PandoraPartyProject

SS詳細

麦色日和

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 バレンタインデーに贈り物を。そうして手渡されたもののお返しにペットの写真集を強請られるとは夢にも思っては居なかった。
 天川は早速、探偵事務所で飼っている『むぎ』に晴陽が準備して置いていった衣装を着せて様々な写真を撮った。可愛らしい着ぐるみタイプが多かったのは晴陽の趣味だろう。
 豚に豚の着ぐるみを着せようとしていたときには正気の沙汰か少しばかり違った。愛らしい蜜蜂の着ぐるみや夏らしいスイカの着ぐるみなど各種を着用させた所を近所の子供達に見られたときには「天川おじさんどうしたの」「辛い事でもあったの」と声を掛けられた。晴陽が写真集が欲しいらしいと教えたところ子供達は様々な小道具を持ち寄り、可愛らしいセットを用意して『むぎ』の写真を撮ってくれた。
 ちょこんと頭に乗せた麦わら帽子とオーバーオール姿。向日葵(子供が作成した小道具だ)の傍に佇む麦の写真は天川は個人的に気に入っている。それなりに出来が良かったのだ。
 其れ等の写真を纏めて、3冊程度の『むぎ』写真集を作成した。1冊は探偵事務所に置いておき、もう1冊は子供が持ち帰るのだという。
「完成したね」「やったね」と喜び声を上げた子供に天川は「ありがとよ」と屈託亡く笑って幾つかのキャンディを渡した。
 準備が出来たと改めて晴陽と約束を取り付けたところ、むぎの写真集を思ったよりも楽しみにしていたのだろう。やけに早すぎる返信と共にウキウキ気分の晴陽がスケジュールを提示してきたのだった。

「よお、先生」
「こんにちは、天川さん。その……約束の、ブツですね」
 言い方が俗っぽいがそこは仕方が無い。浮き足だった晴陽に天川は頬を掻いた。いつも以上に楽しげなのは本当に『むぎ写真集』を楽しみにして居るからなのだろう。
「写真集はちゃんと作った。途中でよく遊びに来る子供達が手伝うって言って聞かなくてな……けど自信作だぜ」
「なんと。あの子達には苦労を掛けましたね……でも、期待できます。こんなにも良い物を頂戴しても良いのでしょうか」
 勿論だと頷いた天川は待ち合わせ場所から歩いて直ぐにある事務所へと向かった。今日は写真集を渡すだけという味気ない日では無い。晴陽のもう一つの楽しみが待っているのだ。
「……! むぎちゃん、元気でしたか」
 蜜蜂の着ぐるみを着せられてちょこりと鎮座していたのはアーカーシュで天川が出会ったペットの――謎の触覚が生えている――豚である。ぽてぽてとしている豚に『むぎ』と名付けてから晴陽はことあるごとに『むぎ』の様子を確認していた。詰まり、溺愛していたのである。
 ぶ、と鼻を揺らしたむぎに晴陽は「元気なら良かったです」と満足そうに頷いている。心なしか笑顔が増えたと思われるのはやはりむぎ効果なのだろうか。
「先生、折角ならむぎと一緒に散歩とかどうだ? 良い天気だし、公園ならむぎも慣れてるからな」
「本当ですか。あ、その前に……」
 そわそわとしていた晴陽に天川は何れだけ楽しみにして居たんだと揶揄いながら写真集を手渡した。きちんとした本ではないが、幾つもの写真を現像し作り上げたお手製の写真集である。晴陽が『待っていました』と言わんばかりに瞳を輝かせるが――
「あー、先生、これもだ」
 天川は写真集だけでは味気ないと菓子の詰め合わせの入った袋を手渡す。むぎが「くれる?」と言いたげに跳ねているが晴陽は少し上に持ち上げてから「頂きます」と頷いた。
 色とりどりのマカロンはどれも美味しそうである。潰して仕舞わぬようにと眺めて居た晴陽は、一粒だけキャンディーが紛れていることに気付きぱちくりと瞬いた。
「天川さん、キャンディーが……」
「キャンディー? ふふ、どこから紛れ込んだんだろうな?」
「……」
 じいと見詰める晴陽に天川はこれくらい言っておけば誤魔化せるだろうと考えて居た。晴陽は態々自身の瞳の色と同じキャンディーが勝手に紛れ込むものかと天川をじっと見詰めるが――彼が何も言わないのであればそれ以上の詮索は止しておこうと袋に仕舞い込んでから「むぎちゃん」と豚へと呼び掛けた。
 リードを付けて公園に堂々と出掛ける触覚の生えた豚と澄原病院の院長。其れは其れは目立つセットだが天川は楽しげな晴陽が微笑ましかった。
 何処へ行ったって肩肘を張っていた彼女ではあるが、子供っぽい部分も存在している。特に『むぎ』を前にすると其れは其れは嬉しそうに笑うのだ。
「公園を散歩するのは久しぶりな気がします。しかも、むぎちゃんと一緒とは役得ですね」
「喜んで貰えて良かったよ。最近も忙しいのか?」
「ええ。それなりに……ですが、むぎちゃんを見れば心が落ち着きますね。水夜子がアクリルスタンド、というのがあると教えてくれました。
 むぎちゃんのアクスタを検討しております。ですが、本物を見ると……ふふ、やっぱり本物ですね。このぽてぽてと歩く様子、お尻……」
 ついつい口元を緩めた晴陽に天川は『むぎ』が絡むと彼女も幼く見えるものなのだなあと不思議そうな顔をした。

 むぎを事務所に戻してから蕎麦を食べに行こうと天川は晴陽を誘った。当然、永遠の別れでも重ねているのかと言わんばかりにむぎと離れがたそうではあったが食事処に豚は連れて行けないと晴陽も認識していたらしい。
「お元気で」「どうか、また会えますように」と直ぐにでも会えるであろう豚に言い含めている様子は普段の冷静な女医の姿とは懸け離れていた。
 天川が昼食で良く利用している蕎麦屋はリーズナブルな値段ではあるが、高評価を叩き出す店舗であった。天ぷら蕎麦を二つ注文してから、食事中に天川はふと「先生」と呼び掛ける。
「はい?」
「なぁ先生。この間、元許嫁の夜善っていたろ? それでふと思ったんだが……先生は恋愛や結婚についてどう思ってるんだ?」
「結婚、ですか……」
 驚いた様子で天川を眺める晴陽は目線を右往左往している。天川は晴陽の元許嫁だという草薙 夜善の存在を知った上で、彼女の人生観が気になったのだ。
「突然ですね」
「ああ、まあ、ほら……夜善が居たからよ。
 まぁ今は女性の幸せは結婚、なんて時代じゃないが、元妻帯者の俺が思うに、結婚生活はいいもんだったぜ……晶の方はどうだった分からんがな」
 困ったように苦笑する天川に晴陽は「晶さんは幸せだったのではないかと想われますが」とどっか悩ましげに言った。
 その表情は彼女と初めて出会った頃――カウンセラーと患者であった時だ――と同じにも思われる。どの様な言葉で話すのが良いのかを一番に考えたのであろう。
「少なくとも天川さんにとっては結婚とは幸せであった、という事ですね」
「ああ、そうだな。散々な終わりにはなっちまったが晶と息子との生活は悪くはなかった」
「私は結婚生活自体をした事がありませんから、どう応えるべきかは分かりませんが……少なくとも、夜善との結婚は余計な事だと感じていましたね」
 晴陽は言葉を探るように目線を宙にやりながらぽつぽつと話す。この質問に天川が『晴陽の幸せとは何か』というのを確かめる意図であることに勘付いていた。
 晴陽は聡い娘だ。だからこそ、最近の天川の様子を窺い見るに、どうにかして晴陽自身の幸福値の上昇を狙っているように感じられたのだ。
 例えば、簡単な我が侭として『むぎの写真集』という言葉を零そうものならば彼は忙しい合間を縫って準備をしてくれる。
 此処で『結婚してみたい』と言えば良い相手の話に発展し、幸福値が上がるような男性との出会いについてのセッティングでもしてくるのだろうか――そこまで逡巡してから、それは妙な感じだなと晴陽はぼんやりと考えた。
「夜善がイヤだったのか?」
「いえ、彼はご存じの通り出来る人ですよ。勉強も得意ですし、其れなりに運動も出来ます。
 夜妖に対しても向き合えますし、佐伯製作所では忙しい操塔主の名代になることもある。連絡役として活躍できる程度の信頼もあります。
 ですが、彼との婚約にメリットを見出せませんでした。彼と結婚すれば澄原の家を継ぐのは彼でしょう。そして其れを支えるのが私となる」
「まあ、そうだろうな」
「それが嫌だったのかも知れませんね。夜善曰く、私は負けず嫌いなのだそうです。一人でも立っていられるとそう強く認識しているからこそ、横に並び立つ者を選んでいる、と」
「負けず嫌いなあ。確かにそうかもしれんが、選んでいるつもりはあるのか?」
「いいえ……ですが、私が皆さんを護るのだという認識はありましたね。横に並び立っている、というより、私の庇護下だと、思って居たのかもしれません」
 そこまで話を聞いて天川は危惧していたことが実感に変わった。晴陽は周辺の人間――特に弟である龍成を溺愛している――の幸せを願っている。しかし、自分自身の幸福というのは二の次なのだ。
 単純に恋愛をし、好いた男と愛し合いされという関係性になればその様な傾向が薄れてくれるのではないかと考えたのだ。勿論、天川自身の気持ちは『言うつもりがない』為、この場合の相手というのは天川以外である。
「少し、歩きながら話しましょうか」
 食事を終えてから晴陽からそう言い出したことが天川は意外だった。彼女ははぐらかすところがある。
 向き合ってきちんとそうした自分の柔らかい部分について話そうとするのは彼女にとっての大きな進歩なのだろう。対人関係レベルが低い、と水夜子や夜善は言うが正にその通りだと天川も感じていたからだ。
 賑わう表通りではなく、公園近くの川を眺めながらゆっくりと歩く晴陽は「夜善は」と口を開く。
「あの人とは、本当に幼い頃に会いました。親同士の約束ですから、婚約者として会ったと言うより友人として出会ったという方が正しいですね。
 許嫁とは名ばかりでしたが……本音では私が女でしたから跡取りの『息子』を選ぶ目的があったと認識しています。それも龍成が産まれてからは意味が薄れましたが」
 それを聡く悟っていたか。幼いながらも理解していた晴陽は勉学に勤しんだという。龍成を遠く離してしまう程に努力を重ね、地位を盤石な物とした。
 澄原の跡取りとして認められる存在にまでのし上がったのは晴陽の努力の賜だ。結果として、夜善との婚約については好きにすると良いと両親には言わせ、龍成は婚約して居た事さえ知らなかったという現状にはなったのだという。
「私が男に生まれていれば、良かったのかと思うこともあります。長男であれば、龍成も思い悩まなかったでしょうし、夜善を振り回すこともなかった」
「振り回したと思ってるのか?」
「ええ、夜善は私のことが好ましいでしょう」
「………」
 天川の時が止った。思わず足を止めた天川に晴陽が首を傾げながらも振り返る。さも当たり前の様に恋愛について語った彼女が半ば信じられなかったのだ。
「天川さん?」
「あ、いや……確かに、そうだな。夜善を見てりゃ分かる。」
「でしょう。ですが、アレは刷り込みですよ。恋愛感情なんてものじゃないです。幼い頃からそうあるようにと育ってきましたから。
 だから、私は夜善を振り回したと思っています。好かれて困る、という訳ではありませんが私は少なくともあの人には興味がありませんから」
 驚かんばかりの勢いだ。ズバッと宣言した。晴陽は真顔である。天川はもしも、夜善の立場であったならば相当傷付くだろうなと晴陽の変わらぬ表情を見てそう思った。
「……まあ、友人としては好ましいですよ、夜善は。気を遣わなくて良いですし。ですが、婚約者だ、結婚だ、と言われれば考えられない」
「結婚したくないって事か?」
「いいえ、そうして誰かと生活する自分が想像つかないだけです。私は他人を必要と為ずに生きて来て仕舞いましたから、此処から恋愛だと言われても……」
 晴陽は困ったように肩を竦めた。一人で家を背負うために生きてきた彼女にとっては恋愛とは不要な物だったのだろう。だからこそ、夜善から向けられた――天川から見ればあれは刷り込みではない、ちゃんとした恋愛感情だが――『婚約者としての情』が煩わしい物に感じられていたのか。
 大人になった今になれば、彼の感情を振り回してきたという負い目もあるのだろう。だからこそ、好きにさせているといった風でもあるのだ。
「パートナーというのも、恐ろしくはありますね。私は周りに気を配ることが得意ではありませんから」
「でも、仕事上のパートナーなら居るだろ?」
 揶揄うように笑った天川を晴陽はまじまじと見た。確かに、彼との関係性はビジネスパートナーだ。それ以下であるわけもなく、友人であってもその位置は変わらない。
「確かに」
「ビジネスパートナーから言わせて貰えれば先生は良い取引相手だ。必要な事は何か分かるか?」
「信用と信頼ですね」
「ああ。先生は其れに足る。まあ、友人関係だって恋愛だってそうだろう。信用や信頼ってのは大事だ。少なくとも、先生が信頼できることを知ってる奴が居ることは分かってくれよ」
 ――感情には蓋をしている。悪戯に振り回せば彼女は理解をする前に逃げ出してしまう気がしていた。
 晴陽の恋愛は臆病だ。このパートナーの話だけでも分かる。自身が善人でないことをよく理解している。
 彼女は希望ヶ浜という空間の維持の為ならば『敵』にも成り得た相手だろう。中立と呼ぶべきか、イレギュラーズが何か事件を起こした場合は彼女が敵対する可能性だって十分にある。その上で友情をどの様に築いていくかを『石橋を叩きすぎる程度』に確認しながら一歩一歩と踏み出してくれるのだ。
「その様に言ってくれる方がパートナーになればいいですね」
「先生なら良い男と出会いくらいあるだろう?」
「いいえ、生憎病院に籠りっぱなしですし……最近であって最も素晴らしい人生のパートナーと言えば――」
 晴陽は其処まで言ったから鞄の中をごそごそといじり始めた。天川は何か良い相手が出来たのかと晴陽を見詰めるが――
「むぎちゃんです」
 豚だった。天川の作った写真集を手にした晴陽が自慢げに笑う。
「さあ、むぎちゃんの写真集を見ながらむぎちゃんを愛でましょう。何か飲み物でも購入していきましょうか」
 晴陽が軽やかな足取りで向かうその背を天川は肩を竦めてから追掛けた。
 もしも、『パートナー』が人間だったらどの様な表情をしただろうか。全く以て、度し難い『豚』である。
 すっかり昏くなった頃ではあるが、むぎと戯れる晴陽を見て天川はやれやれと頭を掻いた。
 煙草を一本だけと晴陽に許可とをってから窓を開け息を吐く。豚で良かったのか、悪かったのか――何とも言えやしない感情に天川は一先ず息を吐いた。
 暗くなったからと帰路を贈る事を許してくれることも、何気ない会話を他愛もなく繰返すことも関係性の変化だとは思えるが、いやはや、自身達の関係は何処に落ち着くべきなのか。その答えは豚も知らないだろう。

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