PandoraPartyProject

SS詳細

窓越しの視線

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト


 ミルクもシュガーも含まない黒色の液体が、喉を通り抜け、徹夜明けのぼうっとした脳に染み渡っていく。窓の外から浴びぜられる眩しさは、睡眠不足の瞳には刺激の強すぎるものであったが、世の中が平和という証明であるとも言えるだろう。そう思えば、眠ること無く事件を解決できたことへの報酬としては、十分すぎるものにも感じられた。
 そう、事件である。
 昨晩も犯人の根城を思しき一室を張り込み、忍耐に忍耐を重ね、ようやっと尻尾を出したと思った時には、朝日が顔を出す時間だった。
 しかし、無事に一件を解決。依頼人に報告する必要があるため、眠ることを良しとせず、そのまま朝食の時間と洒落込んだわけだ。
 申し遅れた。私の名前はギルバーソン。探偵だ。
 珈琲をもう一口。苦味が、引きずり降ろそうとする睡魔を追い払う。もう一度、一息をついた。その時だ。
「ああいたいた、ギルバーソンさん。出かけるなら教えて下さいよ」
 カランコロンと鳴子とともに顔を出したのは、助手のカサンドラである。確か、事務所で報告書を作成していたはずだ。それがどうやら終わったらしく、自分の姿が見えないので、探していたのだろう。
「済まない、カサンドラ君。失念していたよ」
「笠田です。何度も言いますが、仕事仲間の名前くらいは覚えてください」
「…………申し訳ない。人の名前を覚えるのは苦手なんだ」
「そう言って5年でしょう。覚えてくれるまで、言い続けますからね」
 どうにも、名前を覚えるという行為は苦手である。そのあたり、カサンドラにはフォローを入れてもらってばかりだ。こまめに訂正をくれるが、それを5年も続けてくれているあたり、嫌われては居ないのだろう。いつまで経っても覚えない失礼な私のことを、よく助けてくれている。
「それで、なんでここでモーニングかっくらってんです? 寝てないんでしょう。仮眠室使えばいいのに」
「なに、凄惨な事件を解決したばかりだ。世の中の平和を、噛み締めたかったのさ」
「…………うん、ペットの猫探しを事件っつーの、やめません?」
 カサンドラの講義を無視して、もう一度珈琲をすする。朝日が眩しい。やはり平和は良いものだ。
「そりゃまあ、ここんとこ大きな事件なんて回ってきませんけどね。依頼人のおばちゃんも、活動時間くらい教えてくれりゃあいいのに。おかげでアタシまで徹夜だし」
 誰に向けてでもないのだろう愚痴を零すと、カサンドラは喫茶店が用意した朝刊を手に取った。
「あちゃあ、例の殺人事件、3件目ですって。ふむふむ、悲鳴を聞いて警邏が駆けつけた頃には死体だけが……これ、解決協力ウチに来ませんかねー。そうすりゃ、徹夜で猫探しなんて―――」
「カサンドラ君」
 カサンドラの物言いに、思わず口が出た。向かいに腰掛けたカサンドラから、胡乱げな眼差しを向けられる。
「だから、笠田ですってば。なんですか?」
「人が死んでいるのだ。そのように言うのは、感心しないな」
「…………ええ、はい。たしかに短慮なものいいでした。反省します」
 こういった素直さもカサンドラの良いところだ。口さがないところはあるが、正しい倫理観と真面目さを持ち合わせている。
「わかってくれたなら、問題はない。君も朝食はまだだろう。事件解決の祝いだ、ここは私が持つよ」
「ありがとうございます。あ、おねえさーん、こっち、モーニングセットと、カツサンド4つでー!」
「4……!?」
 思わず、咳き込みそうになる。これも徹夜明けのせいだろうか。カサンドラの大食いを忘れて、ついつい奢るなどと言ってしまった。
 吐いた唾は飲み込めない。奢るといった手前、それをいまさら覆せるわけもない。財布の中身を思い出し、足りていることを必死に脳内で勘定していると、カサンドラが先に届いた珈琲にミルクを入れながら話を続けた。
「でも実際問題、今ウチで抱えてる仕事って昨日の猫探しで最後でしょう? 新しい依頼でもこないと、それこそ明日の珈琲も……どうしました?」
 カサンドラは、私の視線が自身に向いていないことに気がついたのだろう。カサンドラもまた、私の視線の先へと巡らせる。
 喫茶店の窓の向こう、つまりは屋外。そこには、ひとりの少女がいた。
 まだ幼く、珍しい格好をしている。たしか、カムイグラの方の民族衣装がそれと近かったとはずだ。
「あの子がどうかしましたか?」
「いやなに、こんな時間に小さな女の子がひとりでなどと、危険ではないかと思ってね」
「そうですか? まあ確かに珍しい格好なので目立ちますね。和装なんて久しぶりにみたなー。でも、このへん人さらいとかいないでしょう。治安もそこそこですし」
「しかし、殺人鬼はいるのだろう?」
「……!!」
「警戒をしておいても、損はないということだ。それに、私はあの少女が事件に関わっている可能性すらあると見ているよ」
「……どういうことです?」
「単純な推理だよ。殺人事件が起きていることは周知の事実だ。だというのに、女の子をひとり、屋外にやるような親がいるかな」
「でも、親が居ない子供かもしれませんよ。普段は治安が良いっていったって。貧民街がないわけじゃないですし」
「その割には服装が立派過ぎる。それなりの家の出だと考えるべきだろう。そうなれば、なおさら一人で歩かせていることは不自然に感じるな。殺人鬼に関係はなくとも、家でなにか辛いことがあって、飛び出してきたのかもしれない」
「それは、たしかに」
 カサンドラが頷いた。少女の背格好からして、私が感じた不自然と同じものを見てくれたのだろう。
「だけど、何かを待っているみたいじゃないですか。親御さんがちょっと用事で外しているだけかもしれません。あれ、でも……」
「気づいたかね、カサンドラ君」
「笠田です」
「そのとおりだ。やはり、親が少女を置いて行動していることの不自然さに戻ってくるのだよ。なにせここは殺人鬼の潜む街だ。そのような場所に我が子を放置する理由といえば……」
「理由といえば?」
「あくまで可能性だが、その親が殺人鬼とイコールであるかもしれないな」
「そんな、まさか。失礼じゃないですか」
「しかしだ、カサンドラ君」
「笠田です」
「なぜ、殺人鬼は3件も罪を犯してなお、捕まらないのだ」
「それは……」
「捜査チームも馬鹿ではないだろう。殺人鬼が僅かでも痕跡を残していないか、それこそ我々のように寝る間も惜しんで調べているに違いない。だが、それでも見つからない理由とはなんだ。捜査チームが、手を出せない範囲にいる相手、という線は考えられないかね」
「!?」
「少女の身なりからして、やはり親はかなりの財力を持つと考えて良いだろう。ならば捜査の手が、そこまで伸ばすことが出来ない、というのは不自然ではない」
 珈琲をすする。ただの推測に過ぎないものだが、頭を働かせていると、眠気は段々と薄れてきていた。
「あ、誰か来ましたよ。彼と待ち合わせてたんじゃないですか?」
「む……?」
 見れば、たしかに少女が近づいてきた男となにか話している。その表情は親しげであり、それだけで近しい人物なのだろ憶測がたった。
「アレが父親……にしては若いですよね」
「普通に、兄といったところだろう。ふむ、鍛えているな」
「そうですか? 割りと細身に見えますけど」
「見たまえ、動きの軸がしっかりとしていて、ブレがない。身のこなしに優れている証左だ」
 男は、おそらく少女の兄は、細身ではあるが、歩く姿だけでも見るものにはわかる。体の中心にしっかりとした軸が入っているのだ。相当、鍛え込んでいるに違いない。
「なるほど、それだけ鍛えているお兄さんが一緒なら、あの少女も安心ですね」
「そうだな。しかし、これで彼への疑惑はより深まったというわけだ」
「どういうことですか!?」
「うむ、カサンドラ君はこの事件、今日の記事にはどう書いてあったか覚えているかね?」
「笠田です。ええと、確か……あ」
「そうだ。警邏は悲鳴を聞いて駆けつけている。捜査部隊も夜の見張りを立てていたというわけだな。だが、即座に駆けつけたにも関わらず、犯人の姿はまるで見ていない。つまり、犯人の行動はそれだけすばやかったということだ。悲鳴を挙げられながらも人を殺害し、痕跡を抹消する工作を行った上で逃亡する。それだけの身体能力があった」
「じゃあギルバーソンさんはあのお兄さんの鍛え方を見て、なお怪しいと?」
「そういうことだ。それだけ短時間の間に姿をくらますには相当な身体能力を要求されるだろう。殺人鬼が潜むという街で、妹ひとりを平然と置き去りにして用事を済ませ、また警邏には見つかることのない身体能力。捜査部隊の眼はかいくぐれても、私のそれは誤魔化せんよ」
「なるほど、さすがです。あ、いっちゃいますよ。追いかけますか?」
「む、なぜだね?」
 私が平然と珈琲の残りを飲み干そうとしていると、カサンドラは肩を怒らせた。
「だって、犯人なんでしょう?」
「推測だと言ったはずだ。私は状況だけで判断をしたに過ぎず、確かな証拠はない」
「私のそれは誤魔化せん、とか言ったくせに……」
「……こほん。それに、我々に捜査協力の依頼は来ていない。つまり、捜査権はないのだ。なに、もしもあの男が少女を置いてとった行動が私の想像通りなら、今晩にも協力依頼が来るだろうさ」
「それは、まさか4件目が……」
「あくまで、可能性に過ぎんよ。いこうカサンドラ君。我々の依頼人が、猫を待っている」
「笠田です」
 会計をして店を出る頃には、あの兄妹の姿はなかった。かわいそうに。あの少女は、兄の凶行など知る由もないだろう。ただ兄と、ただ家族と、無償の親愛を注いでいるに違いない。
「願わくば」
 空を仰ぐ。まだ太陽は天頂まで道半ば。しかし、仕事を始めるには十分な時間だった。
「彼女の歩く困難の先に、幸があらんことを」


「んでー、やっぱばーちゃんの見込み通り、術師だったわ。あの、なんだっけ、殺人鬼?」
「殺人鬼、のう。大層な凶名じゃな。それで、怪我はないかえ?」
「問題ねえって。あんの野郎、透明になる術式しか能がなくてさ。戦闘用の技術もねえわ、足音も隠さねえから居場所がばればれだわ。一応、プロレタリアも待機してンだけど、まあ意味なかったわな」
「なるほどのう。ん?」
 そこで、ミコトは一度、後ろを振り向いた。そこには誰もいない。近ごろの殺人鬼騒ぎもあって、この街では朝だというのに、人の通りはまるで静かなものだ。
 しかし、それも今日までだろう。依頼された捕縛はイチカが解決。姿を見せない殺人鬼というのがどういうものかとミコトもついてきたのだが、なんのことはない、ただ透明になれるというだけの男であった。
「お、どったのばーちゃん?」
「いや、ずっと視線がの。なに、大したことはない。それよりものうイチカ、せっかく遠出したんじゃ。何か食ってくかの? ばーちゃん、奢ってやるぞ」
「お、いいの? ラッキー。この街、何が美味えんだろうな」
「良いお店見つけてね、お兄ちゃん!」
「やめて、マジでそれ、やめて……」
 げんなりした様子のイチカを無視して、もう一度、ミコトは振り向いた。当然ながら、誰もいない。しかし、ミコトは確かに視線を感じていたのだ。近くにあった喫茶店の窓側の席。そこにいた二人組から。
 もしや殺人鬼の仲間かと、攻撃でも仕掛けてくるかと内心身構えていたのだが、ついぞ行動を取る様子もなく、拍子抜けの始末であった。
「なんじゃったんじゃかの、あれは……」
 首をひねっても答えは出ることはなく。ミコトはとりあえず、その二人組みを見なかったことにした。

PAGETOPPAGEBOTTOM