PandoraPartyProject

SS詳細

白百合は紫の稲妻に墜とされる

登場人物一覧

耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

●噂の幽霊屋敷

 右も左も分からないまま特異運命座標として召喚され数か月がたった。
 地道に依頼をこなして名声を稼いで、闇市の誘惑にも打ち勝って為に貯めたGOLDを叩いて。
 やっと幻想の郊外に一つ領地を拝領したというのに、先日領民からとんでもないことを聞いてしまった。
『実は……あそこの丘の向こうにある廃墟に幽霊が出ると噂で……皆すっかり怯えてしまっておりまして……なんとかできませんでしょうか』
『幽霊……ですか?』
 そんなの聞いていないと叫びだしたくはなったが、目の前の領民に一切の罪はなく丁寧に領主様、と頭を下げられ懇願されれば無碍にすることなどできる筈もなかった。
 そして重い脚を気合で引き摺ってきたのが今である。
「最悪……」
 盛大に溜息を吐いて、手元の資料に添付されたスケッチと目の前の建物を見比べた。
 元はさぞ立派な洋館だったのだろうが、辛うじて雨風を防げる程度の屋根は残っているもののほとんどが朽ち果てており、窓硝子は罅だらけで、庭と思われる場所は野草が好き放題伸びて石像の首が無残にも転がっていた。再現性東京に行ったときに遊んだホラーゲームなるものに出てきた幽霊屋敷とそっくりだ。

 やっぱり帰ろう、そうしよう。

 なんなら特異運命座標イレギュラーズの中には幽霊退治に秀いた者も多数いた筈だ。彼らの力を借りるのが賢明というものだ。うんうんと頷いて踵を返そうとした瞬間。ピシャっと激しい雷が近くの木に落ちた。一瞬にして黒焦げになってしまった哀れな木の最期に「ひゅ」と唇から空気が漏れた。
「さっきまで晴れてたはずなのになあ、なんで雷雨なのかなあ???」
 この一帯だけ嵐でも来たのではないかと思う程激しい雷雨に目を細め空を見上げる事しかできなかった。雨粒が容赦なく顔面を叩き付けて痛かったので、すぐに顔を正面に戻したが。
「……入るしかないか、うん。帰れんわこれ」
 水分を含んで重くなったスカートをぎゅうっと絞り、余分な水分を捨てて意を決しドアノブに手をかけた。
 今までの人生で、間違いなく一番の厄日だと溜息を吐きながら。

●紫の稲妻
「お邪魔しま~す……」
 さすがに無言で入るというのも気が引けたので、一声かけてから屋敷の中へはいった。案の定明かりはなくとりあえず近くにあった燭台にマッチで火を灯す。この雨でダメになってしまったかと思ったが、神様は存在していたらしい。
 炎の明るい橙色と温かさが冷え切った身体と恐怖が滲んでいた心を和らげてくれた。
 些か落ち着きを取り戻し、燭台を掲げて周囲を見渡してみる。
「此処はリビングか食堂かな。んー……予想よりは荒れてはいないみたい」
 立派なソファに年代物と思われるテーブル。古時計もあるようだが、とっくの昔に針は止まったようだ。暫く周囲を観察しているうちに違和感を覚えた。そしてテーブルの周りをよく調べてみてその正体に気が付いた。

「埃が積もっていない……?」
「一見さんお断りの札が見えなかったかい?」
「ひっ」
 低い声が突然聞こえてきて、心臓が早鐘を打った。嫌な汗が滝のように吹き出してきた。 
 ギ、ギ、ギと油を差していないブリキの玩具の様に声の方に顔を向けると、ぴしゃり、と雷が落ちて稲光がその声の主を照らし出した。


 豪奢な装飾が施された品の良いスーツに身を包んだ背の高い男が脚を組んで此方を向いていた。何よりも、その冷たい鉄仮面に稲妻の様な黄金の光が一筋は知っており、おそらくそれが彼の目なのだろうと予想した。明らかに異質イレギュラーな存在であった。

「だ、誰ですか」
「ああ、失礼お嬢さん。俺の名前は怪人H、お察しの通り怪しい者だ。ようこそ我らがお化け屋敷へ。満足したか? それじゃ、死にたがり以外は回れ右だ、ベイビー」
「おいおい一見さんお断りだって? 硬い事言うなよ」
 その男に肩を回しているもう一人の男の存在に目を向ける。怪人Hよりは年下と思われる青年が長い脚を乱雑に投げ出していた。じいっと此方を見つめる妖しい紫の瞳は練達で読んだ御伽噺に出てくる猫を思い出させた。
「丁度退屈してたんだ。ゆっくりしてけよ、プリンセス?」
「ぷ、プリンセスじゃありません! 一般的な特異運命座標です!」
「はは、面白いなオマエ。ますます気に入ったぜ」
「さっきから好き勝手言って……あなたは誰なんですか!」
「俺の名前? さァて、忘れちまったな。名付け親になってくれてもいいんだぜ」
 お道化るクウハに怪人Hが呆れたように首を振る。
「おい、クウハ。さすがに悪戯が過ぎるんじゃないのか?」
「あー……ネタバレは重罪って知らねぇのかよ? それにこの雷雨のなかあんなか弱そうなレディを帰らせるってのはカワイソウじゃねぇか?」
 クウハと呼ばれた男が親指で窓の外を差した。雷雨はどんどん酷くなっており視界すらまともに確保できない状態だった。生憎彼女はこの雷雨を凌げるようなギフトも能力も持ち合わせていない。
 雷で黒焦げになるか、身体が冷え切って斃れるか。
 自らの末路を想像し、ここはクウハの言うことに全力で乗っかろうと何度も首を縦に振った。難色を示していた怪人Hだったが、必死な様子にとうとうお手上げだと言わんばかりに両手を上げた。
「Ok、Ok……俺の負けだ。悪役ってのはつくづく損な役回りだな」
「キマリだな。オマエもなんかの理由ワケあってココに来たんだろ。折角なら楽しんでいけよ」
 こうして人外じみた男二人と特異運命座標イレギュラーズ女性の不思議な一夜が始まった。

「にしても、まずソレどうにかしないとな」
 怪人Hがずぶぬれの服を指さした。服だけではなく髪も肌も濡れて冷え切っている。
 意外と気が利くらしいクウハが何処からかタオルを持ってきて差し出した。
 それを受け取ろうとするとひょいと高く掲げられてしまった。
「あの……? なんで意地悪するんですか?」
「いやぁ、拭いてやろうかと思って。俺様はこう見えて尽くしたがるタイプなんだぜ」
 にやにやと口角を吊り上げてクウハの細い指先がブラウスのボタンに伸ばされ、思いきり叩かれた。
「えっち!!」
「なにも本気で叩くことねぇだろ……」
 いたたと涙目で手を擦っていたクウハだが、睨みつけられ渋々タオルを渡した。
「そうだな、俺らだって男なんだ。あっという間に喰われるかもしれないぞ? いいのかい」
 脅す様に、擦れた低い声で怪人Hが囁く。背筋を確かめるように指でなぞられぞわっと痺れが走る。口から変な声が漏れ出そうになるのを気合で抑え、思いきり突き飛ばした。もっともの怪人Hの鍛え上げられた身体は新米特異運命座標の力ではびくともしなかったが。

「その時は全力でぶん殴りますので。ご心配なく!! あっちむいててください!!」
 そういって野郎二人が後ろを向いたのを確認して、念の為古時計の陰に隠れて渡されたタオルで身体を拭き始めた。

●墜ちた白百合
 身体も大分乾き、身体の温もりが戻ってきたところで本来の目的を思い出した。
 幽霊調査である。予期せぬ二人と遭遇し、ショックでいろいろ忘れていたがこの屋敷を探索しないといけないのだ。さて、何処から調べた物か。
「案内してやるさ。気になってんだろ? この屋敷が」
 まるで心を見透かしていたかのようにクウハが切り出した。思わず身構えると「そう、ビビるなって」と笑い、半ば強引に腕を引かれ案内されることになった。

 何を描いてるのかよく分からない絵画が飾られた長い廊下を渡り、壁に飾られた雄鹿の首に腰を抜かし、怪人Hが何故か自分の良く道を塞いできていらだたせたりしながら、気が付けば厨房へとやってきていた。そして自分が空腹であることを自覚した。我慢せねばと思いつつも、身体は正直できゅううと腹が鳴った。恥ずかしさから顔を背けるとカラカラとクウハが笑った。
「腹減ってるだろ、スープでも飲ませてやるよ」
「えっ、料理できるんですか」
「一通りのモンはできるぜ? まぁ今は材料に限りがあるから簡単なものになるけど」
 どうやら先ほど言っていた尽くしたがるタイプというのは嘘ではなかったらしい。
 着ていたコートを椅子に引っ掛け、袖を捲ったクウハは何処からか食材を取り出し鼻歌交じりに刻んでいく。慣れた手つきに素直に感心したがよく考えればその食材は大丈夫なんだろうか。もしくは何か盛られたりしないだろうか。
「まぁ、こんなもんかな。そら、飲みな」
 クウハが温かなスープを入れたマグカップを渡すも、なかなか口を付けない。
「飲まねぇのか?」
「……毒とか、入ってないかな……って」
「そりゃ面白ェな! そこに丁度いい毒見役がいるぜ?」
 腕を組んで壁に寄りかかっていた怪人Hをクウハは指さした。指をさされた怪人Hが歩み寄ってくる。
「ああ、そうさ毒が入ってる。たーっぷりとな」
 オーバーなジェスチャーで人差し指を数回振り、マグカップの中身を指さした。
 解りやすく眉を顰め、口を開けた彼女に「ただし」と付け加えマグカップを取り上げた英司は一口だけ口にし、すぐに彼女に返した。
「美味くて定期的に食わずにゃいられねぇ中毒症状ってやつだがな」
「えっ、そんなに……!?」
 さっきまで、しかめっ面だったというのに、今度はぱぁっと目を輝かせチラ……とクウハと英司の顔を交互に見た後そっと口を付けた。こくんと嚥下し、ほう……と一息ついた顔があんまりにも幸せそうだったのでクウハと怪人Hは思わず笑ってしまった。
「えっ、え、なんで笑うんですか」
「いやぁ……オマエがあんまりにも幸せそうな……っ、カオしてるから……あーダメだ笑えて来る」
「だって美味しかったんだから仕方ないじゃないですか!?」
 褒め称えながら抗議をするさまが子どもの様でクウハはとうとうヒーっと腹を抱えて笑い出した。怪人Hもうんうんと頷いている。
「コロコロ表情が変わるレディだな。見てて飽きないぜ」
「もしかして馬鹿にしてます?」
「いんや、間違いなくいいことだぜ。自信持ちな」
「納得いかない……」
 むすくれた表情のまま、再度マグカップに口を付けた。温かく、優しい味だった。
 腹も満たされ、再度一行は屋敷の中を探索する。その道中そういえばと怪人Hが問いかけた。
「そこまでしてアンタが帰りたくない理由ってのはなんなんだ?」
「私、最近領地を頂いて領民の皆さんに聞いたんです。幽霊が出る屋敷があるって」
「へぇ、それがここだったってワケか」
 こくんと彼女は頷いた。
「領民の皆さん、すごい怖がってて。領主の私が何とかしなきゃいけないでしょう?」
「ふぅん」
 領主、特異運命座標としての回答は百点満点、花丸だ。だが、個人としては面白くない。
 義務感と責任感から来たのであれば、痛い目を見る前にやはり帰らせた方がいいと怪人Hが口を開こうとした瞬間「それに」と彼女は呟いた。
「すっっっごく頑張って依頼こなして!! 名声を積み上げて漸くいただいた領地ですよ!? 手続きのお金だって高かったのに……! なのに幽霊屋敷がありますなんて嫌じゃないですか!? そりゃ私だって先輩方を頼ろうと思ったけどもう来ちゃったし!! この雷雨じゃ帰りに死にそうだし!!!」
 先ほどの領主たる毅然とした態度は何処へ行ったのか、ぎゃんっと吠えだした彼女に怪人Hは仮面の奥の目を瞬かせた。こんなに感情を表に出し、素直に曝け出す女性は滅多にいない。大体は格好つけて本心を隠して仕舞うことが殆どだ。自分の様に。
「……怪人Hさん?」
「英司」
「え?」
「英司って言うんだ。俺の本名」
「ええ!? HじゃなくてEじゃないですか!?」
「はは、そうだな」
 英司はなぜ自分が本名を名乗ったのか分からなかった。それもさっきであったばかりの見ず知らずの女性にだ。ただわかるのは彼女が英司にとって好ましいことと、不思議と落ち着く存在であるというだけ。
「おいおい、抜け駆けかァ? 狡いじゃねぇか」
 むっすり頬を膨らませて、不機嫌を隠そうとしないクウハがとことこ戻ってきた。
 彼女の肩口に顎を乗せ、ぐりぐりと擦り寄る様は主人に構ってほしい大きい猫の様である。思わずクスリと笑み零すと「むー」とクウハが鳴いたので、ますます笑ってしまう。
(最初は二人ともちょっと怖かったけど、優しい人たちなんだな……人? か分からないけど)
 気が付けば寝室へ通されていた。そういえばここへきてどれ位の時間が経ったのだろうか。夜には違いないだろうが、外は相変わらず雷雨で、月の優しい光ではなく激しい稲光が気まぐれに室内を照らすだけだった。そういえば少し眠くなってきた気がする。
 安堵と疲れが一気に襲ってきたのだろうか。
 思わずベッドへ倒れ込みかけた彼女の手を引いて英司は腕の中へ閉じ込めた。
 「英司さん」
 夢心地にふわふわと名を呼ばれ英司の男としての何かを揺さぶられた。
 顎を掬い上げ柔らかな唇をふにと何度か指の腹で押す。噛みつくようにキスをしたら、彼女はどんな反応をするだろうか。自分を突き飛ばすか、為す術もなく食べられてしまうのか。悪役ヒールとしての本能が喰らってしまえ、まだ踏み荒らされていない花園を蹂躙してしまえと語り掛けてくる。きっと彼女の涙はどんな宝石よりも美しく輝いて、どんな美酒よりも味わい深く甘いのだ。
 英司の顔が間近に迫っていることに漸く気が付いたのか、顔を一気に赤く染め上げ彼女は混乱しながら逃げようとした。なのにその場に打ち付けられたように脚が動かない。
「え、えいじ、さ」
「なぁ、君さえよければだが、このまま此処で俺達と暮らさないか?」
 頬に添えられた指先は手袋に覆われている筈なのに、とても熱く感じた。
 前ばかりに集中していると、つまらないと言わんばかりに首筋に冷たい舌が這わされ、肩が跳ねた。
「そうだよな、一晩限りの関係なんて寂しいだろ?」
 背後からクウハに抱きしめられ、甘く耳元で囁かれた。吐息が耳朶を擽り、小さく嬌声が上がる。ぞくぞくと甘い痺れが背筋を駆け抜けて、一抹の不安と恐怖――それらをはるかに上回る未知への期待と好奇心が沸き上がった。決して開けてはいけないと言われた箱を開けるような感覚。きっと厄災を詰め込んだ箱を開けてしまった乙女もこんな気持ちだったのだ。

「飼うも飼われるもお望みのままに。どっちが好みだ、麗しのレディ?」
「あ、あ……?」
 本当は判っていたのだ。この二人は危ないと、脳味噌はとっくに警鐘を鳴らしていた。
 死にたがりは回れ右、と言われていたのにそれを無視して自ら狼の寝床に迷い込んだ哀れで愚かな仔羊。きっとそれが自分だった。
 一度知ってしまえば最期、麻薬の様に溺れて元に戻れないのだろう。
 蝶よ花よと育てられ、純潔の百合の様に清らかであれとそう求められてきたのに。

 お父さん、お母さん。ごめんなさい。
 今は唯、腹の奥を融かすほどの熱さと激情に身を委ねたいのです。
 

  • 白百合は紫の稲妻に墜とされる完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年03月21日
  • ・耀 英司(p3p009524
    ・クウハ(p3p010695
    ※ おまけSS『後日談』付き

おまけSS『後日談』

 結局あの後流されるまま、口にするには憚られる程の甘く蕩ける体験をし、しかもてっきり例の幽霊だと思っていたら幽霊を退治しに来ていた特異運命座標せんぱいと知り、目の前が真っ暗になったものだ。重怠い身体を引き摺って、領地に帰ったのだ。
 幽霊騒ぎは落ち着き、領民からは何度も感謝をされたが実のところ幽霊を退治したのはあの二人で自分は何もしていないのでなんとも申し訳ない気持ちになった。
「……よし、あの二人位強くなって、今度こそ自分の力で……!」
 張り切って目についた依頼を引き受け、相談へ向かう。ローレットでは一つの依頼に対して何人かでパーティを組み、各々のスキルなどを元に作戦を立てるのが一般的である。
 まずは元気よく挨拶を。失礼の無いようにしなければ、なんて扉を開いて一番彼女はこう口にした。

「最悪……」

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