SS詳細
Deus nos iunxit
登場人物一覧
●Deus nos iunxit(神様が私たちを結びつけてくれた)
胸に。胸の奥に『何か』が突っかかっている感覚は――いつからあったのだろうか。
ハリエットはベッドで毛布に包まりながら思考の海の中にあった。
最近、一人になると考える事があるのだ。そう――
(――『あの時』だ。あの時、助けて貰ったから今の自分があるんだ)
あの時とは初めてギルオスと出会った日の事を……思い返してしまう。
路地裏での出会い。最初は、私みたいなのに声を掛けるなんて物好きなと思っていたけれど。
――他人を信頼できない、煩わしいからと遠ざけるのは。
――『煩わしくなければ、心地よいのなら信頼したい』という逆の想いを同時に抱いている者が大半だよ。
――君は、どっちかな?
……出会った時に貰った言葉が、歩くきっかけを作ってくれた。
世界を見渡す心の余裕をくれたんだ。
ずっとずっとその日しか見てなかった。ずっとずっと目の前しか見れていなかった。
なのに。あの日食べたサンドイッチの味から――
世界が広がってみえたの。
「んっ……」
寝返りを打つ。瞼を閉じても、思い浮かぶあの人の顔。
……言葉をかけてくれた人はいつも忙しそうで。ローレットの作業室で動いていて。
でも時間を作って私の勉強を見てくれて。文字も一杯教えてくれて。
人がいいにもほどがある。と思っていた。
どうしてそこまでしてくれるんだろう。
……情報屋を目指そう、と思ったのはその辺りからだった気がする。
恩を返そう、と初めは思った。『一人でも生きている』事を証明するのがきっと良いと。そうしたらあの人に――苦労を掛けさせないで済むから。でも、そうしてもあの人はきっと変わらない。忙しさの中で埋もれてそのままいつも通りの笑顔なんだろう。
だから、その重さを少しでも背負えればと思って。
その背姿に追いつければとおもって――情報屋の道を志し始めた。
……そこからは、忙しない日々が続いたなぁ。
でも。だからこそ発見もあった。
一緒に過ごすうちに。いつも穏やかで優しい人だけれども。
時々どこか寂しそうな……
人を一定以上近寄らせないような所があるんだって。
……ソレを肌に感じたのは、あの酒場に訪れた日。
ギルオスさんが酔いに呑まれた日――そしてこの手で運んだ日――
手袋の下の、余人に話してない過去を席で聞いて、それから、えっと。
……一緒に同じ部屋で朝を迎えた際に、きめたこと。
(この手の傷をこれ以上増やさせはしない。うん、絶対に)
――傍に居ることで、それを証明したい。
眠りにつくあの人の手を恐る恐る握りしめながら、きめたこと。
あぁ。思えば、サンドイッチをくれてローレットに案内してくれただけ。
出会いはたったそれだけの事なのに、どうして。
あの人の事が気になるのか。
いつも傍にいたいと思うのか。
その心が穏やかであるようにと常に願うのか。
(私は――)
何故ギルオスさんの事をこんなに想うのか。
そうだ。そこからだ、胸の奥に何かを感じたのは。
分からなくて、たくさん本を読んだ。図書館にいって、本を毎日読んで……
そうしたら思慕であるとか、執着であるとか、刷り込み(インプリンティング)であるとか。恋であるとか。愛であるとか――色んな人が、色んな事を書いていたんだ。難しい言葉が沢山並んでて、でも。
でも結局、どれもピンとこなかった。
ホントなのかな。こういう事があるのかなって、どうしても思ってしまうんだ。
もしかしたら全部ただの勘違いかもしれない――
けれど、けれども。
「もしもこの気持ちが」
恋の類であるならば。
本に書いてあったような気持ちが、この胸に宿っているのなら。
あぁもしも本当にそうであるのなら……
「恋をするなら、ギルオスさんがいい。ギルオスさんじゃないと、やだ」
ハリエットはそう――言の葉を零すのだ。
心の底から吐露した想い。
……きっとその日。彼女の中に、新芽の様に芽生えた感情が一つあったのだ。
或いは芽生えていた存在に気付いた日、かもしれない。
どちらだっていい。だって……
この気持ちに偽りはない。
胸の奥が確かに暖かくなった、彼女の中の――真実なのだ。
……眠ろう。目の奥が段々と熱を帯びてきた。
微睡む意識の中で、彼女は充足の中にある。
明日もあの人に会えるかな、なんて思えば、ほら。
また、胸の奥が温かくなってきたから……
おまけSS『どこにいたでしょうか』
――やがて眼が覚める。ハリエットの顔に、陽光が降り注いでいるのだ。
窓から零れ入ってきたモノだろうか。『んん……』と、眠たげな声も漏れれ、ば。
「やぁ、起きたかい?」
よく『知っている声』が聞こえてきた。
――えっ。アレ?
ぼんやりとした思考の中で周囲を見渡してみれば――
「よく眠ってたね。ああでもまだ約束の時間には早いから寝ててもいいよ」
「あ、あれ、れ? ここって……ローレット?」
「そうだよ。昨日も一緒に作業してたじゃないか。もしかして覚えてない?」
あの人がいる。目の前に。
――待て。てっきり自分の家に帰って寝ていたと思っていたが、ここはローレットだったのか? ちょ、っと。待て。待って? 眠る前に考えていた事、口に出していただろうか? えっ。えっ――?
「あ、あの。ギルオスさん?」
「んっ?」
「い、いや、その……な、なんでもないよ」
多分、きっと、恐らく、思考の中だけで完結していた筈。
そう信じて、信じ込んでハリエットは毛布の中へと再度潜る――
まずい。心の臓の鼓動が早い。眠気? そんなものはどこかに吹き飛んでいた。
あぁ――胸の奥がまた温かくなってきた。
張り裂けそうな、程だけど!