SS詳細
パイエオン
登場人物一覧
頁を捲る、こんなにも容易な所業を視た事はないのだと、貌も知れない誰かさんが宣っていた。たくさん積み重ねられた、陽気な、旧き良き屋根裏部屋の冒険にワクワクを覚えたのはいつの頃だったのか。在りもしない芸術作品に死臭を覚えて腐った本屋の棚で触れた詩集を思い出す。またしても出禁を喰らったのは、きっと、素行不良で除け者にされた医学生だ。彼の名前は確か……そう……ウェストだったか。にぶく輝いた緑色に目が眩みそうにはなったがオマエに蘇生用の塩なんぞは不要と思える。何故かと謂えばケチャップ・アートに参加してくださり「ありがとう」の末路と描けるワケだ。こんな機会も滅多にないでしょうし、此方側にも招待させていただきますね。抱くような板など持っていないと失笑する他ないオマエ、しかし、その紙袋は如何様にして風に吹かれたのか。身体諸共に転がってしまえば出来る世話も皆無と謂うもの。それにしても其処の大きなお方、観光ですか……? いずれ何かに中るでしょうと、ぼんやり、蛇蝎めいた文字列を追っていく。頭隠して胴体隠せていないクセして勝手に盲目を治してもらっては困る。では、良い旅を。黄金色のミードにアイスクリームを添えるのを忘れてはいけませんよ。ええ、ええ、勿論、私はしっかりと味わえる舌と麻痺させるべき脳髄を兼ねていますからね。それはそれとして、アナタ、後ろに何かいませんか……? ぐるりと紙袋が後ろを確かめたならば視線のちょっと真下に女の人。とても美しい方ですが、なんとも、顔色がとても悪いですね。なにか持病でも患っているのでしょうか。私は彼女を診療所にお連れしますので……? 先程まで話をしていた人影は何処へやら、すぅ、と、ミスカトニック河の方へと融けていった。不思議な事もあるものです。では、改めてお美しい方、私についてきてください。此処でひとつだけ改めておきたい事が――私ってそんなに白く見えますか? そうですか。いえ、視力は大丈夫そうですね。あと、声も中々にお元気そうで……。そりゃあもう。アルビノ讃歌を嗜む為の声帯――テケリ・リ……テケリ・リ。
一時的かつ短期的な治療ではあったが、美しい方、みるみるうちに健康体へと戻ったように思える。いや、治ったと宣言したいのは山々なのだが、如何にも彼女の輪郭がおかしい。色で表現するならば白ではなく玉虫か、それとも七色か。星のようなきらめきに紙袋越しでも目眩がしそうなほどだ。くらくらついでのふわふわに晒された所為か身体が軽くなった気もする。違う。気がするのではない。実際に『身体が軽くなっている』のだ。妙ですね。むしろ普段、私「よく食べる」人間だとは思うのですが――佛々と呟いている合間に美しい『それ』が輪郭を寄せてきた。おや、お腹が空いたのでしょうか。私も同じなのですけれども――それならば街に貌を擲ってチーズ・スフレを堪能するのがよろしい。チョコレートたっぷりなケーキも悪くないですね。今度こそしっかり「ついてきてください」ね。ふと沸き立った違和、これは、私の頭の中がこぼしたのか、彼女の存在が漏らしたのか。まあ、今更、そんな事はどうでもいいとして……。
好奇心が殺した猫を墓に埋めなかったのは間違いだった。
境界案内人の忠告を海に沈めたのが失態だった。
未曾有が転移し、悪性としての己を主張している。
立場が逆転していたのは何秒前だったのか、何分前だったのか、いや、物語を読み始めた時点で手遅れだったのかもしれない。レディ・ファーストの在り方は愈々無碍に扱われ、オマエは『グロテスク』に誘われている。酒にでも酔ったのかアーカムそのものに惑わされたのか、何方にしても抗い難い衝動だった――口にしましたよ。私は、ちゃんと、ポポ魅さんに口づけをしました。接吻とは即ちひとつの『契約』――暗黒からの一方的な関係性。それを理解しての契りなのです。これで「良い旅だと謂う事は確実となりました」。それで、行き先は何処でしょうか、教えてくれませんか。無数の指が示したのは『キングスポート』。読めましたよ? 皆さんでパーティしているところにお邪魔するのですね。ヒャッハーなオマエにはお似合いな終点だと「ポ」が響き渡る。ヤケにあっさりとした悪夢に咽喉が潤った。次は……死霊秘法……次は……死霊秘法……。加工前の塩は持ち運び厳禁です……。
ハッキリとしたオマエは緑色の崩壊と謂われる『もの』を、賢くも、把握する事になった。茫々と膨らみ、裂け、永遠へと這う焔が紙袋の内側をひどく『満たして』くれたのだ。私が出来る事と謂えば、あとは、あのお美しい方と、底無しの闇へと投身する程度でしょう。望むべきは深淵か、覗くべきは混沌か、私はきっと……この世の中を治す為に招かれたのだ。ダイモーン=スルタンの癇癪を真実とし、私は聴診器を核に当てる……。
丸々と肥えた獣を呑むか、内側からじっくりと。