PandoraPartyProject

SS詳細

無意識

登場人物一覧

フィーネ・ルカーノ(p3n000079)
津久見・弥恵(p3p005208)
薔薇の舞踏

 辿り着いた先は貴女の屋敷。津久見・弥恵(p3p005208)は身体を震わせ、暗い屋敷を見上げている。彼女は此処にはいないのだろう。
「フィーネ……」
 無意識に零れ落ちる言葉。弥恵は泣き出しそうな顔で庭を見渡し、乱れた服や髪をそっと直した。冷えた手を擦り、白い息を吐き出す。空は曇り、まるで、この世界に弥恵しかいないように思えた。
「あっ」
 漏れる声。雨だ。鈍色の空から雨粒が落ち、弥恵の頬を叩く。冷たさに弥恵は立ち竦んだ。その間にも雨が強くなってきた。せめて、あの大きな木の下まで。そう思うが身体は動かない。雀が五匹、汚れた空を泳ぐように消えていく。
「ああ、仲良しですね。とても羨ましいことです」
 弥恵は目を細め、正面玄関を眺めた。あの重厚な扉は弥恵を迎え入れてくれることはない。笑う。服が、身体が、髪がゆっくりと濡れていく。
「……貴女、どうやって此処まで?」
 背中に触れる声。その音には僅かな驚きが含まれていた。優しく腕を引かれ、弥恵はブルーの傘に静かに収まっている。甘い林檎の香り。雨粒がブルーの傘を跳ね回る。涙が出そうになった。
「香水ですか?」
 答えるのを忘れ、弥恵は呟く。ふっと笑う声。あの人は一人だった。誰もあの人の傍にいない。弥恵はフィーネ・ルカーノ (p3n000079)を見下ろす。
「そう、好きな香りだったの?」
 くすくすと笑うフィーネに弥恵は黙ってしまう。会いたいと思った。その夢が叶ってしまえば、あとは何を望むべきだろう。
「……さ、入って? 今日は雨のようだから」
「ええ、ありがとうございます」
 弥恵は屋敷へと招かれる。

 柔らかな肌は全てを虜にする。フィーネはホットワインを楽しんでいる。此処に弥恵はいない。ドアがふと控えめに開けられる。
「お風呂、ありがとうございました」
「ええ、ちゃんと温まったかしら?」
 フィーネの瞳に漆黒のネグリジェに身を包んだ弥恵が映る。
「はい、とても温かかったです」
「良かった。さぁ座って。貴女のためにココアを淹れるわ」
「はい」
 素直に座る弥恵。その瞳から無限の欲望が零とろとろと溢れ、熱い触手のように唇を、指先を、フィーネの顔を弥恵の眼差しが這っている。フィーネは笑う。愛のすべてをフィーネは愛している。欲望は本質であり、隠すことが大罪である。
「弥恵さん、あたくしのことがそんなに好きですか?」
 名前を呼び、反応を確かめる。
「え?」
 弥恵の両耳が血を落としたように、真っ赤に染まっていく。
「何ですか! その口調は」
「ふふ、貴女の真似をしてみたのだけど駄目だった? 可愛いひとね、媚薬が貴女を素直にさせるのかしら。それとも、あたくしが弥恵を素直にさせるの?」
 フィーネはココアを淹れたカップを弥恵の前に置き、長い舌を見せつけるように笑った。
「解りません!」
 ゆらゆらと揺れる湯気が泡沫の宴へと誘う。
「ふふ、そう」
「でも……」
 言っていいものか弥恵は惑うように瞬きをする。
「でも?」
 黙り、フィーネは弥恵の言葉を待った。弥恵は乾いた唇を舐め、身体を震わせる。
「今日は……フィーネ、貴女に甘えたいんです」
 揺れる声に不安だけが響く。窓を雨が叩いている。フィーネは弥恵を見つめながら、明日のスケジュールを思い出す。確か、明日は商人が夜中にやってくるのだ。
「フィーネ?」
 弥恵はごくりと喉を鳴らす。
「ええ、どうぞ。存分に甘えてちょうだい。でも、教えて? 弥恵、甘えたいというのはどんなこと? あたくしは何をすればいい?」
 意地の悪い質問をし、フィーネはホットワインを口にする。
「あ、う……」
 恥ずかしそうに目を伏せる弥恵。
「あら、口には出来ないこと?」
 目を細めるフィーネ。口元に浮かぶ三日月。雨が続くようなら、何日も泊まってもらえばいい。そういえば、サーカスのチケットが二枚あった。彼女さえよければ、サーカスに行くのもいいのかもしれない。
(その場合はあそこでご飯を食べるのもいいかもしれないわ)
 フィーネは様々なことを思う。
(はう)
 弥恵はフィーネの視線に身体を火照らせ、身を捩る。汗がじわりと滲む。
「どうしたの? 今日はとても無口ね」
 弥恵の頬に触れるフィーネ。弥恵は目を見開いた。
「……っ! 貴女のせいです! 貴女が私を……!」
 ああ、心臓がうるさい。風邪のように身体は熱く、喉が痛いくらい渇いている。
「あたくし?」
 小首を傾げつつ、フィーネは傲慢に笑った。
「そうですよ……フィーネ」
「はい」
 美しい声が聞こえた。

 ああ、言わなくてはならない。弥恵は息を吐く。
「お願い……して、ください」
 すぐに聞こえる口笛。
「そう」
 フィーネが椅子から離れ、近づいてきた。弥恵はぶるりと震える。この震えは期待なのだろうか。それとも──
 恐いのだろうか。
「弥恵」
 指先で頬を撫でられ、弥恵はぴくりと身体を動かした。
「ちょっと待って、ください……」
 心臓が暴れまわる。汗が吹き出し、手が緊張で冷えていく。
「大丈夫、痛くはないわ」
「なっ!」
 睨むようにフィーネを見つめる弥恵。
「なぁに?」
「すぐ! フィーネはそういうことを言うのですね!」
「あら、怒られた」
 フィーネはふふと笑う。本当は甘えたいのに甘えられないひと。本当は欲しくてたまらないくせに。でも、そうね、レディは繊細で複雑なもの。あたくしが導いてあげなくては。
「そうね、まずは喉を潤すべきね」
「は?」
 目を丸くする弥恵。フィーネは純粋に笑ってしまう。
「わ、笑わないでください!」
「だって、貴女、面白い顔をするんだもの」
「なっ!? し、失礼ですよ!」
「そうね。でも、本当のこと」
「ぐぬぬ……驚いたんですから仕方なかったんです!」
「そうね。あたくし、貴女といるととても失礼になってしまうのね」
 フィーネは知らなかったとばかりにくすくすと笑う。笑い声は鈴のよう。
「え? それってどういう意味……」
「さぁ? 溢さずに飲みなさい」
「あ、ちょっとッ!?」
 叫ぶ。フィーネは待ってくれない。温くなったココアを口に含み、慣れた様子で弥恵の唇を瞬く間に塞ぐ。軽く甘いキス。くぐもった声が耳に響き、流し込まれていくココア。とろんとする。
「全部飲めたわね」
(でも、まだ、喉が渇いているのでしょう?)
 フィーネは笑い、許してと涙ぐむ弥恵を抱き締め、何度もココアを与えた。甘い舌先が咥内を踊る。目眩がする。弥恵は溢さぬよう、必死にココアを飲んでいく。
「んっ、あっ、やっ……」
 惚けていく。空を掻く手がフィーネの腕を壊すように掴み、不意に離れた唇が、貴女に蕩けさせてと告げる。愛とはなんだ。愛が欲望であるならば、欲望は愛なのだろうか。弥恵は濡れた瞳をフィーネに向け、愛してと声を枯らす。フィーネはまた、口笛を吹いた。貴女にただ、触れられたいと思ってしまう。雨の音が冷たく聞こえる。このまま、雨に閉じ込められてしまいたかった。そうすれば、誰のものでもない貴女を独り占め出来るのだろうか。解らない。貴女はいつだって嘘つきだ。笑い声、ハッとする弥恵。何故か、酷くぼんやりする。
「……フィーネ?」
「ええ、大丈夫。ちゃんと解っているわ。さぁ、こっちに」
 フィーネは弥恵の手を引き、温かな毛布に誘う。そして、フィーネは微笑み、「今はこうしていたいの」
 弥恵を抱き締め、頬にゆっくりと口づける。弥恵は息を吐く。途端に淫靡な高揚は柔らかな幸福に飲み込まれていった。

  • 無意識完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2020年02月06日
  • ・津久見・弥恵(p3p005208
    ・フィーネ・ルカーノ(p3n000079

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