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如月と弥生の『14日』

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
越智内 定(p3p009033)
約束

 高校の卒業式を経て、大学生になる事が決定した彼女から連絡が来た。
 曰く、3月14日は自分の為に予定を開けて欲しい――との事だ。バレンタインデーは一緒に催事場を巡り、コンビニで購入していたチョコレートを彼女は分けてくれた。
 本当はちゃんとしたものを用意したかったとは言っていたが高校生のお小遣いでは大した物を準備できなかったと彼女は少し拗ねた表情をして居た事を思い出す。

「別に構わなかったのに」
 2月14日、公園のブランコでコンビニで購入した気持ち程度のチョコレートを差し出してくる彼女に定は困ったような表情をして言った。
 大学受験の為に忙しない日々を過ごしていることは知っている。午前中は希望ヶ浜学園で勉強していたのだから。
「もし、大学に受かってたらさ、定君と一緒に希望ヶ浜の生徒だと思えばちょっとやる気出るでしょ?
 だからさ、私だって頑張ってみたんだぜ。これでも、さ、結構真面目な生徒だったんだよ。成績さえまかなえてたら素行不良でも許してくれるでしょ」
「なじみさん、素行不良なのかい?」
 定は公園のブランコに座るなじみを眺めながら柵に腰掛けていた。囓ったホットスナックのチキンから滲んだ脂が指先を汚す。お手拭きは一応封開けてポケットに突っ込んでいただろうか。
 500mlの牛乳パックに入っているジュースにストローを突っ込んで適当に飲んでいたなじみは「まあ」と揶揄うように定を見上げる。
「だって、夜妖憑きだぜ? 色々巻込まれるし、さ。それに……最近は姿を見なくなったけど夢ちゃんも居た」
「あ、そういえば最近見ないね。何時も『先輩』っていって後ろに居るのに」
「……夢ちゃんのことも探しに行かないとね」
 渋い表情を見せたなじみに、定は理由など聞かずとも大きく頷いた。彼女の渋い表情を見る限り、静羅川が絡んでいる事は確かなのだろう。
「そうだ、昔話をするから聞いて言ってよ」
「いいよ、聞こうか」
「ふふ」
 少し偉そうに言ってみればそれだけで彼女は嬉しそうに笑う。他愛もない日常がこの時ばかりは此処にある気がして定は妙に懐かしい心地だった。
 思えば、なじみの為だと戦う事を選んでいなければ――『当たり前の様に友達と話しているだけ』だったら、こんな感じだったのだろうか。
 何時、練達が危険に晒されるかも分からないし、夜妖憑きである彼女が何かに巻込まれる可能性だってある。そうした状況下に備えてきた定はもう随分と『非日常』の住民だった。
「私、実はね、希望ヶ浜の生徒だったことがあったんだよ。中学生の頃にね」
 ブランコを漕ぎながらなじみはそんな事を漏していた。普通の学校に通うには耳も尾も、邪魔になってしまう。
 小学生の頃にはクラスの友人達は帽子を被り続けるなじみを揶揄っていたし、サイズの大きな衣服で尾を隠している事も些か可笑しく感じていた事だろう。
 だからこそ、主治医であった『澄原先生』はなじみに希望ヶ浜学園への編入を勧めてくれていた。なじみは節目である中学校から希望ヶ浜に入学することとし、転入や編入と言った手続きは不要だと考えて居たらしい。
 小学生の頃に父親を夜妖によって喪った夜妖憑きになってしまった少女の重たい決断は単純な者ではなかった。
「……けど、高校生からは無ヶ丘高校に通うことにしたんだ」
「どうして?」
「んー……中学から希望ヶ浜に編入したのは、澄原の支援だったんだ。澄原家って、晴陽先生や龍成君見てても分かるとおり、お金持ちなんだよね」
「ああ、澄原財閥だっけ。希望ヶ浜の外にも影響有るんだよね。結構、練達塔主達とも口利きが効くというか」
「その通り。希望ヶ浜の維持にも噛んでるしね」
 何気なく関わって来ている相手ではあるが、そう聞くと雲の上の存在だなと定はぼんやりと考えて居た。ブランコを漕ぎ脚を揺らしているなじみは「でね」と一息吐いて、地面を蹴る。
「三年間、希望ヶ浜を見てからその跡の道は選んで良いって言われたんだ。
 希望ヶ浜学園に通いながら掃除屋として夜妖の対処を行うか、それとも外部の協力者になるか……って感じかな」
「普通に過ごす事は選べないのかい?」
「選べると思うよ。私が、嫌だって言っただけ。学費を払って貰って、生活だってある程度の援助を貰えるんだ。
 私は母子家庭だから、そう言う援助があると助かるというのは確かだけど……それを無償で貰うのって何だか、気持ち悪いでしょう?」
 なじみは唇を尖らせた。なじみ本人は戦闘能力と呼ぶべき者が皆無だ。だが、体内の『猫』が居れば戦う事だって出来る。即ちそれは、夜妖に身体を明け渡している期間は、というわけだ。ただし、猫が顕在化するとその身体は徐々に夜妖に乗っ取られてしまうだろう。それが主治医による判断だった。
「私は奇跡的に猫と相性が良かったんだ。だから、猫がある程度制御できるし、猫と普通に過ごす事が出来る。
 けど、猫がまえに出続けたら猫に乗っ取られてしまうかも知れないし、猫だって私が傷付けばダメージを得る事になる。
 その境目が分からないと戦闘に出るのもあんまりかなあって。……あと、進路を最終決定しなくちゃならない日に、夢ちゃんに出会ったんだ」
「夢華ちゃんに?」
 また、彼女の話題だと定はぱちくりと瞬いた。夕暮れ時のブランコでゆらゆらと揺れている彼女。名前を出せば隣のブランコに座っていそうな現川夢華。そんな彼女は此処には居ない。
「夢華ちゃんと外で出会ったときに、あの娘は独りぼっちなんだなあって思ったんだ」
「独りぼっち、かあ」
「うん。夢華ちゃんってね、死に近い存在なんだよね。……その在り方が、そうなんだけど。
 だから、夢華ちゃんが大好きな相手って何時も早く死んじゃう。私は猫と近いから、猫が私を食べる気配が好きなんだと思うんだ」
「そ、れはさ、なじみさんが死んじゃうみたいな言い方だよね」
 少し言葉に詰まった定へとなじみはくすくすと笑う。なじみ自身が死ぬ気は無いのだろうが、そういう存在だ、ということなのだろう。猫の耳を隠していた帽子をリュックサックに詰め込んでいたなじみは「んー」と唇を尖らせた。
「昔は、死んじゃうときは猫に全部上げるからそれまで楽しく過ごせたら良いなって思ってたよ。
 死ぬまで一緒に居ようねって夢ちゃんに大してだって思って居たし、私自身があまり生きていることに対してこだわりを強く持っては居なかったから」
「……そ、そう……なんだ」
「でも、今は違うぜ? 私だって皆と一緒に居たいなあって思うようになったし、生きていたいなあって……そう感じるようになったんだから」
 俯いてからブランコの揺らぎを止めるように脚で地面を踏み締めた。ぎい、と小さく音を立てたブランコが僅かに揺らいでいる。
 踵でとん、とんと地面を叩いていたなじみは視線を右往左往とさせてから引き結んでいた唇を僅かに震わせて。
「……君のお陰だよ」
「え」
 思わず声を漏して、息を吐いた。定はまっすぐになじみを見詰める。
「定君が、私の世界をきらきらにしたんだよ。
 困ったときは何時だって私に会いに来ようとしてくれる。イベント事だよって声を掛けてくれるし、一緒に遊びに行くことだって、何時だって誘ってくれただろう?」
 ゆっくりと立ち上がったなじみが柵に凭れていた定の前に立っていた。陰が、重なったような気がする。何時もならば見下ろすなじみと視線は同じ、真っ正面から見詰めた明るい緑色の瞳が嬉しそうに細められる。
「君は、何時だって自信が無くって俯いているけれど。
 私にとっては君はヒーローなんだ。……無茶をすれば、君が迎えに来てくれる、なんて自惚れを抱いちゃうほど」
 なじみの手がそっと定の手を握りしめた。その仕草に、大した意味があるわけじゃないと分かって居る。
 彼女は、母親が失踪して心細いのだ。だから、誰かに甘えていたくて――ああ、こういう時にどういう感情で接すれば良いのかさえ分からないだなんて。
 患っている定はどうすることも出来なくて唇をぎゅっと引き結んでなじみばかりを見ていた。長い睫が縁取った眸が綺麗だとか、前髪が少し被さっているのが擽ったそうだとか、そんな感想ばかりが浮かんでくる。
「だからね、大学は希望ヶ浜に進めば君や、イレギュラーズの皆にもっと楽しい毎日を教えて貰えるかなって思ってね」
「あ、ああ、そう、そうだね」
「定くんとキャンパスライフって楽しそうだし、……私だって、自分の身を守れるように、もっともっと、強くなりたいんだ」
 感情の置き場が分からない儘に定は曖昧な笑顔を浮かべた。唇が引き攣っている。
 片思いふちのやまいが邪魔をして、素直に彼女の喜びも、希望も受け止められていない気がして――こんな感情、気付かない方が幸せだったのだろうかと、ちょっとの自己嫌悪。
 そもそも、彼女の感謝の意味は恋愛とは関わらないと定は考えて居た。親愛だ。彼女の抱く、最も優しくって、絶望的な、愛情。こんな自分がひだまりみたいな彼女の隣に居られるだけで奇跡なのだから。愛だとか、恋だとか、好きだとか、嫌いだとか、ストレートに感情を表してくれる彼女の見せてくれた好意に自惚れちゃダメなんだ。一歩踏み出す勇気を持てないのは何時もの自分じゃないか。
 ――君に好きだと伝えたら、今、彼女が教えてくれた気持ちは全て崩れてしまうんだろうか。
 どうしようもなく怖くなってから、定は「応援するよ」と笑った。「僕も、なじみさんとのキャンパスライフが楽しみなんだ」と伝えた唇は乾いていた。
 花丸ちゃんと、ひよのさんと、カフカくんやアーリア先生とも良いね、なんて。予防線のように名前を並べる定になじみはにんまりと笑った。
「うん、いいね」
 それが正解だったのかさえ、分からない儘、彼女を病院に送り届けて少しお茶をしてから帰路に着いた。

 それから暫くの間は彼女は勉強ばかりの日々だったようである。忙しない日々を送る中で、静羅川立神教の集会の情報を集める草薙 夜善は春の日に、大規模なものがありそうだと言っていた。そうした情報を集積するだけの日々であった。
 なじみから連絡が来た3月14日は待ち合わせ場所として選ばれたのはあの公園であった。
「定くん、やっほー」
「なじみさん。あ、メッセージでも言ったけど合格おめでとう。4月から同じキャンバスだね。学食巡りとかしようぜ」
「うんうん! 大学生になったら静羅川の事件もちゃちゃっと解決だぜ」
 にんまりと笑ったなじみに定は肩を竦めた。明るい彼女の笑顔を見ていると解決できてしまいそうな気がしてならないのだ。
「それで、今日の本題……は!
 これ、ホワイトデーのお返し。手作りをくれて嬉しかったから、何かないかなあって思ったんだけどボールペンなんだ」
「ボールペン?」
「うん。ちょっと良い奴だよ。私とお揃い」
 木製のボールペンはレトロな風合いで可愛らしい。大学生となるなじみが持ち物を選ぶ際に、定へのおかえしとして選択したのは普段から使えるという理由なのだろう。
「へえ……何か、良いね。使いやすそう」
「うん。長く使えると思うし、ペンケースに一本入れておくだけでも格好いいんだよね」
 嬉しそうに笑ったなじみに定は頷いた。特段、お返しが欲しくてバレンタインデーにチョコレートを送ったわけではないのだが、なじみにして見れば予想外の贈物だったのだろう。
 彼女の事だ、それが本当に嬉しかったからこそのお返しである事は想像に易い。それ程喜んでくれたというならば手作りも悪くはなかったと定の頬も緩む。
「どうしてもホワイトデーに渡したくって。渡せて良かった~。あ、もしかして、もっと予定とかあったりしたかい?」
「ううん、無かったし大丈夫だぜ。春休みになるしね」
「えへへ、そっかそっか。何かのついでの方が良かったかなあって思ったけど、それなら大丈夫だね」
 なじみは帽子を被り直してから自身の衣服を確認する。その仕草も見慣れた物だ。の要素が外に出ていないかを逐一確認しているのだろう。尾を仕舞い込み、耳を帽子の中に隠す。違和感がないかを逐一確認してからでないとなじみは安心して外を歩かない。曰く、彼女はあくまでも日常の中に馴染んでいたいからだそうだ。
「OKだと思うよ」
「有り難う。いやあ、何してるか言わずに分かってくれると助かりますなあ」
「言い方。……まあ、結構長い付き合いにはなってきたしね」
 嬉しそうに笑ったなじみはaPhoneを確認してから「よーし」と手を天へと伸ばした。aPhoneのカバーの中には友人達と撮影した写真が挟まっていた。首から提げていたそれはゆらゆらと揺らいでいる。
「折角、定くんが暇なら遊びに行こうぜ。なじみさん、カフェに行きたいな」
「オーケー」
「それから、雑貨屋さんとか見に行こうよ。大学に必要そうなものが欲しいよね。ノートとか準備しておかなきゃ」
「そうだね。ある程度は見繕っとこうか」
「うんうん。希望ヶ浜だから耳を隠す必要は無いし、新しいピアスとか探そうかな。
 大人っぽいのがあれば選んでよ。なじみさんのおしゃれは定くんに掛かってるんだぜ」
「……責任重大だね」
 定が肩を竦めればなじみはにんまりと笑ってから手を差し出した。
「そうだよ、責任重大。君が私の耳にしるしをしたんだからさ」
 ――そんな言い方しなくったって!
 定は叫び出したくなりながらぎこちない笑顔を浮かべた。差し出さされた手を握るだけでも当たり前じゃない大きな一歩を踏み出さなくてはならないのだ。
 ビビってるワケじゃない。これは心を護る為の防衛本能って奴だ。自惚れすぎたら後が怖いのだ。
 彼女は本当に猫のように気紛れだから、興味が他に移ろえば簡単に手を離して走って行ってしまうだろうから。
「定くん」
 それでも、その声音が心地良かった。
「お花見も行こうぜ? ひよひよと、花丸ちゃんと。あ、カフカくんやアーリアせんせでもいいよ。天川さんも誘う? 晴陽せんせやみゃーちゃんも来てくれるかな?」
「そうだね、皆で平和にお花見できると嬉しいね。ケータリングはケイオススイーツにでも頼む?」
「あ、今から行こうよ」
「今からかい?」
 友人は歓迎してくれるだろうけれど、手を繋いで行くのは少し勇気が無くて。定はaPhoneを確認する振りをして彼女の手を離した。
 ぱちくりと瞬いてから直ぐにaPhoneを覗き込んでくるなじみに定は唇を引き結ぶ。恋愛のプロフェッショナルが居ればこういう時どうするべきなのか教えて欲しい。
 そんな事を心の中で叫びながらメッセージアプリに『今から行く』とだけ打ち込んで定は「さあ、出発だ」と一歩を踏み出した。
 進めない一歩と、当たり前になった一歩と、これからと。
 君と進む毎日は、沢山の意味があるから、愛おしくって――それから、どうしようもない程に困ってしまうのだ。

  • 如月と弥生の『14日』完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年03月13日
  • ・越智内 定(p3p009033
    ・綾敷・なじみ(p3n000168

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