PandoraPartyProject

SS詳細

春の日はゆるゆると

登場人物一覧

月夜泉・天黒(p3p004964)
月黄泉狐
トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて

 昼、マンションの窓でカーテンが揺れる。開いた窓の傍で、ひらひらと近所の学校に植えられた桜の花が舞っているのを見て、月夜泉・天黒は微笑んだ。時計は十一時を少し回った所。心地の良い春の日だ。
 四月一日は休日で、天黒には極めて都合が良かった。別に嘘をつくつもりはなかったが、ちょっとした悪戯を沢山するにはちょうどいい。ベッドの上でトキノエに膝枕をさせてもらっていた天黒は、何でもないという調子でトキノエにスマートフォンの画面を見せた。
「なあ、トキノエ殿。春というのに、京都では雪が降ったようだ」
 スマートフォンに映し出された写真は、連なる赤い鳥居に雪が降り積もっている様子であった。静かな白の中に延々と続く赤は、聖なるものだというのに妖しく、蠱惑的であった。
「お前が出て来そうだな」
 なんてことないという調子でトキノエはいい、スマートフォンを持つ天黒の手を上から握る。
「何だ、そなた。驚かんのか。つまらぬ」
 ふくれっ面になる天黒に、トキノエは背中で笑いながら答える。シャツ越しの引き締まった恋人の堅い体は、小刻みに揺れている。天黒は思わず起き上がり、身をぴたりと寄せた。温かさが布越しに伝わり、心がフワフワとした。目を細めたい気持ちになる。雨降るオリエンタルな森めいた香りは、去年の聖夜に天黒がトキノエに贈った香水のもの。トキノエの体温で花開き切った香水の香りは、凛々しくも官能的で、離れるのが惜しい。
「一月に初詣に行った時の写真じゃねえか、そんなすぐのことは忘れたくても忘れられないっての――全く。昼飯、食いに行くか? いつも家事ばっかりやってて疲れるだろ」
「そなたは気付いておったか――」
「四月馬鹿だというくらいわかってるっての、何されるかと楽しみにしていたが」
 そうしてトキノエは天黒の指先に、それから彼の額、鼻先と順繰りにキスを浴びせる。息がかかる。低い囁き声が天黒の耳をくすぐる。
「これでも俺は真面目な男だぞ。真面目な男を騙すなんて、悪い奴だ、お前は」
 だからもう嘘などつけぬように、封印だ――そう言いたげにトキノエが近づく。天黒はトキノエがじっくりと口づけるのを、喜んで受け入れた。
 こんな封印ならば、大歓迎――声は出さず唇を震わせながら、恋人の背に手を回す。
 しばらく互いの体温を交換し、さて、と何事もなかったようにトキノエが立ち上がった。
「ラーメンとうどん、どっちにするか……」
 立ち上がらせてほしいと手を伸ばす天黒の腕をつかみ、側に引き寄せるトキノエ。
「我はうどんの気分だが。そなたは?」
「あー、ラーメンも良かったが……休日だし、胃を休めにゃな」
「な。我は昔、添い寝リフレで働いていたであろう?」
「ああ、今はやめて可愛い主夫さんになっているが、なあ」
「そなたの為だ、どこまでも可愛くなろう……じゃない。二駅先の所に、我の好きなうどんのチェーン店があるのを知っているか? 昔あの辺りで働いていた時に、よく食べていて……」
「いや、初耳だ」
「そこに連れて行っておくれ、トキノエ殿。久しぶりに食べたくなった」
「はいよ。昼ビールは抜きか……車を出すぞ」
 肩をすくめるトキノエであったが、その様子はどこか楽しそうであった。

「沢山買って来ちまった……」
 苦笑いするトキノエに、天黒は、
「だって安かった故、な?」
 としれっと告げる。
 夕暮れのマンションの一室はオレンジ色の光で満たされている。うどんを食べた二人は、そのままドライブだと海辺を走り、海沿いの公園で二人仲睦まじくぼんやりと温かな午後を過ごしていたのであった。
 公園では、買ってきた桜餅を食べ、ペットボトルの緑茶で乾杯をした。ベンチの後ろにある桜は沢山の花弁を降らせ、それが二人を祝福しているかのようであり――そんなことをさらりと言ってのけたトキノエに、天黒は
「全く、口がうまい奴よ」
 と額をこつんとぶつけたのであった。
 そして普段は行かぬスーパーマーケットに寄った結果がこのビニール袋の山であった。
「まさかエイプリルフールセール、って奴があるたぁ……」
「幸運であったな」
「確かに。とはいえ、買いすぎた食材を突っ込まれる冷蔵庫には、不運を感じるぜ」
 どんどん袋から出てくる食材を見ながら、天黒は主夫の顔で明日からの献立を考える。見切り品のラム肉のパックを見て、天黒は思いつく。
「今日はラム肉を焼かぬか?」
「いいねえ、羊。何風だ?」
「クミンたっぷりで、中華風に」
「ビールが進むって奴だ。日本酒でもいいな?」
「ワインを買っているぞ」
「洒落てるな……そういや、お前の料理は大好きだが、羊を食うのは初めてか」
 にかっと笑うトキノエ。
「うまくできたら、キスしておくれ、トキノエ殿」
 ねだる天黒に、先払いな、とトキノエは優しく口づけるのであった。

 ラム肉とクミン、そしてタマネギの焼ける甘い香りが広がる。長く黒い髪を縛った天黒は、三角巾をまき、お気に入りのレースのエプロンをつけていた。その後ろからひょいとフォークが伸びる。
「気が早いぞ、トキノエ殿。そういう所も好きだが……な?」
 ラム一切れをくすねようとしたトキノエの片手には白ワインのグラス。
「ま、もう完成したが。ちょっと大皿に盛る故、待っておくれ」
 しばらく後、湯気を立てた大きな皿が、テーブルの真ん中に置かれた。その傍には炊き立ての白米、春雨と卵とセロリのスープ、デザートの苺のタルト(これは天黒のねだったものであった)が並べられている。頂きますと恋人同士は同時に告げ、もぐもぐと食べ始めた。
「ほれ、天黒。あーんだ」
 悪戯っぽい表情でトキノエはラム肉を天黒の前でひらひらさせる。
「そんな悪戯をして、この間のように食べようとした所で我の前からひらりと肉を遠ざける……違うか?」
 違う違う、とトキノエはいう。
「四月馬鹿は午前中のみだからなあ。それに、俺が真面目な男だと知っているだろ?」
 ひらりひらりと動くラム肉。脂が滴り、いかにも美味そのものの具現化であった。
「……意地悪な奴よ」
 そういい、天黒は肉を口にしようとする。はたして肉は逃げることなく、彼の口の中に入った。
 肉を味わう天黒をトキノエは幸せそうに見る。うっかりこの時間が泡になって消えてしまうのではないか、と言いたげな色が、瞳に浮かぶ。
「大丈夫、我はどこにも行かぬ」
 天黒は立ち上がり、トキノエの椅子の傍へと行く。後ろから抱き着き、頭を寄せる。何度も繰り返しやった仕草を、今日もおまじないのように。
「我とそなたはずっと一緒だ。違わぬか?」
「時折、全部嘘なんじゃないかと思っちまうぜ」
「嘘も積み重ね続ければ、本当になるぞ」
「そうだな。その言い回しは初耳だが、そんな気もして来た」
 お前がいうことであるし、とくつくつ笑うトキノエの表情は見えないが、きっと幸せそのものなのだろう。天黒は自慢げに笑みを浮かべる。
「まあ、昼の嘘は、拙かったが……」
「まだ正午前だったから許されるぞ」
「気付いてないんだなあ、お前は。家の時計一時間遅れてたぞ」
 トキノエに後ろから甘えていた天黒であったが、真っ赤になる。
「そ、そんな、いや、我は、電池を交換して……」
 トキノエは振り向く。
「全く、迂闊な恋人だぜ」
 お礼のキスは、歯を磨いてからな、と笑うトキノエの声は、どこまでも天黒には心地が良かった。

  • 春の日はゆるゆると完了
  • NM名蔭沢 菫
  • 種別SS/IF
  • 納品日2023年03月31日
  • ・月夜泉・天黒(p3p004964
    ・トキノエ(p3p009181

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