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隠し味は恋心
登場人物一覧
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モミの木飾りが背を押されるように門松へと変わり、そして門松が次は赤いリボンへと変わろうとしている、そんな季節。
だから。
だから、渡すことが難しくとも。渡す勇気が出るか怪しくとも、Erstine・Winstein(p3p007325)が興味を惹かれてしまったのは仕方のないことなのである。
「世間はすっかりグラオ・クローネの話題ばかりね…。皆さんなんだか輝いて見える」
例えば、自身を慕ってくれているあの少女。
例えば、酒を飲み交わしたあの少女。
例えば、真っ直ぐに想い人を見つめるあの少女。
おんなたちは愛しい人にチョコレイトを渡すのだ。愛をのせたことばを添えて!
腕の中の赤髪の男の人形は意地悪く笑うばかりだ。人形の口角が動くはずもないのだが、見透かされているような心地になって思わず目を背けてしまう。
チョコレイトの作り方を教えてあげる、と友人に約束まで交わしたErstineのことだ。作るのは造作でもないことだろう。けれど、頭に浮かぶ
「作るなら…この前考えたチョコレートのシュトーレン…。
いえ、でも…渡せないかもしれないわ…。
ほら、あの方の周りには沢山の女性がいるもの…」
自信を納得させるように。否、納得させたつもりで呟いた言葉に胸の疼きを覚える。
この間までは『尊敬』だと思っていた。思いたかった。
けれど、何度も友人たちに背中を押される度に。
漸く認めた
「渡せなくても……練習くらいなら、きっといい筈よね?
……ええ、大丈夫よ、きっと」
ぎゅっと握っていた人形をソファの上に置くと、向かい合う形になって見つめ合う。尚、練習相手は人形である。
「こほん…えと、チョコレートはいりませんかー…じゃ店員だわ。
つまらないものですが──って、つまらないものをあの方に渡せないしっ!」
手の中にある箱であろうを勢いよく前に突き出し──止まる腕。
頬が赤くなる。あの方はなんというだろうか。なんと思うだろうか。
「それじゃあ……お口に合うといいのですが、とか?
ううん、これだと少し、自信ありげに聞こえるかしら」
余っているからついでにどうぞ。
義理チョコ、ですよ。
店で買ったものなのですが。
浮かぶ言葉はどれも捻くれた可愛げのない言葉ばかり。今までの態度の結果でないことを祈るばかりだ。
「……はぁ。言葉ひとつ考えるのもままならないわ。
喜んで頂きたいのに、どうしたらいいのかしら……」
どうすればこの気持ちを伝えられるのだろうか。
気づかれなくていい、ただ受け取ってほしい。
小さく握った拳がゆっくりと解けた。もしも箱を握っていたのなら、ぐしゃっと潰れていたに違いない。
もう一度抱え直した人形は未だに腕の中で笑みを浮かべている。なんといじらしく、恋しいことだろう。
「人形相手なら何でも言えるのに……全くこの気持ちには、困ったものだわ」
ソファに仰向けに飛び込むと、両の腕を天井へと掲げた。視界には見慣れた天井と、あの方によく似た人形が入る。
天井から横をなぞるように、卓上を眺めると先程買ってきた紙袋の中が目に映る。その一つである、嬉し気に飛び出しているチョコレイト。うっかり買ってしまった数刻前の自分が憎くてたまらない。
何となく惹かれるように、人形を抱えたままテーブルへと近づいていく。
チョコレイト特有の甘い香りが鼻孔を擽った。手に取ってみれば熱で溶けてしまったものだから、仕方ないと調理することに決めてエプロンを身に纏った。
「シュトレーン、作りましょうか。
ええ、どうせ練習だもの。自分で食べればいいわ」
さらり。宵闇色の髪が高く結い上げられる。腕まくりをすれば、準備は万端だ。
先日向かった仕事でも作ったシュトレーンは、
レシピを知ったときに学んだこと。輝かんばかりのあの夜から、もう一月経ってしまった。あの日飲み比べた時にあの方が飲んでいた酒にレーズンを浸せば、自身の気持ちのように浮いたり沈んだりするレーズンが憎くて、手で酒の海へと沈めてしまう。
そんな恋だ。自分ばかり舞い上がったり、傷ついたり。
けれど。粉っぽかった生地もこねたり水を加えたり、少しずつ過程を踏むことで美味しい下地になる。
そんな恋になる筈だ。まだ自信はつかないけれど、可愛いとは思えないけれど。
いつかは。
とろけるような恋に溺れて。
「……どうか、待っていてくださいね」
本物の貴方に、きっと届けてみせるから。