PandoraPartyProject

SS詳細

好きとか好きとかイチバン好きとかホントに好きとか愛してるとか

登場人物一覧

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
タイム(p3p007854)
女の子は強いから


 夕陽を背に、二人分の影が伸びている。コラバポス 夏子(p3p000808)の歩幅のほうが大きいが、歩みはぬかりなくゆっくりである。
「ねね、手、つなごっか?」
 いつもの調子で手の平を差し出す。ごく自然に。慣れた様子で。けれども、それはむなしく空を切り、タイム (p3p007854)はつんと、かわいらしい鼻を背けた。
「あ~らら…? タイムちゃんどったの?
お腹すいた? なにか食べ物買ってこようか?」
 いつもなら、「うん、食べる!」とか言ってくれるところのはずが。
 それで、その丸い頬に、おいしくてあったかい食べ物でも食べて、それで、夏子もハッピー。win-win、永久機関、これこそ持続可能なナンタラというやつじゃないだろうか……みたいなことはなく、タイムの表情は晴れなかった。
「ケガしちゃった? どっか痛い?」
「……」
 柔らかい肌に傷でもついたら、後悔してもしきれない。
「なんたることか…イージーな依頼だったと思ってたのに 守り損ねちゃったのかまさか…。夏子の不覚 一生の不覚…」
 先走る夏子に、タイムは内心少し慌てて……うれしかったりもしたけれど、けれども慎重に言葉を選んだ。
「そうじゃなくて」
「あれ 違う?」
 夏子の声は心底、ほっとしたような声で。声色は柔らかくて。そんなところもちょっとずるいよ、なんて思った。
「怪我もこの通りしてないし。
お腹は少し空いてるけど、そういう話じゃなくて」
 頭にハテナを浮かべている。
(うん、そうだよね、わかってないんだよね)
 意を決して、口にする。
「夏子さん、依頼の最中女の子に声掛けてたでしょ」
「うん かけてたね?」
「……あれ、なあに?」
「なに…? って ナンパだね!」
 悪気はないのだ。
 心底、悪気はないのだ。
――タイムちゃんのことはちゃんと好きだよ。でもこれ、タイムちゃんの僕へのそれと違う気がする。
 かつて、夏子はそんなことを言ったっけ。
「キレイなお姉さんだったから遊んで貰いたいな~って思ってグイグイとこう」
「……それで」
 ますます険を深めるタイムに、夏子は気まずそうに頭をかいた。
「あーガッツキすぎちゃったかなーやっぱいきなり入れ込み過ぎちゃうと引くかー
いやースカっちゃったよねーどうしたら正解だったかな~どう思う?」
 心底困ったように、助けを求めるように笑って、そんな夏子がちょっぴり憎らしい。
「どう思う? じゃないの~~~!」
 タイムはぐりぐりとグーでわき腹をえぐる。
「ありゃりょお~どったのくすぐったいよ!」
 タイムからしたら容赦なく、というもので、確かに真剣さはあったけれど、ふ、ふふ、と笑いすら漏れてしまいそうなほどにくすぐったいスキンシップだ、などといえる空気でもないので夏子は甘んじて受けておくことにする。
「もし女の子がOKしたらどうするつもりだったの!?」
「え なになに!? オッケーだったらって?」
 そりゃあ、行かないよ。タイムちゃんがいるじゃない。
 なーんて、言ってくれたらいいのにとは思うが……。
「そりゃそのままその足で行けるトコまでいこう」
「いやえっと…そうじゃなくて……やめてよそーゆーの!」
 それには、思いのほか大きな声が出て。
 夏子は青天の霹靂みたいな顔で、目を丸くして驚いている。
「って え? やめ る? 何  を…?」
「だから~~~その……、ナンパをよ」
 それはもう、空を飛ぶなと言われた鳥のような。泳ぐのをやめろと言われた魚のような、あっけにとられた顔をしている。
「やっぱり目の前でそんなことされたら、がっかりしちゃう」
「そっ、か」
 夏子はぐるぐるぐるぐる考える。
(まあ嫌って言うなら考えないとな……)
 タイムは大切だ。決して、悲しんでほしいわけじゃないのだ。
(気が付かれないようにそっとヒッソリと……できるか?)
 いや、できるか、できないかじゃない。とにかくやってみせよう、やるしかない、そんな明後日の方向の悲痛な決意すらも、
「えっ あ…っ うーんそうだな… どうしようこうしよう!
タイムちゃんを苦しめるのはマジで本意じゃないから
タイムちゃんが近くにいる時は極力」
「……ううん、目の前じゃなくてもいや」
 打ち砕かれ、完璧に、詰んだ。

 気まずい。
 しんとする中、夏子のとった手は……。
「ごめんね!」
 とりあえず謝ることだった。
「む~~~……どうしていやか全然分かってない顔してる」
「ま、まね、でも嫌ってのはわかった。だからそこはごめん」
「じゃあじゃあ逆に聞くけど!
どうしてわたしがいるまえで平気で他の女の子の追いかけちゃうの?
わたしがどんな気持ちでいるのかまでは考えたりはしてくれないの?
……わたしだけじゃ足りないの?」
「んんん!?」
 あまりにまっすぐだった。
(あれオラ説明してなかったか!? ソレはソレとしてって!)
 そんなに真剣に……。
 まなざしを見るだけで、まぶしいほどにその気持ちが伝わってくるのだった。
 もしも逆の立場だったら?
 きっと、やめてねなんて言えなくてきっと、でもどうなんだろう。想像はつかない。
(ああ、いや、違う。タイムちゃんは、別の女性だ)
 違う。
 今までのタイプと、あまりに違いすぎるのだ。
 いつもの夏子の相手だったら、「うんうん、好き好きごめんね、そんなことより楽しいコトしよ」とか。あるいは「あの子も誘って遊ぼう」なんてのだったり……。
 ここでごめんねタイムちゃんだけだよとか言えたら、どれほどラクだろう?
 よく回る口からは空回りした言葉が出てくる。
「いやさタイムちゃんだけじゃ足りないっていうか
他の人には他の人の良さがあるっていうか? ほら」
 ごめんねほんとはタイムちゃんだけだよ大好きだよって、たぶんそう、普通の女性相手になら、欲しい言葉はわかるのだが、わかるが、それは違う気がした。正解はわからないが不正解はわかる。いや、――詰んでないか?
 タイムの眉はますます怒った顔で。それもまたかわいいかもしれないが、でも、悲しませたいわけではなくって。
「あ~ いや 違うか 違うな 足りる時はあるんだよ ある あるよある!」
「……むう」
「ん んん~」
 なんといえばいいのか、頭の中をひっくり返し、ちゃんとした言葉を探そうとして、それもなくて、ただ、耳障りの良いこの場だけの言葉は違う気がした。
「完璧な人なんて居ないから 良い所が違う訳で
ソレって個人じゃどうしようもない事で
完全にやめます! と言い切るのはちょっと自信がないのが本音でさ
今まで お腹が減ったらご飯を食べる 喉が渇いたので水を飲む
くらい当然にしてきたことだから 極力…気をつけるからさ」
 匙一つ分の誠実さに含まれている、甘くはないが必死の言葉。
 それが伝わったのか、タイムは少しばかり表情をやわらげ、代わりにぎゅっと夏子の袖をつかんだ。
「むう……。努力するって言葉は一応、嬉しい。でも……
わたしの見てないとこでしても、後で知れば同じことなのよ?」
「あ、やっぱ探っちゃう?」
「……無理にってことはないけど、夏子さんのことなら知りたいもの。全部、正直に話すのが夏子さんの考える誠実さだとしても、わたしにとってはそうじゃないの。
苦しめたくないって言うのなら、わたしには絶対わからないようにしてくれなくちゃ」
 こんなに近くにいるのに、わからないようにするって、どうやって、どう――。
「……夏子さんにはわたしだけって、嘘でもいいから信じさせてよ」
 タイムは、つま先立ちをして夏子に詰め寄る。
 こんな時でも女性のよい香りがする。
「ん…なるほど? なるほど… なるほどね!」
 唐突に、ものごとが夏子にもすんなりと理解できるところにきた。
 詰め寄ってくるタイムの肩をそっと抱いた。
「わかったよタイムちゃん 今からどっちの部屋行く?」
「……へ?」
「薄っぺらな言葉より 身をもって証明したほうが納得してもらえそうだし
僕としてもそうしたいところなんだけど 如何かな~? 場所移して続けない?」
 恋人にそこまでストレートに誘われればさすがに何を意味するかわかる。やや時間をおいて、タイムの頬が、いちごのように真っ赤になった。
「ちっ、ちがうちがう、そんな話じゃないわ!どうしてそうなるの!?
今はわたし怒ってるの!怒ってるんだから夏子さんと部屋になんかいかない。
誤魔化さないでちゃんと答えてっ」
「ええ 違わないと思ったし 誤魔化してる心算もなかったんだけどなぁ。
えっと、いきなりの無理なストップはう~ん
ふと死んじゃうだろうから かなり無理だと思う
ただまあ 言いたいことは伝わったよ
タイムちゃんに分からないよう頑張ってみる
自信無いんだけど 努力はするよ 自信は無いけど」
「そんなつもりはなかった?わたしの受け取り方が悪かった?
じゃあどんなつもりで部屋に誘ったの?
頑張ってみる以外のことはわざわざ言わなくていいし!
いーい?いま夏子さんにして欲しいのは「僕には君だけだよ」
って歯の浮くような言葉と一緒にわたしを抱きしめてくれることよ。
えっ うんっ?
――んんっ!?」
 これでも呼吸のように生きてきたものである。
 OKのサインとチャンスは逃さない。唇が離れた。
 そっと今度こそ手を握って、今度は幸いにして、払いのけられることはなかった。
(こんな気持ちになるのなら何もしなければ良かったのかも)
 けれども、やっぱり、ちゃんと好きで悔しい。
「俺のタイムちゃんと 二人の時間を
もっと一緒に 大切に過ごしたいな」
どうかな 俺のタイムちゃん」
「本当にもぉ……調子狂っちゃう」
「察しが悪くてごめんね
女性にソコまで言わせちゃうなんて
いやはや お恥ずかしい限りだよ ホント…」


「今後はちゃんと気をつけるから
気を揉ませちゃったみたいでホント ごめんね!」
 危機は去り、事態は丸く収まった。
 夏子はそのつもりだった。
 しかし。が、しかし。服をほどこうとした夏子の手を、タイムは優しく払うのだった。
「あのね……」
「タイムちゃん?」
「ねぇ、夏子さん。本当はまだ少し怒ってるの」
 包み込むように手のひらを重ねられ。
「あえ?」
「だから今日はわたしが眠るまで手を繋いで側にいて」
 ぎゅっと握られれば、体温が伝わってくる。
「え?」
 出来る事は生きている内に沢山――そんなことを考えていた夏子に投げられたセリフは、生きてきた人生の中でも 最も無情なものだった。
 え、明日死んだらどうするの? 死ぬかも。隕石落ちてきたら悔やんでも死にきれないよ。
 タイムちゃんを前に?
 化けて出る。いや死にきれない。
 ふわふわとした髪、寝息。理性対己。どうするか善の夏子に問えば「ま、いいんじゃない」という己の理性はアテにならずぶんぶんと頭を振り払うしかなかった。
 試してみて、甘く誘う彼女の声がよみがえる。
(あ、だめ、あ、だめだ。これ)
 嫌われる。もし不実をすれば、ここを切り抜けたとしてもあとから嫌われる。
(ダメだこれいったん離脱)

 夜風にあたり、我を取り戻した夏子。
 戻ってくると、寝返りを打ったタイムは服がはだけていた。
(夜風ーーーーっ!)
 冷たい水をかぶり、再度外をうろつく羽目になった。
 よくわからないけれど、よくわからないけれど。目はぎんぎんに冴えていた。むにゃと寝言で「なつこさん……」。声。そろーりと手を入れそうになってっていうか入れたが耐える。耐えた。耐えるしかなかった。パンドラを嚙み締め舌を噛み、あとから払ってもらうつもりで、ああ、涙すら出てくる。
 重傷、である。


「ん……」
 朝日がゆっくりと横顔を照らす。あ、そっか、とぼんやりした頭でタイムは思う。身を起こすと手には夏子の手が握られている。
 先に起きていた夏子はだいぶ疲れた顔をしていて、実は寝ていなかったのだが、葛藤と苦悶はタイムの知るところではない。
「おそら」
「え?」
「明け、てる?明けてる? 夢とかじゃない?」
 これはほんとうに銅像を立てて称えられるくらいの偉業だった。寺が立ってもいい。
 ニッコリ笑った恋人の顔がなによりの証。
「夏子さんがいてくれてよかった。ずっといてくれたんだよね?」
「あええ……」
 ずっとではない。いはしたが、夜風にあたったりしていた。
「だって、目が覚めてあなたが居ないのは寂しいから」
 これで正解だった、と、思いたい。

  • 好きとか好きとかイチバン好きとかホントに好きとか愛してるとか完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2023年06月07日
  • ・コラバポス 夏子(p3p000808
    ・タイム(p3p007854
    ※ おまけSS『無我の境地』付き

おまけSS『無我の境地』

(僕には感情がない……)
 なんだか半端に暗殺者まがいのことを考えながら(八百屋の息子である)テキトーなことを思い浮かべ、夜風に当たり、夏子は座禅を組み素数を数えている。冷たい水を浴びてみたが雑念は払えそうになかった。

 こういう時はどうする?
 あれだ。素数を数えるんだ。
 1。
 1って、素数だっけ?
 素数だよ。
 え? そうなの?
 タイムちゃんが言うならそうかもしれない。
 タイムちゃ……そうだっけ?
 想像上のタイムがほほ笑む。
 わからないなら……。

 ――わたしで試し……。

「ウンッ」
 舌を噛む。
 だめだ。
 すべてがダメだった。
 何もかもが刺してくる。
 なんかこう、だめだった。何もかもうまくいかないのだった。

――これは?
 この試練がおわった暁には、悟りを開けるかもしれない。そして許してもらえたらイチャチャしよう……。
 何倍かに増やしてイチャイチャしよう……。
 みたいなことを考えているうちは無理そうだった。
 明鏡止水への道は、遠い。

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