PandoraPartyProject

SS詳細

供花

登場人物一覧

焔心(p3n000304)
九皐会
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う

●火も亦涼し、花と散る
 柔らかな風が水色の髪を撫でていく。二度も焦げを作り、ざんばらに斬られもしたそこ髪に、今はもうその名残りはない。あの日、わんわんと泣いてくれた人たちによって綺麗に整えられ、そして自身で毎日櫛ですいている。椿油とともに毎日何度もけしくずり、ちゃんと抜き打ちチェックでも誉めてもらえるように、そして自身でも誇れる大切なものへと変化していた。求めた完璧ほんものじゃなくとも、愛してくれる人が居てくれるのだから。
 その髪は青空の下で艶やかな光沢を放ち、柔らかな風に遊ばれていた。身を切るような冷たさばかりのあの日とは違う、鉄帝の春らしい……故郷の豊穣郷よりも涼しい風。長き冬は終わったのだと、肌に教えてくれる風だ。
 他国の者とは言え、女の冬はずっと続いていた。幼い頃から、ずっと。
 少し春がきて暖かくなり、また冬がきた。不安に心が凍りそうになるのをひた隠し、無理に笑って、笑って――居場所ぬくもりを探す、冬。手に触れる温もりは薄氷の上に成り立っていると思い込み、ただがむしゃらにあいを求めていた。わたしだけにあいをくれる存在を。
 信頼あいを失うのが怖かった。あいを失うのが怖かった。
 それを齎さんとする男が許せなくて、許せなくて。
 自らの手でどんな犠牲を払ってでも殺してやりたい程にこいしかった。

「このあたりでしょうか」
 ゼシュテル鉄帝国は首都スチールグラード――その外れ。周辺を眺めて歩みを止めた澄恋(p3p009412)は、よいしょと持参した荷物を地面に降ろした。
 故郷よりも冷たい鉄帝の春先の風が髪を舞い上げるのを視界の端に捉えながら、空を仰ぎ見る。
「確かあちらから来て……でしたので」
 戦いの最中、しっかりとした確認は出来ていた訳でもなく、ましてや澄恋はグラーフアイゼンブルート内にその身があった上――飛び降りたその後は意識を失っており、確かな情報はひとつもない。
「空からの景色を覚えていたら良かったのですが」
 だが、澄恋の視界に残るのは、鮮やかな赫ばかり。
 飛び散る血と、爆ぜる炎。
 どこまでも広く見晴らしの良い景色であったはずなのに、眼前の男の姿しか澄恋の視界には入っていなかった。わたしだけを見てと求めて、焦がれたにくい男の瞳に己だけが映ること叶った瞬間でもあった。あの男以外、視界にも心にも入ってくる訳がない。
 だから推測ばかりなのだが、そもそもが自己満足。澄恋が此処が彼奴の死に場所と思えればそれでいい。
「火葬は済んでおりますし、墓参りに来てあげましたよ」
 誰かが手を合わせることを望むような男ではないだろうし、余計なお世話だとか暇なのかと言われそうだが、まあそれもいい。自己満足だ。死した者への弔いは、現し世に残った者たちのためにあるものなのだから。
 墓参りと言っても、当然墓はない。石を積みもしない。この地はきっと、復興によって石畳が敷かれることだろう。
 荷物を紐解き、五供を供える。線香、灯燭、浄水、そして牡丹の花。
「見て下さい、大振りで素敵な牡丹でしょう? 大きなあなたによく似ています」
 他の花より大きなところも、派手なところも。準備を整えて豊穣を出る際に目に止まり、一輪買い求めたのだ。
「それから、お酒。他の方をお誘いしたと聞きましたよ。……わたし、誘って頂いてませんけど」
 遊郭で遭遇した者等が誘われた旨は聞き及んでいる。大きな瓢箪も所持していたし、大酒飲みなのだろう。
「一升瓶で足りるかどうかわかりませんが、無いよりはマシだと思ってくださいね」
 下戸の澄恋では味は解らないが、酒店にあった一等良い酒を選んできた。美味いはずだ。
 ひとつひとつ丁寧に並べ、最後に灯燭へと火をつけた。
(あなたに供えるにはちょっとちっぽけすぎましたかねえ)
 ゆうらり揺れる小さな火は、男が爆ぜさせていた血液と比べると随分と小さく、派手さもない。豊穣ではお盆に爆竹を鳴らす地域もあるから、そちらの方がやはり良かっただろうか……なんて思ってしまう。まあそれは、また足を運ぶ機会があればにしよう。
「そういえば……わたしの名前、忘れてないでしょうね」
 ふと思いつき、尋ねてみる。
 ちゃんと地獄まで持っていきましたか?
 もし忘れていたら地獄まで乗り込んじゃいますよ、なんて。

 整え終えた澄恋は手を合わせる。
 どんな罪人であろうと等しい命。安らかに眠れるようにと祈るのが定番だろう。
 しかし。
(あなたが地獄で大人しくしているような玉でしょうか?)
 どう考えたって――きっと天地がひっくり返って地獄と浄土が逆さまになったって大人しくしているとは思えない。獄卒たちを殴り飛ばし、罪人たちをまとめ上げ、閻魔大王の首を取りに行く――ところまで想像してしまった。
(……わたし以外の輩に殺されませんように)
 流石に閻魔相手では分が悪いだろう。獄卒を締め上げるくらいで我慢していて欲しいものである。
 いつだってあの男は『暴力』だった。粗野で乱暴で、それなのに人を惹きつける魅力と純然たる力があった。
 炎に飲まれる料亭内で聞いた低い声が耳から離れずにいる。腹の底を痺れさせるようなバリトンが、あの喧騒と狂乱の中によく響いていた。圧倒的な暴力という力が集ったイレギュラーズたちを蹂躙し、小馬鹿にして嘲笑った。
 儚さで気を惹こうとした澄恋へ一瞥もくれず、『弱いお前に興味はない』と態度で袖にした。あの時の澄恋は、本当に男の眼中になかったのだ。
(今思えば、少し恥ずかしいですね)
 か弱さで気を惹けるような男ならば、大事を成そうとなぞしていないはずだ。もっと早い内に……小火であるうちに御用改めでお縄となり、とっくに胴と首とが別れていたことだろう。
 向かって行っては弾き返され、庇う『彼』が傷を負う。すべては澄恋の弱さが招いた結果だ。
 炎の中で気負うことなく呵呵と楽しげに笑う男を前に、澄恋はこの男をこれ以上野放しにしておくわけにはいかないのだと心底思った。己の命を犠牲にしてでも止める、そう思った。すべてを賭けて奇跡を呼び起こそうとした。
 結果、奇跡は起こらなかったが――男の瞳に確りと澄恋が映った。
 炎の中で尚獣性を纏うギラついた瞳が愉悦に染まり、澄恋だけをひたと見た。
『今の一撃が今宵の中で最高に酔い痴れた』
(あれはとんだ殺し文句ですよ、まったく)
 きっとあれで、澄恋の心に火が灯った。
 じわじわと澄恋を燃やしだした炎は消えず、診療所でしょげる間も燻り続け、やがて大きく燃え広がった。必ずわたしが彼奴を殺すのだと、わたし以外に殺させはしない、あれはわたしの獲物なのだと、澄恋は地獄への旅路を約した男にすら告げずに誓ったのだ。
 あの男を倒すだけの力を欲し、『か弱さ』を脱ぎ捨てた。
 豊穣から遠く離れた凍える大地にまで、不確かな情報ひとつで駆けた。
 相まみえた時の、心の震えを忘れない。
 恋に似て、恋に非ず。
 焔摩の酔眼に映った歓び。
 焔々が赫赫となり、燃やし尽くす焔の赫。
 ――ああ、わたしが殺す男が、此処に居た!
 粛々と牙を磨き、その日に備えた。男の全てを手に入れる日。殺して、終わらせる日。
 誰にも褒められあいされない行為と理解していながらも、己が命を投げ打った。
 あの男の視線も爪も牙も炎もすべてを向けられるのならば、それでいいと思った。
(だって、わたしはあなたをこんなにも想って殺したいと思っているのに、わたしだけでは不公平でしょう?)
 あなたの全てが欲しいから、全て差し出す。そうしなければ男の眼には止まらない。
 だから、わたしを見て。他の人など目もくれないで。わたしだけにあいされて。
「今のところ一勝一敗ですから、次で決着をつけましょうね」
 惜しむべくは、戦利品を物として得られなかったことだろう。
 魂でも残っていたら霊魂喰らいとなって喰らってやったのに。
(……残念です)
 どうしてあの男が魔種に堕ちたのかへの興味はない。同情もしない。互いに殺しおもい合う好敵手であれば、それでいい。
 地獄の釜が開いたら、会いに来てくれるだろうか?
 あんなに魅力的ロマンティックなお別れをしたのに、忘れてしまっていないだろうか。
(ねえ、どうなんですか?)
 ……なんて、尋ねてみたところで詮無きことだ。あの自由な魂はさっさと地獄へ飛んでいっていることだろう。
「少し長話が過ぎたでしょうか?」
 ふうと吐息を零し、合掌を解く。
 今頃地獄で楽しくやっているであろう男が、もし彼岸から此岸へと来るような事があらば――
「また倒しにいきますから!」
 勝ち気な笑みを浮かべた澄恋は再度「他の人にやられないでくださいね!」と吐いて、背を向けた。
 これが澄恋にとっての供養で、墓参り。
 いつもの白無垢ではない喪服姿の彼女は、晴れやかな顔でその場を後にした。

●菊か牡丹か、花火かな
 男――焔心(p3n000304)の知っている花の名は、少ない。
 幼い頃、其れ等は『喰える』か『喰えない』かであり、喰えるの中でも腹を壊すか壊さないかで分類されるものだった。草は草で、それ以上でもそれ以下でもない。増えるために花を咲かせる。ただそれだけだ。
 だからだろうか。伸し上がれば雑草のような小花は視界に入らなくなり、一等艶やかに咲く花に惹かれた。芍薬のような淑やかさよりも、火花散らす花火のような牡丹の鮮やかさがいい。その方が己に似合いだ。菊か牡丹かと花火に謳われる様もいい。
 牡丹喰える蒲公英喰える鈴蘭喰えない喰える百合喰える彼岸花喰えない喰える喰えない芍薬喰える朝顔喰えない喰える、すみれは――どうだったろうか。

 ――すみれ。春の訪れ冬の死を知らせる花。
 正しくお前は、を告げる花だろう。

 まァ、砂糖漬けで供されるすみれなんざ、食えたもんじゃァ無ェけどな。

PAGETOPPAGEBOTTOM