PandoraPartyProject

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忘却の弊害

登場人物一覧

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。


 膝を抱えて座り込み、顔を伏せて、もう何時間経ったろうか。今日はもう、何時間過ぎてくれただろうか。
 あの日から、××××××(その言葉を考えたくもない)したあの日から、家に帰ってくるとひとり、こうして膝を抱えて部屋の隅で、只々朝がくるのを待つようになった。
 朝になれば、顔を上げて、制服に着替えて、元気に見せかけるために大きな声で挨拶をして、1日を過ごす。何もない、元気な風を装い続ける自分に吐き気をもよおしつつも、それを顔に出すことすら叶わず、罪を誰かに打ち明けることもできず、笑顔の裏で、自分のどうしようもなさを蔑むだけの昼日中。
 そうして、家に帰ってくれば、自問自答の時間が続く。どうすればよかったのか。あのときああすればよかったのだろうか。自分には何ができるのだろうか。何もできない。どうしようもない。所詮は、所詮は―――。
 大きく、ため息をつく。答えが出ないことがわかりきっている自問自答。どこにもたどり着かない度に、自分を苛む、自分が嫌になる。諦めたく、なる。
 そうやって、何日が過ぎただろう。何日が、何日も。そうやっていると、どうであれ、思考はどこかに行き着くものだ。その正否がどうとなるものではないが、なにか結論に至りはする。
 イルミナは命令に従わなければならない。目を背けたくなるようなアイデンティティであり、自分を悩ませる最大の要因とも言えるそれ。
 ならば、ならばだ。
「……だったら、×××××っちゃんの事を忘れるように、と。そう、自分に命令してしまえば、いいッスよね」
 そうだ、自分に命令をしてしまおう。どうせ嘘をつき続けるしかないのだ。自分の罪を打ち明けることも、原因を探すことも、償うことも、何も許されない。命令をされているので許されない。
「記憶にないんじゃ、犯人を追うなんて不可能ッス。なら、仕方がないじゃないッスか」
だからこうやって、解決しない悩みに沈んでいくしかない。だったら、その悩みを忘れてしまえばいい。薄情だと、思われるだろうか。ひどいひとだと、思われるだろうか。構うものか。どのみちどうにも、なりはしないのだから。
 さあ、忘れてしまおう。何もかも、悩みのもとになる全て、覚えているなと誰かが命令するのなら、覚えているなと自分に命令してしまおう。
「自分を、変えなきゃ」
 それは、なんとも魔法の言葉のように思えた。嫌な自分からの脱却。辛く苦しい生き方からの脱却。全て捨て去ってしまうのだ。新しい自分を生み出せばいい。
「命令ッス。×××××っちゃんの事を―――」


「おはよーッス!!」
 翌日、イルミナはいつもの時間、いつもの教室に入るなり、大きな声で挨拶をしていた。
 それを見た友人が近寄ってきて、声をかけてくれる。
「おはようイルミナ。なんだか、今日は元気ね」
「え、そうッスか? いつも通りッスよ」
「そう? ならいいんだけど。最近、塞ぎ込んでいるように見えたから」
「え……?」
 どきりと、した。
 日中、自分はいつもどおりだったはずだ。いつもどおりであったはずなのだ。それがどうして、塞ぎ込んでいるようになんて見えたのだろう。何もなかったはずなのに。何もないはずなのに。ナニモナカッタンダ。そうだ、ナニモナカッタンダ。
「×××××ちゃんと、仲良かったもんね。私達も悲しいけど、イルミナはもっと、気にしているみたいだったから」
 ナンノコトダロウ。×××××チャンッテダレノコトダロウ。ダレノコトダロウ。ダレノコトダロウ。シラナイ。シラナインダ。
 それでも、話を合わせなければいけない。自分がナニカを忘れているジジツを知られてはいけない。
「あー、その……無理にでも、吹っ切らなきゃいけないかな、って。それで」
「そっか、そうだよね。仕方ないもんね……」
 シカタナイッテナンダロウ。シカタナイッテドウイウコトダロウ。
「うん、そうよね。どこかで、吹っ切らないといけないもんね。イルミナも、お昼から出るんでしょう?」
「出るって、何にッスか?」
「何って、もう。×××××ちゃんのお葬式よ。一昨日、警察のひとが見つけて、それで……」
 視界がぐるりと回った気がした。×××××ッテイウヒトの、遺体が見つかったらしい。それはとても、いけないことのような気がする。気がした。
「ああ、うん、お葬式。そうだった、ッスね……」
「あ、ごめんね。イルミナがせっかく元気を出そうってしてるのに、水を差して。私も、うん、元気出すから」
 視界が揺れる。足元がおぼつかない。×××××の遺体が見つかった。ミツケラレタ。見つかった。イケナイ。ミツカッテハイケナイノニ。
「でも、ううん、イルミナも忘れてない。忘れてるわけ、ないよね」
「え……?」
「だって、リボン、それ学校指定のじゃない。黒いもの。ちゃんと、お葬式に合わせてきたんでしょう?」
 ぐるりと、まわる。世界が、揺らいだ気がした。


 昼前に学校を早退して、お葬式に足を運んで、周りに合わせてそれらしく手を合わせて、焼かれて骨になったそれを見て、涙を溢れさせる友人の方を抱き、胸を貸した。
 遺族のひとと一言、二言、言葉をかわして、会場を出る。目を赤くした友人を駅まで送っていって、そのまま帰路についた。
「ただいまー」
 もちろん、誰も答えてはくれない。鍵を締めて、適当に靴を脱ぎ散らかして、制服のまま、ベッドに倒れ込んだ。
「ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 枕に顔を埋めて、声をもれないようにして、叫ぶ。悲しいから、辛いから、苦しいから、自分が嫌になるから、友達が恋しいから、会いたいから、会いたいから、叫ぶ。悲鳴を、あげる。
 忘れているはずがなかった。忘れていられるはずがなかった。自分で自分に命令を出せたら苦労はしない。だったら最初から、誰の命令も聞くなと自分に命令している。だから自分に命令などできない。命令されていると自分をごまかして、×××××など知らないと自分に言い聞かせて。何もかもなかったふりをして。精一杯それをして、なのに、それ以上に、友達のことを忘れられるはずがない。
 どれだけ罪の意識を抱えても、どれだけ自分の行いに恐怖しても、どれだけこの先が嫌になったとしても、それを忘れてしまえるほど、捨て去ってしまえるほど非情になどなれやしない。なれるのなら、最初からずっとずっとずっとずっと暗く深く奥底まで自問自答を繰り返したりなんかしていない。
「ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 それでも忘れてしまいたくあるのだ。忘れてしまったほうがいいと考えたのだ。だけどどうしようもない。友達を、そんなものを居なかったと自分に言い聞かせることすら、イルミナはできないのだ。
「ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 いまだってただ叫びたいのに、叫んでいたいのに、周りに聞こえぬよう、隠れている。隠れ潜むことを優先している。可能な限り見つかるなという命令を、優先してしまっている。
「あ……あ……」
 ごろりと寝返りを打って、天井を見る。
「もう、いやだ……」
 本当に、どうしようもない。どうしようもないものだと、イルミナは自身を卑下する。忘れることはできず、友人を大切にすることもできず、自分の罪を打ち明けることもできない。
 そうだ、本当は、言ってしまいたかった。棺の中の顔を見たとき、娘の葬式に出てくれたことを感謝されたとき、泣きじゃくる友人に寄り添っていたとき。
 殺したのは自分だと、イルミナ・ガードルーンが殺害者だと、告白できればどんなによかったか。将来にわたり後ろ指をさされようと、今の生活のすべてを失うことになろうとも、仲の良い友達を殺してのうのうと学生なんかやっているよりはよっぽどマシな人生じゃないか。罪の意識があるのなら、罰を受けてしかるべきじゃないか。
「私が……畜生、畜生」
 言えない。私が殺人犯だと、私が×××××を殺したのだと、言えない。誰かが聞いているかもしれないから、そこから発覚するかもしれないから、ひとりで、自室で、寝室で、ここであっても、言えない。言うことができない。
「やだ、やだ、たすけて、だれか、たすけて……」
 誰が、どうやって、どうして手を差し伸べてくれようか。友人を殺害し、逃げ回ることはおろか、何食わぬ顔で学校生活を続けているひとでなしのことなど、誰が助けてくれようか。
 ならばせめて。
「だれか、だれか、イルミナを、見つけて……」
 そうだ。せめて誰かに見つけてほしい。見つけてくれるかもしれない。暗い暗い後ろ向きの思考かも知れないが、希望はあった。希望はあったのだ。
 命令に従って、表情筋も声のトーンもいつも通りだったのに、友人は自分の変化に気づいていた。
 想定よりもずっと早く、警察は×××××の遺体を発見した。
 もしかしたら、近い将来、誰かが、自分を見つけてくれるかもしれない。イルミナ・ガードルーンという殺人者を、見つけてくれるかもしれない。
 そこにひとつ、暗い希望を見出していてた。
 だって、極力見つかるな、とイルミナは命令されている。見つかった後のことは何も命令されていない。だから、見つかったら、犯人だと特定されたら、イカれた殺人鬼だと認識されたら、イルミナはもう隠れなくていい。罪をさらけ出していい。その時はきっと、逃げたりはしない。きっと、大きく避難されるだろう。誰からも同情されないだろう。情状酌量の余地など見出されやしないだろう。でもそのときはようやく、罪を隠すという罪からは、抜け出すことができるのだ。


 暗い希望。だけど、抜け出せるかもしれないという期待。そこに縋っていられると考えたら、僅かに心が楽になった。本当に、僅かなものでしかなかったが。
 カーテンから差し込む光が眩しい。どうやらまた、一睡もできないまま朝を迎えてしまったらしい。問題はない。どうせ、どうせ。
 自虐的な笑みを浮かべる。だがそれも、希望と言えるかもしれない。そうだ、もし、捕まって、自分が人間ではないとわかったら、本当の犯人に誰かが辿り着いてくれるかもしれない。もしかしたら、もしかしたらだ。誰かが真相を、解き明かしてくれるかもしれない。
 息の詰まりそうな期待を抱いて、体を起こし、学校への支度を整えようとした時。
 チャイムがなった。
 一瞬、びくついて、肩をすくませる。
 間があって、もう一度、チャイムがなった。
 誰だろう、こんな早い時間から荷物が届くわけもない。だとすると、なにか緊急の用事だろうか。
 もしかしたら。
 もしかしたら、もう警察は自分にたどり着いたのだろうか。現場の痕跡から、イルミナが殺害犯だと特定できたのだろうか。そうかもしれない。そうなのかもしれない。だったらこの、空元気も、日常をおくっているふりも、もうしなくていいのかもしれない。
 淡く、かすかな、まさかありえない、期待などするなと自分を胸中で諌めつつも、玄関に向かう。
「はーい、どなた様ッスかー?」
 サンダルに足をひっかけて、鍵を開けて、不用心にも扉を開いた、そこで。
「イルミナ・ガードルーン。『命令だ』」

  • 忘却の弊害完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS/IF
  • 納品日2023年04月04日
  • ・イルミナ・ガードルーン(p3p001475

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