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ゼフィラ教授とヨハン助手の遺跡散策記
登場人物一覧
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幻想の南西部に、先ごろ発見されたクゼイロス遺跡と呼ばれる場所がある。
「みたまえ、なかなかの絶景だろう?」
その遺跡を見下ろせる丘の上で、黎明院・ゼフィラはどこか誇らしげに、そして楽し気にそう言った。その言葉は、ゼフィラのすぐ隣に立つ助手兼ボディーガード――大きなリュックを背負ったヨハン=レームに対してだ。
ほほー、とうなづくヨハンではあったが、考古学的な知識の薄いヨハンにとっては、その風景はどこか寂し気な廃墟の街にしか見えない。
「そうですね、なんというか」
「廃墟だろう?」
その内心を見透かしたかのようにゼフィラが言うので、ヨハンはわたわたと手を振って、
「いや、そんな! 絶景だなーって」
その様子がおかしかったのか、ゼフィラはくすりと笑って続けた。
「いやいや、無理をすることは無いさ。ここは廃墟で間違いない。そこにロマンを感じるのは、私のような探検家や考古学者だけだよ」
つまり、ちょっとした意地悪な質問だったのだろう。ヨハンはぷく、と少し頬を膨らませてみせた。
「つまり教授は、廃墟探索にボディガードをご所望だったわけですか?」
しっぽをパタパタと振って、少しばかりの怒りをアピールし。しかしその様子も、ゼフィラにとっては、可愛らしい子供が拗ねている様子にしか見えないものだ。
「言うね。半分は正解で、半分間違いだ。今回の目的地は、あそこ……少し大きな廃墟が見えるだろう?」
ゼフィラは、街の中央にある大きな石造りの住居跡地を指さした。今はおおまかな四角い形しか見えないが、そこはかつては権力者の巨大な屋敷であったのだろう。ゼフィラはそこから、ぴっ、と地面を指さした。
「その地下だ」
「地下……遺跡ですか?」
ヨハンの表情に、興味の色が見えた。如何に考古学に興味が無かろうと、秘密の地下遺跡、となれば、なにがしかのロマンを感じるのも当然と言える。
「そうだ。資料によれば……」
ゼフィラはポケットから、大量の付箋の貼り付けられたメモ帳を取り出した。数ページ、それをめくってから、目当てのページを見つけ出すと、ヨハンに対して見せつけながら、続ける。
「これだ。当時の宗教的な施設が、権力者の屋敷の地下に設置されていたらしい。宗教と権力は何かと結びつきやすいからね。天義など見ているとわかりやすいだろう」
「なるほど、この遺跡はプチ天義、っていう事なんですね」
「プチ天義か、面白いな」
くすり、とゼフィラは笑う。
「何せそう言った重要な設備であるから、危険な罠や、長い事放置していたせいで住み着いていた魔物の類がわんさかだ……と、言いたい所だが、此処はすでに発掘が済んでいてね。その手のトラップは、既に追いやられている」
だから、とゼフィラは言ってから、続けた。
「ボディガードというよりは、探検助手と思ってほしいな。危険がゼロというわけでもないしね。ヨハン、君が来てくれるなら、色々と安心だ」
「わかりました」
ヨハンは、ぽん、と自らの胸を叩いた。その表情は、どこか得意げでもある。
「では、探検助手のヨハン=レーム。ゼフィラさんの助手という大任、引き受けましょう」
「ふふ。よろしく頼むよ」
そう言うと、二人は丘を下り始める。遺跡までの道中には大した危険はない。遺跡での発掘調査が行われていたこともあり、騎士団によって魔物の類も追いやられているし、こんな辺鄙な所に野盗の類がやって来ることもなかったからだ。
やがて二人は、遺跡の街、その入り口へとやってきた。街とは言え、そこは遺跡――崩れ落ちた石の類が、ここには何かが建っていたぞ、とどうにかこうにか主張するばかりで、
「どうだい、廃墟だろう?」
と、ゼフィラが冗談めかして言うほどには、廃墟である。
「もう、まだ引っ張るんですか」
ヨハンが再びぷく、とほほを膨らませるのへ、ゼフィラは笑った。
「いやいや、廃墟ではあるが、見る視点によってはまた違ったものが見えてくる、という事だよ。……ちょうどいい、例えばこれだが」
と、ゼフィラは足元の何かを拾い上げた。見てみれば、それは半ばから割れた、陶器製のうつわのようなものに見えた。
「まさか発掘調査隊が捨てたものではあるまい。となれば、これが当時の住民たちが使っていた……多分、食器だろうね」
「へぇ、これが、ですか」
ぴん、とシッポを立てて、興味深げにヨハンはのぞき込んだ。考古学的には、価値あるものなのだろう。薄汚れた壊れた食器にしか見えなかったが、ヨハンは今度こそ、その言葉がバレぬように飲み込んだ。
「食器がある……となれば、この建物は民家か、あるいは食堂のようなものだったのかもしれない。金属製のフォークの類は見受けられないから、木製品だったか、あるいは金属加工の技術は発達していなかったのかもしれない。あるいは、金属自体が希少で、限られたもの……例えば、これから目指す宗教施設のような、本当にごく限られた場所にしか使われなかったのかもしれない」
滔々と、ゼフィラは語り始める。ヨハンにしてみれば、それはこの地での生活を思い起こさせるような思いだった。刹那、幻視する。例えばここは、大衆食堂のような建物であった。そこでは、まるで身近にある酒場のような光景が繰り広げられていて、多くの人々が一時の憩いの場を過ごしていた……。
「と、まぁ、こんな感じだ。考古学とは、想像することだよ」
ゼフィラの講義が止まった時に、ヨハンはハッと現実へと還った。ゼフィラの説明によるわずかなタイムスリップの経験が、今な何物にもいない廃墟に、人の生活の跡を感じさせるに至った。
「さすが……ですねぇ」
思わずヨハンは舌を巻く。説明が上手いのもそうであったが、ゼフィラは自分のフィールドへこちらを引き込むことが上手かった。思わず、門外漢の身でありながら、ワクワクしてしまうような……。
「ゼフィラさんは本当に、先生になった方がいいんじゃないですか?」
ヨハンの言葉に、ゼフィラはきょとんとした表情を見せた。
「そうかい? 私自身は、あまり人に説明するのは苦手だと思っているのだが……誉め言葉として受け取っておくよ」
ゼフィラはゆっくりと、手にした食器の欠片を――ヒトの生活の跡を、置いた。そしてゆっくりと、歩き出す。
目的地に到着するまで、遺跡の観光ををしながら、やがて丘の上で見た、巨大な屋敷と思わしき跡地へとたどり着いた。
「さて、ここが今回の目的地、その入り口だよ」
そう言ってゼフィラが指さした先には、地下へ通じるのであろう、巨大な階段が残されていた。
「おおっ! それらしくなってきましたね!」
しっぽをピンと立てて、ヨハンは笑ってみせた。
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「いいかい、ヨハン。迂闊に周囲には触れないように。発掘調査が住んでいるとはいえ、見逃されたトラップなどがあるかもしれない」
ランタンの明かりを頼りに、地下へと進んで行く。階段をゆっくりと進んで行けば、そこはかなり広大な空間が広がっているように見えた。
それは、さながら地下に広がるもう一つの街と言った所だろうか。所々くずれてはいるが、しっかりと組まれた石の柱は、はるか未来に至るまで、この洞窟を支え続けている。
「ははぁ、なんだかこうなるとわかりますよ、考古学のロマン、っていう奴が!」
しっぽをピンと立てて、ヨハンがぐっと両手を握る。ヨハンが感じているロマンは、きっとゼフィラとは違う物であっただろうが、お互い、そこを指摘し合うほどロマンの分からぬ人間ではない。
「お宝の類や、新発見の類は無いだろうがね。やはり遺跡は良いなぁ」
すぅ、と遺跡の冷たい空気を、ゼフィラは吸い込む。古代の香りが、その鼻孔をくすぐった。
「さぁ、行こうか」
ゼフィラの言葉を合図にして、二人は地下遺跡を行く。
道中緊張が走る――といったことは無く、魔物は討伐され切っていたし、トラップの類もほとんど全てが解除されていた。
となれば、これはピクニック……ゼフィラ教授による、遺跡案内ツアーといった様相を呈している。
「みたまえ、ヨハン。これなどは、当時の神を模した像だろうね」
「なるほど、となると、ここは礼拝堂……って感じでしょうか」
「おそらくその通りだ。想像してみてほしい、おそらくここに権力者……神官が立ち」
ぱたぱたと、ゼフィラが一段高くなった場所へと向かう。そこに立って、両手を広げてから、続けた。
「ここで神の言葉を、住民たちに語っていたのだろう……ふむ、やはり為政者と宗教が、密接に結びついていたようだねぇ」
「なるほど、流石プチ天義ですね」
「そう言う事だ。さて、少し早いが、今日はここで休憩と行こう。もしかしたら、神官の幽霊が説法を聞かせてくれるかもしれないよ?」
くすくすと笑うゼフィラへ、ヨハンは苦笑を浮かべた。
「もう、やめてくださいよ、そういうの」
「でも……どうして今回、発掘済みの遺跡に来たんです?」
テントを組み立て、沢山の食料を荷物からだし。二人は一つのテントの中、資料などをあちこちに広げた、ゼフィラ教授の考古学授業などを開いていた。
そんななかに生まれたそれは、ヨハンの素朴な疑問であった。例えば発掘が済んでいない遺跡であれば、そこに眠るお宝や新発見の事実が眠っているわけであり、そこは冒険家としてのゼフィラの出番である。
「ふふ、
ゼフィラの世界でのことわざであろうそれは、崩れないバベルによって平易な言葉へと翻訳された。なるほど、やはりこう言ったものは、自ら実際に見てみることが必要らしい。
「実際に体験してみなければ、理解できないこともあるし、そうでなくてもより理解が深まると言う物だ。たとえば……」
ひょい、とゼフィラの視線が、動いた。ひょいひょい、とゼフィラの視線が動く。ヨハンは不思議そうな顔をした。ゼフィラの視線が追っていたのは、ヨハンの背後。より正確に言うならば、ヨハンの動く、シッポだ。
正直、朝からずっと、気になっていた。ヨハンの感情に合わせて動く、オールドワンのしっぽ――機械で作られた、その機器の、接合部分。
――果たして、どうなっているのか。百聞は一見に如かず……。
持ち前の好奇心の強さも相まって、気づけばゼフィラは、ゆっくりと、そのシッポへと手を伸ばしていた。
ぱしっ。と。
ゼフィラが、ヨハンのしっぽを掴んだ。
「んにゃんっ!?」
ヨハンが甲高い声をあげた! そのままゼフィラは、ヨハンの背中側へと回る。
「ずっと、気になっていたんだが」
つつ、と、ゼフィラの指が、ヨハンの背中を這った。
「んっ、な、なにが……ですか?」
その感触にびくり、と身体を震わせながら、ヨハンは喘ぐように言った。
「ここ……どうなっているのかな、と」
しっぽの根元、付け根を、ゼフィラは優しくつかんだ。
「いや、どうなってるのかな、って普通ですよ!?」
焦る様にいうヨハンに、ゼフィラはにっこりと笑った。
「百聞は一見に……だよ」
優しく……ゼフィラは、ヨハンを押し倒す。そのままゆっくりと、ヨハンの服をめくり上げた。
外気にさらされて、冷たくなったゼフィラの指先が、つつ、とヨハンの背中を這いまわる。
「んにゃ、にゃっ……んにゃーっ!」
ヨハンの悲鳴が、地下遺跡に響くのであった――!
「もう、そんなに怒らないでくれ」
ゼフィラが笑いながら言うのへ、ヨハンは背を向け続けた。
あれから存分にしっぽの付け根を調べつくされたヨハンは、ゼフィラの隙をついて寝袋に逃げ込み、そのまま背中を向けてしまった。
こうなっては仕方ない、時間もちょうどいい所だし――と、ゼフィラも寝袋へと潜りこむ。ゼフィラはヨハンの方を向いて。ヨハンはそっぽを向いて。狭いテントに密着する形で、二人は眠りにつく――わけがない。
厳密にいえば、眠りにつけるわけがない――ヨハンが。
そもそも、用意されていたテントが異様に小さい時点で、正直ドキドキしていた。
どうやらゼフィラは全く気にしていないようだが――それはそれでどうなんだという気持ちもあるのだが――こうも、年上の女性と密着するとなれば。
健全な男子であるヨハンはもう、緊張して眠れるわけがないのである。
問題は。
ゼフィラはどうにも、その手の事について、頓着しなかった、という所にある。
ゼフィラはヨハンは、どうにも怒っていて、此方に背を向けていると思っている。ヨハンに、そう言った感情を抱かせていると等、露にも思っていないのだ。
「もう、あやまる……ほら、この通りだ」
だからゼフィラは、ヨハンに対して身体を密着させることなどお構いなしだった。たとえはそれは、子供をあやすために、大人が抱きしめるような、そんな気持ちで――ごそごそと、寝袋越しに身体を密着させ、手を伸ばしてヨハンの頭を優しく撫でる。
「ゼフィラさん、その」
「ふふ、どうした?」
ゼフィラがやさしく笑う――離れてくれ、とは言えない。離れられるスペースはないのだ! じゃあどうすればいいのだ! 密着する身体に、先ほど自身の身体を這った、ゼフィラの指先の感触がよみがえる。機械義肢のそれであったが、それでもそれは、女性の指だ。青少年には刺激が強い!
ヨハンは強く、寝袋に頭を埋めることでどうにかしようとした。ゼフィラはそれを、ヨハンがふてくされているものだと受け取ったから、ゼフィラはより密着して、
「もう……そう、怒らないでくれってば」
優しく頭をなでるわけで、ヨハンはもう、正直、寝ていられる状態ではなかったのである。
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「うーん、静かな分、よく眠れた」
伸びをするゼフィラの横で、ヨハンは少しばかり目の下にクマを作りながら、あくびをした。
よく耐えた。頑張った……色々と。その代償が目の下のクマであったのだが、ヨハン君は本当によく耐えた。
「まだ怒っているのかい? なら、本当に謝るよ。すまなかった」
頭を下げるゼフィラであったが、その表情は満足げな笑みなのはわかっている。ヨハンは軽くため息などをつきつつ、しかしまだまだゼフィラに付き合おうと決めている。
しっぽを見られたことも、決して怒っているわけではない。出来れば、一言断ってほしかったが……まぁそれも、ゼフィラの魅力の一つでもあるのだ。
ヨハンだって、ゼフィラのそう言った魅力を理解している。
「もう、大丈夫ですよ。じゃあ、今日の探索も始めましょうか?」
ヨハンがそう言うのへ、ゼフィラは惜しげもなく、笑顔を見せくれたから、
「うむ。では、今日中に最深部まで探索を済ませよう。良いかな?」
「了解ですよ、教授!」
ヨハンもにっこりと笑ってみせた。