SS詳細
    少年騎士の物語
  
登場人物一覧
 名は体を表すという言葉がある。
 名前にそのものの本当の姿が表れているという意味の言葉。
 けれど、彼にとってはその名は自分や自分の本当の姿を表すものではない。
 かといって、適当につけた名前などではない。
 これは遺された物語を続ける者の過去。
 シルト・リースフェルトという人物を作り上げた日の出来事。
●
 時は『シルト・リースフェルト』という人物になる前の話。
 彼の本名は東雲・剣。ある山岳地の集落を束ねる一家『東雲家』の長男となる。
 武術が得意な快男児であり、多少思慮に欠けるところはあったが、明るく社交的な人間。
 常に他者からは人気があったため、知らない人間はいなかった。
「おーい、勇!」
「兄さん、こっちこっち!」
 そんな剣には弟がいた。名を東雲・勇。
 彼は剣と違って少々身体が弱いが、突っ走り気味な兄を支え続けた理知的な現実主義者。
 剣が間違った答えを導き出す前に声をかけたりなど、色々と兄を気がけていた。
 仲が良い兄弟として知られる東雲家の2人。
 そんな兄弟には、ある物語が握られていた。
 著書は東雲・勇の物語『少年騎士シルト・リースフェルト』。
 異界の物語『ドン・キホーテ』に影響を受けて、勇が執筆した物語。
 騎士のシルトが強大な悪に立ち向かう物語が1つの本のように記されていた。
「凄いな、俺じゃあこんな物語は書けないよ」
「そう? 私は兄さんの物語も読んでみたいけど」
「うーん……書いてみてもいいけど、笑わない?」
「うーん……それは読んでみないことには」
 物語の内容は剣も褒めるほどの内容で、勇の物語にふさわしいと太鼓判を押すほど。
 いつしかこの物語が世界に広まるといいな! という剣の言葉に、勇は少々照れていた。
 世界に広がる『シルト・リースフェルト』の名。
 それがいつしか、叶えられればいいなとこの時は楽しく笑い合って考えていた。
 それほどに仲の良い兄弟。
 きっとこの先はこの2人が国を治め、統治していくのだと誰もが信じていた。
 ――はずだった。
●
 その日は、普段どおりと何ら変わりのない日常。
 人々が笑い、楽しみ、いつも通りの日々を過ごしていた。
 だが、僅か数分の内にその日常は脆くも崩れ去ってしまった。
 領地に訪れた竜種の存在があったせいで。
「っ……」
 東雲家を筆頭に、領民達は徹底的に抗戦した。
 自分達の大切な日常を、大切な場所を守りたいという想いを胸に、剣を取り弓を取り、言葉通り命をかけて戦った。
 けれど竜種の圧倒的な力は領民達の力を軽々と消し飛ばし、蝋燭の火を吹き消すかのように領民達の命を奪っていく。
 剣も勇もまた、竜種の圧倒的な力を前に膝をついてしまっていた。
 もう一度立ち上がりたくても、既に気力も体力も底をついてしまっている。まさしく風前の灯となっていた。
「……こんなところで、倒れるくらいなら……!」
 まだ、負けていない。
 そう告げるように勇は懐からある薬を取り出し、それを飲み干した。
 一族に伝わる肉体強化の秘薬。それは使用者を竜化させ、戦闘能力を向上させる最終手段の薬だ。
 これを飲んだ勇は竜種を簡単に一捻りできるほどの力を手に入れ、領地を襲った全ての竜種を屠り、地に伏せさせる。
 さっきまで圧倒的な力で気圧されていたはずなのに、今度は逆に勇が竜種を全滅させていた。
 けれど、その代償はとても大きいものだった。
 竜種を全滅させ、領地を守り抜いた英雄であるはずの勇の身体は……既に薬の影響で人のそれとはかけ離れており、節々に痛みが生じている。
 もう、目の前にいる兄の姿さえ見ることもままならないほどの痛みが、彼の身体を襲っていることがよくわかる。証拠に勇が剣に向ける視線が定まっていないのだ。
「……兄さん……」
 勇は自分の精神が竜のものへと成り果てる前に、剣に向けて言葉を振り絞った。
 痛みも意識も何もかもを押しのけて、今の自分の気持ちを伝えなければと剣に視線の定まらない目を向けて。
 ――どうか自分を殺してほしいと。
「勇……っ……」
「私は……描いていた騎士のように……、兄さんのように、なりたかった……」
 領民を守ること、そして領地を守ることが領主となる自分達の役割ならば、せめて自分が描く物語『少年騎士シルト・リースフェルト』のような勇敢な騎士になりたかったと、最後に呟く勇。
 今目の前にいる兄はまさにその物語の騎士同様、志を高く持った人物だと称するように、兄のようになりたかったとも呟く。
 出来ることなら、こんな秘薬を使わずとも共に歩みたかったとも。
 痛ましい姿のままに喋る勇。無言で勇の言葉に耳を傾けていた剣。
 やがて呼吸の音が人のそれとは違う流れになり始めた勇は、もう一度ハッキリと剣に向けて殺してほしいと望んだ。
 どうか自分が自分でいられる間に。
「っ……――!!」
 勇の姿が壊れてしまう前に、勇自身の精神が壊れてしまう前に、剣は勇にトドメを刺した。
 苦しみ、拒む弟に対するせめてもの手向けとして。
「……ああ……」
 ふらふらと、一撃を受けた勇は歩き出す。
 残された体力が尽きる前にやっておかねばと、川縁へと近づいて。
「……今まで、ありがとう……兄さん……」
 最後の感謝だけはしっかりと伝え、壊れてしまった自分を捨てるために足をまっすぐ、流れの早い川の中へと進めて…………。
 バシャン、と大きな水音が立てられると同時に、勇の姿はそこから消えた。
●
 そして、現在。混沌世界。
 東雲・剣という人物は、もういない。
 かわりに、シルト・リースフェルトという人物がこの世界に降り立っていた。
 ――というのは建前の話。
 実際には剣が幻想国で目を覚まし、全てを失って何もなくなったと悟ってしまったことを知った時に始まった。
 全てがなくなり、手元にないのなら――新しい人間『シルト・リースフェルト』として生きようじゃないか、と。
「さて、今日は……」
 その名前の本質を知っているのは、シルト本人だけ。
 誰もがこの名前が『ある作者の創造物』だとは知ることはないだろう。
 語られれば誰かは知ることになるかもしれないが……それは、少なくとも今ではない。
 新たに刻まれる少年騎士シルト・リースフェルトの物語。
 弱気を助け、悪しきものを倒す勇敢なる騎士のお話は今もなお筆が進み続けている。
 著者亡き今もなお、ずっと。
おまけSS『物語にはおまけがつきもの』
 少年騎士シルト・リースフェルト。
 彼は村を支配する大きな竜を退治するために、剣を取り盾を取り、勇敢にも前に進んでいきました。
 竜の咆哮はシルトの脳を揺さぶって、恐怖と絶望を与えてくる。帰りたいという気持ちも植え付けたかもしれない。
 けれどシルトは負けたくないと、自分の頬を叩いて刺激を与えた。
 竜を倒さねば、村を助けねば、騎士の名が廃る! と。
 ---
「竜、か……」
 少年騎士シルト・リースフェルトの物語の続きを読んでいた剣。
 今回の出来も良く、ハラハラドキドキとした場面に心躍っていた彼は勇の書く物語の続きが気になって仕方がない。
 無理をさせてはいけないのはわかっている。けれど、どうしても続きが気になる。
「あ、兄さん。続き、どうでした?」
「ああ、勇。すごく良かったよ!」
 もし、今も勇が生き続けていたら。
 きっと『少年騎士シルト・リースフェルト』は今も彼の手で執筆されていたのだろう。
 そして、剣が一番最初の読者としてずっと側で応援し続けていたのかもしれない……。

