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零と武器商人の話~抜き打ちテスト~
登場人物一覧
矢ぶすまを潜り抜け、槍が牙をむく落とし穴を回避し、首を狙うペンデュラムを叩きのめして、零は目的の部屋へたどり着いた。黒檀の扉には、ドアノブがない。鍵穴もない。一見無害な扉は、難攻不落の最後の砦。そのありさまは、なんだか師匠を思わせる。本日最後のウォーミングアップを終えるべく、零は大きく息を吸いこんだ。
「力が欲しい」そう望んで早幾年。「本気なんだね?」と確かめられた想いは、零のなか、時とともに磨かれて強い輝きを放っている。
強さに見合うだけの称号も、もらった。こう見えてラド・バウA級闘士だ。帝都決戦では一目置かれた。だがまだ師匠に言わせると「まだまだだね」。
今日こそは、師匠に刮目させてみるぞと意気込んで、零は再現性沖縄で体得したそれを起動させた。まぶたを閉じ、暗闇の中で気を練りあげる。イメージする。想像の翼をはためかせる。自分の周囲へ浮き上がる無数のフランスパン。それが硬質化していく様を。
零の周りで、イメージ通りの事象が空間へ投影されていく。フランスパンはみちみちと質量を増し、カチカチと鋭くなる。充分に練り上げられた投影術式が顕現する。こいつで一気にぶちやぶってやる。この涼しい顔をしている扉を。
零は利き足を支柱にして、半身の姿勢をとり、大きく一歩踏み出しながら、腕を前へ向かって振り下ろした。
「雷槍!」
レールガンのような速度で、解き放たれたフランスパンが扉へ叩きこまれていく。砕け散るフランスパン。ひびが入っていく扉。せめて一撃で扉を開けてみせないと、修行が苦行になる。零は集中を続け、投影したフランスパンをさらに固く、鋭くしていく。過酷な衝撃を受けた扉がたわみ、蜘蛛の巣じみたひびが多重奏。
(いける……!)
確信した零のまえで、扉が音を立てて割れた。
「わー! ちょ、ストップストップ! 俺、ストップー!!!」
急いで投影術式を中断するも、すでに射出されたフランスパンまでは制御しきれない。
どががががっ!
大量のフランスパンが、幻想風の執務室へなだれこむ。
「60点」
パンの山の向こうから、ヒヒ、と笑う声がした。
「でも一発で
「65点かー。きびしーなー師匠は」
「5点も追加してあげたのにかい?」
「うん、そこはすなおにうれしい。ちょっとは俺も強くなってんな」
零は師匠へ一礼すると、しゃがみこんで、つかいものにならなくなった大量のフランスパンを、後ろ手で背後へとぽいぽい投げていく。そうすると、感覚的に、「ないもの」「なくなったもの」として扱うことができて、召喚したフランスパンが、意識のあわいに消えゆくのだ。山盛りいっぱいだったパンを片付けるのに、ものの5分もかからなかった。
立ち上がった零は、あらためて師匠と向かい合った。
武器商人。いずことも知れぬ世界から混沌へ呼び出され、こしかたゆくすえを誰にも告げずにいる沈黙の存在だ。零と同じウォーカーでもある。
だが力量差は歴然。
何も持たず、武器をとることすら知らず、飢えに苦しめられたゆえか、恩寵がどこでもフランスパンになった零。
余人なら発狂するほどの力を、混沌肯定によって失うも、着々とかつての権能を取り戻しつつある武器商人。
零は武器商人の期待に応えようと一生懸命だ。ラド・バウをがんばれたのも、帝都決戦で華々しく活躍できたのも、武器商人の指導のたまものだと、零は深く感謝している。
「零・K・メルヴィル、ただいま参上しました」
「うん、よくできました。及第点をあげよう。よくぞここまで成長したね、教え子」
師匠である武器商人から褒められた零は、照れくさげに口の端を持ち上げた。だけども……。
「俺としては、もっと上を目指したい」
「それでこそだよ、教え子。今日は一対多の実践訓練をしよう」
「望むところだ! 修業は相変わらずすげぇけど、俺だってそれなりに経験は積んでるんだ、流石にあっさりと負けるつもりはねぇぜ…!」
意気揚々と零は、部屋を出る武器商人へついていき……。
「なんじゃこりゃあああ!」
悲鳴をあげていた。
「これ修行って言って良いのかな師匠!?」
後方で軽く腕を組んで壁に背を預けている武器商人。ソレは続けて言った。今日はあたたかいですね、くらいのノリで。
「これぐらいはもうできるだろう?」
「待ってその信頼やめて! 嬉しいような怖いような、わかんないよ師匠!」
零はパニック一歩手前だった。なにせ暗殺者が次から次へと襲い掛かってくるのだから。反応速度に特化したブルーブラッド。魔法が得意で一撃が重いハーモニア。変幻自在の動きを見せるカオスシード、並べ立てればきりがない。零から武器商人までの距離は約50m。ギリギリ飛び道具の射程外。つまり、零が武器商人の最終防衛ラインになる。ひとりでも突破させてしまったなら、武器商人はおおいに機嫌を損ねるだろう。
襲ってくる暗殺者をいなしながら、零は叫び散らした。
「違う師匠、待ってくれ師匠! この実戦は普通に想定外だ、修行以前に非常事態だよ師匠!」
「教え子がぜんぶ倒せば問題なかろ?」
「そうはいっても生身のニンゲンが相手なんて、聞いてねぇよー!」
「油断しない油断しない」
「そんなひまねぇ!」
飛んできた銃弾を紙一重でかわし、振り下ろされた手斧をフランスパンで打ち返す。襲撃者はみな目が血走っている。彼らを追い立てるのは、商店街迷宮「サヨナキドリ」の誇る「警備部」。そこここへ隠れていた暗殺者をいぶりだし、零の前へ誘導している。
武器商人は困ったようにつぶやいた。どこか楽しそうな声音で。
「居るんだよねぇ時々。ウチの重要書類やら売り上げやらを狙う泥棒や間者ってのがさ」
そんな侵入者対策である「サヨナキドリ警備部」は、大きく分けてみっつの部門がある。まずはものものしい制服を着た、テナントのガードマンである「店舗警備課」。そして、住人の安全とくらしを守る、地味ながらもしっかりと装備を固めた制服姿で、周囲へ溶け込むかのように巡回している「居住区警備課」。さいごに、ギルド全体を監視下に置き、汚職や収賄、裏取引、非合法品の売買といった不正に目を光らせている、エリートぞろいの「内部監査課」。
で、今回は、最初にあげた店舗警備課が一枚かんでいる。「サヨナキドリ」外周部にあたる商店街迷宮、そこへ賊が入りこんだのをいち早く察知した店舗警備課が、武器商人へ遠隔テレパスで報告を上げたのが、今回の騒動の発端だった。ちょうど零を出迎えたばかりだった武器商人は、襲撃を好機と捉えた。教え子の成長を促すために、ちょうどいいと。
どうも教え子は、脇が甘い。猪突猛進の勢いはすばらしいのだが、横からつつかれると、そのままひっくりころげそうな危うさもある。三人もの分裂体を相手どってみせた零。その武芸の才能を見抜いた武器商人としては、零にもっと非情になってほしかった。
そのための実践訓練だ。相手は死に物狂いだ。これをすべて打ち倒すことができたら、教え子は化けるのではないかと、武器商人は師匠の顔で思う。
が。
「わー! わー! わー! ムリムリムリぃ!」
泣き言全開ダダもれな零。
それでも、と武器商人は興味深く見つめている。零の一挙一投足を。魔力回路が零の周囲にはりめぐらされている。それは無意識の産物だ。防壁の強化魔術は問題なく機能している。攻め手をサポートする攻性強化魔術も同様。さらには零を守るかのように展開された武具となったフランスパンの数々。これを自在に操り、暗殺者どもの動きを牽制、阻害、反撃。
的確にして、揺るがず。よい練度だと武器商人は微笑んだ。まったくあのしがないパン屋でしかなかったコが、よくもまァここまで成長してのけたものだ。教え子のさらなる可能性を思い、武器商人は笑みを深くする。だが、零からそれは見えない。背中に目がついているわけではないのだから。そこまで気を配れたなら、さらにすばらしくなれるのにと、武器商人は優しいまなざし。零は暗殺者をさばくのに必死だが。
「あああもう数多い、ムリゲーだこれ! 師匠、こんな数を相手に、どうしろってんだよぉ!?」
「それを考えるのが今回の課題。はいはい、がんばって。遅れを取ったら修行特盛追加だよ」
「それもいやだあああああ!」
地獄のメニューが、サタンも真っ青なものに変わる。その未来を阻止すべく、零は奮闘する。
(いつまでも守ってばっかじゃダメだ! 数の差が激しい、こっちから叩きにいかないと!)
冷静にそのような判断ができるようになったのも、数々の修羅場を潜り抜けてきたからだろう。主に武器商人とか、武器商人が用意したやつを。
(単体攻撃ばっかじゃだめだ! ……こういう時は)
宙空を踊っていたフランスパンが、零の周りへあつまる。
「おらっしゃあっ! いけぇ!」
叫びとともに爆発するかの如く、フランスパンがちぎれて銃弾となる。そは軍隊蜂の騒乱のごとくにして喧噪すさまじきなり。打ち倒された暗殺者の体が積み重なっていく。己の周囲へ無数の弾丸をばらまいたのち、静寂。
零はやりとげた顔をしていた。
「どうだ、師匠。俺の新しい技は?」
くるりと武器商人を振り返り、胸を拳でたたいてみせる。しかし武器商人は首を振った。
「マイナス10点。油断しない。おかわり来たよ」
「えええええっ! 終わりじゃねぇの!?」
またも店舗警備課が仕事をしたようだ。大量の暗殺者が零を狙っている。くりだされる刃、暗器、銃、魔法、シンプルながらも恐ろしい徒手空拳。修行の成果を見せるのは今だろう。
さあ、侵入者どもの明日はどっちだ!
「俺の明日は!? 俺はどうなんの、ねぇ!?」
叫びながらも向かっていく零。
(まだまだ人間やめてないねぇ。それもまた良きかな、教え子よ)
キミはキミの道を往け。武器商人は、にんまり笑った。