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きっとその日は、優しさと慈しみで満ちている。
登場人物一覧
シャイネンナハトの日には、伝説の聖人が子どもたちへと贈り物を届けてくれる。
『聖女と悪魔』の御伽噺とはまた別に語られるその物語は祝祭の一端として強く根付き、そして多くの人々が子どもたちの夢と希望を叶えるため、年に一度の恒例行事として東奔西走しているのである。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
そのような時節の真っ只中。アルプス・ローダー(p3p000034)が訪れたのは、探求都市国家アデプトに居を構える技術者のラボであった。
「入りたまえ。準備はできているよ」
出迎えた痩身の女性、サンディ・クラウス女史はアルプス――その交流用女性型アバターを中へと招き入れる。
ここにアルプスが訪れたのは、彼女からの依頼を受けてのことだった。曰く、女史は毎年この時節になると寄付を募り、寄付金で購入した玩具や自分のラボで作った製品を子供たちに贈っているのだという。
「一銭の得にもならないのだけどね」
「でしたらどうして?」
ぼやくように零す女史へと、アルプスは尋ねた。
「気分がいいからさ。それに、玩具の機構や構造に興味をもつ子がいれば、それがいつか技術者に育つかもしれないだろう?」
「未来への投資というわけですね」
得心がいった。アルプスは頷いてからラボの中に用意された物品の確認に移る。
「衣装もあるんですね」
「祝祭とはそういうものだからね」
アルプスは紅白に彩られた上着に袖を通す。伝説の聖人を模した衣装だ。似合いますか、と鏡の前で一回転。十分だとも、と賞賛する女史。物品の準備にも不備はない。2人は確認を済ませた、アルプスの本体である自動二輪に荷物を積載する。
「任せたよ」
「はい。大役ですが、見事果たしてみせましょう」
そうして、エンジンに火が灯った。
「せんせー。ぼくプレゼントもらえるー?」
「もちろん。みんないい子にしていましたからね」
幻想国。フィッツバルディ領にある街の中に、その孤児院は建っている。
戦乱。病疫。襲撃。庇護者を失う幼な子は、どこの世界に於いても後を絶たない。
「Ho-Ho-Ho!」
だからこそ、こうした癒しが必要なのだろうと、アルプスは理解していた。
エンジン音と共に、聖人の流儀に則って高らかに声を届けながら。彼女は孤児院の前に停まる。
「ごめんください」
「はい、いま開けますよ!」
内側から声が返って、開く。
「あら、今年の聖人さんは随分可愛らしいのね」
扉を開けた世話役の女性が彼女を迎え入れた。
「おほめに預かり光栄です」
一礼してアルプスは機上に括り付けた袋を背負い、孤児院へと入る。
「きた!?」
「プレゼント!?」
歓声。子どもたちが声をあげて殺到! 孤児院はにわかにざわめきたつ。
「聖人さん、今年のプレゼントはなあに?」
「ぼくあれがいい! DX完全変形フォボスローダー!」
「レッドジャスティス変身セット!」
「お人形さんのおうち!」
「落ち着いて。どれもありますよ」
「アルフ! オットー! 聖人さんが困っているわ。道を開けて。メアリーもこっちへ」
「はーい」
騒ぎが大きくなる前に、世話役の女性が子どもたちを制する。次いで手際よく子どもたちに声をかけ落ち着かせると、アルプスを奥の部屋へと通した。
「失礼いたしました。それでは、よろしくお願いします」
「はい。では、プレゼントを分けますよ。名前を呼ばれたら取りに来てくださいね」
腰を落ち着けたアルプスは、袋の中からプレゼントの品物を取り出してゆく。
「オットーさん」
「はーい! ねぇ、開けてもいい?」
「いいですよ。どうぞ」
最初にプレゼントを受け取ったのは、5歳のオットー君。目を輝かせながら包み紙を破く。
「光る! 動く! 音が鳴る! DX完全変形ナンイドナイトメアだーっ!」
それはアデプトの玩具職人の手で開発された精巧な玩具だ。今年のトレンドはネオフォボスとレッドジャスティス。いつの時代も男の子は怪人とヒーローに夢中なのである。
「いいなー!」
「聖人さん! 次、次はだれ!?」
「次は……メリアさんですね。どうぞ」
「可愛い! 空飛ぶフェアリー!」
女の子への贈り物は、ボタンを押すと内蔵動力で翅のプロペラを回転させ宙に浮く妖精人形。こうして次々に子どもたちへと様々な玩具を配ってゆく。
「それでは、僕はこれで失礼します」
「聖人さん、ありがとうございました!!」
子どもたちの元気な声に見送られ、アルプスは機体のエンジンに点火。鼓動に似た駆動音。機体が走り出す。
「では、良い祝祭を」
「さよならー!」
そして、機体は動き出す。
「……今年の聖人さん、いつもとちょっと違ったね」
アルプスの姿が見えなくなり、子どもたちは呟いた。
「でも、あのでっかい機械もかっこよかったね!」
「またきてくれるかな?」
「来てくれますよ。みんながいい子にしてればね」
かくして、シャイネンナハトは過ぎてゆく。
これはきっと、この祝祭の日のどこにでもある光景だった。