PandoraPartyProject

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愛の日

登場人物一覧

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣


 好きあった恋人ならば、いつか君の生れ育った街を見てみたいだなんていうのだろうか。
 そんな、少女漫画見たいなロマンスに夢見る程の熱に魘される様な恋をしていたい。もしもポテトがそう言えば、リゲルは勿論だとその手を取る事だろうし、リゲルがそう言えばポテトはいいぞと笑って彼を抱きしめる。
 互いが互い、必要不可欠な存在であるなら――ポテトはこういうだろう。
「リゲルのお母さんに挨拶がしたい」と。将来を誓い合った若い二人、正式な関係に――という事もあるが、それ以上に彼を産んだ母、彼の育った屋敷に行ってみたいという思いは確かにあった。
 ローレットの活動が天義となった時、リゲルはポテトを伴い自身の実家たるアークライト家に彼女の手を引き訪れることとした。
「こ、これがリゲルの……」
「ポテト、そう緊張しなくても大丈夫」
「い、いや、でも……」
 緊張と不安を感じさせるのは予想よりもはるかに荘厳な設えの屋敷。天義貴族とは聞いていたが、とポテトの不安が頂点に達する前に「さあ、いこう」とリゲルは彼女を優しくエスコートした。
 事前に文で来訪を伝えて居た事もあってか「お帰りなさいませ」「坊ちゃま」と声かける使用人たち。
「坊ちゃまはもうやめてくれよ」
 軽口交え、懐かしい顔ぶれに穏やかな思いを抱いたリゲル。お荷物お持ちします、とポテトの手にしていた旅行鞄に手を添えるメイドにポテトの体は更に固くなっていく。
「坊ちゃま、お連れの方の御様子が――」
「ポテト、今からそんなに緊張していたら母さんと会った時、どうするんだい?」
 冗談めかしたリゲルにポテトの唇がふるりと震え、ぎこちなくこくこくと何度も頷かれる。
 奥様もお待ちですから、と気のいい調子で言った老紳士にリゲルは「ありがとう、爺や」と声かける。彼はリゲルが幼い頃より屋敷に仕えているそうで、主従関係など感じさせる事無く――「坊ちゃま!」と叱る声が懐かしいとリゲルは道中そう告げた――フランクな調子だ。
 応接室の扉を開けば、ルビアが赤いソファーに座り、リゲルとポテトの来訪を待っていた。
 お気に入りの茶器に注がれているのはリゲルが幼い頃好んだという紅茶だろうか。母は幾つになっても子供は幼い少年に見えるもので、とポテトに耳打ちした老紳士が室内から出ていけば、ぱあとルビアの表情が華やぐ。
「お帰りなさいリゲル。それからようこそポテトさん」
 ふわりと微笑むルビアはスカートの裾が広がらぬように気を付けながら可憐に微笑んだ。
 それは美しい淑女でありながらどこか幼い子供を感じさせ、笑みに僅かなリゲルの面影があるのだが、似ているなどと考えるよりもポテトの体は緊張に満ち溢れた。
「疲れたでしょう」とリゲルを抱きしめるルビアがポテトににこりと微笑みかける。
「さ、ポテトさんも紅茶でも飲みながらお話しましょう? ふふ、いらっしゃるのを楽しみにしていたの」
 フレンドリーなハグにポテトの頬が赤らんでいく。その様子にリゲルはポテトの緊張の頂点に達していることを悟った。
「は、初めまして。ポテトです。リゲルとは、結婚を前提にお付き合いさせて貰っています。
 あの、リゲル凄く格好良くて優しくて頼りがいがあって、でも時々お茶目で可愛くて……!」
 流れるように出てくるのは『リゲルの大好きな所』。緊張で混乱状態のバッドステータスを付与されているポテトがリゲルとの思い出を口早に語る其れにルビアはくすくすと笑う。
「ポ、ポテトもう良いから! 母上! これ手土産です!」
 慌て、ポテトを覗き込むルビアを引き離す様に手渡したのは幻想王室でも人気だという菓子。
「まあ、ありがとう。お茶と一緒に戴きましょう」
 ね、と微笑み着席を促すルビアにリゲルはポテトを気遣う様に見たが、彼女はあわあわと唇を動かすだけだった。
「折角だもの、リゲルのお話をたくさんポテトさんとしようと思ってアルバムを用意したの。お茶請けに思い出話でも如何かしら?」
 好きな人の幼い頃が気にならない訳はないという様にポテトは嬉しそうに頷いた。
 ルビアが語る幼き日のリゲルはまるで昨日の事の様に鮮明な思い出として語られる。ティーカップに注いだ紅茶もリゲルが幼い頃に好んだものであるだとか、お気に入りの茶器はリゲルがプレゼントしてくれただとか、母親は息子の愛しい所を余すことなく伝えた。

 ――
 ―――そうして、少し時間が経った頃にルビアがちらりと時計を見遣る。
「そうだわ。折角だし一緒にお買い物行きましょう」
 お買い物、と瞬く二人にルビアは護衛も居れば大丈夫でしょうし、と立ち上がる。
 準備をするからお待ちになって、と席を立った彼女にポテトは「ルビアさんはお買い物と言えば何をするんだ?」とリゲルに問いかける。
「さあ……俺も母さんとは随分と離れていたから」
 少しの時を重ねれば、自身も大人びて、そして母とてその趣向も変わるだろうとリゲルは首を捻る。
 外出着に身を包んだルビアがお待たせと微笑みポテトの手を引き「いきましょう」と微笑んだ。
「ポテトさんはお洋服なんかはこだわりがある方なのかしら?」
「ルビアさんは?」
「私は色々見て回るのも好きよ。小さなころのリゲルともよくウィンドウショッピングしたの」
 向かうのはルビアの行きつけのセレクトショップ。洒落た店内にはアンティークの時計やシックな棚で落ち着いた造りになっている。ルビアに礼をする店員は彼女の好みの商品を持ち近寄ろうとするが、今日ばかりはルビアはそれに首を振った。
「今日はこの子のお洋服を見立てに来たの」
「そうでございましたか。それではごゆっくり」
 有難う、と微笑むルビアが早速とポテトの手を引きドレスを手に取る。
 リゲルの瞳の色を思わせる鮮やかなアクアマリンカラーのドレスにはふんだんにフリルがあしらわれ、愛らしいビスクドールを思わせる。
「ほら、これなんて良く似合うと思うの。ああ、けれど……これも可愛いわね」
 次に取ったのは黒を基調としたシックなワンピース。ワンポイントのリボンがひらりと揺れるのがポイントなのだろう。
 これも、と手にしたのは青いチャームを飾った白のドレス。マーメイドラインでシンプルなそれは細身でありながらもプロポーションの良いポテトに良く似合う。
 どれにも可愛い、や素敵、と声を交えたポテトとルビア。ルビアはそんな買い物を楽しむ様に「ふふ」と小さく笑った。
「『娘』とこんな風にお買い物するの憧れてたから嬉しいわ」
「私も、ルビアさんに喜んでもらえて嬉しいです」
 息子とは買い物を楽しめどおしゃれをとなればやはり『娘』という存在が大きくなる。
 いつか、娘と笑い合いながらドレスやワンピース、アクセサリーを選びたいという気持ちは母親ならば誰しもが抱く事だろう。
「ねえ、これも合わせてみましょう?」
 そうやって手招いて、嬉しそうにしたルビアの様子をリゲルはほっと安心した様に見つめた。
 長らく父が家を空けてからというもののいつでも母の様子は気がかりだったが、ポテトを我が子の様に迎え入れ、『娘』のようだと喜びながらショッピングを楽しんでくれるというのは息子としても嬉しい事だ。
 見守るだけに徹していたリゲルをルビアが「リゲル、こっちにいらっしゃい」と手招いた。
「母さん?」
 試着室へと呼ばれ、首を傾げながら向かうリゲルの前に、試着室のカーテンの奥からちらりと覗くポテトの姿。
「ポテト?」
「素敵なドレスを見つけたの。リゲルにも是非見て欲しくて」
 ポテトさん、と微笑むルビアにポテトは緊張した様におずおずと顔を出した。
 Aラインのビスチェドレス。チュールが愛らしい印象を与えるが淡いラベンダーカラーと上品な刺繍は大人びた印象を与える。慣れぬ大人びたドレスにポテトの頬が赤らみ、「リゲル。どうかな……?」と緊張した様に首を傾げる。
 愛らしイメージが多いポテトの大人びたドレス姿に、リゲルの頬もかあ、と紅くなる。
 良く似合う、とほんの小さく返したリゲルにポテトは嬉しそうにこくりと頷いた。
 そんな様子を微笑ましそうに目を細めて見詰めていたルビアは「本当に素敵」と自分の事の様に喜んで見せた。
 ドレスに合う靴やアクセサリーを共に選んでいたルビアに護衛一人が奥様、と声かける。
 時計を見遣ればそろそろ夕食時で。
「もうこんな時間なのね、屋敷に戻って食事にしましょうか」

 ――
 ―――
 屋敷に戻り、リゲルは懐かしいと小さく声を漏らした。家を出る前は毎日食事をとったという広間のテーブルには白いクロスが敷かれている。
 ディナーメニューはこの日の為とルビアが頭を捻ったものなのだそうだ。曰く、『大切な息子とその息子の大切な人が来るのだから手は抜けない』とのことだ。
 しかし、貴族的な食事はポテトの負担にはならぬようにとルビアは最小限の給仕のみでのメニューにしたのだという。
「それで、リゲルとポテトさんのお話を聞いていいかしら?」
 私ばかりお話してしまったわ、と恥ずかしそうにころころと笑ったルビアにリゲルとポテトは頷いた。
 ローレットのあいさつ回りの際に帰省したリゲルと共に見た白亜の都の美しかった事。
 共に雪の庭園へを眺めながらの温泉旅行や綿あめにのっての空中散歩。
 それだけではない、天義では不正義と呼ばれる魔種との直接的な対峙や海洋でのサマーフェスティバル。
 ローレットでの思い出を組み立て、ポテトと共に頑張っているのだと告げたリゲルにルビアは嬉しそうに笑った。
 ――只、父との対峙だけは口にすることはない。
 今は未だ、母に伝えるには早いというのがリゲルと、そしてポテトの判断だった。
「ローレットの仕事の合間には家でのんびりと……というのもあるんですよ。
 ああ、それから――ポテトは家庭料理がとても上手なのですよ。
 いつか母上にも……父上にも、食べてもらいたいな」
「ええ、是非」
 にこりと笑ったルビアに、ポテトがリゲルの袖をくい、と引く。
 彼女が伝えようと思って居たのが共に過ごすのは二人だけではなく『娘』と呼ぶもう一人もいるからか。
「……それにポテトだけじゃなく、ノーラという時精霊とも一緒に暮らしているんです。またご紹介いたしますね!」
「ふふ、その子はどんな子なのかしら」
 此処に連れてきてくれるのが楽しみだと笑うルビアははたと「私もローレットへとお邪魔する機会があれば会えるのかしら」と僅かな茶目っ気を滲ませる。
 貴族の奥様と言えば屋敷の女主人だ。そうそう家を空けるわけにいかない事をリゲルはよく知っている。それ故に彼女なりの冗談なのだろうが――何時か、自身たちの住まう家に母を呼び、ポテトの手料理を振る舞い、ノーラとも笑い合ってくれたならば。そして、そこには父の姿もあれば、と。
「そうですね……その時は父上も」
「ええ」
「父上は、必ず探し出し、連れ帰ります」
 それはリゲルにとっては重たい誓いであった。
 実力の差も、己たちの間にある守らねばならないものの違いもそこにはあった。
 折り合いを付けねばならぬことであると重々承知ながら息子は父の背中を追う――彼が、そこに有る限り。
「ええ、ええ。
 あの人とリゲルとポテトさん。それにノーラさんも。皆で帰ってきてくれる日を待っているわ」
 此処は、貴方達の家だもの、と。
 ルビアは幸せそうに笑った。リゲルの実家ではあるが、召喚されたポテトにとっては『帰る家』が増える事は珍しい。
 ぱちりと瞬いて、ポテトは「はい」と柔らかに笑みを溢した。
 食事の最中にルビアはふと、以前、王宮にて『ローレットの勇者』の活躍を聞いたことを思い出す。
「サーカス、と言ったけれど幻想を襲った魔種との戦いの時にリゲルが活躍したと聞いたわ」
「はい。それはもう凄く格好良くて――」
 ポテト、と制止する声にポテトは余裕そうに笑って返す。
 だって、かっこいいことは本当なのだから、なんて。そう笑うポテトにルビアもそうよ、と茶化して見せる。
 ローレットではその死力を尽くし、『死力の聖剣』と呼ばれる事があるという活躍劇。
 まあ、と相槌討ちながら息子とのかっこいい姿に惚れ惚れと聞き入るルビアはもっと教えてほしいわ、と微笑んだ。
「は、母上……」
「ふふ。その後はポテトさんの事も教えてくれるかしら?
 私ったら聞きそびれていたのだけど――旅人なのでしょう。元の世界の事だとか、聞いていいなら是非」
 娘になるんですもの、とルビアは微笑む。
 ポテトの故郷の事を話せば、きっと彼女は別荘地や屋敷の庭園にでも花やポテトが弄る畑を作ろうと笑う事だろう。

 楽しい時間はあっという間。
 食事を終えて、ポテトを客間へと案内するメイドは身の回りの世話を整えて何かあればベルを鳴らしてくださいと一礼した。
 何か不便があれば呼んでくれてもいいと笑ったメイドにポテトはありがとう、と小さく返す。
「とんでもございません。私共が呼びにくければ坊ちゃまでも大丈夫ですから。……ごゆっくりお休みなさいませ」
 貴族。その言葉に尽きる扱いを受けながらポテトはほっと胸を撫で下ろした。
 どうにも緊張がやっとほぐれたのだろうか。ルビアと楽しく過ごしてはいたが、貴族然とした様子には少し慣れなさも存在して緊張が付きまとっていた。
 疲れたから、もう寝ようか。
 そうして布団にもぐり込みながらポテトは目を伏せ――眠りに付けないと息を吐いた。
 ふかふかとしたベッドに埋もれながら高い天井をぼんやりと眺めるポテトの胸にじんわりとした寂しさが湧きあがり、ポテトは夜のベッドを抜け出した。
 緊張がほぐれては、どうにも寂しい。普段はリゲルと共に寝る事もあってか、寂しさが付きまとうのだから仕方がない。
 メイドの案内の際にリゲルの自室を教えては貰っていた。客間も近い位置だったことが幸いして、迷うことなくポテトはリゲルの自室へと辿り着く。
 こんこん、とノックして促す声を聴きながらポテトはそっと扉を閉める。
「ポテト?」
「リ、リゲル……その」
 のろのろと近づけば、寝間着姿のリゲルが風邪を引くとポテトの肩へとブランケットをかける。
 不安げに視線をうろつかせたポテトの手がそっとリゲルの裾をきゅ、と掴んだ。
「リゲル……寂しいから一緒に寝ても良いか……?」
「い、一緒にって……!」
 ――慣れない場所で、緊張もある。それに、どうしても寂しくなってしまった。
 不安げなポテトは「駄目……?」とその鮮やかな瞳を揺らがせて唇を引き結んだ。
 かあ、とリゲルの頬が赤らんでいく。共に寝る事など何時もの事で、穏やかに眠るには傍に居て欲しい――そう思ってはいるのだが……理屈では分かる。『いつものこと』に照れて居る場合なんかじゃない。
 にこりと笑って、おいでと手招いたリゲルはそれでも尚、自身の『自室』に初めてポテトを招いたという事実に照れを隠せずにいたのだ。
「寒くない?」
「大丈夫」
 普段よりもぎこちないやりとりに、ポテトとリゲルは顔を見合わせて小さく笑う。
 こんなの、もう日常の筈なのに所変わればこんなにも緊張してくるものなのか。
 愛情はいつも通り、ちゃんと二人の関係は美しいものだから――そっと、その肩を抱けば擽ったそうにポテトは笑う。
「……今日は楽しかったな」
「ドレス良く似合っていたし、母さんも楽しそうだった」
「それはよかった……緊張したんだぞ」
 むう、と唇を尖らせたポテト。リゲルは頑張った、と僅かに冗談めかしてポテトの頬を擽った。
 食事の何が美味しかったか、次はノーラを連れてこよう。ノーラにはどんなドレスが似合うだろうか。
 そうやって言葉を交わしながらポテトは「来てよかった」と嬉しそうに笑った。
 フィアンセとしての挨拶。その大きな目的を快く受け入れた母はポテトと共に過ごせたことを喜んでいた。

 ――おやすみなさい、リゲル――
 ――おやすみなさい、母上。良い夜を――
 ――ああ、リゲル。……素敵なフィアンセね。私に可愛い娘をプレゼントしてくれてありがとう――

 うとうとと、微睡が訪れる。
 明日は起きたら何をしよう――きっと、ルビアが朝食を準備して「おはよう」と笑ってくれるだろう。

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