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ラブリー祖母

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト
鹿王院 ミコトの関係者
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 その日、ナナセは祖母に呼び出され、鹿王院本家屋敷内の一室にて、ミコトのことを待っていた。
 ただ待つ、という行為は退屈ではあるが、多忙なナナセに取ってみれば、思考の休暇のようなものだ。普段は仕事に忙殺されている身であり、そのような、余所事に気を取られていて良い時間というのは、彼にとって非常に貴重なものだった。
 しかし、祖母から呼び出しというのはなんとも珍しい話である。ミコトとて、ナナセの忙しさは理解している。なにせ、ナナセの仕事の大半は先代であるミコトから引き継いだものであるのだから。
 本来ならば、ナナセに当主という座はまだ早い。にも関わらず、彼がその座に着いているのは、彼の両親に、その権利がなかったというに他ならない。
 入婿である父は言わずもがな、鹿王院特有の固有術式を習得できなかった母もまた、しきたりにより、当主を継ぐ権利はない。
 しきたり。そのような古い習慣などと、ナナセの母が当主座に着けぬことに、反対の意を真っ先に示したのは、当時の家長たるミコトであったと聞いている。それでも母が当主座に着けなかったのは、分家内でも保守派の反対はもとより、母自身が、鹿王院の規範を守ることに拘ったためであった。
 それ故に、ナナセは若くして鹿王院のトップを任されている。とうに固有術式を身に着けたとは言え、まだまだ未熟な術師であることは自覚しており、当主の仕事と、己の修練と。そのふたつをナナセは己に課し続けている。多忙の身、というのもそれ故のことであった。
 だから、たまの休みに祖母から呼び出しを受けたときは本当に驚いた。まるで、こちらのスケジュールを完全に把握しているかのようだ。いや、もしかしたら把握しているのかもしれない。ナナセの許嫁も、母も、ついでに最近預かっている少女も、皆、ナナセの休暇を把握しているかのように用向きを伝えてくる。おそらくは、誰か間者がいるのだろう。家族のことだ。それを不快とは思うまい。
 それにしても、と。ナナセは思考を切り替えた。祖母が遅い。約束の時間はとうに過ぎているはずだ。女性は支度に時間がかかる。男女の差をどうこういうつもりはナナセにはないが、そのようなものなのだと、理解はしていた。
 しかし、そのような一般論はさておいて、流石に家族のことである。祖母から呼び出しておいて、あまり待たせるような人物ではないとナナセは認識している。祖母のことだ、よもや緊急の事態ということもそうはなかろうが、心配にはなるもので。
 すわ、様子のひとつでもと腰を浮かしかけたところで、部屋の襖が開かれた。


 現れたのは、小さな少女だった。
 それだけであるなら、祖母の特徴とも合致するものの、それ以外がまるで異っている。
 金髪、西洋風の顔つき、フリルのあしらわれたワンピース。どれも、祖母が祖母の持つそれではない。ならばまるで別人だと判断し、ナナセは声をかけた。
「迷子、それか、ほしぞらのお友達でしょうか」
 口にしつつも、その可能性を排除している。目前の少女は怪妖の類ではない。それを判別するだけの瞳を、ナナセは所持している。また、術師だらけのこの屋敷に外部から迷い込むなどありえない。ならば、この少女はどうやってここに来たのだろう。
 そうは言っても、事情を問いただして回答の得られる年齢にも見受けられないが。
「お父さんか、お母さんは近くにいらっしゃいますか?」
 だから、迷子に声をかけるような対応になった。誰か家人の客ならば、そちらに引き取ってもらわねばなるまい。何より、子供が知らぬ家でひとりという状況は、放置するに憚られるものだ。
 見れば、ぷるぷると震えている。ひとりで心細いのだろう。まして、眼の前にいるのは見知らぬ大人だ。警戒心と恐怖心が増しても仕方がない。
「大丈夫ですよ。ご両親のところまで、お送りしましょ―――」
「はーーっはっは、ダメだ、耐えられん! ぷくくくく、お主、子供にもそんなかえ?」
 突然、少女が笑い出した。どうやら震えていたのは恐怖心ではなく、笑いをこらえていたらしい。それにしても、なんというか古臭い喋り方だ。小さな女の子には、似つかわしくない。
「良かった、怖がっていたわけではないようですね。では行きましょうか。この分では、祖母もまだ時間がかかることでしょう。どちらから来たかわかりますか? ご両親、すぐに見つかるといいですが」
 少女の物言いは横柄なものと受け取ることもできたが、ナナセはそうしない。十もそこそこの女の子に、腹を立てる大人もないものだと考えるからだ。
「ん……? なんじゃ、まだ気づいとらんのか? 儂じゃ、儂」
「はて。すみません、覚えていませんね。これでも、記憶力には自身があったのですが、改めねばならないようです」
「いやいやいやいや、儂じゃって。わーしー」
「ふぅむ。いいえ、だめですね。思い出せなくてすいません。しかし、いけませんよ。大人ぶりたいのはわかりますが、そのような口調では違和感が目立ちます。周囲から浮いてしまうというのも、あまり良くはありません」
「…………え、儂そんな浮いてるの?」
「はい。失礼ながら、そのままでは悪目立ちは避けられないでしょう。早急に改善したほうが良いですね」
「ぬう、しかし、変に女の子ぶってものう……」
 その時だ。もうひとり、屋敷の人物が顔を出した。
「失礼しますよ。ナナセ、先代様との話はもう終わりましたか?」
 ナナセの父であった。鹿王院の入婿として迎え入れられた父は、家の中では弱い立場にある。というのは本人の弁で、父のことを邪険に扱ったり、立場の違いから横柄な態度を取る人物など、ナナセは見たことがなかった。
 その父が、瞼を開かぬまま、少女の方を見た。
「これは……ふっふ、くくく、いや、失礼。またお可愛らしい格好ではないですか」


 少女を見て、突如笑い出した父を不思議に思っていると、迷い込んだ少女は心底嫌そうな顔を見せた。まるで、「こいつに見られるのは嫌だった」とでも言うように。
 ぽかんとしていると、父はそのまま言葉を続ける。
「よくお似合いです。今後、そういう方針でいかれるのですか?」
「うっさいわい……ぬ? いや、お主、見えとるのか?」
 ナナセの父は、両瞳の光を完全に失っている。見る、という行為とはもう何年も無縁な筈だ。
「先日、水梛さんが術式を更新しまして、より視覚情報を得られるようになりました。尤も、眼で見ている感覚とはまるで異なるものですが」
「去年言っとった、皮膚感、音感の情報蓄積と演算高速化による高度予測、じゃったか?」
「いえ、それはもう前回のものでして。今では色覚情報もほぼリアルタイムで得ていますね。術式が私用にチューンナップされているためか、再現性がないのが残念です」
「水梛はどうやってそういうの作り上げとるんじゃ? 儂、術式構成さっぱり見当もつかんのじゃが」
「残念ながら、私もです。水梛さんは、術式開発においては群を抜いていますね」
「じゃのう。その分野では、まるで勝てる気がせん」
 勝ち負けでもないでしょう、と会話を締めてから。それで、と、ナナセの父は話題を戻した。
「先代様、どうしてそのようなお姿なのですか?」
「…………え?」
 すっとんきょうな声を出したのはナナセである。そうようなことを言うのがとても珍しかったのか、ふたりの視線は自然、ナナセへと向いた。
「え、あの……お祖母様?」
 失礼かと思いつつも、ついつい金髪の少女を指さしてしまうナナセ。無理もない、西洋の人形のような背格好、顔立ちをした少女と、どちらかと言えば和製人形に近い祖母では、似ても似つかなかったのだから。
「なんじゃお主、まだ気づいとらんかったのか」
「ナナセ、眼はいいのですから、もっと本質を見抜けるように訓練なさい」
 父の言葉がまるで耳に入らぬまま、その日ナナセは珍しく、あらんかぎりの音量で驚愕の声をあげた。




「よいの、よいのう、そういう反応が欲しかったんじゃ!」
 けたけたと、両手を叩いてはしゃぐ西洋人形のような少女、もといミコト。
 ナナセの普段らしからぬ、しかし年相応とも言える反応に満足したのか。ご機嫌の様子であった。
 対するナナセは、恥を晒したとばかりに頭を抑えてバツの悪そうな顔をしている。
「しっかし鈍かったのう。仕事にかまけて、修行が足りておらんのではないか? うりうり」
「やめてください。修練とは関係がないでしょう。父上も、教えてくださればよいではないですか」
 父を恨みがましい眼で見るナナセ。その仕草は当主らしからぬ、ともすれば幼いとも取れるものであったが、それが家族への親愛の情からくるものだと、ミコトは知っていた。それだけ、気を許せる相手が少ないということでもあるが。
「それに関してはお前が悪いのです。ヒントはいくつもあったでしょう。声色、仕草、歩幅の癖、間のとり方、呼吸のタイミング」
 指折り数えては答え合わせをしていく娘婿に、ミコトはドン引いた。
「え、お主そんなのまで情報取っとるの? 怖……」
「流石に、個々人をそこまで観察するのは父上だけかと……」
「そうですか? 何しろ浅才なもので、こうでもしないと、己の無能をカバーできないのですよ」
「…………お祖母様、父上のどこが浅才なのでしょうか」
「…………わからぬ。こやつの自己評価だけは儂、さっっっっぱりわからぬ」
「…………その、お祖母様」
「む?」
「お似合いですよ。とても驚きましたが、非常に可愛らしく思います」
「ぉ、おお、おおお? わかっとるのう!」
 賞賛により機嫌を良くしたのか、孫の背中をばしばし叩くミコト。たしかに、このあたりの仕草まで見れば祖母だと気づいたかもしれない。
「それで、どうしてそのような格好を?」
「うむ、それがな……儂にもぜーんぜんわからん」
「はぁ」
「去年もこの時期、妙に身体バランスが崩れたもんじゃがの。なんぞ、星辰の作用でもあるのかの」
「ところで先代様」
 解けぬ謎を思考しても仕方がなく、そこでナナセの父が割って入った。
「む、なんじゃ?」
「その格好、水梛さんにはお見せなさらないので?」
「……あやつは、やめとかんか? なんというかこう、今日一日、放してくれん気がするんじゃ」
「そういうと思いまして」
「そういうと思いまして?」
「今しがた、通信術式で連絡をしたところです」
「お前えええええええええええええええええええええええ!!!」
 ミコトはその場で腕を振り上げ、思いっきり地面を踏みながら怒りの意を現した。せっかくの西洋人形もこれでは台無しである。
「なんじゃっ、なんでそーゆー! あー、もう、嫌いじゃ! やっぱお主、きらいじゃああああああ!!」
 そう叫ぶと、ミコトは部屋を駆け出していった。娘から逃亡を図ったのだろうが、おそらく、いつものようにあっという間に捕まるのだろう。
「やめっ、はなせええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ……!」
 遠くで、フェードアウトしていく祖母の悲鳴。なんといか、視覚術式がなくとも、その光景だけはありありと脳裏に描くことができた。合掌。
 同じように隣で合掌していた父が立ち上がる。ナナセと一言二言交わしてから、部屋を出ていった。屋敷内にいると、ふらりと顔をだすイメージがあるが、相当に忙しいはずである。今日も細かな時間を作り、休暇だという息子の顔を見に来てくれたのだろう。
 まだまだ敵わない。それが悔しくもあり、嬉しくもあり、ナナセはもう一度、この余暇で思考の波に身を委ねようとしたところで、はたと気づいた。
「そういえば、お祖母様の要件とは何だったのだろう」

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