PandoraPartyProject

SS詳細

にどめ、ふたつめ、しあわせのかたち

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人の関係者
→ イラスト
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 4月9日。遠く鉄帝の地から届くような長く重たい冬が終わり、日増しにおだやかさを取り戻していく海風の中を金色子猫が跳ねる。その両手を『父親ふたり』に取られても、浮き足立つ心を隠すのは難しい。なにせ久し振りの3人揃ってのお出かけ、しかもお泊まり付きの旅行なのだから踊り出さない方が不思議なくらいだった。

 海洋と豊穣の半ばに位置するシレンツィオ・リゾートはアクエリア諸島。自然ゆたかなこの地を旅行先にと選んだのはヨタカパパさんだ。彼の出身国の側でありながら、ここ数年の情勢によって急速に観光地として発展した場所でもある。武器商人お父さんが長となって混沌各地に支店を置く商人ギルド・サヨナキドリもリゾート向けのカフェなどを展開しているため、支店長を介して融通が利きやすいということもあった。何より——

「わあ、あっちもこっちも光って……すごい! すごく綺麗!」

 ——大切な息子・ラスヴェートを喜ばせられるだろう要素が多数あったというのが決定打だった。
 海面にぽっかり空いた洞窟を小舟に揺られて進めば、出迎えてくれるのは優しくきらめく七色だ。光源はそこかしこに生えた大小様々な石で、夜よりも深い闇にお互いの色が反射し、淡く混じり合う。その光景が全身が包み込む、宝石洞と呼ばれる有名スポットだった。
「うん、確かに……これはすごい、ね……」
「あまり燥ぐと頭から落っこちてしまうよ、ラス」
 ラスヴェートとヨタカのお揃いの瞳は映り込んだ色を滲ませてまんまるだ。血の繋がりがないと言われても首を傾げてしまう程にそっくりな横顔を微笑ましげに見守り、武器商人は握ったオールでゆったりと舟の向かう先を調整する。
「お父さん、パパさん。あれは何の石かな?」
「ふむ。フローライトに似ているかもしれないねぇ」
「……あとで、地元の人にも聞いてみようか……」
 ただ美しさに見惚れるのでも一向に構わないけれど、博物学に興味を示している息子にとっては鉱物やそれを育む洞窟などを肌で知る機会にもなる。だから答えを与えるだけでなく、自分の目で見た素直な感想を尋ねたり、自由な想像を働かせるよう促したり、彼の『好き』と『識りたい』の気持ちにふたりは寄り添う。世界を識り、自分の未来を内へ外へと広げる手助けとなるように。
 そうして陽光に再び出会うまで、波に逆らわず進むちいさな舟の上、右に左に指差しては親子水入らずの会話を弾ませた。

 昼食を済ませた後は環礁地帯のビーチへ向かう。晴空とはまた違う、ターコイズブルーを湛えた広大な海は陸から眺めても十分に美しい。ただし、潜った先にはより鮮やかな景色が待っていると知れば行かない手はないのである。
「……ふわぁ、ずーっと向こうまで。これ全部サンゴなの? お魚さん達も、みんなカラフルだね!」
「そうだねぇ。傷付けば容易には戻らない、手付かずな自然そのものの迫力だ」
「彼らの楽園に、お邪魔させてもらってること……忘れないようにしないといけないね……」
 ダイビングスポットとして知られる海中を行く大きな泡は武器商人の手による魔術ちょっとした過保護だ。シャボン玉に似た空気の層は割れることなく漂い、3人をその中に収めたままで珊瑚礁と熱帯魚の合間をすり抜けていく。ごく近くで親しみながらも触れそうで触れられない。それが人と自然の本来の距離感だと言うように。

 たっぷり海底散歩を楽しんだら舞台は砂浜へ。パッと弾ける泡が少し傾き出した太陽の色に光るのに、また声を上げて笑ったラスヴェートが先頭を歩き出した。さらさらとサンダルの下から逃げる白い砂に足跡みっつ、波に時々消されながらも続く。今日見た海のいろんな姿をもう一度丁寧に並べていく言葉が、ふと途切れた。
「……、ラス?」
 波打ち際にしゃがみ込んだ息子を心配そうに覗き込んだヨタカは、そのちいさな手の上に乗せられたものを見る。指先で摘むような大きさの、丸みを帯びて緑がかった欠片。
「おや、シーグラスかい。ヒトの手が入っていなくとも、長旅の果てに辿り着くものがあるんだねぇ」
 上から落とした影でふたりを囲いながら武器商人がそう教える。
「種を明かしてしまうならば硝子の破片さ。海を渡る間に角が取れて、こんなふうに可愛らしくなる」
「ガラス……」
 答えを知ったら残念がるだろうか。甘い嘘夢物語も時として良薬となるけれど、今この子が必要としているのはたとえ苦かろうと真実現実だろうから。そう判断して、ころりと掌で遊ばせている息子を静かに慮るヨタカと武器商人。
「海の中を、長い時間をかけて……宝石みたいだね」
 見た目も、成り立ちも、彼にとっての価値も。陽に透かして目を細めるラスヴェートの瞳は欠片のように曇ることなく、頭の上では好奇心に満ちた猫耳がピンッと主張していた。正しく『父親』の顔をしたふたりは安堵の目配せを交わす。
「シーグラスで小物を飾ったり、雑貨にしたものを見たことがあるよ……写真立てとか」
「写真立て! それじゃあ入れる写真も撮らなきゃ!」
 ここでそれが出来るほど拾えるかはわからないけれど。その補足はもう作る気満々のラスヴェートには残念ながら届かなかったようだ。砂と睨めっこを始めてしまった一生懸命な姿に、あわあわと狼狽えるヨタカへ「これは頑張らないといけないねぇ」と武器商人がにんまり笑った。

 太陽が海の端へ差し掛かる頃、ラスヴェートはポケットに色とりどりの宝物を詰めて今夜の宿泊先へと到着した。一軒ずつが独立したコテージ型ホテルは海上にある。他の客の存在を忘れさせてくれる心地好い波風の音に大人ふたりが癒される間も、たくさん吸収した『楽しい』に突き動かされた足は疲れを感じさせない。
「いいよ、探検しておいで」
 そわそわする背中を押され、子猫は順番に巡っていく。クローゼット、ダイニング、キッチン、バスルーム。どの部屋も壁はオフホワイト、床材や調度品はダークブラウンで統一され、窓から飛び込む海の色を引き立てていた。
 そして、最後の扉に手をかける。
「?」
 まだ夕陽が残る時間なのに真っ暗な室内。カーテンが閉まっているのかもしれない。奥まっているせいで廊下からの光は手前までしか届かないけれど、きっとベッドルームのはず、と手探りで明かりのスイッチを押せば——
「あっ!」
 ——あふれんばかりのカラフルな風船や天井から降る金銀の星飾り、並ぶアルファベットは祝福の言葉を紡ぎ、まるで遊園地に星空が落ちてきたようなデコレーションが待っていた。追いかけてやって来るBGMはやさしくて大好きな歌声だ。
「「ラス、お誕生日おめでとう」」
「パパさん! お父さん! ありがとう!」
 振り返ればホールケーキの乗った大皿とプレゼントボックスを持ったふたりがいる。星屑のようなアラザンと真っ赤な苺がたっぷり乗ったケーキも星型をしていた。
「……あとで蝋燭を立てて、それから食べよう」
「あのね。お歌ももう1回、歌ってくれる……?」
「それじゃあ今度は、一緒に」
 多忙な武器商人よりは共に過ごす時間が長くとも度々家を空ける申し訳なさは感じていたヨタカは、耳元でこっそり囁くラスヴェートの頭を撫でる。照れくさそうなおねだりが、くすぐったそうに目を細める顔が、愛おしくてたまらない。
 ケーキの形を決める時も、飾り付けの案を出した時も、幼少期の誕生日の記憶を蘇らせては少しでも今日という日が『特別』になればいいと目一杯悩み抜いたけれど。想像よりもずっと眩しい息子の笑みに自分の方がプレゼントをもらった気持ちにすらなって、注いでも、注いでも、愛情は尽きそうにない。そしてそれが家事育児パパ業に、旅一座の公演団長に、奔走し続けるための原動力になることだろう。
「おっと、そろそろ中身が暴れ出しそうだ。開けてやってくれるかい?」
「えっ、えっ? 何が入ってるんだろう……」
 言葉通りに武器商人の手の中で震える箱を受け取り、恐る恐るリボンを引いたラスヴェートの前に元気に飛び出したのは分厚い本。慌てて差し出された手の上でくるりと宙返り、そのまま浮んでいる。
「最近は植物について積極的に学んでいるようだったからね。ゲームブックなんて如何かと思ったんだけれど」
 表紙を彩る草花の絵は活き活きと、今まさに咲き誇る様を間近で見ているよう。武器商人お手製の魔術が施されたそれは、出す所に出せばとんでもない価値が付くに違いない。
 ストーリーは季節の国を巡る冒険譚。春・夏・秋・冬の4つを順に渡り歩き、自然にまつわる事件や謎を解いていくものだ。本自体が読み手の選択を汲み取ってページを捲り、色とりどりの幻影による演出を見せながら進行役もしてくれるので、お一人様から複数人までGM要らずの卓上ゲーム感覚で読み進められるようになっている。代表的な花や花言葉を知るお子様向けのライトモードから、植生や分類、薬効などを本格的に学ぶ玄人向けモードまで難易度調整も可能である。
「どうせならお友達とも遊べるものがよかろ? ……嗚呼、帰る前に寄っていくのもいいね」
「いいの? やったあ!」
 まだ驚きの方が勝っていたラスヴェートの表情が、ぱあっと一段明るくなる。これを見られるならぎっちり詰まったスケジュールを抉じ開けることなど苦にもならないと武器商人は思った。
 お勉強も良いが、子供の自由な伸び代を思えば友人と育む時間は何にも変え難い。良い子にしている息子も、年相応にはしゃいで笑う息子も、全部その目で見届けたいという強欲さは人間の形をして。誕生日の祝い、子供のための『特別』がまだ理解し切れていなかった昨年から。懇意にしている孤児院の子供達に聞きに行ったり、頭を悩ませていたあの日から。2度目の誕生日、すなわち彼を迎えて2年の歳月を経て、また一歩、お父さんらしい姿になっていた。
「お父さん、お父さん。カメラはある?」
 ふわふわと浮遊する本を抱き締めたラスヴェートは、ハッと何かを思い出したふうに顔を上げる。あるよ、と武器商人が軽く握った手を開けば練達製の小型カメラがその上に現れた。
「お父さんと、パパさんと。記念写真を撮りたいなって」
 最愛の息子の願いを叶えない父親がいるだろうか? 答えは言うまでもなく——
「ああ、もっと寄ってごらん。小鳥も。見切れてしまうからね」
 シャッター係を任されたヨタカが自撮りの要領で掲げたカメラに全員が収まる位置を探っていると、まるでたった今レンズを覗いているかのようなアドバイスを出しながら武器商人がラスヴェートごと自分の方へ抱き寄せた。
「わ、紫月……うん、それじゃあ撮るよ」
「えへへ、ぎゅーってあったかいね」
 いつまで経っても初々しい番と、ずっとやわらかく笑えるようになった息子。変わらないもの。変わったもの。どちらもきっと比べることなんて出来ない大切なものだ。
「……はい、チーズ」
 定番の合図に合わせて同じ方向を向いた3人へ、波音が静かに祝福を囁いていた。

 ——サヨナキドリ幻想本店、居住区。春風そよぐ窓辺に星を散りばめたような手作りの写真立てが飾られている。ラスヴェートはプレゼントを、ヨタカと武器商人は息子を。大事に大事に抱えた瞬間を切り取った、誰の目にも伝わる『幸せ』の形だった。

  • にどめ、ふたつめ、しあわせのかたち完了
  • NM名氷雀
  • 種別SS
  • 納品日2023年04月17日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107
    武器商人の関係者
    ※ おまけSS『迷い猫のための小夜曲』付き

おまけSS『迷い猫のための小夜曲』

眠れぬ獣が彷徨い歩き
紫の月が見下ろす夜
小さな足跡ひとりきり

見渡せど影はなくとも
白い小鳥が紡ぐ音色
涙まで届けと風に乗り

照らす燈、導く小夜曲
見つけたら怖くない
光る石踏み、暗香辿り

菓子の家は置き去りに
迷い猫は森を抜けて
濡れた瞳には星が宿り

ねえ、確かめよう
言葉と体温が僕らを繋いでる

ほら、夢じゃない
もう金色の夜明けがすぐ側に

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