PandoraPartyProject

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未来に咲かす“君を愛す”

登場人物一覧

スキャット・セプテット(p3x002941)
切れぬ絆と拭えぬ声音
スキャット・セプテットの関係者
→ イラスト
スキャット・セプテットの関係者
→ イラスト


 ワールドイーターとは、果たして何物なのか。
 どうしてR.O.O.で猛威を振るった彼らが、今更のように現実世界へと進出して来たのか。
 ベルナルド=ヴァレンティーノ……もといスキャット・セプテットは本来、其れを調査するべくこの世界へと乗り込んでいた筈だった。
 だが、どうしても気になる事がある。
 ログインするたびに見に行って、動きがなければ落胆の繰り返し。――スキャットはR.O.O.の己の様子を見に行っていたのだった。

 己の中にある正義の為、正義へと戻ったアネモネ。
 少しでも想う気持ちがあるのなら、こちらのベルナルドもいつか追っていくのではないか。
 アネモネの手を取り、正義でもう一度生き直すのではないか。

 そう思って、幻想の彼の家が空である事を祈り、向かうのだが……一向にこちらのベルナルドは動く様子を見せなかった。
 いつか帰って来ると思っているのだろうか。
 其れとも、アネモネの事など忘れてしまったのだろうか?
 いつも通り完成しない絵を作り、ラフを切って其処で終わらせる。そんな日々が続いていた。

 いつの間にか、スキャットの目的は逆転していた。
 ベルナルドの様子を見に行って、其の憂さをワールドイーターの調査で晴らす。そんな日々。
 嫌気が差したのはスキャットの方。

「ああもう……いい加減にしろ!!」

 道端でそんな事を叫んだ美少女に数人が振り返ったが、スキャットはそんな事に構っていられない。
 こうなったら強硬手段にでも何でも出てやる。何としてもベルナルドにアネモネの後を追わせるのだ。
 だって、ベルナルド=ヴァレンティーノは、アネモネ・バードケージを――
 慣れない手でアバターを切り替える。

 本来ならこんな事はすべきじゃない。判ってる。
 其のままの自分に任せておくべきだ。判ってる。

 ――だけれど、“いつか”なんてもう待っていられない!
 時は今こうして悩んでいる間にも過ぎ去り、アネモネは一人で正義にいるのだから!

 こうして“本来の己”にアバターを切り替えたベルナルド=ヴァレンティーノは、仮想の己のもとへと乗り込む。

「邪魔するぞ」
「……スキャットか? 悪いが今……って、あんた誰だ」
「俺が誰か? そんな事はどうでも良い。大事なのはこれから言う事だ、よく聞けよ。俺はお前さんに勝負を申し込む。内容は簡単だ、絵を書き上げる事。そして賭けるのは」

 ――アネモネ・バードケージだ。



 ラフを切る。
 大きく切り、其処から細かい構図を書き加えていく。
 二人の男はただ無言で、絵を描いていく。

 ――この勝負を、こちら側のベルナルドは受けた。

 其れは流されて? いや、違う。同じ自分であるからこそ、ベルナルドには判る。
 彼は結局、踏ん切りがつかなかったのだ。アネモネを追うべきか否か、ずっと悩み続けていたのだろう。

 だったら俺には勝てない。

 俺だったら絶対に、アネモネを追う。追いかけて、追いかけて、どこまでも追いかけて、一緒にいる。
 現実では其れが叶わないからこそ、この仮想の世界では絶対にやってのける。俺なら!

 下書きを済ませたら、絵具を混ぜて色を作り、キャンバスに載せていく。
 テーマはない。ただ、己の描きたいものを描く。
 負ける気はないし、負けるつもりもなかった。負けてなんかやるものか、とさえ思っていた。こんな踏ん切りのつかない女々しい自分に、今の自分が負けてやれる道理はない。絶対に勝って、尻を叩いて火をつけてでも正義に向かわせてやる。

 ベルナルドの内で、静かに炎が燃えていた。
 其れは――多分、ずっとずっと前から燃えていたのだろう。だけれど、ベルナルドはずっと目を逸らしていたのだ。見ないように、気付かないように、そっと心の裡にしまっておいた炎。
 ……こればかりは、ベルナルドは仮想の己を笑えない。
 ようやっとベルナルドは、其の炎を覗き込み、激情の正体を見極めようとしていた。

 空を描く。晴れ渡った空に舞う鳥を描く。
 街を描く。白い色彩に染められた、美しい街を描く。
 理想を描く。こうあって欲しい、ただただ、其の思いを描く。

 絵はいつだって自由だ。
 言葉にならない激情を、人は絵に籠める。
 或いは絵を見た人に、其の激情の炎をそっと移す。其れが、絵だ。
 言葉にしてぶつけたって、人には判り合えないラインがある。其れを絵は容易く超えてくれる、いつだって。
 言葉が通じなくても、不器用でも、絵は其れを容易く飛び越える。其処にある感情を、絵は描いた主の心のままに表現してくれる。

「(行けよ、ベルナルド)」

 お前が行くべきに、行けよ。
 お前が追うべきを、追えよ。
 逃げたんじゃないんだぞ。彼女は立ち向かったんだ。だからお前は、……違う。正義から去った罪滅ぼしだとかそんなんじゃない。そんなんじゃない、そんなんじゃない! お前の中にある筈なんだ!
 アネモネを追いたいって気持ちが!

 ベルナルドは一心に筆に色を乗せる。
 其れを半ば呆然と、仮想のベルナルドは見ていた。
 ――どうして彼は、こんなに一生懸命になれるのだろう。
 突然やって来て、アネモネを賭けて勝負だなんて。

 ……どうして自分は、其の挑戦状を受けてしまったのだろう?



 そうして、数時間が経った。
 結果は現実側のベルナルドの圧勝と言ってよかった。
 仮想側のベルナルドはラフを切っただけで、其れ以上進めていなかったのだ。

「なあ」
「……何だ」

 声を掛ければ、少し拗ねたような返事が返って来る。

「悔しいだろ」

 ……沈黙が降りた。其れは何よりも、肯定の意を表していた。
 其の感情の正体を知っている、と、ベルナルドは言う。

「どうして俺とお前さんに、これだけ絵への向き合い方の差が生まれたか判るか。判らないだろ。いつも遊びのような絵だけ描いて、“最後まで貫き通した事のない”お前さんには」
「……何だよ、説教か?」
「ああそうだ、説教だ。だから説教ついでに教えてやる。――ベルナルド=ヴァレンティーノは。アネモネ・バードケージを愛してる」

 ……仮想のベルナルドが顔を上げた。
 まさか、という顔をしていた。
 其の瞳を真っ直ぐに、ベルナルドは見詰める。仮想の己に、己の心の裡に、漸くベルナルドは向き合おうとしていた。

「なあ、お前さんが俺なら、其の気持ちは変わらない筈だ。そうだろ。あの時アネモネの手を取ったのは、なしくずしだったかも知れない。でも、お前さんは其れを後悔したか?」
「……」
「俺だったらしない。だから、お前もしなかった筈なんだよ! なあ。なあ、ベルナルド。せめてこの世界でくらい、彼女の心を救ってくれよ。其れが出来るのは世界でただ一人、お前さんだけなんだ。……正義に行け。行って、アネモネに会え。なあ、あの白い世界でアネモネは、また独りぼっちなんだよ」

 俺には出来ない。
 お前なら出来る。
 其れをどうしてやらないんだと、ベルナルドは言う。懇願する。
 アネモネを救ってやって欲しかった。彼女がこちらの世界でも独りぼっちになってしまうのは、ベルナルドには耐えられなかった。欠片程の奇跡を一度掴んで、ようやく幸せを得て――そうして歪まずにいられた彼女だから。俺には出来ない事を、お前にやってのけてほしいんだと、ベルナルドは言った。



 仮想のベルナルドの纏めた荷物は、本当に些細なもので。
 そうして正義へと旅立って行った彼を見送り、ベルナルドは己が仕上げた絵を見ていた。

 青く澄み、広がる空。
 舞うのは2羽の小鳥。
 白い町並みでこちらを向いて微笑む、アネモネ・バードケージの姿。

 ……現実になるだろうか。
 なって欲しい。なってくれると信じている。なってくれなかったら、俺は今度こそあの俺自身を殴り飛ばさなければならないだろう。

 半ば勢いでまくしたてた己の言葉を、空っぽのアトリエでベルナルドは思い返していた。
 そうして、己の裡に灯っていた炎の正体に、漸く気付く。

「俺は、……アネモネの事を、こんなに好きだったのか」

 其れはきっと、仮想の世界に比べれば歪み切った愛なのかもしれない。
 でも、ベルナルドは確かにアネモネへの愛を感じていた。其れは絵を通して、仮想の己との戦いを通して覗き込んだ心の裡。

 ――ベルナルド=ヴァレンティーノは、アネモネ・バードケージを愛してる。

「はは。……厄介な女に惚れこんじまったなあ……」

 ベルナルドは己を笑った。
 其れでも愛は燃え続けていた。絵を見れば痛いほど判る。ベルナルドが描き上げたのは現実のアネモネでも、仮想のアネモネでもない。

 未来に咲く、アネモネ・バードケージという女だった。

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