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乙女な夜の恋噺
登場人物一覧
●恋バナしよう
砂の都に月明かりが映える。
ラサの繁華街の一角にある酒場ロンゴミアントはそんな月明かりが天窓から注ぎ込む雰囲気のある酒場だった。
傭兵の多いラサにおいて、酒場には粗暴な客が多そうに見えるが、このロンゴミアントにはそういった客が居ないようだった。
『氷結』Erstine・Winstein(p3p007325)は入店してすぐ雰囲気の良い店だと思い、友人である『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)と落ち着いて話すことが出来るのではないかと思った。
カウンターに座ってお気に入りのカクテルを頼むと、すぐに用意された。一口アルコールを口に含んで喉を潤すと、Erstineは隣に座るウィズィに話しかけた。
「それで、こんなところに来て、今日は何の話かしら?」
「何って……決まってるじゃない。恋バナだよ、コ・イ・バ・ナ!」
むふふといやらしく笑うウィズィから一歩引きつつ、Erstineは素知らぬ顔で言葉を返す。
「ならウィズィさんが話してくれるのね」
「えー? エルスちゃんの話が聞きたいなぁ」
「私は話すこと何てないわよ。そうよ……恋なんて、別にしてないし……」
「またまた、そんなこと言って。『あの人』とのこと、なにかあるでしょ?」
Erstineに対して『あの人』と言えば、ラサの赤犬ディルクに他ならない。
そんなディルクに思いを寄せるErstineだが、本人はそれを『尊敬』だとして譲らない。
だがErstineと付き合いの長いウィズィだ。Erstineの向ける感情が『尊敬』や『憧れ』などで収まっていないと言うことを見通している。
「ない。ないわよ。……別になにも」
けれど、頑固者であるErstineはそれを認めようとはしないのだ。
(お酒の力に頼れば何か零してくれそうな気もするけど……エルスちゃんお酒強いしなぁ……)
さて、どうしたものかとウィズィは考えて、そういえばと思い出す。
「そういえばエルスちゃん、シャイネンナハトはあの人と一緒に過ごしたんだっけ。……どうなの、それから?」
しかし、そんなクリティカルな話題振りであっても、Erstineは、
「わ、私の話なんて何も無いのだから……ウィズィさんのお話を聞かせて欲しいわ?」
と若干頬を赤らめて返した。
この時、Erstineは、自身の気持ちを『尊敬』であるとし、意固地になっていてきっと話てもつまらないと思っていた。
ウィズィからするとそんなことはないのだが、人前で惚気る――その対象がディルクとなると、Erstineも中々話しづらいものがあったのかもしれない。
そんなことを察してウィズィは優しく笑う。
「私の話? ……ふふ、じゃあ折角だから惚気話、聞いてくれる?」
返ってきた言葉に、Erstineは少しドキンとした。
普段、ウィズィから惚気話など聞くことはない。シャイネンナハトに恋人が出来たとは聞いていたが、どんな想いを持っているのか、聞くのは初めてだった。
「何から話そっか……なんだかいざ話すとなると緊張するね?」
「そうでしょう? でも恋人になったばかりなら色々話せることはあるんじゃないかしら?」
「えへへ……そうだねぇ……」
そして、ウィズィは一つ一つ確認するように恋人の話を始める。
普段から本や資料にに塗れて、知識をこよなく愛する人であるとか、自らの足で遺跡や迷宮に挑む探索者であったりとか。
「もちろん見た目の可愛さも重要! 小さくて紫の髪がツヤツヤで……脱ぐとすごい」
「ウィズィさんと同じね。脱ぐと凄い」
「そうそう、シックスパックがあって~って、ないない、筋トレとかしてなさそうだから!」
なんて、冗談交じりにお酒を飲みながら恋人の良いところを話していくウィズィ。
Erstineは話を聞きながら相槌を打っているが、内心凄いと思っていた。
恋人のことを語るときのウィズィのキラキラした表情。どこか照れくさそうにしながら、でもとても真剣に恋人のことを考え話している。
好きな相手のことを話すとき、自分もそう出来るだろうか? と、Erstineは考える。そうして考えると、ディルクの顔が浮かんで――そうじゃない、ディルク様は尊敬と慌てて心の中で首を振るった。
「……あいつはね、身も心も、どんな傷を抱えても、地べたを這いずっても、必ず最後には前を向く人で――」
カクテルグラスを揺らしながら、ウィズィはどこか遠くを見るように言う。
「ボロボロの体を引き摺って、光を見つめるものだから……いつも眩しそうに顰めっ面してるんだけど――」
酔って僅かに紅潮した顔を見せながら、思い出したようにウィズィは笑う。きっとその真剣な瞳の先に、恋人の姿が思い出されているのだろうと、Erstineは黙って聞いていた。
「──生き方が、凄く誇らしい。多くの人を惹きつけるすごい奴、なんだ」
「……そうなのね」
Erstineはその言葉に、自身のディルクへの想いを重ねた。それを肯定するようにウィズィも言葉を続ける。
「うん。だから私も、本気で恋をした。最初は私“も”きっと、尊敬だった……いつ恋心に変わったのかは、私にもわからないけれど」
『尊敬』という言葉を聞いて、Erstineは高鳴り始めた胸の鼓動に緊張にも似た感覚を覚える。
なんだか酔いが回ってきたように、急に顔が熱くなって、重ねた自分の思いの行方を捜しながらウィズィの言葉に耳を傾ける。
「でも、今も昔も変わらず、私はこの恋心が凄く誇らしい。私は、胸を張って恋をしてる……あいつと肩を並べて生きられることが、私のこれ以上無い幸せ」
誇らしげに話すウィズィに、恥ずべき所は一切無い。その堂々とした惚気は気持ちの良いもので、Erstineは素敵な話を聞けたと微笑んだ。
「ふふ、そうやって誇らしく話すウィズィさんはとてもカッコイイわ……なんだか羨ましい……なんてね?」
ごまかしてはいるけれど、本当にErstineはウィズィのその想いを素敵なものだと感じたし、それをごまかすことなく話すウィズィに憧れを抱いた。
(……見習いたい、わね……)
追加のカクテルを喉に流しながら、Erstineは思う。
尊敬すべき相手、赤犬ディルクへの想いは、本当に尊敬だけなのだろうか?
目をトロンと細めて、何かを考えるErstineに、ウィズィは確認する。
「エルスちゃんは、どう? ……あの人のこと、“尊敬”してる?」
尊敬から恋へと変わったというウィズィ。
その話を聞いて、想いを重ねて、今一度自身に問いかけるErstine。
自分の思いを一つ一つ確認しながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ん……あの方は……そうね、尊敬……してる、わ」
「どんなところが尊敬にあたるのかな?」
「ええ。……とても強くて……とても……かっこよくて……い、意地悪、だけれど……悪い男と言われてるけど……でも、でもね……優しいところも、ある、し……」
それまでディルクの事を言葉にできなかったErstineだが、ウィズィの話に胸が高鳴り、そしてそのドキドキは普段酔わないErstineを酩酊させて言った。
するとどうだろう。ディルクへの想いが熟々と、言葉になって出始めた。しかし、同時に何処か夢見心地な気分になって――
「それで彼の事を見てたんだ?」
「そう。気づいたら……目で追ってたり……。
でも……いざ目の前に来られると……緊張して、話せなくて……」
「わかる! わかるよー! 傍にいるだけでドキドキしちゃうものなんだよ! それで、そのドキドキを知られないようにしなきゃってなるんだよー!」
ウィズィも酔いが回ってきている。
Erstineの想いの吐露に相槌を打ちながら、そのいじらしいErstineを元気づけるように言う。
「エルスちゃんは、きっとあの人に認めてもらいたいんだね」
「……ん……」
恥ずかしがるように、小さく頷くErstine。
そうあの赤犬に認めて貰って、話しかけて、気を掛けて貰って――いつか隣に立つことができたのなら、それはなんて素敵な夢なのだろう。
そんな乙女が夢見るような光景を想像して――夢見心地の気分はそのままErstineを夢へと誘い始める。
コクリコクリと、船をこぎ始めたErstineは眼を擦りながら、言葉を零していく。
「……あの方に認められたくて……でも話しかけられるだけで嬉しくて……けど他の女の子と話してるのはなんだかモヤモヤで……」
「うんうん、わかる。そしてそれは恋だよ、エルスちゃん! 恋しちゃって良いんだよ!」
ウィズィに背中を叩かれて、そのままカウンターに突っ伏す。
Erstineは呟くように、想いの一欠片を吐き出す。
「……でも尊敬だって事に……した、い……から……スゥ――」
そうして、静かに寝息を立て始めた。
言葉が続かないErstineに、ウィズィは「んんー?」とErstineを揺さぶり、動きがないと思うと、
「……エルスちゃん? あれ……ダメだ寝ちゃった。こんなお酒弱かったっけ?」
と、疑問を浮かべた。
月光が降り注ぐ酒場に静かな音楽が響く。
どこか幸せそうに眠るErstineの寝顔を眺めながら、ウィズィはカクテルを飲み干した。
そして、嬉しそうに微笑んで、
「……がんばれ、エルスちゃん。恋は
と、想い人へと一生懸命な友人を応援するのだった。