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硝子ペンは斯く語りき
登場人物一覧
かりかり。かりかり。
白い手が僕をしっかりと握って、文字を綴ってゆく。
其の手は決して穏やかな内容ではない。
――ギルド「サヨナキドリ」構成員への通達。
――ラサを中心に流通している“紅血晶”の取り扱いを固く禁ず。
――理由は以下。まず、この宝石には生物の肉体を浸食する力があり……
かりかり。かりかり。
白い手が綴ってゆく。この人が綴ったその文字は、僕が記す文字は、真砂という人間にギルド管理人の“見解”として渡されて、真砂がギルド員に向けて発布する手筈となっている。筈だ。何せ僕はこの人に使われる硝子ペンなので、羊皮紙の行き先はちょっと判らない。
さて。
この人が書く事には、ラサを中心に紅い宝石が流行しているらしい。だけど、ただの宝石じゃなくて。人や獣を変容させてしまう恐ろしい魔石なのだという。
――本当にそんな石があるんですか?
僕は疑わしくて、思わず聞いてしまった。
「ん? あるからこうやって注意喚起してるんじゃァないか。我も実際、出会ったしねェ」
――でも、どうして人は買うんでしょう? 怖い宝石なんでしょ?
「そうだねえ。珍しいものってのは、皆欲しがるものなのさ。判るかい。例えばキミを我が買ったようにねェ」
――僕は別に、怖いものじゃないです。
「フフ、怒らないでおくれ。希少性の話だよ。血のように真っ赤な宝石、しかもとても珍しい……なんて言われたら、例え化け物になるかもしれなくても喰い付いてしまうコはいるってことさ。だから我の通達も、何処まで通用するか……やれ、チヨには苦労をかけることになるね」
チヨ。
僕は其の名前を知っている。というか、この羊皮紙に書きつける前に、この人はチヨさんに向けて個人的なお願いをしたためていたのだ。チヨさんというのは傭兵の国での“サヨナキドリ”を管理している人だ。かなりのやり手だけれど……
――確かに、既に出回ってしまったものを抑えるのは、難しいかも。
「そうだろう? 全く、吸血鬼だか何だか知らないが、何の為にあの石をばらまいてるんだか。こっそりと手出ししちゃう悪いコもいるかもしれないしねェ」
――もしそういう人がいたら、どうするんですか?
「どうしようかねェ」
僕をインク瓶にそっと入れて、組んだ手の上に顎を乗せて其の人は考える。
商人というものは、ある程度ずる賢くなければやっていけないもの。――これは、この人からの受け売りだ。法の穴を抜ける真似はしちゃ駄目だけど、少しくらい要領が良い方が何かと便利なのだという。
でも、今回のように“本当に駄目なもの”に関しては、要領の良さが仇となる。あくまでこの人に出来るのは通告までで、実際に手を出してしまえば……きっと其の商人は顧客ごと破滅する。其れをこの人は避けたいのだろう。だって、同じギルドで活動する仲間だから。言ってみれば、仲間――だから。
――ねえ、使い手様。
「ん?」
――いっそ、扱ったら追放だーくらい脅した方が良いんじゃないです?
「そうだねェ。其れくらい言った方が良いと、キミは思うかい?」
――其れくらい危険なんだなって判ってくれるなら、良いかなって。其れに……
「其れに?」
――……良い子と悪い子が、選別できるでしょ?
僕がそう言うと、使い手様はきょとん、と僅かに沈黙して……其の後、弾けるように笑いだした。
あれ? 僕、そんなに変な事言った?
「……フフ。アッハハハ! 其れはそうだ、……ま、ちょっとくらい悪いコならごめんなさいで済ませてあげたいけどねェ。成る程、成る程。“文字のプロ”がいうなら、そうしてみよう。キミの言う通りに書いてみよう」
言うと、使い手様は僕を手に取って、再びペンを羊皮紙に走らせ始める。
そうして文面には結構な脅しの文章が載り、真砂へ、チヨへ、そして傭兵の各ギルド員へと其の通告は渡る事になるのだった。