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輝きの在処
登場人物一覧
●Snow style.
輝かんばかりのこの夜に、白い魔法をグラスにかけて。
舌の上で溶けては消える淡く切ない幸せと、ゆるりと楽しむ
「“シャイネン・ナハト”で御座います」
サファイアのように透き通った青と、三日月を模してカッティングされたレモン。
グラスの縁に塩の雪を降らせたスノー・スタイルで提供されたオリジナルカクテルは、
その宵、バーの中で最も愛されるレシピになった。
「キリッとしてるけど、後に抜けていく甘さが不思議ね」
「ジンベースで少しばかり、レモンの他にも柑橘の風味を足しておりますので。
後は……そう、ですね」
「なぁに? 隠し味かしら」
「えぇ。聖夜の祝福をひとつまみ」
●Digerire.
客の見送りを終え、グラスを磨く姉ヶ崎 春樹の背中に声がかかる。
「そろそろ上がっていいよ、春樹君」
「お疲れ様です」
「すまないね。急にお手伝いなんて」
「いえ。カウンターに立つのは好きですから」
自分が経営している同人ショップは誰でもふらっと入店できるようなユルさ気楽さが売りの店だが、
それゆえ襟を正す機会はあまり巡ってこない。
カウンター越しの交流は、元居た世界で掛けがえのない経験と成長を春樹へ与えてくれた。
「そうじゃなくて、今夜はシャイネン・ナハトじゃないか」
「
嫁キャラの抱き枕とか生写真とクリパして楽しんでる頃ですから。早めに店じまいしても問題は――」
「君、恋人いるんだろう?」
埒が明かないと思ったのか、バーのマスターはズバッと春樹に切り込んだ。
お客様の相手なら直球は投げないが、よく店を手伝ってくれるこの若者が無理をしていないか心配なのだ。
「店を手伝い始めた頃は惚気も多かったじゃないか。最近あまり聞かないし」
「……マスター」
図星を言い当てられたとばかりに春樹の視線が泳ぐ。
普段は周りに話を合わせて調子よく振舞う彼が、今は珍しく動揺していた。
磨き終わったグラスを逆さにテーブルへ置きかけ、慌てて直す始末。これはなかなかに重症だ。
「僕でよければ話を聞くよ」
「っと、その。揉めたとかじゃないんです。
俺ってほら、前の世界で別に好きな人がいたじゃないですか」
「それを振り切れるほど好きになった人が出来たって、喜んでいたよね」
「付き合う前は、いつもの調子よさで気軽に甘えたり誘ったり出来たんですけど……。
ずっと片思いこじらせて来た人間だから、いざ相思相愛だってなったら」
思いを吐露するほどに頬が火照る。赤く染まった顔を隠すように明後日の方向へと視線を逸らす春樹。
「あ、甘えたいのに意識しちまって、こんなん……本人にも言い出せないし、どうすればいいっすかね」
「素直に気持ちを伝えればいいんじゃないかな」
「出来たらこんなに困ってませんよ! 年上の俺がリードしないと、恰好がつかないでしょう」
好きな人の前だからこそ、完璧であり続けたい。
「ふふっ」
「~ッ!」
「嗚呼、いや……ごめん。君にこんな可愛い側面があるなんて知らなかったものだから」
それは大人に憧れて必死に背伸びをする子供のようで。普段何事もそつなくこなす春樹の意外な一面に、思わず口元が緩んでしまう。
(――彼の事が、よっぽど好きなんだね)
「可愛いってどこのオッサン捕まえて言ってるんですか、マスター」
「僕は三桁過ぎたあたりから歳を数えるのを止めたけど、春樹くんは寿命と外見が一致するタイプの種族なんだろう?」
三桁と聞いて驚く姉ヶ崎の前で、マスターがおもむろにネクタイを緩めはじめる。
Yシャツの前をはだけさせれば、ちらりと覗くアイスブルーの輝き。
「秘宝種……マジか」
「幻想は色々な人種の坩堝だからね。それで、答えは見つかったかい」
なんの意味もなく種族を教えた訳ではない。意図が掴み切れず眉を寄せる春樹の肩を、マスターはポンと叩いた。
「歳の差なんて大した問題じゃないのさ。あっちの都合こっちの都合、ごちゃごちゃ考えるよりもまず――自分の気持ちを伝えたまえ。なにせ今宵は奇跡が起こるものだからね」
手伝いのお礼にとマスターが春樹に持たせたのは、2人分の小さなショートケーキ。
最初から会いに行かせるつもりで準備していたような手際のよさに春樹は首を傾げたが、背中を押してもらえた分、心はとても軽かった。
年上でも、弱みを見せても、素直に好きを伝え続けてくれる君へ。
溶けずに降り積もるほどの気持ちを、溺れるほどの心を贈るよ。
「――愛してるぜ。政宗たんっ!!」
●Hangover?
「マスター! 見てくれ、シャイネン・ナハトのプレゼント貰ったんだ!」
取り出されたるは一冊の本。最近、巷で燃す燃さないと論議が起こる薄いやつだ。
「エモさの詰まった内容だけど、これ君以外の男と……」
「つまり俺にもっとへっちな春×政本を描けって事っすよ!」
姉ヶ崎先生は歪みない。