PandoraPartyProject

SS詳細

「今度は僕の番なんだ」

登場人物一覧

杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
杜里 ちぐさの関係者
→ イラスト
杜里 ちぐさの関係者
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 僕は杜里ちぐさ。
 昔は猫だったけど、死んじゃって妖怪の猫又になった。猫又としては30歳ちょっとくらいの若輩者だけど、大好きなパパとママを見守り続けてる。
 パパとママからは僕は見えない。ここにいるよって伝えられない。他の妖怪仲間もみんななんでか知らないけど『きっとそういうルールの世界』なんだって。
 だから僕は今日も少し寂しいけど、パパとママが仲良く暮らしてるのを見守ってる。

 それから、たぶんそんなに経ってないと思う。
 ママの様子がおかしい。今までのママはいつもにこにこで元気で優しくて……
 でも、最近はすっごく元気がなくて。よく寝てるし、料理が得意だったのにパパがお台所に立つことが増えて。お粥をちょっとだけ食べて、ふわふわふっくらで柔らかかったのに、細く痩せちゃって昔みたいにお膝に乗ったら折れちゃいそう。……もう、触れないからお膝には乗れないけど。
 ママはどこか悪いのかな……

 あれから何週間かして。お家に救急車の人が来た。パパとママは救急車に連れられて出かけちゃって、僕はお留守番して待ってることにした。
 パパはすぐに帰ってきてくれたけど、お家を留守にすることが多くなった。ママは帰ってきてくれない。

 何日……たぶん1カ月くらい経ったと思う。
 ママは、生きて帰ってきてくれなくて、棺に入って帰ってきた。
 パパが僕とふたりだけのお家で、静かに泣いてた。僕は、すごくいっぱい泣いた。

 ママがいなくなってから、杜里家の人間はパパひとり。坊ちゃんは大きくなったからもういない。
 僕はずっとそばにいるからね。

 パパは毎日決まった時間に起きて、決まった時間にごはんを食べて、いつも同じようなテレビをつけてる。昔は野球とか好きだったけど、今はママが好きだった動物番組ばっかり見てる。
 たまにママや誠一……坊ちゃんの名前や、ちぐさ、って僕のことを呟くように呼んでくれる。パパは家族を大事にするすごくいいパパだと思う。……でも、とってもさびしそうに見える。

 パパとふたりで暮らすようになって5年くらい。
 パパはいつもと同じにお昼ごはんを食べて、テレビを見て、しばらくして寝ちゃってる。いつもと同じ、お夕飯のしたく前までのお昼寝の時間。
 僕はちょっと退屈だから一緒に寝たり、近くを通った妖怪の人とセケン話をしたりして時間を潰す。今日は誰もいないみたいだから一緒に寝よう。
 パパ、おやすみなさい。

 あれから……2時間くらい。
 起きたらお外が夕焼け色になってきてる。パパはまだ寝てる。

 さっきから時計の長い針がぐるって一回、まだパパは起きないみたい。

 時計の針がもう一回ぐるり。
 パパ、もう起きなきゃダメだよ、お腹すいちゃうよ。起きて!
 僕の声は聞こえなくて当たり前だし、パパに触ることもできないから起こせない、どうしよう。

 それから一瞬。
 夕焼けもいなくなって暗くなってきた部屋でパパの顔をのぞき込んだ僕は気付いた。
 パパから、命のちからを感じない。
 僕は、届かないって知ってるのに、いっぱいパパを呼んだ。お願いだから起きて! パパ!! ねぇパパ!!

 いつもの椅子に座ったままのパパからは命を感じなくて。どうしよう。僕がなんとかしないと……!
 僕はとっさに電話を使ったらいいって気付けた。僕たち妖怪は『無機物には干渉できる』らしいから。
 誰にかけたのかよく覚えてない。震える手でお巡りさんか救急車の番号に電話した。

 お願い、パパを助けて!
 泣きながら叫んだ僕は、電話のむこうからイタズラとか無言電話って言葉が聞こえて……僕は無力だって思って、もっといっぱい泣いた。

“ちぐさちゃん、大丈夫? 声、マンションの下まで聞こえてきたよ”
 いきなり頭の中に声が響く。座敷童のチヨちゃんだ。
“どうしたの?”
「ひぅっ、パパが、パパがっ……」
 うまく声が出なくて、パパを指さして伝えようとしてみる。
 チヨちゃんはしゃべらないまま少しうつむいた。でも、小さい子にするみたいに僕の頭を撫でてくれた。チヨちゃんは僕より小さいのに。

 それから少しだと思う。
 遠くからサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。ちょうどマンションの下あたりにお巡りさんの車と救急車が停まってる。どうして? ううん、どうしてなんてどうでもいい、きっとパパを助けてくれるんだ!
 玄関のカギを開けておく。これでパパは助かるんだ……!
 安心する僕と違ってチヨちゃんはうつむいたまま。チヨちゃんは前髪がすごく長いからいつも表情が分からないけど、やっぱり今も分からない。

 すぐに知らない大人の人が僕とパパのお家に上がってくる。
 難しい言葉ばっかりでよく分からなかった、けど。死亡してます、って聞こえて。体からちからが抜けて、何も考えられないはずなのに。
 僕はひとりぼっちになったんだ、って。分かった。

“ちぐさちゃん、一緒に集会所に行こう? みんなも心配してたから”
 心配してくれてる仲間がいる。それは分かるけどぜんぜん実感がなくて。それより僕は、すごく重要なことを思い出して。
「あとで……行くね……」
 心配してありがとう、とか言う元気がなくて。でもチヨちゃんはいつも通りの感じで、じゃあ待ってるね、って頭の中に声を送ってくれた。

 それからすぐ。
 僕はお台所に向かった。
 僕は知ってる。ここには……毒があるってことを。
(パパ……ママ……僕も、そっちに行くから)
 いろんな野菜の入った引き出しを漁る。手が、足が震えてる。
(あった……)
 ひとつの野菜を取り出す。これが毒だって教えてくれたのはママだ。

 僕はまだ猫で、お台所の床の上の野菜に興味を持った。食べる気はなかったけど、おもしろいから転がして遊んでた。
「ダメ!!」
 ママの大きな声が聞こえてビックリした。ママはめったに怒ったりしない。
 驚いたけどママは僕を優しく抱き上げて撫でてくれた。
「ごめんね、ちぐさ。びっくりさせちゃって……。でも、その食べ物はちぐさにとって毒なの。きちんとお片付けしなかったママが悪かったから、もうそれを食べようとしないで。ね?」
 食べるつもりはなかったけど、優しいママを悲しくさせちゃって、ごめんなさいを伝えたくてママのお顔を舐めた。

 あれから……60年くらい、かな?
(僕はママの言いつけを破るんだ……)
 相変わらず震える手足に、ちくちくと胸の痛みも加わった、けど……でも。
(ごめんなさい、僕は……パパとママがいない世界に意味を感じられない)

 ちがう。

「僕は……ひとりぼっちに、たえられない、から……っ、パパ……ママ……おいていかないでよぉ……っ!」
 さっきから止まってくれない涙と鼻水でひどい顔なのに、チヨちゃんは笑わないでくれた。
 ウワバミのおじちゃんが今度洋酒を持ってきてくれるって言ってた。
 狐様が僕が今何歳なのかちゃんと調べておくって言ってくれてた。
 仲間の顔や声がうかぶ。まるで、ひとりじゃないよって言ってくれてるみたいに。

「僕、は……」

 僕の仲間をうらぎるように、掴んで震えたままだった毒の野菜、玉ねぎを思いっきりかじった。
 しょっぱい、からい、にがい。
 からだが冷たくなるような気がして、震えがひどくなってる気がするのは毒がきいてるってこと?
 でもきっとひと口じゃダメだ。
 かくじつに、パパとママのところに行きたいから。
 僕はお腹がすごく気持ち悪いかんじがするのに耐えて、おいしくない毒の野菜を、震えながら1つ全部食べ切った。

 さっきから。
 震えが止まらない。
 きっともうすぐ毒で死んじゃう僕は、集会所のみんなの顔がうかんで、パパと知らない人たちを避けてベランダに回り込んでそこから下へ飛び降りた。
 さいごまで、ひとりはイヤだって思った僕は、弱虫だって思う。

「……おまたせ」
 集会所に着いた僕がそれだけ言うとみんな僕の方を見てくれた。

「……ごめんね、僕はもうすぐ死んじゃうの」
 毒を食べたことは言えなかった。
「みんなのそばにいても、いい?」
 誰も、ダメって言わなかった。
 うれしくて、ホッとして。急に眠たくなってきた僕は――


 気が付いたら、明るかった。お日さまの場所はお昼くらい。
 僕は今のっぺらぼうのモモさんのお膝を枕にさせてもらってる、以外よく分からない。
「僕、生きてるの……?」
「そうよ、生きてるわ」
 頭を撫でながら言ってくれた。でも。
「……どうして? 僕は……」

 僕は、モモさんに毒を食べたことを話した。
 どうしてもパパとママに会いたかったって。

「そう……。そうね、あっちで寝てるおじちゃんの近く、お酒の瓶は何本あるかな?」
 モモさんはウワバミのおじちゃんが寝てる方を指さした。1、2……
「10本くらい?」
 開いてないボトルもあった。英語の字で書かれたラベル、僕に飲ませてくれるって言ってた洋酒かもしれない。
「もっとあるわ。普通はあんなに飲んだら病気になったり死んじゃったりするのよ」
「えっ?」
 僕はそんなこと知らなくて、おいしいからって何も考えずに飲んでた。
「私たちは妖怪だから。生き物に効く毒は効かないのよ、きっと」
「……僕、パパとママにもう会えないの?」
「そんなことはないわよ」
「でも……」
 モモさんは顔の無い顔で遠くを見ながら続けてくれた。
「私、こんな顔だけど。妖怪になる前は普通の顔だったの。あまり好きじゃなかったわ。でもね、私の顔を覚えてるのは私だけだから。好きじゃなくてもずーっと。覚えてようって思ったのよ」
「うん……」
「ちぐさくんに出来ることはね、ちぐさくんの大切な人をずーっと覚えていることじゃないかしら?」
 とん、と僕のお胸を優しく叩いて。
「ここにはまだ、パパとママがいるでしょう?」

 僕は、猫の僕が死んで悲しむパパとママを思い出した。パパとママから見えなくなった今の僕。
 今度は僕の番なんだって、思った。
 また、涙が止まらなかった。

おまけSS『オトナの妖怪』

 顔の無い妖怪が溜息を吐く。顔のパーツが無いのに溜息というのも不思議なものだ。

「私、残酷だわ」
「自分を責めるこたァないよ。ちぐさも最近は随分元気を取り戻してきてるじゃねェか。ホレ、一杯飲むかい?」

 遠慮しておくわ、と笑った彼女は日が傾き人気のなくなった公園で遊ぶ猫又と座敷童を見やる。
 実際に何年存在しているかは分からないが、少なくとも見た目は少年である猫又は、今では明るく笑うことも増えてきた。

「思い出に縋って生きていくことしかできないのかしらね、私たち」
 彼女は次の言葉を紡ごうとはしなかった。
「さァなァ……。ま、難儀なモンだよ、儂らも……この世界もなァ」
 そう言って盃の中身を一気に呷った妖怪もそれきり黙ってしまった。

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