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輝星航路。或いは、黄金航路開拓録…。
登場人物一覧
●輝星航路
ある晴れた日の午後である。
「なにを浮かない顔をしている?」
ラサ、南端。
港街、ポールスターの船着き場にてラダ・ジグリ (p3p000271)はそう問うた。
ラダが視線を向けた先には、1隻の船。
ジョージ・キングマン (p3p007332)率いる『キングマンズポート』の商船だ。
つい昼前頃、ポールスターへ到着したばかりで、現在は荷箱を積み替えているところだ。甲板から波止場へ続くタラップを『キングマンズポート』の商会員たちが、行ったり来たりを繰り返している。
荷下ろしの監督役を務めるのはジョージだ。
何しろ、ポールスターはつい昨年にやっと開かれたばかりの港街。
人手が足りているとは言えない状態が続いている。
それゆえ、足りない人手を補うべくジョージ自らが、目録片手に積荷のチェックをしているというわけである。
さて、そのジョージだが、先にラダが言った通り、どうにも浮かない顔をしている。
より具体的に言うのなら、苦い虫でも噛み潰したような顔だ。
「何かトラブルか? 見たところ、船に破損も無いし、商品の質も悪くないように見えるが?」
運ばれていく荷物に目をやり、ラダは言う。
荷物の多くは、海洋で採れた魚類の干物や、干した貝、干した海藻などである。後は幾らか海洋原産の酒もある。
「あれは煙草か? 嗜好品の類も、旅人には需要が高い。きっといい値で売れるだろう」
流石、目が利く。
お世辞抜きで、ジョージの目利きを褒めるラダだが、やはりジョージの表情は渋い。
悪魔の岩礁を撃ち砕き、港を狙う4つの組織と1歩も退かず渡り合い、港町の復興を指揮し、鳥居の島を踏破して、岩蟹の背にある奇妙な島では海神の信用を得て見せた、あのジョージが浮かない顔をしているのだ。
ラダは、ジョージの胆力と『キングマンズポート』を率いる統率力、商人としての才を高く評価している。
「あぁ、別にトラブルってわけじゃねぇんだが……船にも船員にも商品にも問題はねぇ」
傍らに控えた部下へ目録を手渡して、ジョージはポケットから煙草の箱を取り出した。1本、煙草を引き抜いて、マッチを擦って火を着ける。
燻る煙を肺いっぱいに吸い込んで、溜め息混じりに紫煙を吐いた。
「問題はねぇんだが、まぁ、ちょっとな」
「? いやに歯切れが悪いな。そんな調子だと困る」
港街はまだまだ発展の途にある。
黒い岩礁は撤去したが、朽ちた家屋の再建はまだ終わっていない。
より商売の手を広げるためにも、学者たちへ器材や書籍を投資しなければいけない。
豊穣と海洋、そして砂漠の国を行き来する船の数も増やしたい。もちろん、ラダとて全力を尽くしてはいるものの、1人ではやはり限界がある。
今日の夕方には、砂漠の商品を海洋の国へと運ぶための、最初の交易船が出発する予定となっていた。その見送りも、ラダの重要な仕事の1つだ。
「後は荷を降ろすだけだろう? 調子が悪いのなら、今日はもう休むといい。私も今日は手が空いているから、何なら監督役を代わろうか?」
「あー、いや。それには及ばない。仕入れた酒を大工連中に差し入れてやる約束があるし、学者先生たちのところに、本と公開記録を届ける用事もある」
「ふむ?」
表情は相変わらず浮かないが、どうやら不調というわけでもないようだ。
ジョージは自身の役割を、しっかりと理解しているし、忘れたりもしていない。
「だったら、何だってそんなに……」
「すぐに分かる。そして、ラダもきっとこんな顔になる。今日は手が空いているって言ったな? それも今だけだ。すぐに忙しくなるだろうぜ」
そう言ってジョージは、苦い顔のまま甲板の方を指さした。
釣られて、ラダはそちらへ目をやる。
甲板から降りて来るのは、荷箱を担いだ船員たちだ。荷箱のサイズはどれも均一。基本的には2人で担いで運べるサイズに統一している。
「働き者が多くて助かるよ。それで、彼らが一体、どうし……たん、だ」
少しずつ、ラダの声が小さくなった。
それに伴い、ラダの眉間に皺が寄る。
そう、まるで“苦い虫でも噛み潰したかのような”顔へと変わっていく。
「あぁ、姐さん。来てたんすか。これ、どこに運びやしょう?」
船員2人が運んで来たのは樽だった。
注連縄を巻かれた大きな樽で、旗が突き刺さっている。ご丁寧にも、刺さった旗には「ポールスター宛」と筆字が書き込まれていた。
流し樽である。
「よぉ、浮かない顔をしてどうした?」
「……揶揄ってくれるな」
運ばれて来た大樽には見覚えがあった。
かつて、ラダたちも海でそれを拾ったことがある。
「アルタルフか」
応とばかりに大樽が揺れた。
やはり、大樽の中身は以前に出逢った海の神……岩蟹の化身、アルタルフのようである。
「彼女はなぜ、ポールスターへ? 聞いているか?」
「観光だとさ。で、どうすんだ?」
海に流すか、どこかへ運ぶか。
ジョージはそう問うているのだ。
「恩人と言えば恩人だからな。無下には出来ない……商会長室に運んでくれ」
大樽を運ぶ船員たちに指示を出し、ラダは小さな溜め息を零した。
なお、今後「流し樽が来ていたら、商会長室へ運び込む」ことが慣習となることを、この時のラダはまだ知らない。
夕暮れ。
空が赤く染まるころ。
「お疲れさん。どうだった?」
波止場から、燃えるような赤に染まった海を見つめるジョージが問うた。
燻る紫煙を目で追って、ラダは疲れたように肩を落とす。
「干し肉を貪って、酒を飲んでる。うちの双子が相手をしているが、あまり長く放ってはおけないな。あいつら、備蓄の酒を全部空ける勢いだ」
昼過ぎから今まで、ラダは来客の応対に駆けまわっていたことをジョージは知っている。
建築が続く居住区格にも、喧々諤々の議論が交わされる学者たちの研究施設にも、海の男が行き来する港近くの倉庫にも、整備中の船の甲板にも、ラダとアルタルフは足を運んだ。
なぜ、それを知っているのか。
ラダやアルフタルがポールスターを歩き回っていたように、ジョージも今まで街の各所を駆け回っていたからだ。
家屋の建造に勤しむ大工に酒を奢って、学者たちに天候を訊き、倉庫と船を行き来する部下たちの様子を見に行って……まったく、休む暇もない。
ポールスターが街として稼働し始めて以来、毎日がおよそこんな感じだ。
忙しい。
休む暇もない。
けれど、充実していると確信できる。
そんな日々だ。
「何を笑っている? 疲れ果てた私は、そんなに面白い顔をしているか?」
海の神の相手をするのは、きっと大変だったのだろう。
ラダの態度も、心なし普段よりも幾らか険があるように思う。
「悪いな。ちょっと、思い出してた……」
「思い出す?」
「あぁ、色々あったと思ってよ」
ポールスターが港として稼働できるようになるまで、随分と苦労を重ねて来た。
その結果が“今”だ。
そして、もうじき、ラダやジョージが搭乗しない最初の交易船が港を発つ予定となっている。
ともすると、アルタルフは旅立つ船に加護を与えに来たのかもしれない……今になって、その可能性に思い至った。
「交易が軌道に乗れば、大金が稼げる。今から楽しみでならねぇよ」
「あぁ、私もだ。もしかしたら、いずれは“黄金航路”なんて呼ばれるようになるかもな」
なんて。
空に浮かんだ一等星に目を向けて、ラダとジョージは笑うのだった。