SS詳細
回る、回る、世界が回る。或いは、グルグルアイランドにて…。
登場人物一覧
●パノラマの園へ帰ろう
誰も歌など歌えないし この世界がぐるぐる回るなら
母の胎で眠る胎児の 臍の尾を辿って流れて行こう
パノラマの園へ帰ろう
暗い旅路の産道の パーティーの余興に小人が回る
脳の髄で蠢く翅虫の 翅音のざわめきを辿って行こう
パノラマの園へ帰ろう
挿絵と旅するあの怪人と グルグルと回る園へ帰ろう
グルグルアイランドへ帰ろう
(作詞・作曲者不明『グルグルアイランド、テーマ曲“グルグルの園へ帰ろう”』より)
「珍しい話をとおっしゃるか。それではこんな話はどうだ」
ある時、ロジャーズ=L=ナイア (p3p000569)とメリーノ・アリテンシア (p3p010217)が悍ましい話や、珍奇な話を次々と語り合っていた時、ロジャーズは最後にそんな話を始めたのである。
語られるはグルグルアイランド。それは果たして本当にあるのか。それともロジャーズの作り話なのか。メリーノには分からなぬけれど、種々不可思議な話をした後だったのと、ちょうどその日の天候が、春らしくない、いやにどんよりと曇っていて、まるで昏い昏い海の底にでもいるかのような、頭が重く淀んだ気がして、話をするのも、話を聞くのもなんとなく狂気めいた気分になったからでもあったのか、とにかくロジャーズの話は、グルグルアイランドという場所の話は、異様にメリーノの心をうったのである。
「と、いうわけで招待してもらったのぉ」
此処なるは“グルグルアイランド”。
全てがくるくる回り続ける、止まることのない輪廻の楽園。
文明社会から切り離された、ストレスのない理想の園。誰かの意思と芸術性とが混沌と混ざり合い、辛うじて形を保っているかのようなパノラマ仕立てのユートピア。
「貴様ほどよく回るものには、今も昔もこれから先にも逢ったことがない!」
手を膝についた姿勢でがっくりと肩を落としたままに、ロジャーズは声を張り上げる。
グルグルアイランド名物ティーカップ。狂気染みた回転数を誇るその遊具に乗ったのは、これで5度目か6度目か。立て続けに回されて、危うくロジャーズはすっかり溶けて、カップのうちに淀む汚泥か何かになってしまうところであったのだ。
「ろーちゃんお疲れぇ? もしかして二日酔い? 飲みすぎは駄目なのよぉ?」
なにゆえロジャーズが疲弊し、息も絶え絶えになっているのかなど、メリーノには理解できないようだ。
「貴様には、回し過ぎは駄目だという言葉を送りたい」
聞けばメリーノ、遊園地という場所に来たのは初めてだという。となれば、ティーカップに乗るのも、回すのも初めてだったのだろう。だから彼女は、何かしらの狂気に憑かれたかのようにぐるぐる、ぐるぐる、飽きることなくティーカップを廻し続けたのである。
アア、回転して、紛然雑然、まるで娯楽の狂人か、ぐるぐる地獄の饗宴だ。
メリーノ・アリテンシアという女性、三半規管が人並外れて丈夫であった。
酔いと言えば、酒に飲まれての二日酔いしかとんと思い当たらない。乗り物酔い? なにそれ?
「ズレている」
ロジャーズの、メリーノに対する率直な感想がそれだ。メリーノは少しズレている。天然なのか、意図的なものかはともかくとして、彼女は少しズレている。ロジャーズに言わせれば、メリーノはつまり“人間のふりが出来ていない小娘”である。
かわいい人外、人の世界ははじめてか?
だが、ロジャーズはメリーノの“ズレ”を指摘してやるつもりは無かった。それどころか、彼女がどこまでズレるのかを楽しみにしている節もある。
今とて彼女は、サイケデリックな色をした「ぐるぐる模様のキャンディ」を楽しそうに集めていた。キャンディの色が全部で何種類あるのかなんて、ロジャーズだって知りはしないが、現時点でその数は8を超えている。
甘いキャンディばかりを8つも集めて一体どうするのか? 食べるのか、舐めるのか。コレクションして楽しむのか。同じものを飽きもせず無限収集など、まるで一部の人間のようだ。好事家、数奇者の類の真似事にも思える。
なお「8」という数字は、一説によれば「ぐるぐるの数字」であるとされている。円を2つ繋ぎ合わせて“ぐるぐる”というわけだ。ぐるぐるの数字が「8」だからどうしたというのか。
閑話休題。
ロジャーズはすっかり参っていたが、メリーノの方はそうでもない。
今だって、キャンディを舐めながら嬉しそうに相好を崩しているではないか。かくして、少しの休憩という名の散歩の果てに、2人は次のアトラクションへやって来た。
ドーム状の建物である。
春の陽光をきらきらと反射するその外観は、何十何百の鏡を貼り合わせ、繋いだような異様なものだ。当然、中も外観と同様、全面が鏡張りである。
鏡が鏡を反射して、それをさらに鏡が映す。どこまでも奥へ奥へと続く鏡の回廊。実際の建物の大きさの何倍も、何十倍も、或いは無限にも続いているかのように錯覚させる。
「これはどうなるのぉ?」
「知らない。存知ない。なんだこれは? 誰が何を考えてこんなものを作ったのか。まったく、考案者の脳髄を頭蓋から取り出して突いてみたくなる想いだ」
鏡の回廊を進む2人は、だが途中でピタリと脚を止めていた。
進む先が一切不明になったからである。
代わりに、途端に、世界が回る。
鏡が回り出したのだ。或いは、回っているのは自分たちの立つ床の方かも知れない。
そして、耳朶を擽る重低音。
低く、高く、遠くで、近くで、頭上から、足元から、右から、左から、そして脳髄の奥の方から陽気で陰気な曲が聴こえる。
「この曲、どこかで……?」
「耳にした曲だな。どこかで、というよりこれは……」
初めからだ。
グルグルアイランドに足を踏み入れた瞬間から、知覚できない程度の音量でもってこの曲は2人の耳朶を擽り、鼓膜を震わせ、脳の深いところにまで染み入っていた。
グルグルアイランドのテーマ曲、グルグルの園へ帰ろう”である。
「なるほど、こういう趣向で来たか!」
ロジャーズは喝采を送る。
「楽しい! 嬉しい! こういうのもあるのねぇ!」
メリーノは歓喜した。
瞳はまるで恋する乙女のように潤んでいるではないか。白い頬が紅潮し、恥じらいを覚えたばかりの生娘のようにさえ見える。
ありていに言えば、様子がおかしい。
一種の興奮状態にある。
童女のようにきゃっきゃとはしゃぐメリーノを見て「はて?」とロジャーズは首を傾げた。
いくら何でも奇怪である。
はしゃぎならがもメリーノは、手にしたキャンディを舐めていた。赤、青、黄色、紫色に緑色、サイケデリックな色をしたキャンディがロジャーズの目には「ぐるぐる」と渦を巻いているかのようにも見えた。
世界が回る。
次第に辺りが暗くなる。
鏡だらけの空間に、ぼんやりと赤い光が灯る。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ロジャーズの三半規管はぐちゃぐちゃだった。
否、ぐるぐるだったというべきか。
世界はずっと回っているし、音が上下左右に反響して聞こえる。きっと脳が……ロジャーズに脳があればだが……どうにかなってしまったのだろう。
「まぁ、大変! 待ってて、すぐにお水を貰ってきてあげるからねぇ!」
慌てた様子でメリーノが売店へ駆けていく。
その後ろ姿を見送って、ロジャーズは口角を上げた。
「うぉろろろろ」
ホイップクリームを吐き出して、ある春の日は終わる。