PandoraPartyProject

SS詳細

Smoke Switch

登場人物一覧

チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者


 ふう、と溜息が自然と溢れた。
 無事に依頼を終え、ローレットで報告して報酬を貰う。他に受けたい依頼や緊急で頼まれなければ、帰路へとついたり他の用事を済ませに行く。それが毎度同じみのルーティン。ローレットで仕事を受けたことがあるイレギュラーズならば、覚えのある行動だろう。
 だというのに、綾辻・愛奈(p3p010320) の口からは『自然と』溜息が溢れたのだ。
 イレギュラーズたちで溢れたローレットにいる時はまだ良い。しかし扉を手に掛け出ていこうとした時――幻想王国の街行く人々の姿日常が視界に入った時、何故だか愛奈の口から溜息が溢れる。それに気付いたのはつい最近だが、もっと以前からそうだったのかもしれない。
 何故、と思い悩む過程はとうに通り過ぎていた。――解っている。気持ちのオンオフの問題だ。イレギュラーズとして仕事をする愛奈と、愛奈というひとりの人としての営みをする愛奈。両者の切り替えが上手く出来ていないのだ。
(けれどどうすれば仕事上のオンオフをハッキリ出来るのか……)
 目の前に広がるのは、幻想王国の首都の景色。幸せそうに笑いながら歩く母子は今日の夕飯の事を話しているのだろうか。こどもがやったー! と両手を上げ、すれ違おうとしていた老紳士に手をぶつけてしまう。すぐさま謝る母親と、一気に気持ちを萎ませて母親に隠れながらも謝るこども。老紳士は柔和に瞳を細め「いいね、おじさんの好物だ」と、嬉しくなる気持ちも解るから気にしていないよと去っていく。平和だ。平和な、光景。……そこと見えない線を挟んで、愛奈は取り残されている気がした。
 ――カチッカチッ、シュボッ。……ジジ。
(あ……)
 傍らで音がして、愛奈は思い出す。今日はひとりではなかったことを。
 視線を横に向けると、左目に眼帯を装着した蜂蜜色の髪が目を引く麗人。
(そうでした、今日は偶然チェレンチィさんと依頼が一緒で……)
 ふたりとも、幻想内のとある森にある館を根城としている『航空猟兵』という飛行戦闘を専門にしている傭兵集団している身だ。依頼を終えた後、そこへ帰るのは同じ。何度か依頼が一緒になることもあり、特に予定が無ければ自然と一緒に帰る流れとなったのだ。
 煙草に火を着けたチェレンチィが2本の指の間に挟んだ其れを咥え、暫し後にふううと長く息を吐く。彼の形の良い唇から細く白い煙が吐き出され、辺りへとふわりと霧散した。
(そういえばチェレンチィさんは、喫煙者でしたね)
 館の中の談話室で喫んでいるのを見たことがある。
 けれどそういえば、と思い当たる。
 チェレンチィが仕事終わりに喫っているのを見るのは初めてかもしれない。
「あ。ごめんなさい、愛奈さんは非喫煙者でしたね」
 愛奈の視線に気付いたのだろう。チェレンチィは喫ったばかりの煙草を携帯灰皿へと押し付けた。その言葉で、愛奈は彼が依頼後にふたりで帰る時は非喫煙者の自分のために喫わないでいてくれたことを知った。
「あ、あの。こちらこそ、その、すみません。煙が嫌だとかそう言った意味で見ていたのではなくて……」
 吸う佇まいが何だかとても素敵に見えたから、それでついジッと見続けてしまった。
 ……なんてことは言えまい。
「チェレンチィさんは……煙草、よく喫われるのですか?」
「そうですね、仕事終わりや気分を変えたい時には」
「気分を……変えられるのですか?」
「ひとによるかとは思いますが」
 けれどチェレンチィにとっては”そう”なのだ。
 自身の気持ちの切り替えをしていきたい愛奈は暫し逡巡する。何故なら愛奈は、これまで一度だって喫ったことがないからだ。煙草は苦い匂いのするものだ。古書堂を営んでいた愛奈からすると遠ざけたいものでもある。煙草の煙に含まれるヤニは、部屋の中にあるもの全てに染み付く。本は黄ばむし、臭いがつく。喫煙者は気にならないかもしれないが、そうでない者には酷く気になる。それでは他の人の手には渡らなくなるだろう。
 しかし今の愛奈には古書堂はなく、手にする本は自身の趣味のもの。
 そして気持ちの切り替え程度なら、そこまで健康に害も及ばないだろう。
「あの。一本頂いても宜しいでしょうか?」
 だから、勇気を出して聞いてみた。
 くださいだなんて図々しかったかも? なんて思いは後からやってきた。けれどいきなり1箱買って「やっぱり喫えませんでした」と無駄にするよりはマシだろう。
 チェレンチィはすぐに言葉を返さない。その間を埋めようと愛奈は少し慌てて口を開いた。
「あ、いえ。興味があって、その……」
 何も誤魔化す必要もないのだが、自然と開いた手を振っていた。その手は萎む言葉尻ととともに組まれ、そろりとチェレンチィの反応を伺った。
(少し、意外だったけれど)
 愛奈からこういった申し出があるとは思っても居なかったため少し驚いていたチェレンチィは瞳を丸めるも、すぐに唇は弧を描かせた。自分が喫っているのを見て、興味を抱いてくれるのは素直に嬉しい。きっと愛奈には愛奈の事情があって、その内のひとつ切っ掛けにすぎないとしても、だ。愛奈が喫えるようになったのなら、きっと談話室で煙草を嗜みながら会話を楽しむ時も来るだろう。そんなひとときも思い浮かべ、言葉にも態度にも出さないがチェレンチィは嬉しく思った。
「……吸ってみます、か?」
「! は、はい」
 チェレンチィが煙草の箱を指で叩いて1本出し、箱を差し出す。
 そろりと遠慮がちに伸ばした指で愛奈はそれを抜き取り、マジマジと眺めた。
(確かこちら側を咥える……んですよね?)
 吸っている人や吸い殻は見たことがある。けれど新品の煙草に触れるは初めてだ。
「えっと」
「咥えてみて下さい。火を、貸しますね」
 言われるがままに、2本指で摘んだ煙草を口に咥える。それだけで、腔内に入ってくる空気に苦味を感じた。
 こうでしょうか? と愛奈の瞳が問うのに頷いて、チェレンチィは火を近づける。
「着けますね、少し吸って下さい」
 恐る恐る、けれども言われた通り少し吸えば、煙草の先がジジと燃えて赤が灯った。
「お上手です。後は一気に吸わず――」
「ごほっごほっ!」
「……大丈夫ですか?」
「は、はい……」
 空気を吸い込む量、難しいですよね。チェレンチィが微かに笑いながらも案じる。割りと誰もが通る道である。
「味は大丈夫そうですか?」
「……今のところ。と言っても、まだよくわかりませんが」
「では少し吸ってみて下さい。吸ったら口の中で少し煙を留め、それから一度少し吐きます」
 留めることで煙の温度が下がり喉への負担が減るし、煙の味も和らぐ。
 ふうと少し吐いたら空気を吸い、空気とともに煙を灰に入れる。
「どう、ですか?」
「苦い……ですけど、嫌いではない感じがします」
「それはよかったです」
 所作はそろそろとしているが、ゆっくりと愛奈は吸って吐いてを繰り返している。頭痛や吐き気は生じていないようだ。
「最初は低タールのものが良いと思いますよ」
 初心者がいきなり高タールではきっと噎せるだろう。気分転換くらいなら低タールでいい。
 煙と向き合っていると、気持ちも切り替えられる気がした。
「まぁ程々にして下さいね」
 依存はしないように、とチェレンチィが釘を刺す。
 はいと応え、仕事終わりに彼のように喫う自分を思い浮かべはにかむ。
 初めての煙草の味は、チェレンチィが纏う空気に似ているようだった。

  • Smoke Switch完了
  • GM名壱花
  • 種別SS
  • 納品日2023年03月25日
  • ・チェレンチィ(p3p008318
    ・綾辻・愛奈(p3p010320

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