SS詳細
なおもその身を縛る枷
登場人物一覧
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元々、ニコラは天義にあるごく普通の家庭の娘だった。
戦火に巻き込まれて両親を亡くした彼女は難民となり、流れるように独立都市アドラステイアとやってきた。
自身よりも小さな子供達もいたが、そこは生存競争の求められる魔境だった。
子供達は日々、新たなる神ファルマコンへの祈りが求められ、背信行為とみなされれば共に暮らす子供達からですら魔女裁判によって糾弾される。
有罪となれば、疑雲の渓と落とされ、命はない。
(こんなところで、死んでなんていられない……!)
毎日、新しい子が入っては、魔女裁判で連れ出される子がいて。
誰が信用できるのかもわからぬ状況で、ニコラは必死に生き抜く。
やがて、ニコラはとある大人に見初められることに。
「貴方には素質があります」
ある日、彼女へとそう声をかけてきたのは、マザー・マリアンヌ。
子供達から慕われていた彼女には、ニコラも少しずつマザーに敬愛の念を抱くようになる。
マザーの言う通りにしていれば、キシェフもイコルも与えてくれる。より良い待遇だって得られる。
だから、彼女に指示されたことは何でもやった。
率先して魔女裁判に参加し、共に生活していた子供を罰した。自ら疑雲の渓に突き落としたこともある。
マザーに従うニコラはキシェフを獲得したことで鎧と武器を与えられ、聖銃士となる。
ニコラは最初、白銀の鎧を纏ったミロイテなる少女の率いる部隊の一員として活動していた。
鎧を纏う間は気分が高揚し、何でもやった。
時には外からやってくる大人や反抗的な自国民を粛正したこともある。
その度に、マザーは評価してくれる。
(ああ、私がやっていることは正しいことなんだ)
互いにバチバチしていた子供達とは違い、マザーはとても優しいとこの時は思っていた。
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アドラステイア上層攻略作戦後、都市内の子供達は天義やイレギュラーズに保護されることになる。
ニコラも一時はイレギュラーズに保護されていたが、彼女はその後仲間を連れて自立することに。
元の家庭へと戻れた子供もいたが、そうでないものも少なくない。
幸か不幸か、彼女達は聖銃士やオンネルネンの子供達として戦う術を得た。
「こちらよ、迎撃を!」
ニコラは仲間と共に天義を中心に活動している。
ただでさえ、天義はかつての政変によって復興の最中にあったが、今は新たな神託によって国内は一層混乱し始めている。
その為、ニコラは新たな白銀の鎧を纏い、聖騎士団に協力する形で天義内の問題解決に努める。
とりわけ、目下問題となるのは『異言都市(リンバス・シティ)』化。
ワールドイーターや影の天使の侵攻によって集落に浸食が進み、帳が下りて住民達が『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』となってしまう。
ニコラ達はその阻止の為に各地を奔走しているのだ。
オオオアアアアアア……。
異形と化した終焉獣。それらは混沌のあらゆる情報を糧として食らってしまう。
カノモノニ、イノリヲ、ササゲン……。
時折、両手を組んで空に祈る姿が印象的な影の天使達。
それらは世界を浸食し、『異言都市』を生み出す非常に危険な存在だ。
「3人以上でチームを組んで」
生き残った子供の中でも年長であり、かつ隊を率いた実績もあるニコラは統率力もあり、隊員達からの信頼も篤い。
影の天使と交戦していたニコラ達だが、彼女達も完全に討伐できるとは思っていない。
多少腕に覚えのある子供達であっても、食らわれる危険もある。
倒せば救出は可能だと分かっていても、倒せる保証もない限りは迂闊な立ち回りができない。
「深追いは禁物よ。浸食に巻き込まれないように」
指示を出しつつも、ニコラは率先して前に出る。
仲間に犠牲を出したくないと、ニコラは敵に向かって切りかかったが、その横からレイリーが飛び込んでくる。
「元気だったかしら」
天義においても依頼が多く、レイリーは依頼の帰りにこの戦いに遭遇したようだ。
「貴方は……」
一度は敵対していたはずだが、顔見知りのイレギュラーズを発見すれば、ニコラも思わず表情を緩める。
とりあえずは、邪魔な敵を掃討すべく、彼女達は武器を持つ手を強めるのである。
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程なく、全て敵を撃退し、集落を守り切った一行。
事故処理の最中、レイリーはニコラと共に語らう。
「その後、どう?」
「なんとかやっていけていますわ」
戦う術は都市内で生き抜く為に得た力。
ただ、それは多くの子供の屍の上でだとニコラは語る。
「アドラステイアの理不尽な教えの犠牲となった人達を思うと、黙ってはいられませんわ」
自ら手を下した者も1人2人ではない。
だから、その贖罪の為にニコラは戦い続けたいとのこと。
「きっと、ミロイテ姉さんもそれを願っている気がする。……そんな気がするのですわ」
聖獣と化し、命を落とした姉の存在が彼女達に影を落とす。
確かに、ニコラ達はアドラステイアの枷から解放された。
……いや、彼女達は本当の意味では解き放たれてはいないのかもしれない。
マザー・マリアンヌは死してなお、ニコラ達を縛り付けるのだろう。
「ニコラ、その鎧は……」
改めて、レイリーはここにいる子供達の着用する白銀の鎧を見やる。
「今は、聖騎士団の下働きをしています」
自分が生きるためとはいえ、少なからず国内の人に手をかけてしまった。
だからこそ、これからは国の力になりたいとニコラは願う。
そのニコラの周囲にいた同志達も彼女と同じ意見だ。
多くはマザー・マリアンヌの下でニコラが共に過ごした者達だが、中にはそれ以外の大人の教えを受けた者もいる。
大多数が天涯孤独の身で、帰るところはないのだという。
戦いの道を選ばざるを得なかった子供達。
この先、戦いで命を落とす可能性は決して低くない。
それでも、ニコラ達は充実した日々を送っているという。
「だって、心から信頼できる仲間と一緒にいられるのですから」
魔女裁判を恐れ、周囲の目を恐れて暮らしていた息苦しい塀の中での暮らしなどよりもよっぽど、今の方がいいのは当然だろう。
レイリーもまた家族を失った身。
だからこそ、子供達の考えに共感できるところもある。
「このまま、聖騎士団に入るの?」
「……わかりません」
聖騎士団では、上の命令は絶対となる。
そうなれば、目の前の命を救うことができなくなる可能性もある。
このまま自分達だけで活動し続けるのもいいのではないかという声も同志から上がっているらしい。
「今は、この事態を解決することが先決ですわ」
国の危機とあれば、天義の人々はもちろん、自分達にも安寧はない。
戦う力があるのならば、戦い抜くまでだとニコラも、彼女の同志達も力強く語る。
「……そう」
レイリーは少なからず抱く彼女達の苦悩を感じ取る。
その苦悩を乗り越える為にどうすべきか、彼女達が自分達の過去と真剣に向き合っている。
「何かあれば、遠慮なくいってね」
完全に彼女達を過去の枷から解き放つのは難しいとレイリーは悟る。
それでも、少しでも彼女達の負担を軽減できるのなら。
「お気遣い、感謝いたしますわ」
親身になるレイリーへと、ニコラや子供達は笑顔を見せるのだった。