人とも……ばっ、ち……り」
「オレ、撮ってないっスよ? なんでオレら2人が映ってるんっスか?」
サムネイルに映っているのは、校門前の様子のようだ。オープニングを撮影しているシーンだろう。
校門を背に並ぶ憐と葵……それを撮影しているのは誰だ?
158分の長い動画を、撮影していたのは誰だ。
校舎内に入ってから今までの様子を、誰が撮影していたのだろう。
憐ではない。葵でもない。
だが、3人目を連れて来た覚えは無い。
「……え? これ動画にして、大丈夫……ですか?」
「あー……一応確認する?」
憐の声は震えている。
「見たくないというか、ねぇキャプテン? 今おれ悪寒が凄いんですよ」
カメラを手放すことはしない。
しないが、目一杯に顔から遠ざけて持っている。
憐の目には涙が浮いていた。涙がそろそろ溢れ出してしまいそうだ。
「……よし、今から一切後ろを振り向くな! ダッシュでここを出るっスよ!」
憐の手からカメラを取り上げ鞄に仕舞うと、葵はくるりと踵を返す。
それから、それ以上何も言わずに2人は屋上を飛び出した。
結局、2人が今後、撮影された動画を確認することは無かった。
だが、削除もしていない。
SDカードにデータを移して、厳重に封印したのである。