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トールの疑惑。或いは、マリエッタの困惑…。
登場人物一覧
●気になるマリエッタ
〇月△日、晴れ
今日のお仕事は、砂漠で迷子になってしまったスナネコちゃんを探すというものでした。
砂漠は熱く、歩いているだけで喉が渇きます。
スナネコちゃんも、きっと今頃、辛い思いをしているはず……そう思い、碌な休みも取らずに捜索を続けましたが、やはり無理のし過ぎはよくありませんね。
熱中症で具合を悪くしてしまいました。
〇月×日、晴れ
先日の依頼で体調を崩してしまった私のところに、トールさんがお見舞いに来てくれました。
体調を崩した私を心配してくれたようです。
林檎を剝いてくれて、お夕飯用のポリッジを用意してくれました。
気にしないでいい、と言ってくれましたが、今度お礼をしなければいけませんね。
〇月◇日、晴れ
以前のお礼に、今日はトールさんと市場へ買い物に出かけました。
新作のお洋服を見たり、お化粧品をチェックしたり、楽しい時間を過ごせました。
これでは、どちらがお礼をしに来たのか分かりませんね。
口紅を交換し合って、この日は解散となりました。
〇月Θ日、曇り
今日のお仕事もトールさんと一緒でした。
トールさんは、とても可愛らしい方です。元の素材を活かしたナチュラルメイクをはじめ、服装や仕草の1つひとつが女性的な魅力に溢れていて、思わず目を惹かれます。
トールさんは女性なので、女性的というのは変ですね。
ですが、それほどに彼女は自分磨きに余念が無いということなのでしょう。
きっと……。
〇月◎日、晴れ
今日から長期依頼です。
しばらくの間、依頼主さんの御屋敷にメイドに扮して泊まり込むことになっていますので、日記は数日おやすみになります。
依頼の性質上、参加するメンバーは女性ばかりとなりますので、気持ちも少し楽ですね。
トールさんが居てくれるのも心強いです。
●月●日、曇り
しばらくぶりの日記です。
依頼は無事に終わりました。私ももちろん頑張りましたが、ご一緒してくださった皆さんにはお世話になりっぱなしです。
とくにトールさんには、就寝前のストレッチやお肌のケアの仕方まで教えていただきました。
……トールさんについてです。
ここ最近、依頼で一緒になる機会も増えました。その中で、1つ、気になる点が出てきています。
あの方は、とても女性的な方です。
それこそ、女性であることをあまりに女性として魅せている、とでも言えばいいでしょうか。
私も「外見上の美」というものに関して、少々の知識があります。私の感性が摩耗している可能性も否定しきれませんが、やはり少々、トールさんの所作や習慣の1つひとつに違和感があります。
例えば……彼女はどうにも「男性目線での可愛らしい女性」に近すぎる気がします。
舞台役者のような、演出された女性らしさをここ最近は感じるようになりました。
私、気になります。
●月▼日、雨
気を付けて見れみれば、やはりトールさんの仕草や習慣には小さな違和感があります。
外見は元より、相槌を打つタイミングや、笑う時の角度、手の位置、服の乱れを整える仕草……どれもが“作られたもの”であるように感じられます。
今日の依頼で確信しました。
彼女は“何か”を隠しています。
もちろん、人間なのですから隠し事の1つや2つはあって当然ですが、トールさんの隠している秘密は、そう言う類のものとは違う気がします。
嫌な予感というか、不穏な気配というか……上手く言葉にできません。
こうなれば、自分の目で直接、確かめてみるしかないでしょう。
●今日も誰かの視線を感じる
視線を感じる。
今朝から、誰かの視線を感じる。
時に近くから、時に遠くから、視線はずっとついて来る。
「依頼で何か恨みでも買っちゃいましたかね。そう言うことも、当然あるでしょうし……うぅん?」
正体不明の視線がずっとついて来る。
そこに悪意は含まれていない。ただ、じぃっと自分の様子を観察しているだけのようにも感じる。悪意が無いから、放置していても問題ない……と、そう言うこともあるだろう。
そもそも、視線の主は巧妙だ。他人の視線に敏感な、トールで無ければきっと気づけなかったであろう。
「追跡に慣れている? でも、どうして?」
もしかして、とトールの顔色が青ざめた。
ところは市場。
視線に気付いていない風を装い、トールは雑貨屋へと歩を向けた。
トールが手に取ったのは、雑貨屋に並べられていた手鏡だ。自然と、兎を模した可愛らしいデザインのものに手が伸びたのは、涙ぐましい努力の結晶とも言える。
「駄目ですか」
手鏡を覗くふりをして、トールは小さく呟いた。
手鏡を使って、自分の後方、視線の主の姿を確認しようとしたのだ。だが、残念ながら姿は見えない。
ひょっとすると、ストーカーの類かもしれない、と思ったのだが。
手鏡で見える範囲に、それらしい影は見当たらない。
ストーカーだとすると、少々、まずいことになる。
「あ……いや、いいのかな?」
何しろ相手はストーカー(暫定)。
であれば“不運な目に遭っても”自業自得というものだ。
市場の終わりに差し掛かる頃、足を止めたトールは何かを探るように視線を左右へ動かす。
何を探しているのだろう。
マリエッタの脳裏に疑問がよぎった。
その、刹那。
「あっ!」
急にトールが駆け出した。
否、それは“駆ける”とは決して言い辛いほど、ゆるりと流れるかのような動きだった。意識と意識の隙間を縫って、誰にも気づかれないよう風が吹くのに合わせて物陰へと滑り込む。
それに伴い、マリエッタの視界からトールが消えた。
今の動きには見覚えがある。
以前、どこかで捕まえた盗人や諜報員たちが、似たような動きをしていただろう。人の視線に敏感で、なおかつ“人に見られること”を嫌う者たち特有の動きであった。
「まさか、トールさんに限って……うぅん。まだそうと決まったわけじゃない」
トールが、何らかの犯罪行為に加担している。
そう決まったわけじゃない。
だが、もしも“そう”だった場合は、自身や他の仲間達を危険にさらす可能性がある。
信じたくない。
信じたくないが。
「もしもトールさんが道を違えているのなら、私が引き戻して差し上げます」
瞳に強い意思を宿して、マリエッタは駆け出した。
人と人の間を縫って、風のように市場を駆け抜ける。
市場を出たところで急停止。
トールの後を追い、建物の陰へと跳び込んで行く。その先は、市場の裏通り。一般市民の暮らす区画に隣接している、少々治安の悪い区画だ。
「可能性は2つ」
1つは、トールが裏通りの住人たちと、友好的な関係にある可能性。
もう1つは、裏通りで起きたトラブルに気付き、解決のためにそちらへ向かった可能性。
マリエッタとしては、2つ目の可能性を推したいところだが……。
「えっ!? ……え?」
裏通りに入ってすぐのところに、トールがいた。
人目を避けるような袋小路。その最奥に立つトールは、シャツの前をはだけている。
白い肌に、浮き出た肋骨……。
「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!?」
その体格は、まさしく“男性”のものである。
「マ、マリエッタさん!?」
マリエッタの登場は、トールにとっても意外なことだったのだろう。
目を剥いて、顔色を青くしたり、赤くしたりと忙しい。慌てたように胸を両手で覆い隠すが、手遅れだ。
「だ、男性?」
「……あ」
まずい。
と、トールの口がそう動いた。
次の瞬間、マリエッタの頭部に衝撃が走る。頭蓋の内に、ゴォンと金属の反響が鳴る。視界が揺れて、意識が遠のく。
カラン、と音を立ててマリエッタの足元に転がったのは、金属製の大きな“たらい”だ。
「た、らい……?」
最後にそう呟いて、マリエッタは意識を失う。
男性である事を決定付ける場面を直接目撃された時、自分に不幸が降り注ぐ。
そして、目撃者が多いほど不幸は大きくなり、時には自身だけでなく“目撃者”当人にも不幸をもたらす。
それが、トールに与えられたギフト“知られてはいけない、知ってはいけない”の詳細だ。
「つまり、トールさんが隠していたのは、そのギフトということですね。元の世界で仕えていた王女に、性別秘匿を命じられて女装させられていた……その経験をもとに得たギフト、と?」
「はい。性別を隠している事への罪悪感はあるんです。でも“不幸”に巻き込んでしまうかと思うと、怖くて……」
路地裏の奥で、向かい合って正座する2人はトールのギフトと秘密についての話をした。トールの性別についてバレてしまった以上、隠しておく必要もなくなったからだ。
「先ほどの“たらい”が、トールさんの言うところの“不幸”ですか。この程度なら……と言いたいところですが、知った人数が増えるほど“不幸”の規模が大きくなるという点が厄介ですね」
例えば、火事や地震、津波といった大災害が“不幸”にも突如、発生しない保証も無い。
それだけのリスクを冒すべきか……悩ましいところだ。
「だから、隠さないと……」
トールの表情は暗い。
悩んで、すべてを1人で抱え込み、苦しんでいるトールの姿がマリエッタには我慢ならない。
「隠したいなら隠し通せばいい」
淡々と、敢えて突き放すような声音でマリエッタは告げる。
「でも、そんな呪いの様なものに負けたくないのなら、そんなギフト事ねじ伏せる方法を探しましょう?」
それから、彼女は微笑んでトールへ向かって手を伸ばした。
トールは、驚いたようにマリエッタの手を見つめる。
震える手で、マリエッタの手を掴む。
自分を男性と知りながら、性別を偽っていたことを知りながら、マリエッタは手を差し伸べてくれた。掴んだ手は、温かかった。
「どうしたいですか?」
マリエッタは問う。
「女装をやめて男性らしく生きたい……周囲にきちんと男の子として扱われたい」
震える声で、涙の混じった掠れた声でトールは答える。
だから、マリエッタは笑う。
「では、そうしましょう!」