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ねこねこシャワー
登場人物一覧
●泥んこにゃんこを綺麗にしましょう
路地裏にひっそりと佇む教会。
そこは猫たちの憩いの場でもある。
いつしかその陽だまりには幻想に住まう猫たちが居着くようになり、教会のシスターである『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は【路地裏のねこだまり】としてギルドを運営してたりもする。
温厚な彼女と猫たちの日々は、それはそれは温かいものだと、訪れる者達を日々癒やしていた。
そんなある日、クラリーチェが猫たちのお世話をしようと陽だまりへと向かうと、
「まあ、これは大変なのです」
と、クラリーチェがゆるふわに驚きの声をあげた。
クラリーチェが目にしたのは、猫たちの泥にまみれた様子だった。
「そういえば、昨日は雨が降っていましたね。きっとそんな中を走り回って汚れてしまったのでしょう」
思いついたことを確認するようにクラリーチェは呟いて、さてどうしたものかと考える。
本来ここに居る猫たちは、行き場のない猫たちだ。自然体のままであるならば、さっと汚れを払う程度で良いかもしれない。
けれど、今となってはこの子達は共に生活する仲間のようでもある。ギルドに訪れてくれる人達も猫たちのふれあいを求めている人も少なくないだろう。
人の勝手な思い込みかも知れないが、猫たちだって綺麗な方が良いだろう。汚れていてはそれだけで病気になってしまうかも知れないのだ。
「……そうですね。ここは皆纏めて洗ってしまいましょう」
この陽だまりにいる猫たちは多い。
いつも共にいるパンジーや最近生まれたばかりで教会の中にいたシェキャル、ツキェル、シュクルの三匹など、全ての猫が泥にまみれてるわけではないが、汚れている猫は結構な数がいる。
これは大仕事になりそうだと、クラリーチェは腕まくりをするのだった。
大きな桶を用意して、ぬるま湯を溜めていく。
猫たちは興味津々にその様子を眺めていた。
「水が苦手な子もいるでしょうし、程々に水は溜めて、ゆっくり汚れを落としていきましょうか」
そう言葉にしながら、タオルや猫用のシャンプーを用意して、早速始めようとしたところで、クラリーチェには馴染みの声が掛かった。
「もし。取り込み中でございましたでしょうか?」
「あら、これは雪之丞さん、こんにちは。遊びに来てくれたんですか?」
「ええ、暇を持てあましたのでクラリーチェと猫たちと戯れようかと思いまして……しかし何やら大変そうなご様子ですね」
「はい、すみません。見ての通り猫たちが汚れていまして。綺麗にするので、すこし時間がかかるかも」
クラリーチェの返事に『閻桜』鬼桜 雪之丞(p3p002312)はクラリーチェと猫たちを見比べて、一つ頷く。
「では、お手伝いしましょうか。なに、クラリーチェと二人でやれば、あっという間ですよ」
「まあ、いいんですか? 猫の手も借りたい……ではないですが。それではお言葉に甘えてしまいましょうか」
手伝いの申し出は有り難い。クラリーチェは雪之丞にお願いすると、二人で猫たちの泥落としを始める。
「汚れているのは……いつも元気なアオイ、グレイプニール、シュスの三匹に、おもち、チュール、夜食の三匹。それにぴざねこですか」
「ティタンジェも少し汚れているので、一緒に洗ってしまいましょうか。いっぺんには洗えないので一匹ずつ洗っていきましょう」
二人は早速猫たちを抱き上げた。
「まずは毛玉なんかを落とすのでブラッシングを掛けましょう。泥がついていなければこれだけでも良かったんですけどね」
「ふむ、なるほど。ではアオイから行っていきましょうか。ブラッシングは気持ちの良いものでございますよ」
サッとブラッシングをすると、抜け毛や毛玉とともにホコリなどの汚れも落ちていく。
「うーん、アオイは落ち着きがありませんね。それにグレイプニールとシュスも、何をしているのか気になってちょっかいを出してきます」
「遊んで貰っているのと勘違いしてるのかもしれませんね。おもちやチュールも周囲で寝転んで実に気儘なものです」
にゃーにゃーと鳴きながら二人の周りで猫たちが走り回る。
数が多いので一匹ずつ、流れ作業のようにブラッシングをして、簡単に汚れを払うと、いよいよ洗い作業へと映っていく。
「おや、なにやら警戒してるようでございますね」
「ふふふ、ここに来て溜めたぬるま湯に気づいたのですかね? でも、待ってはあげませんよ」
そう言ってクラリーチェがおもちを抱え上げ、ぬるま湯が張られた桶へと入れる。雪之丞も倣ってアオイを入れた。
猫は水に慣れていないと興奮したりする。アオイはまさにその様子で、水に入れた途端勢いよく外へ飛び出そうとジャンプした。
「そうは行きませんよ。観念してくださいませ」
そこはイレギュラーズの反射神経だ。桶から逃げだそうとするアオイを捕まえた雪之丞が、再度桶の中へと戻す。
「ぬるま湯なのでそうびっくりするものではないでございましょう。ほら汚れを落としますよ。我慢して下さい」
「顔に水を掛けられるのは苦手でしょうから、後ろの方から首元くらいまでにしてあげてくださいね。後ろ足から汚れを落としていきましょう」
泥を落とすようにぬるま湯を掛けながらゆるゆると洗っていく。
「アオイはおもちを見習ってくださいませ。大人しくしてればすぐ終わりましょう。さっきからペチペチと猫パンチやキックをしてきて拙の手にひっかき傷が出来てしまいますよ」
「やんちゃでごめんなさい。代わりましょうか?」
「いえいえ、たまにはこうして生傷をもらいながらじゃれ合うのも楽しいものでございます。ふふふ、まだまだ水攻めは続くので覚悟してもらいましょうか」
まさに水嫌いの猫にとっては地獄の責め苦かもしれないが、上位個体である人間様はそんな猫の必死の抵抗を嘲笑うかのように更なる責め苦を与えていくのだ!
「では汚れが落とせたところで、シャンプーしましょうか。ここでも顔は良くないので、身体と首元あたりまでで。皮膚を傷つけないようにゴシゴシしてあげましょう」
「ぴざねこは長毛種だけあって、泡立ちがすごいですね。しっかり根元まで洗ってあげましょう」
「泡の感覚が気持ちいいのかしら? なんだか気持ちよさそうに見えますね」
「いえ、これは諦めの境地に至ったのかも知れませんね。為すがまま、運命を受け入れる体勢でしょう」
「グレイプニール、シュス諦めてはダメですよ。最後まで抵抗することで運命は切り開かれるのです」
「そうです。拙らイレギュラーズ。最後まで可能性を模索するものでございましょう」
猫たちはイレギュラーズではないが……いや、この猫たちがイレギュラーズになるそんな可能性もあるのかもしれない。
とはいえ、今はただの猫。人の手によって行われる可愛がり(洗流し)をただ黙して受け入れるのみか。
「うわっアオイ、暴れすぎでございます! シャンプーが目に! 目に!」
「あらら、反抗的な子はこうですよっ」
ゴシゴシとシャンプーをあわ立てられたアオイが『ニ”ャァァ』と一鳴きした。
そうしてシャンプーを終えたら、後はぬるま湯でしっかりと洗剤を落としていく作業だ。
「ねこねこシャワーでございますね。しっかり洗い流していきましょう」
「ほら逃げちゃだめですよ。全部綺麗に流しましょうね」
泡が流され落ちていく。
けれど同時に、弾んだ空気に導かれ、シャボン玉が空へと昇った。
洗剤を洗い流された猫が、一匹ずつ桶から抜け出て身体を身震いさせる。水しぶきが顔に飛んで思わず二人は笑い合った。
「最後はしっかり乾燥させましょう。生乾きのままでは風邪を引いてしまいますからね」
「ではタオルでしっかり水を拭き取りましょうか。もふもふにしてあげましょう」
タオルを被せれば、猫たちは抜け出そうと走り出す。それを追いかけて抱き留めるとワシャワシャと拭いて回る。
「そんな顔してもダメでございますよ。水に濡れたままではまた汚れてしまいますからね」
「ふふ、夜食は為すがままですね。そんなにお腹を見せて、ワシャワシャされるのが気持ちいいのでしょうか?」
タオルで水気をよく取ったら最後はドライヤーで乾燥だ。
「地獄の業火……と言いたいですが、ホットでは毛を痛めるので緩い送風でございます。しっかり乾かしていきましょう」
「猫の毛は上毛と下毛の二重構造ですから、表面だけでなくしっかり根元から乾かしていきましょう。ぴざねこは特に長毛種なので、念入りに乾かしましょうね」
風を受ける猫たちが目を細め、ヒゲを揺らす。
くすぐったさに顔を振るい、尻尾を右へ左へと揺り動かした。
「どんどん乾いてきてモフモフになってきましたね」
「これは、気持ちの良いものでございます。悦やかな毛並みになりましたね」
猫たちの手触りを感じながら二人はニコリと微笑んだ。猫たちも、自分達の身体が綺麗になったのを理解したのだろうか、心なしかご機嫌のように思えた。
「雪之丞さん、お手伝いありがとうございました」
猫たちを洗い終えた後、クラリーチェが雪之丞に礼を言った。
「いえいえ、猫たちとも戯れられて楽しいお手伝いでございました」
「そう言ってもらえると助かりますね。
どうでしょう、まだ時間あるなら温かいものでも飲みませんか?」
「それはぜひに。丁度喉が渇いていたところです」
陽だまりで猫たちが飛びはね追いかけ寝転んでいた。
そんな猫たちを撫でながら、二人は温かいお茶を喉へと通す。
「ここは良い場所ですね。
戦いに身を置く拙らにとって、癒やしを得られる掛け替えのない場所でございます」
「そうですね。
願わくばこの場所が――いつまでもこの
路地裏に降り注ぐ陽だまりが、二人と二人を囲む猫たちを、いつまでも照らしているのだった。